Bon anniversaire mon chéri! ― 2012/02/10 01:49:14
山田稔著
平凡社ライブラリー(1999年)
誰もが特別な日というものをもっている。それが誕生日だという人もいれば結婚記念日である人もいるだろう。私はといえば、あの日もこの日も、自分にとって大切で特別な何かが起こったり何かに出会ったり何かをもらったり、ということがてんこもりで、毎日「特別な一日」のオンパレードだ。そんなふうになっちゃうと特別でもなんでもなくなってしまう。わかってるさ。
今年の始め、大学院時代の恩師に会った。私は修了してから見事にお目にかかっていなかったので、なんと12年ぶりでご尊顔を拝したのである。御髪は真っ白だが、電話で言葉を交わした時に若干お耳が遠くなっておられるように思っただけで、会って会話してみると、ゼミ演習の頃の先生とぜんぜん変わっておられなくて、嬉しいやら恐ろしいやら(笑)。私の母と同い年だということを初めて知ったが、脳をフル回転させて生きているのとそうでないのとではこんなにも年のとりかたが違うのかと嘆息する。私の母は足を悪くしてから行動範囲が狭くなり活力も萎む一方なので、ともすれば80代半ばに見られるのだが、まだ後期高齢者デビューが済んだばかりである。かたや恩師は白髪と皺のせいで70代だろうと察しはつくが、せいぜい70歳になったとこくらいだろう、そんなふうに誰もが思うのではないか。とにもかくにも若々しい。
恩師の年賀状に中国に凝っています、などと書いてあったので弟の著作(最近の新書)を贈ったら、嬉しそうな声で電話がかかってきて「本をありがとう。僕、この著者の本いくつも読んでるよ、ファンなんだ。君の弟さんだったんだね」。
世の中、何がどうつながるかわからないもんである。
いつか初の訳書ですといってダリ本を贈ったときも電話で話して盛り上がり、飲もう飲もうとはしゃいでいたのだが、引退してもいろいろと活動が活発でお忙しくて、結局時機を逸してしまったのだった。今回は「じゃあまた連絡するね、なんて言ってたら結局また飲めないから今決めちゃおうよ」と強引に先生は私とサシの飲み会をセッティングし(といっても店を探したのは私なんだけど)、晴れて12年ぶりの再会が実現したのだ。
知的な人と知的な会話に溺れるのはとても幸せである。言っておかねばならないが、この恩師はまったくの大学人ではない。とある大新聞所属のジャーナリストで、特派員として各国を渡り歩いた人である。早期退職を選んで、ぶらぶらしていてひょんなことから大学教員として「勤めることになったんだが、ったく柄じゃないねえ、こんなところは」とよく笑っていた。彼に言わせると「学者は伝えるための日本語を知らないからな」。恩師のゼミにはやはりジャーナリストや海外勤務を希望する学生が寄ってきたようである。頭でっかちになって考え込むより行動すべし。でなければどんな美文も生きてはこない。そういう意味のことを、とりわけ若い学生たちにはよくいっていた。私は院生当時すでに30代半ばだったので、先生は私に対しては教えるというよりも、共通の話題を持ち寄って会話の花を咲かせようよ、といったふうだった。先生に比べれば私の経験など塵ほどもなかったが、私が一定期間フランスに滞在しそれに続いてフランス人たちと長期間ともに仕事をしていることの意義を認めて、自分のパリとヴェトナム駐在の経験を重ね合わせて、「今話してくれたようなことを、自分の言葉で書き続けなさい」というような言いかたで指導してもらった。
山田稔は恩師よりも七つ年長だそうだ。恩師がパリ特派員だった時期に、パリで知り合ったそうである。山田稔といえばフランス語系人にとっては神様みたいな存在だ。そんなことを言うと当の山田先生は言下に否定されるだろうが、少なくともダラダラとものを書くことを日々のなりわいとしている者には、その文章、その言葉は天啓なのである。というようなことを言うと、私の恩師は我が意を得たりという顔をして「ホントに山田さんは素敵な人なんだよ。お元気なうちに会っとかないとなあ。それにしても君とは好みが合うよね」「ついでに申し上げると先生、私、鶴見俊輔さんも大好きです。神様のまだその上の御大、という感じかな」「そのとおりだよ。僕は鶴見さんの書いたものを読んできたから生きてこれたようなもんでね。いやあ、ホントに君とは嗜好が同じだよね。僕はね、思ったもんだよ、君は僕にとって最初のゼミ生のひとりだけど、この学生とはもっと早くに会いたかったよなあって。思ったもんだよ」
