Ca ne finit toujours pas...2011/09/09 19:19:08

『兵士ピースフル』
マイケル・モーパーゴ著、佐藤見果夢訳
評論社(2007年)


痛い小説だ。
第一次世界大戦のさなかに起こった本当にあったいくつかのエピソードを基にして書かれた物語。年端も行かない少年が、戦地に駆り出され、上官からは嫌がらせや拷問を受け、前線では苛酷な戦況に足を竦ませ……
第一次大戦は1914~1918年間続き、他の戦争の例に漏れず、人の心と大地を荒廃させた。舞台である英国は階級社会で、軍人や地主が大威張りで使用人をこき使い、胸三寸で解雇も配置換えもしたような時代。それでも戦争の影がまだ色濃くないうちは、そんないけすかない雇い主や、四角いアタマの教師、頑固で古臭いジイサンバアサン連中を、庶民や子どもはうまく出し抜いたりやり込めたりして、貧しくても知恵を使い、厚みのある暮らしをしていたのだった。
冒頭で主人公が、残された時間を、世界にひとつしかない宝石を握り締めるようにいとおしんでつぶやく。この冒頭で、まだ18歳にもならないこの少年を見舞う苛酷な運命を、読者はなんとなく想像することができる。そして、1行空けて、主人公の少年は、辛いことも悲しいことも驚いたこともあったけれど、キラキラと輝きに満ちていた幼少時代を少しずつ回想していく。文体は、本書が児童文学として分類されていることからもわかるが平易である。情景描写は童話的で、豊かな森林や、古い聖堂の威容など、絵画のように読者の目に立ち上がる。時間の流れもゆったりしていて、登場する子どもたちは無邪気で生意気である。
 父親が死に、主人公はその死の原因が自分にあると自己を苛んでいる。その心の底の、彼にとっては小さくないこぶが、母や、兄や、兄の恋人との関係に少し影を落としたりもする。
 母子家庭となった家では生活に困窮し、兄弟は領主の敷地で魚や農作物を盗んだりもする。それでこっぴどく罰せられる。だがそうした、そのときはえげつないように見えるひとつひとつの事件が、少年たちのハートをけっきょくは打たれ強い頑健なものにしていった。彼らの強さが家にささやかな幸福をもたらすかに見えたのだが。
 ドイツ軍が侵攻し、若い兵士たちが次々と駆り出されていく。十分な訓練を受けていないまだ子どものような兵士たち。彼らの敵はドイツ兵よりもまず自分の恐怖心だ。臆病風に吹かれて逃げ出したが最後、そんな兵士は必ず捕らえられて自国の軍事裁判にかけられ有無を言わさず銃殺刑に処せられる。
 主人公兄弟の上官は狂気に走った軍曹で、作戦も何もなく闇雲な突撃を命令する。ただそこにいるだけで必ず殺されるのに……。
 物語の最後のほうで、主人公は父の死にかんする心の傷を兄に打ち明ける。だが兄は笑って、母さんも俺も知ってたよという。でもお前のせいじゃないよ、断じて違うよと。

第一次大戦のとき、300人近くのイギリス兵士が脱走ないし臆病行為により銃殺刑に処せられた。そのうちの2人は見張り番をしていて居眠りしていたことが理由だったという。
本書はそうした臆病行為の罪で銃殺刑になった若いイギリス兵の実話を基に、書かれた。けっきょくこの戦争では数百万人の戦死者が出たのだが、その一人一人にどのような人生の物語があったのか、それを掘り出して語り継ぐ試みは、日本と同様、英国でも遅々として進んではいないようである。

心臓をわしづかみにされ、捻り潰されるかと思うほど、痛い小説だ。中高生に読んでほしい。

J'ai mal partout!2011/06/08 14:33:55

『つえつきばあさん』
スズキ コージ著
ビリケン出版(2000年)


