J'ai mal partout! ― 2011/06/08 14:33:55
スズキ コージ著
ビリケン出版(2000年)
いつもいつもいつもしんどい、という限りなく更年期的症状に近い状態にはカラダもアタマも慣れつつあるのだが、近頃そこらじゅうが痛いのである。頭とか腹ではなく膝とか肘とか指の第二関節とか踵とか土踏まずとかいわゆる整形外科的疼痛である。そんなもんアンタ前からじゃないの、あっちもこっちも痛い、なんてのはさあ、とおっしゃる向きも多かろうが、現在のように同時多発的な痛み発症というのは、なかなかどうして、私の場合珍しいのである。じつは今年初めから膝関節が痛くて曲げ伸ばしが困難になり、正座するのがひと苦労なのである。正座できないというのは、我が家での暮らしにも支障があるし、居酒屋のお座敷席でも難儀するとあって、非常に不都合な真実である。しかし、そんなことになってしまったのには原因があり、したがってこれは治癒する痛みだという診断が下され、そして医師のいったとおり、GW過ぎると痛みはかなり軽減した。したのだが、膝が楽になって喜んだのもつかの間、さきほどならべたてた部位の数々がいっせいにブーイングを飛ばすように痛み始めたのである。まともに歩けないから家の中ではほとんど伝い歩きである。外を歩くときくらいはしゃきっとしようと思って無理するので、職場や自宅に戻ったとたん、前かがみで足を引きずり、ほとんど老婆。これじゃあスズキコージのつえつきばあさんのほうがよほど元気でダンサブルなのである。年に一度の祭りの日。山奥のあちこちの集落から人々が集まって踊る。つえつきばあさんたちもつえつきおどりを踊るのである。こういう年中行事があるから元気でいられるのだな。膝を傷めた時、かかりつけの整形外科医は「絶望的なほどの運動不足がそもそもいちばん問題」といった。つまり、あまりにも体を動かしていないから、突然動かした時の負荷が何倍にも膨れ上がってしまうのである。運動不足解消には何がよいか。つえつきばあさんの例のように、やはり年中行事に限るのだ。私の場合、原則祭りは見物オンリーだ。これではいかん。参加型の祭りが必要だ。祭りでないといかんこたあなかろうに、とおっしゃる向きは多かろう。たしかに、早朝や夕方に近くをジョギングするとか、いや、走らずとも歩くだけでよいではないか、ウォーキングしなはれ、というか、通勤は徒歩に変えなさい。ハイハイ、おっしゃるとおりです。最近よさげなスポーツジムもできたことだし、体験エアロにでもいってみっか。いろいろと、私だって、検討しないわけではないのだ。しかし、どれもこれも生活の中での優先順位をいうと下位にきてしまう。時は金なり。一秒でも惜しい毎日を過ごしているのでジテキン(自転車通勤)はやめられない。ましてやジムなんぞに行く暇はない。しかし、地域の年中行事は優先順位のトップに上がる。地域の夏祭り、子ども祭り、地蔵盆、レクレーション、運動会。どれひとつとして外したことはない。どういうわけか、休日に仕事を入れられそうになっても「すみません、町内行事があるのでほかの日にしてください」というわがままが通る。お母さん、●月●日、買い物行こうよという娘にも、あかん◆◆祭りの日やもん、というと聞き分けがいい。というか「ウチも行くー」である。現にウチの娘は夏の神輿担ぎに必ず参加している。べつに義務づけられているわけではない。ないが、季節がめぐると、参加せんでどうする、みたいな気持ちになるのである。炎天下でほぼ丸一日まちを練り歩く。ハードワークだ。体力使うぞ。そうだ。私にもそういう行事があればいいのだ。杖つかないと歩けなくなる前に、この夏の盆踊りには参加を表明しよう。うう、痛い。ふざけているようだが大真面目である。そこらじゅうが痛いのである。
Me voici, j'ai eu un an de plus, aujourd'hui! Merci à tous! ― 2011/01/18 19:36:13
佐野洋子作・絵
講談社(1977年)