いま手許にあるこの『特別な一日』は、この夜先生が私にくださったものである。「読みさしだけど、よかったら持ってて」。山田稔は神だが、私の蔵書には一冊もその著作はない。図書館に行けば彼の著書・訳書はいつだって揃っているから、買い損ねてしまっていた。
先生にもらったこの本を改めて読むと、人と命とその書き残されたものたちへの優しい眼差しに涙が出るほど心を揺さぶられるし、真摯で厳しいその書くことへの向かいかたに襟をたださずにはおれないのである。もっと早くに会いたかったよなあ。確かにそうである。フランス語とも、恩師とも、鶴見俊輔とも、山田稔とも、もっともっと早くに会っていれば人生変わっていたのかもしれない。しれないが、早くに会わずに生きてきて、「いまさら」な時期にようやく出会ったからこそ、こんなに心が震えるということも、あると思っている。
*
2月10日は私にとって特別な日である。その日を前に、特別な日の張本人が下記のリンクを送ってきた。ったく何考えてんだあのバカ。他に言うことあるやろっつーの。
あ、失礼。みんな、ヒマだったら聞いてあげて(撮影場所は鴨川河川敷みたい)。私のブログに来てくださるみなさんにとっては言わずもがなの内容だけれど。
http://youtu.be/_5NZDlJ2CBU
若いっていいな。ただ単純にそう思う自分が、なんか、やだ(笑)。
C'est pas facile, les histoires des ados...!!! ― 2012/01/05 19:48:04
『きみが見つける物語 ティーンエイジ・レボリューション』
アンソロジー(椰月美智子、あさのあつこ、魚住直子、角田光代、笹生陽子、森絵都 著)
角川書店(2010年)
仕事始めだった……。
ぜんぜんアタマが仕事モードにならないのなんのって……。
こんな新年は初めてだぞ。毎年、雑煮やらカルタ取りやらDVD鑑賞やら深夜映画やらでどろどろぬーぼーぐでんぐでんになったアタマも、しゃきっとするのにさ。歳かあ。ちきしょー。
若さがうらやましいなっ。
あの頃にはもう戻れないのだ。
なかなかの秀作を集めた「きみが見つける物語」シリーズ、紹介する本書は文庫じゃなくて単行本。売れっ子さんたちがずらり。きりきりきゅんきゅんの10代マインドを描いてみせる。私は魚住直子に惹かれて借りたんだけど、んー、本書への収録作品はそれほど好きではなかったな。月並みな評価かもしれないが、角田さんと森さんが突き出ているかな。で、この中でいちばん冴えないのはあさのさんだ。あさの作品はもともとあまり好きではない。何だったか超ブレイクした長編を手にとって、書き出しが違和感あってすぐ閉じたのを覚えている。もちろん、読了したのもあるが、いずれも、じゃ次行ってみよー、みたいな勢いを保てない。当分読みたくない感じ。本書収録作品はどれも短編だが、それぞれ著者の個性はよく出ている。本音を言うと森さんの作品もあまり好きではない。面白くて一気に読んでしまうのだが、的を射すぎているというと変な表現だけど、青春のツボをつかみすぎているというのか、もう少し外してくれたほうが(笑)オバサンは読みやすい。だーーーーっと読んじゃうわりに、読後感がよろしくない。そっか?そんなもんか?そう終わっていいのか?みたいな。「17レボリューション」も大変面白い。切り口も展開もさすがだ。だが最後はちんまりまとまってしまったな感が否めないのだが、それは過剰要求かもしれぬ。
「世界の果ての先」角田光代(初出:『野性時代』2005年7月号)
「薄桃色の一瞬に」あさのあつこ(初出:『野性時代』2005年7月号)
「電話かかってこないかな」笹生陽子(初出:『野性時代』2005年7月号)
「赤土を爆走」魚住直子(初出:『野性時代』2006年10月号)