いつもいつもいつもしんどい、という限りなく更年期的症状に近い状態にはカラダもアタマも慣れつつあるのだが、近頃そこらじゅうが痛いのである。頭とか腹ではなく膝とか肘とか指の第二関節とか踵とか土踏まずとかいわゆる整形外科的疼痛である。そんなもんアンタ前からじゃないの、あっちもこっちも痛い、なんてのはさあ、とおっしゃる向きも多かろうが、現在のように同時多発的な痛み発症というのは、なかなかどうして、私の場合珍しいのである。じつは今年初めから膝関節が痛くて曲げ伸ばしが困難になり、正座するのがひと苦労なのである。正座できないというのは、我が家での暮らしにも支障があるし、居酒屋のお座敷席でも難儀するとあって、非常に不都合な真実である。しかし、そんなことになってしまったのには原因があり、したがってこれは治癒する痛みだという診断が下され、そして医師のいったとおり、GW過ぎると痛みはかなり軽減した。したのだが、膝が楽になって喜んだのもつかの間、さきほどならべたてた部位の数々がいっせいにブーイングを飛ばすように痛み始めたのである。まともに歩けないから家の中ではほとんど伝い歩きである。外を歩くときくらいはしゃきっとしようと思って無理するので、職場や自宅に戻ったとたん、前かがみで足を引きずり、ほとんど老婆。これじゃあスズキコージのつえつきばあさんのほうがよほど元気でダンサブルなのである。年に一度の祭りの日。山奥のあちこちの集落から人々が集まって踊る。つえつきばあさんたちもつえつきおどりを踊るのである。こういう年中行事があるから元気でいられるのだな。膝を傷めた時、かかりつけの整形外科医は「絶望的なほどの運動不足がそもそもいちばん問題」といった。つまり、あまりにも体を動かしていないから、突然動かした時の負荷が何倍にも膨れ上がってしまうのである。運動不足解消には何がよいか。つえつきばあさんの例のように、やはり年中行事に限るのだ。私の場合、原則祭りは見物オンリーだ。これではいかん。参加型の祭りが必要だ。祭りでないといかんこたあなかろうに、とおっしゃる向きは多かろう。たしかに、早朝や夕方に近くをジョギングするとか、いや、走らずとも歩くだけでよいではないか、ウォーキングしなはれ、というか、通勤は徒歩に変えなさい。ハイハイ、おっしゃるとおりです。最近よさげなスポーツジムもできたことだし、体験エアロにでもいってみっか。いろいろと、私だって、検討しないわけではないのだ。しかし、どれもこれも生活の中での優先順位をいうと下位にきてしまう。時は金なり。一秒でも惜しい毎日を過ごしているのでジテキン(自転車通勤)はやめられない。ましてやジムなんぞに行く暇はない。しかし、地域の年中行事は優先順位のトップに上がる。地域の夏祭り、子ども祭り、地蔵盆、レクレーション、運動会。どれひとつとして外したことはない。どういうわけか、休日に仕事を入れられそうになっても「すみません、町内行事があるのでほかの日にしてください」というわがままが通る。お母さん、●月●日、買い物行こうよという娘にも、あかん◆◆祭りの日やもん、というと聞き分けがいい。というか「ウチも行くー」である。現にウチの娘は夏の神輿担ぎに必ず参加している。べつに義務づけられているわけではない。ないが、季節がめぐると、参加せんでどうする、みたいな気持ちになるのである。炎天下でほぼ丸一日まちを練り歩く。ハードワークだ。体力使うぞ。そうだ。私にもそういう行事があればいいのだ。杖つかないと歩けなくなる前に、この夏の盆踊りには参加を表明しよう。うう、痛い。ふざけているようだが大真面目である。そこらじゅうが痛いのである。

コレハ ニンギャウノイヘ。イッタイ ドンナ ニンギャウガ スンデ ヰルノデセウ。2010/05/11 18:47:12

オネエサマ
オモチャバコデハ コノ オニンギャウノコトヲ オネエサマト ヨンデヰマス。ナイテイル オモチャヲ ヂャウヅニ ヂャウヅニ ダマスカラデス。コノ オネエサマガ ヰナカッタラ オモチャバコノ ナカハ ドンナニ ナキゴエ ダラケデセウ。


『武井武雄画噺2 おもちゃ箱』
武井武雄 絵・文
銀貨社(復刻版1998年)


