Septembre, le typhon, la lune, le chat ― 2011/09/03 01:37:32
9月の声を聞いたとたん台風である。
およそ、地球が地球であるがゆえに引き起こされる人間にとって手に負えない巨大な規模の自然現象のうちのほとんどが、日本には起こる。地震、津波,台風、豪雨、火山の噴火、洪水、土砂崩れ。よく北米大陸に起こる竜巻は、地形のせいか日本ではほとんど発生しないみたいだ。『オズの魔法使い』のように飛ばされた家の中から外の風景を見るなんてことに憧れた時代はあったが(笑)、風は、怖い。数年前のある日、台風が上陸して各地で警報が出されていたが、だからって経済活動を止めない日本人のひとりであるわたくしは、風にあおられてクチャクチャになった百均アンブレラを閉じ、雨に濡れながらとある交差点に差し掛かったところ、私の少し前を歩いていたご婦人が、横断歩道の真ん中あたりまで到達したとき、彼女が通り過ぎるのを待って動き始めた右折車が、彼女をはねたのである。
ご婦人は気丈にも傘をさしたまま歩いていた。その傘が風にあおられ、いきおいで、傘を離さなかった彼女の体は横断歩道を逆進して右折車の前にいきなり出てしまったのだ。
はねたと言っても車のスピードは落ちていたから、だいじにはいたらなかったようだが。
もろに目撃した私は、以来、風が怖い。
いまも、ひゅうーという恐ろしげな音と、我がぼろ家があちこちでみしみしカタカタ音を立て、明日までこの家保つだろうかと本気で心配になるほど、危なっかしい(笑)。
今日はとくに、猫の様子がおかしい。動物のもつ本能で、危険を予知しているかもしれない。にゃあにゃあとずっと啼いていて、うろうろとあちこち移動しては何が聞こえるのやら聞き耳を立ててじっとしたりする。かと思えば取り憑かれたように何かを追いかける。
私たちの住むまちは、大きな自然災害とは無縁である。影響を受けて、たとえば明日は暴風雨の予想だし、どこどこの神社のご神木が台風でなぎ倒されるとかそんな話は毎年ある。あるが、その程度である。北部ではゲリラ豪雨で川が氾濫して車が流されたとかそういう話は山のようにある。しかし、阪神淡路大震災のときも半端じゃないほど揺れたけど、揺れただけだった。
地球の自然現象は月との引っ張り合いで起こる(と思っている)。猫のひげやしっぽが、大きな自然災害の接近を予知する力があるとしたら、それは、つきつめれば月の引力をも感じるスグレモノのアンテナであるから、ということになるんだろう。悲しいかな、人間はその猫の察知したなにものかを解釈する能力は皆無なのである。
Salop le typhon, le pire! ― 2011/09/05 20:22:10
Bravo Monsieur Maja Josida! ― 2011/09/07 19:03:47
《(前略……)吉田は2日の北朝鮮戦でロスタイムに決勝点を決めて一躍ヒーローとなった。しかし、FIFA(国際サッカー連盟)は公式HPで得点者を「Michihiro YASUDA(安田理大)」と表記。吉田は主役の座を安田に奪われ、自身のブログで、「俺Maya Yoshida!!!!!!!!どうしてくれるんだよ、俺の手柄!泣」と悔やんでいた。
そしてウズベキスタン戦でもスタメン出場した吉田だったが、同サイトのメンバー表には、「Maja JOSIDA」と表記されてしまった。2試合連続で誤って伝えられてしまった吉田を含めて守備陣は安定感を欠き先制点を献上。同点に追いついたものの、吉田にとっては踏んだり蹴ったりの結果となっている。なお、吉田以外の選手名の表記に間違いはなかった。》(SOCCER KING 9月7日(水)15時33分配信、「FIFA公式HP、「決勝点YASUDA」に続き吉田を「Maja JOSIDA」と紹介」より)