「十九の頃」椰月美智子(初出:『Feel Love』2007年vol.1、「19、はたち」を改題)
「17レボリューション」森絵都(初出:『野性時代』2006年4月号)
で、何が好きだったかというと「十九の頃」なのだ。
ヒロインが十九の頃を思い出して語る。突飛なストーリーではない。物語の展開や結末も見える。だが、ヒロインの語りがどことなく舌足らずで、読み手はよそ見せずに聞き耳を立てなくてはならない。そのあたりが、タンタンターン!と展開していく森作品とちょっと(かなり)違う。
私はこういう、行間がしっとり湿っている物語が好きだ。たとえば、岩瀬成子さんの筆致がそうなのだけど、じんわりと、読み手の指先から心にかけて物語の色が染みていくような、そういう湿り気を含んだエクリチュール。
YAというジャンルに入る文学はおしなべて、本書収録の「電話かかってこないかな」「赤土を爆走」「17レボリューション」のように鋭さとテンポよさと意外性を持ち合わせていることが多く、それゆえに若者に受けているのが事実なのだろう。
本書の中では、角田さんの「世界の果ての先」が、少しだけしっとり感を醸し出している。だが、この作品のよさはそうしたしっとり感とは別のところにある。したがって、私が好きな岩瀬さん作品との共通点、といった言い草をするのは角田さんに失礼だろうな。それは椰月さんに対してもだが、この方の作品を本書で初めて読んで、他作品をまだ知らない。本作だけであれこれいえないが、本書の中では好感が持てた。
早いもので、娘の高校生活も10か月めに突入。親ばかりがあたふたしている間に気がつけば卒業、なんだろうな。高校時代、私は突然エリック・カルメンが好きだったが(そして卒業すると聴かなくなった)彼女が陶酔するのはなんだろう。何でもいいからそういう対象を持つがよろし、なんだが。
Bonne Année 2012! ― 2012/01/01 23:58:40
新しい歳が明け、はや1月1日も終わろうとしている。
謹賀新年。
みなさん、佳いお正月を過ごされたこととお喜び申し上げる。
2011年はしんどい年であった。あまりに多くを失い、正月だの新年どころではない人々が、これほど多い年明けもない。終戦以来ではないか。
だからといって来る年に罪はない。罪なき新年を迎える私たちにもまた罪はない。思うところはそれぞれある。それぞれに靴ひもを結び直して歩き始めればよいのである。
第一歩に、喝采。
娘と私は某お稲荷さん、正式名称をいわずともそれがどこだかわかってしまう、というチョーメジャーなビッグネームへ初詣にでかけた。どうしよどうしよ、このへんで引き返す? お母さんしんどかったらやめてもいいよ、うーんもうちょっと頑張ってみるわ、とかなんとかゆってるうちに山頂までいってしまい、いま、足腰背中いっぱいに筋肉痛の兆しがびんびんきているところである。明日動けないかも。ううう。
年の始めからこんなに歩いたのは初めてのことである(笑)。へーきな顔してずんずん登る娘の横でひいひいぜえぜえいいながらついていく私。娘の足の出しかたで、私に合わせてペースをセーヴしているのがわかる。ちきしょー悔しいのう年はとりたくないのう。なんて言ってると私などよりはるかに年配のかたが颯爽と横をすり抜けたり、爽快な表情で降りてこられたりするのに出会う。「お母さん、運動不足すぎ。やばすぎ」とは本日のレジュメ by 娘。
愛する皆様へ。
本年のご多幸をお祈りいたします。
Je t'aime toujours, je te souhaite des jours prochains merveilleux... ― 2011/12/27 22:24:19

『呪いの時代』
内田樹著
新潮社(2011年)