偉大なる武井武雄大先生をご存じか。
私は恥ずかしながらつい近年までまったく知らなかったのである。
なぜ知ったかというと、武井武雄大先生は画家であると同時に造本作家でもあったのだが、蒐集家や美術館が所蔵している武井武雄作の豆絵本の数々が地元のとあるギャラリーで一挙展示される機会があり、武井武雄の名は知らずとも「豆本」「造本」というキーワードにビビビときて私はその展示会へダッシュした。はたして、そこに展開されていたのはめくるめく大正モダニズムの薫り濃く、昭和初期の罪なき少年少女が夢見た星の向こう側を見事に描きつつ、エスプリとアイロニーをピリリと効かせたタケちゃまワールド、ううう、もとい、武井武雄大先生様の世界であった。またこいつめ過剰称賛してからに、と思われるかもしれないが、ほんとに素晴しいのだ。当時の子どもたちのほうがきっときっと現代っ子の何百倍も幸せだったに違いない。そう確信できるほど、武井武雄大先生様の絵本は美しく幻想的で想像をかきたててくれるのである。その世界は文字どおりおもちゃ箱をひっくり返したようでありながら、ちゃらちゃらしてなくて、しっとり、じんわり、きめ細かく心に沁みてくる。

武井武雄のその造本作品は、今は長野県の「イルフ童画館」がほとんど所蔵していて、そこへ行かないとふつうは見ることができない。私が作品を見ることのできたギャラリーは、そのオーナーの先代が個人的に武井武雄と交流があり、いくつか作品を収集していたのを披露した、ついては各地の蒐集家や所蔵館にも一部を出展してもらったということであったようだ。昨今めっきり小ギャラリーへは足を向けなくなり、知り合いの作品展か、行きずりで覗いた個展やグループ展、でなければ子どもにせがまれて鳴り物入りの大きな美術展しか鑑賞しなくなっていたので、新聞の片隅の三行広告だけで行動するなんて珍しい出来事であったわけだが、ときどきこういうふうに運命の出会いというか、脳に稲妻が走るような衝撃の出会いが訪れる。やはり私は本づくりに生きていかなくちゃ、大先生には及ばないけれど、かつて大人も子どもも魅了したタケちゃまワールドのように、私なりの世界をつくらなくちゃ。世間知らずの美大生のようなナイーヴな呟きを中年の胸に繰り返したひとときであった。

そうはいっても、もう武井武雄大先生の絵本は、どこででもお目にかかれるものではないのである。本書は、図書館の児童書コーナーを、例によってぶらぶらほっつき歩いていて、泳いだ視線の先に、たまたま、あったのである。

本書『おもちゃ箱』は銀貨社からいくつか出ている復刻版のひとつ。
おもちゃ箱のなかのおもちゃの国で起こる不思議な(というか、だからなんやねん、的な)物語が4編収められている。オリジナルの『おもちゃ箱』はすべてカタカナ表記だが、復刻版では、著者本人の手書き文字以外は現代仮名遣いに改められている。

「ワラノヘイタイ ナマリノヘイタイ」
「キデコさんのはなし」
「キックリさんのはなし」
「クリスマストオモチャバコ」

この4編のお話の前に、おもちゃ箱の中の人物紹介というのがあって、「リクグンタイシャウ」(陸軍大将)に始まって、数ページにわたっておもちゃの絵と説明が連なる。オリジナルのデジタルアーカイヴがあるのでぜひご覧いただきたい。
http://kodomo4.kodomo.go.jp/web/ippangz/cgi-bin/GZFrame.pl?SID=107370

もともとは昭和2年に刊行されたそうである。当時はモダンでハイカラな絵本だった。
とにかく、人物(人形)の目が素敵。視線がたまらない。ああ、オネエサマ(笑)。身悶えしちゃうよ。

※疑問※「にんぎょう」は「ニンギャウ」、「たいしょう」は「タイシャウ」、なのになぜ、「すんでいるのでしょう」は「スンデヰルノデセウ」と表記するのかな? 誰かご存じ?