名作の誉れ高い絵本である。私にとっては、大きくなってから、つまり職業としての絵描きや絵本作家を意識した高校生くらいのときに手にした絵本であるので、この本が幼い心にどのように響くのか想像することができない。
娘が保育園のとき、読み聞かせの時間にこの本がとりあげられたことがあった。年中か年長児だった娘は、「ひゃくまんねんいきたねこ、よんでもろた」といった。「それはさ、ひゃくまんかいいきたねこ、とちゃう?」「そやったっけ?」「百万年、生きるのと、百万回、生きるのとは、かなり違うよ」 「ふうん」「面白かった?」「わすれた」
保育園児には難しすぎる絵本である(笑)。
小学校に入ったら、地域住民で構成する図書館ボランティアさんの尽力で読み聞かせ会は頻繁に行われていて、娘は放課後よく聞きにいっていた。あるとき、やはり本書が取り上げられたことがあった。保育園のときに読み聞かせてもらった記憶は微塵も残っておらず、なんとなくあの猫の顔覚えてるような気がするけどなんでやろ、ぐらいの気持ちで聞いたらしいが、感想は:
「言いたいことはわかるけど、お話としてはどうなん、て感じ」
という、まことに佐野先生には申し訳ないというか恐れ多いというか、分不相応に偉そうなコメントを吐いたのであった。
しかし、無理もないのだ。
小学生にだって難しすぎる絵本なのである。
「ねこ」は生きては死に、生きては死に、を繰り返す。生きるたびに飼い主や友達との出会いがある。そして事故や病気で死ぬ。だがまた生きるチャンスを与えられるのかなんだか知らないが、再びこの世に返り咲いて生きる。それを百万回もやってきた。一回の生は数年間に及ぶはずであるから、年数でいうと数百万年生きている。化け猫である。しかし、それはこの本の主題ではない。ここらへんで、子どもは本書理解への挑戦に挫折する。これは化け猫の話ではない。だとすればなんだ? 百万回めに「ねこ」は恋をする。これが大きなポイントなのだが、いかんせんほんものの恋とか生き甲斐とかに出会う前の子どもたちにとっては、たとえば自分の両親などに照らして、やっと結婚したんか、くらいにしか受け取れない。
「ねこ」は生を全うしてほんものの死に至る。
やっと、死んでもいい境地に達した。
やっと、死なせてもらえるくらいの役割を果たした。
本書は「ねこ」をつかって天寿を全うして召されることの幸せを描いているのである。この「ねこ」の気持ちがわかるには、やはり「天寿を全うする直前」に至る必要があろう。
本書は、だから、じつにさまざまな年齢の人々に読まれているし、十人十色の受け止めかた、感想が生ずるのも当然なのである。ウチの子は今のところ好きではないけれど、彼女の同級生には感動した子もいたかもしれない。
中学校に入ってからは、なんと道徳の時間に本書が取り上げられたという。たしか1年のときにはほかの本と一緒に紹介されて、生と死、老いのことについて話し合ったとかなんとかいっていた。さらに、3年になってまた取り上げられ、道徳は担任の受け持ちなので、あの嶋先生が例の調子で授業をしたそうである。
「嶋先生は通りいっぺんのきれいごとばっかりの発言とか嫌いやねん」
「そやろな」
「そやから、誰かがいわはってん、ねこは最後に死ぬことへの恐怖を克服したんだと思います、とか。ほかにも、そういう真面目な答え、ゆわはった人、何人かいて」
「へーーーえ!!!」
「そしたら嶋先生、ほんまか、ほんまにこの絵本読んでそんな感想もったんか、どこ読んでそんなふうに思たんか教えてくれ、とかゆわはんねん」
「いけずやなあ、しまぴょん」
「みんな、しどろもどろ」
「そやなあ。あんたは何かいうたん?」
「ウチの猫がこんな猫やったら嫌やなあと思いました、って」
「ストレート過ぎるな、それは」
「なんで嫌なん、って聞かれたし、ウチの猫は、赤ちゃんのときにウチに来てそれからずっと一緒にいるのに、もし、私の知らないところでそんなにたくさん生きたり死んだりの経験いっぱいしてるなんて想像できひんし、してみても気持ち悪い、って答えた」
我が娘は正直である(笑)。表面的なストーリーしか追えていないことの証左だが、やはり、中学生にすら難しい絵本なのだ。