「Maja JOSIDA」と書いて、ラテン系言語では「マヤ・ヨシダ」と読む。小泉純一郎「Junichiro KOIZUMI」をフランスのラジオニュースでは「ユニシロ・コイズュミ」と呼んで彼の退任まで改めることがなかった。私たちが「ヨルダン」と呼ぶ国は国際的に「Jordan」(じょーだん、じゃないのよ)と表記する。ただしフランス語では「Jordanie」と書いて「ジョルダニ」と発音する。何でこのときは「ジ」音になるのか、私は知らない。南アフリカ共和国の首都「ヨハネスブルグ」は「Johannesburg」である。英語などアングロサクソン系は「ジョハネスバーグ」と呼んでいる(はず)。フランス語はどうか、というといつも聴くラジオでこの都市の名を呼ばれるのを聴いた記憶がないので知らない。知らないことが多くて申し訳ない。留学時代のクラスメートのひとりヨアンはスウェーデン人でその名を「Johan」と書いたが、周囲から「ジョアン」と呼ばれるのをいつも「僕はヨアンだ」と訂正していた。だから、というか、しかし、でもないな、つまり世界はそういう事情であるからして吉田選手が自分の名を「Maja JOSIDA」と表記されたといって嘆く必要はないということが言いたかったのである。「Maja JOSIDA」と書いた人は「マヤ・ヨシダ」と書いたつもりだったのだから、絶対。
余談だが。
ジョージ君はGeorge、同じ綴りでドイツ語だとゲオルグ君、フランス語だとジョルジュ君になるが、カスティーヤ語(マドリッド首都圏のスペイン語)ではJorgeと綴り、ジョージでもジョルジュでもなく「ホルヘ」と発音する。有名なところではホルヘ・ルイス・ボルヘス(Jorge Luis Borges、本名はもっと長いのよ)がいる。
カスティーヤ語では「J」音を「ハヒフヘホ」としか発音しないので、吉田選手の名が「Maja JOSIDA」と表記されていたらマドリッドっ子は「マハ・ホシダ」と呼んだであろう。たしかに、それは吉田君にとって由々しき問題だな。
カスティーヤ語、というのも「Castilla」と書いて「カスティーリャ、カスティージャ、カスティーヤ」と三とおりの発音がスペイン国内にはある。「L」(エル)が二つ連なるとラ行音でなくヤ行音になることが仏語にはあるので、私はついカスティーヤとゆってしまうが、マドリッド首都圏で話される本場の(?)カスティーヤ語では「カスティージャ」が優勢らしい。かの国の有名な観光地は「マヨルカ島」と私は決めつけていたが、「Mallorca」と書くので現地では「マジョルカ」だったり「マヨルカ」だったり「マリョルカ」だったりするわけだ。で、調べてみるとフランス語ではMajorque(マジョルク)なんだって(英語ではMajorca=マジョーカ)。規則性に富んでいるようでないようでいるようである。
「J」音にまつわる話で忘れられないのは、もう数年前だが、自宅の最寄りのバス停から堀川通を北上する市バスに乗ったときのことである。若いフランス娘のグループがすでに乗っていて、ベチャベチャブチョブチョ騒いでいた。
(ちなみに、日本の若い女の子が騒ぐことを「キャーキャー」と表現したりするのはわりかし音声面で的を射ていると思うのであるが、それに鑑みて、とてもフランスコギャルの騒ぎかたを「キャーキャー」と表記はできない私である。彼女らのお喋りは粘着系のヴィジョヴィジョブジュブジュベチャベチャ~~~という感じである。あんまり綺麗じゃなさそうだが、フランス人みんなが上流貴族階級ではないし、フランス人みんながアカデミーフランセーズに従順なわけでもない。経験から申し上げるが、庶民の話すフランス語は、耳にしても美しくはない。件の若いフランス娘のグループも見た目、お嬢様たちではなかったが、ということは一般フランス女性なのである)
バスが二条城に近づいたとき、城を「二条城/NIJOJO」と指し示す標識を見て娘のひとりが「オー! ニ・ホ・ホ!!!」と嬉しそうに叫んだのである。ニホホ、ニホホ。よほど語感がよいのか(笑)何度も何度も口にして、バス停「二条城前」を通り過ぎるまで「ニホホ、ニホホ」とまるで歌っているようであった。
自国の近隣地域には「J」音を「ハヒフヘホ」と発音するところもある、という知識は、もっていたわけである。
Donc, ça ne change pas, le situation. ― 2011/09/09 11:11:29
***
<福島第1原発>京都大原子炉実験所・小出裕章助教に聞く
毎日新聞 9月9日(金)2時32分配信
3基の原子炉が同時にメルトダウン(炉心溶融)するという未曽有の事態に陥った東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)。世界最悪「レベル7」の事故は、半年を経ても放射性物質の放出が止まらず、現場では被ばくの危険と隣り合わせの作業が続く。
原発に批判的な立場から福島第1原発事故を見続けてきた京都大原子炉実験所の小出裕章助教(62)に、今後予想される展開や課題を聞いた。
◇遮水壁、一刻も早く
--福島第1原発事故から半年が経過するが、感想は?