武井武雄は1894(明治27)年6月25日生まれ。長野県の平野村(現岡谷市、イルフ童画館のあるところ)出身。東京美術学校(現東京芸大)西洋画科を卒業。1921(大正10)年、生活のため『子供之友』や『日本幼年』などの子ども向けの雑誌に絵を描き始める。
やがて、子どものために絵を描くということは腰掛けや片手間ですることではなく、「男子一生の仕事にしても決して恥ずかしくない立派な仕事」であると思うようになったという。
『コドモノクニ』という絵雑誌が1922(大正11)年に創刊されると、その絵画部門の責任者として従事する。見開きいっぱいの美しいカラー刷りの絵に、西条八十や北原白秋の童謡や童話を掲載した『コドモノクニ』は、当時画期的な雑誌であったそうだ。
1925(大正14)年、初の個展「武井武雄童画展」を銀座で開催。『童画』という言葉は武井武雄がこの時初めて使ったという。

しかし、私は、武井武雄の絵を「童画」といってしまうのは惜しい気がする。それは大先生には不本意なことかもしれないが、大先生の絵は「童の画(わらべのえ)」を遥かに超越していると思うからだ。

その「わらべ」がミソである。おそらく「童」という字は、かつてはもっと意味が深く神聖で、この一字に人々が込める願いは天空よりも大きかったことであろう。現代ではこの文字は「幼児」と「児童」と「生徒」との区分けにしか用いられない。「児童手当」も「子ども手当」に変わっちゃったし(笑)。「童」も「童画」も「童話」も、もうノスタルジーを帯びてしまって現実味がないのかも。「童心」なんて、死語だもんね。

ああ、武井武雄大先生ーーー。

謙虚な気持ちでレッスンすることと、自覚と自信をもつこと2010/05/10 18:38:40

『トウシューズ』
ルーマ・ゴッデン著 渡辺南都子訳
偕成社(1996年)


本書と、同じ著者による『バレエダンサー』(上下)は、娘がバレエを習い始めた頃にバレエとは何たるかを知るために熟読したものである。これらの物語によってバレエの何たるかがすべてわかるわけではもちろんないが、とにかく、当時は、バレエに関するいちばんまともな本ってもしかして山岸涼子の『アラベスク』か有吉京子の『SWAN 白鳥』だけじゃないの、バレエに関するまともな文献なんてないじゃんかと思っていたので、ゴッデンのこの2作は、バレエについてその世界を垣間見るための絶好の参考書であったのだ。

少し知識がついてくると、ダンス関連の書物や雑誌がやたらあることに気づいていきなり目は開かれるのだけれど、パッと見、雲の上の存在のダンサーをただ眺めるだけの雑誌、または、ぶりぶりひらひらお嬢様御用達マガジン、にしか見えないような体裁だったりするのでなかなか手が出ず、読むべきところをピンポイントでしっかり読み込めばそれなりに参考になるのだということに気づくまで、相当時間を要したりするのであった。

ともかくそういう事情で読んだゴッデンの本書だが、プロダンサーの世界は誰もが望んで入れる場所ではない、ということを明快に語っているといっていい。それはたしかである。努力がものを(まったく言わないわけではないが)言う世界ではない。もって生まれた素質と才能が98%、親や周囲の審美眼と鑑識眼と投資が1%、本人の努力1%。あからさまにそう書かれているわけではないが、結局はそういうことねとわかるような物語になっている。ほんとうは、作家の狙いはダンサーを夢見る子どもたちを勇気づけることにあっただろうと思われるが、できるだけ現実味を帯びさせようと工夫した結果、読み手によっては逆に「ああ、私には手の届かないところなのね」と打ちひしがれてしまうこともあろうかと思われる。

そんなわけで、娘がバレエを習い始めた頃、姿勢がよくなればいいわ、ほどほどの頃合いで辞めさせなくちゃと思っていたのだが、だから他の習い事にも目を向けさせたりしたのだが、意に反してバレエがいちばん好きになりバレエ以外はすべて辞めてしまって、バレエがいっちゃん大事やねんウチは、と口にするようになってしまって現在に至る。