恋も仕事もうまくいかない。恋と仕事はまったくの別物だが、いくつものハードルを越えなきゃならないとか、ある部分、ある局面では妥協しなければ前へ進まないとか、けっこう共通点がある。自分の場合、対象をすべてどんな場合でもどんなシーンでも上から見下ろしているという点で、さらに共通している。このクセをなんとかしないといけないのだろうが、残念ながら世界で自分がいちばんエライと思ってしまっているこの人格はもはや変えようがない。私はあなたよりよくできた人間なのよ、誰ひとり私を跪かせることはできないし、私はその知性において他を凌駕しているの、だから愚かなあなたに腹も立たない代わりにあなたは私に従うしか道はないのよ。そんなこと、クライアントにも上司にも、男にも女にも、けっして、口が裂けても言わないが、持って生まれた私の本能はつねに内なる私の声で、対象たるすべての人々に向かってそう言っている。困ったものだが、私はその内なる声に抗ったりしないで、「そうよね。にっこり」てな調子で自己肯定しているものだから、幸い分裂症にもならないし自己嫌悪にも陥らない。
私が自己嫌悪に陥るのはひどく疲れた顔で男と逢っていたことが後から判明したりするときだ。あんなに作り笑顔してたつもりなのに疲れてたってばれてたなんてという敗北感と弱みを見せてしまったことで次回以降に向けて相手にアドヴァンテージを与えたことがわけもなく悔しいのである。こういうケースがままあるところが、恋と仕事との大きな違いと言えなくもないな。
弱みを見せてもいいと思える相手をやっとの思いでつかまえて、大事に大事に私への気持ちを育ててやって、ようやく自分たちの未来を考え始めたとたん、しゅっと消えてしまう。そんな恋の失いかたを、何度経れば学ぶのだろうこの私は、この「上から目線」で墓穴を掘っているに違いないということを。いや、私はとっくに学習している、「よしよしあんた可愛いわね一緒に居てあげてもいいわよ」という態度を貫く限り恋は成就しないことを。でも、やめられないんだもん、しょうがないじゃん。あなたのためなら何でもするわなんて、約束できないこと言えやしないじゃん。
私は遊びで幾人もの殿方を同時に相手にしたりはできない性質(たち)である。そんなに器用ではないのである。真面目におひとりを愛し抜くのである。だから愛情は一直線にそのかたに向かうのである。向かうけれど、向かう愛情はそのかたの身の回りの世話をするとか手料理や愛情弁当とか洗濯物を畳むとか物理的な形をともなってはけっして現れないし(だってあたし忙しいもん)、愛してるだのあなたがいちばんだのあなたのことで胸がいっぱいだの歯の浮く台詞に変身したりもしない(だってあたしはライターだけどスピーカーじゃないもん)。だけどあたしの愛情は殿方よりも一段高いところから殿方を俯瞰して愛情のシャワーを注ぐごとくのものであるから、殿方は私の愛情を全身に浴びておられるはずなのだ。はずなのだが、どうもそれではイカンようである。霧雨程度にしか感じてもらえんのだろうか。うーむ。
そんなこんなで利害をともなわない恋はひょんなことから破れたり崩れたりしてちゃんちゃん、と終わる。ここも仕事とは大きく異なるところで、利害がともなうと人間、簡単にチャラにはせず投資した分取り返そうと躍起になって働き続けるのであるが、恋はちゃっちゃと跡形もなくなる。
私はたぶん、惚れた相手を過剰に愛するので、ある時期からその容量を測れなくなってしまう。過剰な愛に対して等価といえる愛が返ってきていなくても気づかなかったりするのだ。恋が終わっても、私は相手を恨んだり罵ったりしたことがない。それに近い思いを抱いたこともない。いっそ憎めればよいのだろうが、惚れた男たちはみないつまでたっても美しく私の中で輝いている。負け惜しみや冗談でなく、私は彼らが幸せであってほしい、私が今幸せであるようにあなたも幸福に包まれていますようにと思うのである。べつにそんなことを初詣に祈願したりはしない(自分と娘のことしか祈願はしない)けれど、ご本人とそのお身内の無病息災、なにより自身が納得して生きて、その生を全うしてほしいと思うのである。
自分の意に沿わぬ行動をとる人を、それでも好ましく思い続けることは、ある人々やある年代には難しいことなのかもしれない。好意なんてもてないから無視する、無関心を装う。人目につくところではそれで済ませても、時に感情が高ぶってそれで済まなくなり、罵詈雑言を叩きつける。その格好の場がネットなのだろう。