小出 事故が起きた時、私は「勝負は1週間で決まるのではないか」と考えていた。つまり、放射性物質を封じ込めることができるか、日本が破局に陥るかは1週間で決まると思っていた。しかし1週間たっても1カ月たっても、半年たってもどちらに転ぶか分からない不安定な状況が続いている。こうした事故の進展になるとは、だれも予測できなかったのではないか。
--今後予測されるリスクや懸念材料は?
小出 事故は現在進行中で、大量の放射性物質が外に出た。ただ、大量の放射性物質が、原子炉と使用済み核燃料プールの中にまだ残っている。今後もっと大量の放射性物質が環境に出る可能性があると考えている。
--具体的には?
小出 東電は5月、1号機については水位計を調整した結果「すでに炉心の中には水はない」と言い出し、メルトダウン(炉心溶融)を認めた。炉心に水がなければメルトダウンは避けられないし、圧力容器の底も抜け、溶けた燃料の溶融体が格納容器を損傷する可能性もある。その場合、溶融体が原子炉建屋の床を突き破って地面に潜り込んでいる事態もありうる。海洋や地下水に放射性物質が拡散しているかもしれない。溶融体が地下水に接触しないよう「地下ダム(遮水壁)」の建設を進めるべきだ。東電の試算によると1000億円レベルの費用がかかるため、株主総会前には建設を表明できないとして、発表を一時取りやめた経緯があった。本来は一刻も早く着手すべきだった。
2、3号機については「炉心の半分まで水位がある」という情報もある。ただし水位計が壊れている可能性もある。もしそうなら2、3号機もメルトダウンし、燃料が地下に潜り込んでいる可能性もある。正確な情報がなく、実際のところは分からないため、いろんな可能性を考えなければいけない。
もし炉心に水があって完全に溶融していない場合、冷却に失敗すれば2、3号機で水蒸気爆発が起きる可能性がある。もし水蒸気爆発が起きれば、圧力容器は破壊され、外側の薄っぺらい格納容器も破壊される。放射性物質の放出を防ぐ壁は完全に失われる可能性がある。
--汚染水をリサイクルする「循環注水冷却」が何とか稼働したが、どうみているか?