物語は、シャーロットという10歳の少女が英国王立バレエ学校に入ってジュニアの主役を射止め立派に踊りきるところまでが描かれている。

シャーロットの亡き母は優れたダンサーだった。今、母の姉である「おばちゃん」と一緒に暮らしている。生活は貧しく、昼となく夜となく、休む間もなく働きづめのおばちゃんを助けて、シャーロットは学校へ行きながら家事一切をこなす。そしてバレエ教室へも通う。
彼女が通うバレエ教室に、王立バレエ学校からオーディションの打診が来て受験することになり、猛レッスンの日々が始まる。
落ち込んだり、レッスン教師をクサらせたり、何かとたいへんだったが合格して入学、入寮するシャーロット。他の生徒から意地悪されたり、残してきた愛犬(この子犬の存在が話をややこしくしている)が心配だったりと、何かと話はさまざまな要素を絡めつけもつれさせて展開していく。が、高慢な同期生アイリーンが退学させられたくだりから、物語のゴールははっきり見える。すべてはこの上ないほどハッピーなエンディングへと収束する。

読み取るべきは、シャーロットが謙虚な性格に描かれていて、とても自分なんかダンサーの器じゃないと思っていたのがだんだんと選ばれた人間としての自覚と自信をもつようになる、その成長のさまであろう。容姿に恵まれ立居振舞にも華のあるアイリーンが、自惚れから基本レッスンを怠ったために上達が滞り、学校から退去させられるのと対照をなしている。謙虚な気持ちを失わず、自分の身体の声を聴くことに徹するシャーロットに女神が微笑む。このことは、死にもの狂いの練習とか、たゆまぬ努力、というものとは少し違う。いくらやってもダメなものはダメで、するべき人がするべき時にするべきことをした時にのみ、将来のプリマは誕生するのである。

原文のスタイルを尊重した翻訳文は、雰囲気を余すところなく伝えているようだが、若干読みづらさをともなう。たとえば、いま語られているのがレッスン場面だとすると、そこに前触れもなく、レッスン室にはいない第三者の過去の会話が挿入されたり、突然場面転換したりする。一般小説ならべつに普通の展開だろうが、児童書であるので、さらには翻訳文体であるので、もうちょっとだけ親切な編集ができていればと思う。主人公の年齢からしても、小学校中学年あたりからをターゲットにしたいところだろうが(実際英国ではそうなんだろうけれど)、翻訳ものを相当読み慣れていて、なおかつ小学校高学年以上、がせいぜいではないか。ちなみに、ウチの子は中学生になってから、返却期限を超過して読んでいたが、読み切れなくてギブアップ。いわく「どうでもいい話題が多すぎる」。いや、ルポルタージュじゃなくて小説だからこれでいいんだよ。でも、もう少しだけ日本の小説らしくなっていればなあ、と思わなくもなかった。

シャーロットのおばちゃんは、シャーロットの通うバレエ教室の主宰団体である劇場の衣装係として勤めており、そのためシャーロットはほとんどレッスン料を払わなくて済んでいる。彼女の母親がかつてその劇場を賑わしたダンサーであったことも関係している。そして王立学校への入学である。シャーロットは貧しいが、バレエに関してほとんど費用がかかっていないのである。反対に彼女の周囲は、膨大な費用をかけてレッスンを積み合格した子女たちばかりで、親が多国籍企業のトップだったり、国境を越えて入学していたり、帰省先はお城だったりする。謙虚で控えめなシャーロットの存在は、読み手によっては励ましになるだろうが、先述したとおり、やはり例外というか虚構というか、御伽噺に近いものだと思わせるのがちょっと悲しい。

ちなみにウチの子の場合、バレエのレッスンにかかる費用はいまのとこ年間で約60~70万円程度である。最初からそうだったわけではなくて、習い始めの頃はその半分ぐらいだった。3、4年前に跳ね上がって上昇中なのだが、これに、他の生徒さんのように臨時講習や教室外レッスンなどをこまめに受講したり、レッスン着やシューズ、ポワント(トウシューズ)をどんどん新調していくと、ぽんぽんと10万単位で積み上がっていく。だから60~70万円というのはこの世界ではけっして高くはなく、とてもリーズナブルに過ごせているはずである。しかし、なんといっても親は年収が250万円に満たないこの私ひとりである。何かにつけて私がぴいぴい弱音を吐くのも無理ないということをわかっていただけるであろうか。で、である。娘がさらにバレリーナの道を邁進するとなったらいったいこの私にどうしろというのか。