猫を飼っているから余計にマイ猫と重ねて違和感をもつのは否めない。「ねこ」を猫として読んでいる間は、その域を出ない。しかたないのだ。
あまりにたくさんの人々が読んで、いろいろな評価を下されているので、大人になってから再読しようにも、情報が邪魔をして、純粋な気持ちでは向かえないかもしれない。名作といわれる書物の悲劇的な一面である。この絵本を読んでもはや「邪悪だ」なんて感想はもてないのである(笑)。
天邪鬼な私は、この本に初めて出会ったとき、絵は好きだけどストーリーはわかりにくいな、とウチの子そっくりの(笑)横柄な感想をもったものだ。そして、ええ歳になったいまでも、その評価はあまり変わらない。佐野洋子さんがこの本を通じて言いたかったこととはべつに、一冊の絵本としては、やはり、わかりにくく対象年齢を絞りきれない難儀な一冊に数えられるのではないかと思うのだ。
私は佐野洋子さんの『おじさんのかさ』は大好きである。何度も図書館から借りて、娘に読み聞かせたものだ。エゴイスティックなほどに。
でも、佐野洋子さんの絵本で私が知っているものは、じつはこの2作しかない。佐野さんはその生涯に多くの著作を残されたが、絵本はあまり多くはない。本書の絵は好きだと書いたが、といって佐野さんの絵のファンになるほどではなかった。世の多くの人がそうではないかと思う。幼児受けするものは描いていないし、売れたからといってその絵本の続編なんかつくろうとはしなかったようであるし。
寡作だからこそ、『100万回生きたねこ』が突出して支持されているともいえるのかもしれない。
絵本は、罪な存在である。
大人の感性でよしあしを決められてしまう。子どもは「よい」本しか与えてもらえない。なのに、人生の間には、時にそこからはみ出た本、つまり「よくない」本にも感動する。そのとき、そんなもんにカンドーしてしまう俺ってアタシって、と卑下せず素直に自分を感動させてくれたものを受け容れてほしいものだと思う。佐野さんはきっと、そういう意味で、児童書としてはよくないほうに分類されるかも、ぐらいの気持ちで本書を描いたのではないだろうか。そう思うとなんとなく得心するのだが、考え違いだろうか。
佐野さんはかつて、ある児童文学賞の審査員をされていた。その第一回目、ある作品が受賞したが、佐野さんはその作品には反対票を投じた。最後まで支持しなかった。彼女のその作品への批評を読んで、私はものすごく共感を覚えた。そうよそうよ、だからあたしもこの本嫌いなのよ! と。その作品も、一躍有名作家になったその人の他の作品も、私は相変わらず好かんのであるが、もしかしたら佐野さんは私などよりずっと柔軟なアタマと感性をおもちだろうから、評価を変えてらしたかもしれない。ま、それが、たったいちど、「佐野洋子」を偉大に思った出来事だったのである、私にとって。
佐野洋子さんはウチの母より二つも若いのに、亡くなった。佐野さんの人生をあまりよくは知らないが、百万回生きて、挙句天寿を全うした化け猫だったかも、またそんなふうに彼女を思うことも、許す境地で逝かれたであろうと思うのである。私もぜひ、化け猫並みに何万回も生きて面白おかしい人生をいっぱい経て、最期に至りたいもんだ。さて今のこの生は、何回目なのだろうか。どっちにしろ、今日はその節目のひとつであったりする。あーあ。
知る人ぞ知るあの本も、隠れた超プチ大作のあの箱も、ただ食って寝るだけのウチの猫も、昔の名前で出ています。 ― 2009/05/24 00:26:59
……なんてことは実は全然なく、私は休みも休みでないのでただ粛々と仕事に邁進(ここ数か月ずっとこの状態)、老母はぶつぶついいながら私が全然しない家事をカバーし(ここ数か月ずっとこの状態)、さなぎはさなぎで登校しないわ外出もできないわ、じゃあ勉強かお手伝いしかすることないだろってゆーだけ無駄!を絵に描いたような、一日中腹筋背筋の筋トレと老母の寝室の手すりでバーレッスンと食事とおやつと昼寝に明け暮れる(ここ数年たいていこの状態)。