どうでもいいことを長々と書いたが、50年近く生きてやっと隣人と地域とともに在らねばならないとの思いに到達した私は、好き勝手なことをうだうだ書き散らしてはいても、その言葉のもつ針や棘やヘドロ臭の醜さを超越して「人間」を愛している、そのことに気づいたのである。若い頃、人間ほど嫌いな動物はないと断言できた私だが、今は昔だ。
私がいつまでも内田樹を愛し続けることができるのは彼の発するさまざまな思考が、表現や言い回し、論調が変わっても、ぴたりと私のそれと波長を一致して響いてくることに、快感を得るからに他ならない。彼はいつまでも私の二、三歩先をゆく「ちょっと物知りのオバサン」である。押しつけがましくない分、つい、追随したくなる魅力をその腰つきからふりまく熟年のオバサン。そう、ウチダは私にとってどんなオバサンであるべきかを身をもって示してくれる先輩オバサンである。その思いを強くしたのは彼の講演をちょろっと聴いた経験からである。彼の著作だけを愛していたときは、いくら彼がオバハン臭い書きかたをしていてもオトコ臭かったが、彼の講演やラジオトークを聴いてからは、そのお喋りがとても女性的で井戸端臭いことがわかって、ツボにはまってしまった、というか、私のウチダ偏愛史の新たなページを開いたというか。
それをあらためて裏づけるのが本書だ。
祝福したい。あなたのこともあなたのこともあなたのことも。
地球史上最低最悪じゃないのこの男、てな男に対しても、人類史上最低最悪の社会人じゃないのこの女、てな取引先の担当者に対しても、彼らの生に幸あれと願わずにいられない。
みみずだっておけらだってあめんぼだってみんなみんな生きているんだ友達なんだ。
波 2011年12月号より
呪いと祝福
茂木健一郎
内田樹さんを評するのに、御自身がよく使われる言葉以上に的確な表現が見つからない。「その人が、何を教えてくれるのか判然とはしないけれども、なぜか慕われる人」。私たちにとっての「先生」とは、そんな存在だと内田さんは繰り返し書かれる。私にとって、内田樹さんとは、まさにそんな「先生」である。
内田さんの魅力は、総合的な人格に由来する。これまで生きてこられた履歴、考えてこられたこと、感じてこられたこと、すべてが相まって、「内田樹」という書き手から、私たちに向かって流れ出してくるものがある。
新著『呪いの時代』を興味深く読んだ。『日本辺境論』でもそうだったが、日本人の心性を腑分けする時の内田樹さんの手腕は、水際立っている。それは、技術的な例えを使えば「工数」の多い、緻密な論理構成に基づくもの。言葉の精密機械が、熱情という潤滑油によってなめらかに動いている。
インターネット上にあふれている「呪いの言葉」。議論を先に進めようとするのではなく、むしろ相手の営為を無効化し、力を奪い、自分の優位を確認するためだけに吐かれる言葉。それは、確かに困った現象であると同時に、私たち日本人の今の「等身大」を映し出す、一つの「自画像」である。突出しようとする人がいると、平均値に引き戻そうとする同化圧力。共同体全体として発展するというよりは、むしろ「滞留」する中での「ポジション取り」に終始する。そのような空気が日本の社会にあることを、私も、自らの経験に照らして、ありありと思い出すことができる。
「呪いの言葉」を吐く人たちは、自分たちで身体を張る必要がない。リスクを負って、発言することもない。後出しジャンケンで、「お前はこんなことを知らない」という指摘をすることは簡単である。そのような知的な負荷の低いふるまいが「賢い」のだと、日本の一部の人たちは思っている。
どんな国、文化圏にも、固有の病理がある。日本だけが例外だとは、私は思わない。たとえば、イギリスでは、階級社会が未だにあって、人々を縛っている。アメリカ人の一部が銃器規制にあれほど慎重なのも、「自由」についての「信仰」の病理である。お隣の国中国が、「民主主義」とは異なる方向に発展しているのは、周知の通り。
日本だけがとりわけ病的だとは思わない。それでも、日本の精神病理には、関心を払わざるを得ない。なにしろ、自分たちの国である。そして、その中で暮らすことが一体どのような体験であるかということを、私たちは熟知している。