「さなぎちゃんは踊れる子です。お母さん、身体を大事にしてしっかりバシバシ働いてください」
「お母さんに苦労かけて悪いからもうバレエ辞めよう、と思うようでは見込みがありません。お母さんに苦労かけるけどそれでも私はやる、というある意味非情さをもたないと、あるいは誰が自分のためにどれだけ力を尽くしていようが知ーらない、というような無頓着さ、そういう人でなければこの道では大成しません」

中一の時にいただいた、バレエ教室の先生からのお言葉である。
はいはい、働いておりますですよ(苦笑)。
しかし、ウチの子は非情でも無頓着でもないから、大成せんということだ。

家庭訪問のあった日、進路ネタで嶋先生と話したことを娘に言うと彼女はけらけら笑ったあと真顔になって、
「女子プロ野球チームに入団、ていう手もあるやんな。ウチ、入れる自信あるで。知ってる? 年棒200万円やって。お母さんとええ勝負」

……。あのなあ。

ノートに漢字を書く私にゾランは「君、それは絵だよ」と言ったことを思い出したの巻2009/06/10 17:52:25

カフェ・アピエにあった骨董ミシン。垂涎もんである。骨董品に興味はないが、ミシン、大好きなの……。


『ぶらんこ乗り』
いしいしんじ 著
新潮文庫(2004年)


お気づきの方もおいでかもしれないが、本日のわたくしはほとんど仕事になっていない(笑)。
明日しめきりの企画書と原稿が私の頭の中で形をなさないまま山になっている。最初の1行、とっかかりのひと言をつかめたらあとはすすすすすっと行くんだけど、それがつかまらなくて、外は雨だし、まったくもう、掃除してないドブみたいに溜まったまま吐き出せないんである。

気晴らしにちょこちょこよそ見をしにいってはなんのかんの書き散らしたりして、たちが悪いのである(笑)。

だからというわけではないが、やっぱ読まなきゃよかったよ、という感想をもった本について書き殴ることにする。

本書はいしいしんじのデビュー作だそうである。
私は前に、彼の『トリツカレ男』を大いに楽しんだ。ブログにも綴ったけど、この『ぶらんこ乗り』はずっとずっと前に一度図書館で借りて、読めないでいるうちに期限が来て返してしまったのであった。思えば、あのとき『ぶらんこ乗り』を読んでいれば、私は二度といしいしんじに近寄らなかったかもしれなかった。不思議なもんである、本との縁も、人との縁も。
先に結論からいってしまうと、『ぶらんこ乗り』は疲れる。押しつけがましいところがちっともないせいか、よけいに疲れる。いろいろ見せられて読まされて、「で、どこへいけってゆーんだよ」という気分にさせられるのである。

なぜそんなに疲れるのか。
複雑な話ではない。こみいった構成でもない。
語り手「私」には天才の弟がいるが、この弟が幼いくせにいっぱい「お話」を書くんである。それはいいとして、そのお話がことごとく平仮名ばっかりで紹介されているのである。弟が書いたままを表現しているということだろうが、たいへん読むのがしんどい文面なのである。

平仮名ばかりだと読むのに疲れるのか、というと必ずしもそうではない。ひらがなで、やまとことばばかりで、書いてあるのであればべつにどうってことはないはずである。谷川俊太郎の詩の例を引かなくても、子どもの絵本やお話の本はひらがなばかりである。それを大人が読んで読みにくいとは思わないであろう(モノにもよるけど)。
『ぶらんこ乗り』の作中物語として登場する天才の弟が書くお話には、かなり漢語が混じっていて、それを平仮名にしているもんだから読みにくいのである。
漢語の中には、幼少時から、つまり言葉を覚えたての最初から、慣れ親しむ熟語もある。ほかに言い換えのきかないような言葉がそうである。
んーと、たとえば……せんせい、かぞく、せかい、ないしょ、ひみつ……

《ぎょそんのみんなはふねをくいにしばり、やねをしゅうぜんし、とぐちやかべにいたをうちつけました。》(15ページ)

《「くうちゅうぶらんこのげんり」
 (……)さいしょはたいしてへんかはでません。けれどそのうち、ふとしたひょうしにてあしがさかさにまがってる。(……)》(20~21ページ)

ひとつめの例は、引用箇所の前に「みなと」という言葉が出ているので、「ぎょそん」でなく「むら」でよいと思う。また、「しゅうぜんし」より「なおし」のほうがいいと思わない?