手づくり絵本教室に通っていたときの先生が声をかけてくださって、グループ展に参加している。これまでに作った本を、他の熱心で優秀な生徒さんたちの素晴しい作品群に紛れ込ませてもらっている。私は展示のお手伝いも会場当番も何もできなくて、先生には不義理ばかりである。
グループ展のお知らせは先生のHPで。↓
http://www.geocities.jp/studio23roko/News.html
ギャラリーはここ。 ↓
http://www.k4.dion.ne.jp/~myogei/
私とは違ってお店番もしておられる生徒さんのブログ。 ↓
http://hohaba.exblog.jp/
作りたい本は次から次に浮かぶ。私の「作りたい本フォルダ」にはおびただしい数のテキストデータがあるが、ひとつとして自分のテキストはない(笑)。人の文章を読んで、あ、これいい、と思うとさっさとキープして、眺めたり朗読したりして、絵や装幀を思い浮かべる。
で、そこで止まる。
実際に手を動かす時間がないのである。テキストの山さん、ごめんなさい。いつかきっと、私が本にしてあげるからね。
その箱を開けてはいけません(2) ― 2008/06/20 15:02:11
『ヨナタンとまほうの箱』
イングリッド・オストへーレン 文
アニエス・マチュウ 絵
いずみちほこ 訳
教育社(1993年)
ヨナタンはねずみである。人家の屋根裏や床下に住んで柱や梁をかじったり、台所の穀物袋に穴を開けて食べちゃったりする、あれである。
ヨナタンはJonathanである。ジョナサンと読みたいところだが、ヨナタンはドイツのねずみだからヨナタンなのである。ドイツではJapanはヤーパンである。
J音をジャ・ジュ・ジョでなくヤ・ユ・ヨで発音する言語はとても多い。例外なくジ音になるのは英語くらいのもんではないだろうか。
フランス語も基本的にはJ音はジ音だけど、Jで始まる他国の固有名詞に限って、ジ音で発音しないケースによく遭遇する。ドイツ語やオランダ語、北欧語ではJ音がヤ行音になり、ポルトガル語やスペイン語ではハ行音になる。そのことをわきまえて、というのか知ったかぶりをするのか、フランスのラジオの国際ニュースでは小泉純一郎をユニシロ・コイズミといい、京都を訪れた観光客はニホホ・シャトどこですかなどと聞く。それが二条城だとわかる日本人って、そうはいないよ君たち。お国の慣習にしたがってJ音はジ音で発音すればいいのに、と思うのだが、名前の発音は出自を尊重するべきであるという意識が根底にあるのだろうか? 留学してた頃の古い話で恐縮だが、クラスメートにはスウェーデン人のJoan、オランダ人のJustus、スペイン人のJorgesがいたけれど、どの教科の教師も彼らには必ず「あなたの名前はどう発音すればよいかしら?」とおうかがいを立て、彼らの申告にしたがって「ヨアン」「ユストゥース」「ホルヘ」と呼んでいた。(そのわりには私の名前の最初の音は必ず「チ」でなく「シ」と発音され、それが改まることはなかった。chはけっしてチ音にはならないのがフランス語なのだ)
というわけでヨナタンに戻る。
ヨナタンは大変カッコよく、頭もよく、勇敢なねずみだそうだ。
ある日、屋根裏を探険していたヨナタン。積まれていた本の下にあった箱をつついたりひっくり返したりしているうち、箱のふたが開いてしまう。すると箱から粉がまいあがり、ヨナタンにふりそそいだ。すると不思議なことに……。
箱のまほうのおかげで、いつもとは桁外れに面白いいたずらをやってのけちゃうヨナタン。豚さんが空を飛んだり牛さんがダンスしたり、ポニーがキャベツでお手玉したり、動物たちも、家の人もびっくり。しかも、ヨナタンの仕業とは誰も気づかない。
でも、楽しいいたずらの時間は唐突に終わってしまう。魔法の効き目がなくなったそのわけは……。
邦訳されているのはこれだけかもしれないけれど、オストヘーレンの「ヨナタン」シリーズはたくさん出ているそうだ。ストーリーに目新しさはないけれど、マチュウの(たぶん)水彩絵の具と色鉛筆の組み合わせによる温かな絵がとても効果的。水彩で着色した和紙をちぎって絵を創るいもとようこさんの作風にも少し似て、おとぎ話にはぴったりである。