小出 政府や東電は「循環注水冷却」の稼働を喧伝(けんでん)しているが、そんなことは「瑣末(さまつ)なもののさらに瑣末なもの」だ。1号機のように燃料が格納容器の底に沈み込んでいるなら、水を注入しても同じではないか。東電のデータが正しいなら、1号機に関する限り、水を入れることはあまり意味がない。むしろ遮水壁を作る方に力点を移すべきだ。2、3号機についてはまだ燃料が溶け落ちていないことも考えられるので、水を送り続けなければならない。それよりも、放射性汚染水が11万立方メートルもたまっている現状を重視すべきだ。
4月に2号機の取水口付近のコンクリートの穴から汚染水が海に漏れているのが見つかった。あの場所だけから漏れていることはあり得ない。原発施設はコンクリートで覆われており、地震や津波でいたる所が割れていると考えられる。壊れないコンクリートなどあり得ない。2号機取水口の漏れは、たまたま見える場所にあったから見つかっただけで、氷山の一角だ。地下などでは亀裂からどんどん地下水へ漏れている可能性がある。「あと何センチであふれる」という視点ではなく、「今の漏れを何とかしなければいけない」という議論をすべきだ。
冷却方法を循環式にしたところで、放射性物質が消えてなくなるわけではない。鉱物「ゼオライト」は放射性セシウムを吸着するが、セシウムを吸い込んだゼオライトの塊が残る。
--東電は工程表で、1月までの「冷温停止」を目指しているが。
小出 「冷温停止」という言葉は専門用語だが、「圧力容器の中の健全な核燃料を100度未満にする」という意味だ。でも、今は炉心が溶け、圧力容器の底が抜けていると東電自身が言っている。それなら「冷温停止」も何もないのではないか。工程表が発表された4月、東電は「炉心は(健全な状態に)ある」と言っていた。そんな前提が崩れてしまっている以上、「冷温停止を目指す」目標にどんな意味があるのか教えてほしい。
--菅直人前首相は、事故にかかわる「中間貯蔵施設」を福島に造りたいと言った。
小出 今後、がれきや汚染水処理で生じる汚泥など、大量の放射性物質の保管が課題になる。世界中に飛んで行った放射性物質は、そもそも福島第1原発の原子炉の中にあったものであり、東電の所有物だ。それが東電の失敗で外部に出たのだから、東電に返還するのが筋だ。事故で出た廃棄物は(東京の)東電本店に持って行くべきだ。原発を地方に押しつけてきた東京の人たちはぜひ受け入れてほしいと思う。
それでは土地が足りないので、福島第1原発敷地の中へ運ぶべきだ。本当に言いたくもないが、福島第1原発周辺で人が帰れない場所を「核の墓場」にせざるを得ないだろう。ただし、一般の原発から出た使用済み核燃料の「中間処理施設」にすべきではない。どさくさに紛れて保管を福島に押しつけることは絶対にあってはならない。
--経済産業省原子力安全・保安院が環境省の外局に設置される「原子力安全庁(仮称)」として再出発することをどう見ている?
小出 経産省であろうが環境省であろうが、「原子力の推進」が国策なら立場は同じ。原子力推進の国策の中で、原子力の安全を確保できるわけがない。なぜなら、原子力は危険なものだからだ。
私は毎日毎日事故が起きると言っているわけではない。しかし原発は時として事故が起きてしまうものだということを理解しなければならない。原子力を推進しながら、安全を担保できるかのように言うことは間違いだ。つまり、原子力をやめる以外に安全の道はないというのが私の主張だ。あり得ないが、もし私に「原子力安全庁長官になってほしい」と要請してきてもお断りする(笑い)。どんなに願っても「安全な原発」はあり得ない。
--菅直人前首相が、中部電力浜岡原発の停止を決めたことの評価は?
小出 停止自体は評価できるが、防潮堤などの地震対策が完成すれば運転再開してもいい、という含みを残したまま今に至っている。中電が本当に運転を再開したければ、再開できる余地が残っている。
--緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)の結果公表が遅れるなど、事故に関する国や東電の情報公開について。
小出 少しでも危険だと受け取られる情報は隠すべし、というのが国の姿勢。国が恐れているのはパニックであり、住民の安全は二の次だということが今回の事故ではっきりした。国など組織の前で個人が無力になるのは、第二次世界大戦中もそうだった。今は本当に「戦争」のような事態だ。
--原発内の情報も、東電を通じてしか出てこない。
小出 今も人々を被ばくさせ続けている当事者が、情報でも何でも一元管理しているのはあり得ない話だ。国も東電もふんぞり返って「データをやるぞ」という態度。とんでもない話だ。
--政府は国際評価尺度(INES)のレベルを事故当初、過小評価した。
小出 日本原子力学会に所属する研究者は山ほどいるが、事故がとんでもない状況になっているにもかかわらず「レベル4」と言い張る研究者もいた。原子力を推進した自分の責任を逃れたいと思い、事故ができるだけ小さくあってほしいと思いながら発言した結果だ。日本原子力学会は「個人の責任を問うべきではない」との声明を出しているが、自分が間違ったと思うなら公表するぐらいの気構えが必要だ。また、福島第1原発を誰が認可したのか。当時の原子力委員会、原子力安全委員会、そして経産省のたくさんのワーキンググループに入った専門家が責任をとることは当たり前だ。
--政府の事故調査・検証委員会(事故調)にはどんな事実関係を明らかにしてほしいか。
小出 一つ一つのデータをきちんと公表する。さらに、そのデータを東電が自分たちに都合のいいようにシミュレーションしている可能性があるので、シミュレーションのやり直しをさせるべきだ。もしそれが実現できれば、おそらく福島第1原発は津波ではなく、地震で壊れたことが明らかになるのではないかと思う。事故調は「個人の責任を追求しない」と表明しているが、事実関係を明らかにするだけでなく、責任を明確にすべきだ。
--廃炉はどう進めるべきか?