「呪い」が人から力を奪い、行為に投企することを妨げるとしたら、「祝福」はむしろ行為へと背中を押し出す。誰だって、失敗しようと思って何かをするわけではない。かといって、成功を保証しようとしたら、一歩さえ踏み出せない。
幼き子が、初めて小学校に向かう日。就職が決まり、田舎を出て上京する前の晩。結婚式で、若い二人の幸せを祈るひととき。そのような時に人々が「祝福」の言葉を贈るのは、未来がまさに不確実であり、どうなるかわからず、ましてや成功など保証されていないからである。
自らの身体をもって、何か具体的なことをやること。私たちは、今ネット上にあふれている「呪い」の言葉ではなくて、「祝福」の言葉をこそ必要としているのではないか。
ネット上の「呪い」の言葉が、内田さんの言うように低い負荷で自分の「優位」を確保する試みだとしたら、これほど生命から遠いことはない。私たちは、そろそろ「呪い」から離れて、「祝福」の方に歩み出したらどうか。誰だって、一度きりの人生を、たっぷりと生きてみたいのだ。(もぎ・けんいちろう 脳科学者)
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で、お次は、長らく報告できていない「ある日のお弁当」。ところで我が家では12月29日までお弁当づくりが続く。なんなのよ、どういうことよ、そんな学校だったとわかってたら入学させなかったのにっ。わが母校ながらその変容ぶりに呆れる。ヤンキーの巣窟だったのにさ、ほんとにおベンキョ小僧学校になっちゃって、まあ。しゃあないから頑張れ、娘。

毎年、12月早々にブログは年末年始休暇宣言をしていたが、この更新の停滞ぶり、何が休暇宣言じゃと我ながら思うので、ギリまで仕事の収拾がつかないのをいいことに、2011年最後の更新をいたしました。幸せのうちに今年が終わり、平和で穏やかなる来る歳を迎えられますように、心からお祈りいたします。寒いから体には気をつけてね。そしてまた笑顔でお目にかかりましょう。みんな、愛してるよ。
Je suis vivante, eh oui, quand même... (à suivre) ― 2011/12/18 10:49:54
本も、読んでます。
ちゃんと、食べてます。今朝はごぼうの笹がきして、きんぴらつくったし。
洗濯機も3回(週末恒例)、回したし。
だいじょうぶやしね。
会いたいし、また連絡するからね。(誰にゆうてんのやら)
Voici le sapin de Noël de chez nous... ― 2011/12/04 22:17:03






Je suis vivante, eh oui, quand meme... (à suivre) ― 2011/12/02 21:34:00
本も、読んでます。
だいじょうぶやしね。また連絡する。(誰にゆうてんのやら)
Enfin elle a perdu, moi je suis completement fatiguee!!! ― 2011/11/24 10:26:05
なんだかもう、かすりもしなかったって感じで(笑)まだまだ未熟でござるということです。はー現実はキビシイ。
応援くださったみなさま、ありがとうございました。
いまは「どっ」と疲れが出て、へにょへにょ~となっておりますが(私もよ)、気持ちを切り替えてまた今日から頑張ります(私は当分頑張らないわよ、もうほんとに疲れたよ)。
学校ではテスト前週間に突入(笑)。こら、勉強しろよ、全然、ほんんんっっっっとに全然勉強してへんやろっ
えーそんなわけでございます。
愛のこもった数々のメッセージ、エール、波動(?)に心から感謝します。
ほんとにありがとう。
へこたれないから、これからも見守ってやってくださいね。
以上とりあえずご報告。
J'oubliais de parler de baseball...! Mais bon, zut! ― 2011/11/22 18:46:17
そうだった。ちくしょーめ。
それはともかく。
備忘録。
アタマの体操。
http://prepper.blog.fc2.com/blog-entry-82.html