儚い、いっときの夢を見せてくれる、魔法の粉。その箱を振ってみて。どんな音がする? 入っているのは魔法の粉かもしれません。
だからほら、そこのあなた。
その箱を開けてはいけません。なぜならその箱は……。
おみせやさんごっこ ― 2008/06/13 18:31:25
福音館書店『こどものとも』
2008年7月1日号〈628号〉
「あいうえおみせ」 安野光雅
近所の、スタバに隣接する大型書店はぜんぜん好きくないのだが、近所ゆえについ立ち寄ってしまう。
私は本は買わないぞと固い誓いをたてているけれど、(娘の参考書など、無駄と知りつつ必要悪として買わねばならないときもあるので)本への出費は止まらない。純粋に自分の心の栄養剤として買うのが、きれいな絵本たちだ。これもよほど気に入った場合だけれど、よほど気に入ってもやはり買えないことのほうが多いけれど、買っちゃうことがある。たとえば410円の月刊絵本。
安野さんの絵。たくもう、なんだってこんなに癒し系なんだろうね。
豪快な油絵や大胆なコラージュ、クレイアートあるいは染め織りの技法も盛り込んだような、画家のパワーがぶんぶん伝わってくる絵も大好きだが、安野さんの水彩画のような、水と、パレットに少量ずつ出された幾色かの水彩絵の具と、丸筆数本と面相筆だけで小さな水彩紙につつつっと描いたような、肩の力のぬけきった絵も大好きだ。絶対真似できないとわかっているからなおさらだ。
『あいうえおみせ』は、見開きの上段には「あいうえお順」、下段には「いろは順」に、いろんなお店を並べて描いてある。
最初のページは上が「あめや、いしやきいもや、うんそうや……」、下は「いしゃ、ろくろや、はなや……」。
「えんとつや」にはサンタがいて、「ほうきや」には魔女がいる。「わさびづけや」や「つくだにや」なんて、日本にしかなさそうな店(あるかな?)もあれば、「ろぼっとや」という「あったらいいな」系の店もある。
この月刊誌には「絵本のたのしみ」という小冊子が付録についていて、作家のコメントなどが載っている。娘が保育園児だった頃、毎月保育園経由で配本される絵本の中にはあたりもハズレもあったけれど、私はこの付録を読むのがとても楽しみだった。思わぬ創作秘話が書かれていたり、読み手が受ける印象とはかけ離れたところで発想されていたりと、たいへん興味深いのである。
その付録の中で、安野さんは中野重治の『萩のもんかきや』という作品に触れている。「もんかきや」とは、紋付き羽織の紋章を筆で正絹の生地に描き染めをする仕事である。(私んちの四軒隣にそれの職人がいる)
この絵本にも「もんかきや」は出てくる。「おけや」「れんたんや」「きんぎょや」。たったひとつの種類の品を売り、あるいはたったひとつ腕につけた技で、一生まかなうことのできた時代の、シンプルな店が並ぶ。
私の町はまだそんな店が多く残っているほうであるようだ。
この本を眺めて郷愁にひたるほどではない。むしろ、「あれ、この店、○○さんちみたいだね」などと、実在の店を思い浮かべて話が弾む。
とはいえたしかに、昔はこんな店のほうが多かった。「ウチは○○しか売ってまへんねん」。そんな店ばかりになっても困るけど(笑)。
去年総合学習で柚子味噌の老舗を訪ねた娘は、その味噌の味にいたく感動し、母も祖母も巻き込んで柚子味噌の試作にのめりこんでいた(三日間だけど)。当然ながら老舗の味は再現できない。だけどそうまでしたくなるほどの美味しさ、あるいはものづくり、商売への情熱は子どもにだって伝わるのだ。
大きくなったら○○屋さんになる! 子どもの口からそんな言葉をもっとたくさん、もっとヴァリエーション豊かに聞きたいものである。
ニャンてこった再び、の巻 ― 2007/10/16 20:31:12
柳生まち子 作
月刊予約絵本「こどものとも」543号(2001年6月)
福音館書店
我が家のネコさまだが、膀胱炎を再発あそばされたのでござる。