小出 メルトダウンした燃料をどうやったら回収できるのか、私には想像すらできない。米スリーマイル島原発事故(79年)では、燃料が圧力容器にとどまっていたため何とか回収できた。これだけでもずいぶん大変だった。しかし、福島の場合は核燃料が地面にまで潜り込んでいる可能性があり、回収には10年、20年単位の時間が必要だろう。私たちは人類史上、遭遇したことがない事態を迎えている。
こいで・ひろあき 東京都生まれ。74年、東北大大学院工学研究科修士課程修了。工学部原子核工学科在籍中の70年、東北電力女川原発の反対運動に参加したのを機に、反原発の研究者になることを決意。74年から現職。専門は放射線計測、原子力安全。
Ca ne finit toujours pas... ― 2011/09/09 19:19:08
マイケル・モーパーゴ著、佐藤見果夢訳
評論社(2007年)
痛い小説だ。
第一次世界大戦のさなかに起こった本当にあったいくつかのエピソードを基にして書かれた物語。年端も行かない少年が、戦地に駆り出され、上官からは嫌がらせや拷問を受け、前線では苛酷な戦況に足を竦ませ……
第一次大戦は1914~1918年間続き、他の戦争の例に漏れず、人の心と大地を荒廃させた。舞台である英国は階級社会で、軍人や地主が大威張りで使用人をこき使い、胸三寸で解雇も配置換えもしたような時代。それでも戦争の影がまだ色濃くないうちは、そんないけすかない雇い主や、四角いアタマの教師、頑固で古臭いジイサンバアサン連中を、庶民や子どもはうまく出し抜いたりやり込めたりして、貧しくても知恵を使い、厚みのある暮らしをしていたのだった。
冒頭で主人公が、残された時間を、世界にひとつしかない宝石を握り締めるようにいとおしんでつぶやく。この冒頭で、まだ18歳にもならないこの少年を見舞う苛酷な運命を、読者はなんとなく想像することができる。そして、1行空けて、主人公の少年は、辛いことも悲しいことも驚いたこともあったけれど、キラキラと輝きに満ちていた幼少時代を少しずつ回想していく。文体は、本書が児童文学として分類されていることからもわかるが平易である。情景描写は童話的で、豊かな森林や、古い聖堂の威容など、絵画のように読者の目に立ち上がる。時間の流れもゆったりしていて、登場する子どもたちは無邪気で生意気である。
父親が死に、主人公はその死の原因が自分にあると自己を苛んでいる。その心の底の、彼にとっては小さくないこぶが、母や、兄や、兄の恋人との関係に少し影を落としたりもする。
母子家庭となった家では生活に困窮し、兄弟は領主の敷地で魚や農作物を盗んだりもする。それでこっぴどく罰せられる。だがそうした、そのときはえげつないように見えるひとつひとつの事件が、少年たちのハートをけっきょくは打たれ強い頑健なものにしていった。彼らの強さが家にささやかな幸福をもたらすかに見えたのだが。
ドイツ軍が侵攻し、若い兵士たちが次々と駆り出されていく。十分な訓練を受けていないまだ子どものような兵士たち。彼らの敵はドイツ兵よりもまず自分の恐怖心だ。臆病風に吹かれて逃げ出したが最後、そんな兵士は必ず捕らえられて自国の軍事裁判にかけられ有無を言わさず銃殺刑に処せられる。
主人公兄弟の上官は狂気に走った軍曹で、作戦も何もなく闇雲な突撃を命令する。ただそこにいるだけで必ず殺されるのに……。
物語の最後のほうで、主人公は父の死にかんする心の傷を兄に打ち明ける。だが兄は笑って、母さんも俺も知ってたよという。でもお前のせいじゃないよ、断じて違うよと。
第一次大戦のとき、300人近くのイギリス兵士が脱走ないし臆病行為により銃殺刑に処せられた。そのうちの2人は見張り番をしていて居眠りしていたことが理由だったという。