http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/e/68478eea44bdcd3c5847d78a2b2e621c
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65776686.html
http://fusenmei.cocolog-nifty.com/top/2011/11/4.html
http://www.taro.org/2011/11/post-1122.php
河野太郎さんブログの記述について、もう少し知識を補いたい向きには、『原発と日本の未来』吉岡斉著(岩波ブックレットNo.802/2011年2月8日発行)がオススメである。大震災の約ひと月前に発行された事実が余計な感慨を喚起しがちな本なんだけど、とりあえず、原発はもはや何ももたらさない、後始末をする段階にきているのだということとその理由が簡潔に述べられている。
遅かれ早かれ、日本人は原発をやめるために本気で向き合わんといかん時に来ているのだよ、もう先送りしないで考えよう、重大な事故が起こる前に……。著者の切実なる叫びが聞こえる書である。それはもちろんさっき言ったように、私たちが東京電力福島第一原発の故障・爆発を経て現在にいたるから、感じることなんだけど。それにしても劇的ビフォーアフターにもほどがあるよな。
***
考える方法はいろいろある。
最近地元紙で読んだニュースだが、市内のある小学校が東京電力福島第一原子力発電所の事故発生以来演劇に取り組んでおり、近々発表会をするとかなんとか、という記事だった。
まず地震と津波という未曾有の大災害があった。自分たちは被害に遭わなかったけれども、国を襲った大惨事をどうとらえていけばよいのか、教育現場の人たちはたいへん悩まれたことだろう。えらいこっちゃえらいこっちゃと騒ぐ立場にないし、かといって大丈夫です必ずや東北は復興しますなんて軽々しくもいえないし。すぐに原発の事故があり、これはもういったいなんと説明すればよいのやらおろおろ。だが、正直言って年度末だったこともあり締めくくりの行事や儀式で黙祷したりなんかでやり過ごして春期休暇突入、という学校現場がほとんどだっただろう。被災地には惨いことだったが、遠くから見ているしかできなかった私たちには、なす術がなかった私たちには、年度末・新年度の切り替えがあったから、混乱や停滞を最小限にできたといえなくもないのだ。……と、教育現場ではお考えになっているのではないかと想像する。
やがて、ほどなくして地域・学校に避難あるいは疎開してきた東北の人たちを迎えたりする。件の演劇の小学校に話を戻すが、その小学校ではまだ転校生の受け入れはしておらず、来年度から数人が転入してくる予定だという。だから、小学生たちは、まだ友達のなかに「当事者」をもっていないので、彼らの本当の気持ち、心の奥底を劇で表現するために、大きな試行錯誤があったようだ。だが、演劇という手段はなかなかナイスアイデアだと思う。報道されていることをもとに、授業で「みんなで話し合ってみよう」なんてやってみても実のある経験にはならないだろう。
情報が錯綜し、何が本当なのかどこまで本当なのか周りの大人も判断してくれない。避難した先でもいわれのない中傷や言いがかりをつけられたり、いじめられたり。突然孤独な空間に放り出された子どもたちと、大変なことが起きたけどなんだかよくわからないままそれでも何とか手を差し伸べようとする受け入れ先の子どもたちとの、ふれあい、ぶつかり合い、葛藤、赦し、友情。
なかなか難易度高そうな劇だけど、発表会、上手くいくようにおばちゃんは祈っているよ。
Elle s'est qualifiée aux éliminatoires! ― 2011/11/21 01:27:09
日曜日、まず一勝しました。
『決戦は金曜日』は大好きな川西蘭の小説。
さなぎの「決選」は「水曜日」。
どちらさまもこちらさまもどぞ静かな応援よろすくおねがいいたしやす。


















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