9月に入って急に朝夕冷え込んだのが原因とな。
もうこれは体質としかいいようがありません、とはかかりつけ医の言。
まめに尿検査をして療養フードでコントロールしましょうとの仰せでござる。
尿結石と膀胱炎は同じではないけど、どちらかになれば他方も併発するという。
冬から春にかけて発症した膀胱炎をひきずって、なかなか尿中のストルバイトがなくならなくて、pHもアルカリに傾きがちで、すっきりしないねえ、といいつつ夏を迎え、あまりの暑さにネコさまの食欲も減退していたようなのであったが、少し涼しくなりまたよく食べるようになった頃、9月に入って定期健診だとかなんとかいって尿検査を奨められ診てもらったら、やはりアルカリが高かった。
いけませんねえ、1週間後もう一度検査しましょう、といわれたけどその1週間を待たずに、2日後、ネコさまの様子がおかしくなった。どうもこれは冬のときと同じような頻尿行動である。で、検査してもらったら案の定。その翌日には猫砂が赤くなり、ああこれは血尿だと思われたので再々検査。
療養フードに速攻で切り替え、お薬をいただいた。
1週間後。頻尿行動も血の色もなくなったと思ったけど、顕微鏡で見るとまだ血尿だって。
さらに1週間分のお薬をもらった。そして1週間経過した。再び再びクリニックへ行かなきゃならないが、採尿を忘れちゃうのである。
なぜなら我が家のネコさま、いまやすっかり足取りも軽く、気候がよい日は窓辺で昼寝、すこおし寒い日は誰かの寝室の毛布の上で昼寝、家族みんながいるときは食器棚の上で昼寝とステップあざやかなのでござる。
かかりつけ医によれば、膀胱炎にしろ何にしろ、具合の悪いときの猫はやたらと啼き、やたらと動き回って落ち着きがないそうである。
寝てばかりいるのは健康らしい。とりあえず若い猫の場合。
しかし我が家のネコさま。
私の顔を見ればカエルのミドリと遊びたいとニャーニャーねだり、ばあちゃんの顔を見ればご飯ちょうだいとニャゴニャゴねだり、娘の顔を見ればミュウミュウと追い回しくっついて離れない(座り心地がよいらしい)。
と、あまりにお元気であらせられるので、もしやまだ完治はされていないのかも知れぬ。
明日こそ、検尿、もって行かなきゃのう、と心を決する毎日である。
ところで、『3びきねこさんとさくらんぼさん』。
娘が通っていた保育園では、この月刊絵本を強制的に購入させられていたのだが、私にとってはとても楽しみなことであった。時にはイマイチの絵本もあるけど、さすがは福音館書店というべきか、あまりハズレな絵本はなかったように思う。
この月刊絵本から、(おそらく読者の反響などを考慮して)単行本化される絵本があるが、『3びきねこさんとさくらんぼさん』は残念ながらなっていないようである。
単行本化されないままの絵本はけっして少なくない。
であるからして、購読していた時期の、それらいくつかの絵本が単行本化したらしたで嬉しいが、しなかったらしなかったで希少価値があるのでそれもまた嬉しいのである。
柳生さんは『3びきねこさん』のシリーズを4冊、月刊「こどものとも」から出していて、うちシリーズ3作目が単行本化されたそうである。それはそれで、めでたいことである。
春風に乗ってやってきたかのような、とってもキュートなお姉さんねこの「さくらんぼさん」がお洒落で可愛い。さくらんぼさんは編み上げの靴を履いて、3びきねこさんのうちの1匹、「きい」君に赤い靴を貸し、スキップを教えてやる。ほかの2匹は美人のさくらんぼさんに見とれてボーッ。実はさくらんぼさんは「靴屋さん」だった。春の野原に100足の靴を並べて動物たちに勧めるのを、3びきねこさんたちはお手伝いにいそしむ。
これが配本された当時、私たちの頭には本物の猫がいなかったので、猫も、その友達として描かれるブタやイタチやキツネと同様、想像の動物でしかなかった。