本書はそうした臆病行為の罪で銃殺刑になった若いイギリス兵の実話を基に、書かれた。けっきょくこの戦争では数百万人の戦死者が出たのだが、その一人一人にどのような人生の物語があったのか、それを掘り出して語り継ぐ試みは、日本と同様、英国でも遅々として進んではいないようである。
心臓をわしづかみにされ、捻り潰されるかと思うほど、痛い小説だ。中高生に読んでほしい。
Merci mille fois à tous!!!! ― 2011/09/12 11:15:54

貸衣装って、同じものを着ることって絶対にないんですよね。発表会ごとに2着、年に2回だから4着、もう10年やってるから実に40着もの衣装をお借りして、裁縫係(あたしよ)はそのたびに奮闘してきましたが、これまで「あ、これ前に着たのと同じだよね」ということは皆無です。演目も違うし役も違うしサイズも違うし(成長するしね)、あたりまえっちゃあたりまえ、なんだけど、もうこれっきりなのね、と思うといとおしいもんですね。
娘を応援してくださった皆さん、観に来てくださった皆さん、本当にありがとうございました。
おかげで、たいへんよくできました花丸、の舞台でした。
お花もたくさんいただきまして。





他にもお菓子やら小物やらメッセージやら……心から感謝申し上げます。
舞台人にとって、何よりの励みは「観客の目」です。客席の皆さんからいただく拍手こそ、舞台人へのご褒美であり叱咤激励であり、ビタミンでありパワーの源です。
お客様から拍手をいただけることほど名誉なことはなく、そのためだけに日々精進する意味があります。
昨日いただいた拍手を糧に、またさらに頑張るでありましょう。
どうもありがとうございました。
Je suis sûre que, si c’était moi qui avais aimé cet homme-là, la fin de cette histoire avait été si différente… ― 2011/09/14 18:58:20
姫野カオルコ著
角川書店(角川グループパブリッシング/2003年)
本書が発売されたときに、書評を何かで読み、すごく読みたくなった。これは読まなければ。非常に強くそう思ったのを覚えている。ちなみに私は姫野の作品を一つも読んだことがなかったし、評判を聞いたこともなかったし、若いのかそうでないのか、作家としてのキャリアもまるで知らなかったし、今も知らない。『ツ、イ、ラ、ク』を読みたくなったといって、いきなり姫野カオルコとは誰ぞやと調べてみることもしなかった。
本書は人気作品なのか、図書館ではいつも貸し出し中だった。何が何でもどうしても読みたい本、読まなければならない本は予約を入れるが、本書についてはそれをしなかったので、たぶん当時の私には、いくら読みたいという気持ちがあっても予約するというアクションを起こすほどの熱意をこの小説にもつことはなかったのだろう。しかし私だって小説の書架を眺めるときはあるので、書架の「作家名ハ行」の棚に姫野カオルコの名を見つけると、『ツ、イ、ラ、ク』を思い出した。しかし『ツ、イ、ラ、ク』はいつも、なかった。しょうがない、他の作品を読むかな。……と、思ったことは一度もない。姫野カオルコという作家に関心があったわけではなかったから。
そのうち、私は『ツ、イ、ラ、ク』を忘れてしまっていた。書架に姫野の名を見つけても、(例によって『ツ、イ、ラ、ク』はなかったから)『ツ、イ、ラ、ク』を思い出すこともしなくなっていた。なぜあれほど読みたいと思ったのだろう。新刊書の書評なんてものは、あらすじを語っていてもネタばれするわけにはいかないし、作品にかんしてたいした情報を提供してくれるものではないのに。
ところが、最近になってようやく、我が図書館の常連組がようやく手放す気になったのか(笑)、『ツ、イ、ラ、ク』が書架にあったのである!
