adieu C 1/2 ― 2009/05/29 12:17:17
毎日のリズムができて、余暇もでき、いろいろなことが捗るようになった。ようやくこの国、この町の人間になれた気がしている。毎朝すれ違う彼女が心なしかいい表情をしていると、ジャンもその日一日、調子がいい。
adieu C 2/2 ― 2009/05/29 12:18:35
老婆がよたよたと行ったあと、彼女はジャンを振り向き、いつもすれ違いますね、学校ですか、お仕事ですかと訊いた。あ、はい、仕事で学校です。……あ、その、フランス語教えてます、はい。彼女は、日本語がお上手ね、もう長いことお住まいなのねといった。きっといい先生ね。そういわれたあと、なぜかジャンは胸が苦しくなって、何かが突き上げてくるのを感じた。でも、もう終わりなんです今週で、ぼく、日本からフランスに帰るので……。
あらせっかくお喋りできたのに残念。そう微笑んで彼女は自転車にまたがって行こうとした。一瞬のためらいののちジャンは、アトンデ!と叫んでいた。キキッとブレーキ音がして彼女が振り返る。待ってください、えっと嘘です、今の。あの、ぼく、明日もここ通ります、これからもずっと。彼女は訳がわからないといった表情を見せたあと、そう、じゃアドゥマンとさっきと同じ微笑みを見せて走り去った。ジャンはその場所に立ちすくみ、今朝の授業サボっちゃおうかな、なんて考えもよぎったが、スィコンモワともぐもぐつぶやいたあと、よっしゃあ!と今度は日本語で大声を出し、力いっぱいペダルを踏んだ。