今、こういった猫を描いた絵本や物語に接するとき、どうしてもウチのネコさまに思いが行き、比較してしまう。べつに悪いことでもないだろうが、あまりいいことでもないように思う。『3びきねこさん』の猫たちはあまりに擬人化されているので、多少なりともその生態を知っていたら違和感を覚えるんじゃないか、などと、絵本世代である小さな小さな子どもたちの側からすればきっと「よけいなお世話だよ」的な理屈を、ついこねたくなるのである。
私はこの『3びきねこさん』の絵は大好きである。全然よけいな力の入ってない、素直な筆捌き。色の使い方とか、見習いたいのである、次回の手づくり絵本のために。
絵本ができたよ! ― 2007/10/01 12:14:20
手作り絵本講座、2クール(3か月×2)を終了してやっと一冊の手作り本を仕上げることができた。
ムチャ嬉しい。
とにかく嬉しい。
何かひとつやり遂げるということの達成感。幾つになっても嬉しいものである。
この際、でき映えは不問である。(ちょっと失敗した。へへへ)
街のカルチャーセンターで不規則に開かれている手作り絵本講座に、だいたい月に2回のペースで通った。たった2回である。月に。各回2時間。それなのに、この時間を確保するのにどれほど苦労を要したことか。貴重な1回の講座日に、容赦なく仕事が入る。行事も入る。もちろんそういう事態は予期して先生からいろいろと先取りして指導を受けておくのだが、家で自習する時間を捻出できない。ついこの間まで、小さな絵本ひとつ作るのに、何年かかることやらと暗澹たる気持ちであった。
この講座は絵本の「お話づくり」と「絵づくり」に主眼を置いたものだ。そういうことの下調べもせず、「本が作れるぞ!」という勢いで登録したのだが、当初はそのことを少々後悔した。
本づくりをしたかったので、とっとと手製本のテクニックを教えてほしかったからである。
しかし、かつて「絵本作家を志望して美大を受けた高校生」であった過去をもつ私には、思いのほかウキウキと楽しい時間であった。
ほんとにそんなもの志していたことあったのか?と我が学歴を疑うほどアイデアが絵にならないし、ほんとにお前コピーライターかよ?と我が職歴を疑うほど、言葉が思いつかない。本の形になる前の、お話と絵の制作の過程に、非常に時間と手間をとられることとなってしまったけれども。
できあがった絵本は、ストーリーなどと呼ばれていいものはないに等しい単純なつくりである。絵の完成度も見直せば大変に低いもので、恥ずかしいのである。
しかし、古い絵の具をしぼりだし、ひと筆ひと筆鉛筆画の上に色を置いていく作業は本当に楽しいものであった。
いつもより少しだけ早起きして絵を描く時間を作ったが、途中でやめられず、娘が起きてきても朝食の用意がまだなのよ、なんて状況もたびたび。水を得た魚のように、作業に没頭してしまうのである。(くだらない原稿を書いているときにはありえない現象である。苦笑)
「お母さんのそんな真剣な顔、見たことない」
絵コンテを吟味する私を見て娘がいった言葉だ。
娘に説教するときも、宿題を教えているときも、いろいろ真面目に取り組まないといけないことを一緒に考えているときも、私の表情は、自分で絵を描いているときほどには真剣でなかったのである。
子育てへの姿勢を問われたようで非常にズキッときたのである。
けれども、できあがった絵本を手にとって、娘は大喜びしてくれた。
題材が我が家の猫であるし、原画に採用したのは娘のいたずら描きだった、ということもあるが、誇らしげにページをめくってくれた。非常に嬉しい。
というわけで、「絵を描く自分」を再発見した。仕事の現場では書きたくないものばかりを書かされているが、ここ数か月の、この絵を描く作業がなかったら、瞼の痙攣どころか、とっくに私は潰れていたかもしれない。
絵を描くのは、それほど楽しい。
わかっている。絵を描くことを職業にすることの難しさ、厳しさを私は知らない。
↓ だからこんなお気楽なことをいってしまうが……。
文章書くのなんかやめちゃって画家に転身しちゃおかなー♪
本音である。
































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