実は他の作家の名前と作品を探して「作家名ハ行」の棚を見ていたのだが、なんとそこに、しれっと、本書が並んでいたのである。あ、あったあーーーついらくーーーーーーっと(小さくだけど)叫んでいた私。
ためらうことなく貸出し手続きを済ませて家に持ち帰り、ずいぶん分厚い本だから長編小説なんだけど、がーーーーっと一気に読んでしまった。これがこの人の書きかたなのかどうか知らないが、語りの主体がコロコロ変わって見えるし、ところどころノンフィクション系筆致になるし、記号など駆使して字面をややこしくするし、正直いって、読んでいて、あまり快適さを感じる文章ではない。そんな回りくどい言いかたしなくても。そこでその説明必要なのか? それは説明しているようで実はしてないぞ。……などなど、はしたないけど心中で「ちっ」と舌打ちしたくなる箇所があまりにも多い。ところが、ヒロインの隼子というキャラクターがあまりに凛と立っていて、この子をめぐるさまざまなことが、次の展開をいい意味で予測させいい意味で裏切らないので、次はどうなる、やっぱそうなる、なるほどそう来たか、思ったとおりだ、てな具合に非常にテンポよく読まされてしまう。
私はなぜ、この小説を読みたいと思ったのか、それはけっきょくわからずじまいであった。8年前、本書の新刊当時、私はまだギリギリ(笑)30代だったが、ヒロインとその同級生たちは物語の終わりで34歳になっている。同級生たちはそれぞれに中学校時代を振り返ったりする。あんなにどうでもいいことに必死だった、夢中だった、些細なことに感動し、些細なことが許せなかった。そんな中学生の頃。読者は同じように郷愁を覚え、胸キュンとなる。作家の狙いはそこか? もし私がすんなりと30代の終わりにこれを読んでいたとしても、中学校時代に思いを馳せ胸キュンなんて、絶対ありえなかったと思う。私はその頃忙しすぎて(今もだけど)目の前の雑多な事どもに追われて雑多な事どもを追いかけて(今もだけど)、転職したり失恋したり(もうしてないよ)、同級生なんて眼中になかったし(もうそんなことないよ)。
私の中学校時代には、教師と恋に落ちるやつもいなかった(いたかもしれないけど若い教師がいなかったし)。ひどい噂を立ててポルノの切り抜きを黒板に貼るような奴もいなかった。中途半端な都会の中学校は色恋沙汰も非行も喧嘩も勉強も、イマイチぱっとしない集団だった。だけど私たちには私たちの青春がたしかにそこにはあったわけで、この5月に何年ぶりかの同窓会を経験した私は、亡くなった雅彦や、ちょっとおかしくなったという噂の慶子のことを抜きにしても、『ツ、イ、ラ、ク』を読んで、ああ、そうだったよね中学時代……と懐かしい心地よさに満たされたことは白状する。
でも、この小説のツボはそこではない。登場人物たちの、実に小学校2年生から中学校卒業までのストーリーが長編のほとんどを占める小説でありながら、これは読者を郷愁に誘う物語ではない。読者が本気で人を愛した記憶があるなら、この小説によってその記憶は呼び覚まされ体の中で脈打つはずだ。幾つのときかは関係がない。『ツ、イ、ラ、ク』は女子中学生と大学出たての教師との恋が描かれているのだが、中学時代に恋に落ちた経験がなければ感動する資格がない、のではない。恋に落ちる瞬間はいつでも誰にでも訪れる。その意外なきっかけ、意外なシチュエーション、お決まりの展開、お決まりの睦みごと、それは百人百様の色彩であるいはモノクロームで記憶に残っているものだが、それを見事に甦らせてくれるのが本書だ。
あのとき、たしかに私は墜落した。そう、あれから始まったんだ。
そんなことをつい、読みながらつぶやくのである。
































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