二つめの例では、「げんり」「さいしょ」「へんか」「ひょうし」。すべて和語で表現すればもっと見やすい。言葉を言い換えることで前後の表現は当然変わってくるが、物語の流れからしてその点はあまり重要ではないはずだ。「げんり」の和語はなんなのよといわれると困ってしまうが、「くうちゅうぶらんこのげんり」と題されたこのお話が「原理」について語っているとは思えないので「くうちゅうぶらんこのしくみ」とか「ひみつ」とかならもっと可愛いのに、と思ったのである。「はじめはあまりかわりません。けれどそのうち、ふとしたはずみに……」でもいっこうに問題ないと思われる。
また、弟のお話は言い回しや文章構造もいささか大人びているので、ひらがなを覚えたての幼児なんぞが本書の「弟のお話」の部分だけを読んでも絶対ちんぷんかんぷんのはずである。

弟の天才性を強調するために、漢語を多用したのかもしれない(だとしても納得しないけど)。もちろん、熟語が平仮名になっているからといってまったく意味がわからなくなることはないし、多少の読みにくさはクリアできるさという人には苦でもなんでもないだろう。
若干イラつきながら何とか読み終え、物語『ぶらんこ乗り』そのものはけっして悪くないのにもったいない、と思ったのだった。だけどそれでももう読みたくないし、読まなきゃよかったと正直思った(これじゃなくて他の本にすればよかった)。
思えば、前に読まずに返却してしまったのも、ぱらぱらと開いて「うっ」ときて閉じちゃったような、そんな気がしてきた。

私は、ひらがなが好きである。ひらがなで意味が通るところはひらがなで書くのを好む。けれど故事成語や維新後に渡来した西欧語からの翻訳語、たとえば法律とか、議会とか、鉄道とかの類だけど、そういうのは幼児向け絵本でも1年生の教科書でも「漢字表記でルビを振る」方針でいくべきだと考えるほうである。
ひらがなは文字で、漢字は絵として認識するのが、日本の子どもたちの正しいはじめの一歩だもんね。

初めてヨーロッパを旅したとき、日本のことを全然知らない欧州人ばかりに会ってたいへん愉快だった。ブラチスラヴァで会ったゾランとスコピエで再会した。私が旅ノートを取り出してメモしているとおそるおそる「……それ、字?」と訊いた。字でなかったらなんだと思うんだよ(怒。笑)という私に絵じゃないのかなってさ、と彼は真顔で言った。ハウスはどう書くのと聞かれて家と書いたらすごく感動された(笑)。いうまでもなく私は心の中で野蛮人めと舌打ちしたのである。若かった。

みんなが感動することに同じように素直に感動するのもいいけれど、みんなが素晴しいと言うものを同じように素晴しいとは到底思えないという感性も必要であるの巻2009/06/04 19:19:29

少し前のことですが、念願の「Cafe Apied」訪問を果たしました。幸せな空間だった……
カフェ・アピエはここざんすよ↓
http://apied.srv7.biz/apiedcafe/index.html
※今春の営業はこの週末でおしまいです。


『西の魔女が死んだ』
梨木香歩 著
新潮文庫(2001年)


「お母さん、みんなが『西の魔女が死んだ』はすごくいいっていうねん」
「ふうん」
「今度図書館行ったら借りてきて」
「止めとき。『オズの魔法使い』読むほうがええ。西の魔女、でてくるやん。最後死ぬやん」
「そやけど、違う話やん」
「あ、知ってた?」
「当たり前やろ」
「読んだ人から話聞いとき。わざわざ読まんでもいいって。ほかに読まなアカン本はいっぱいあるで」
「なんでぇ」
「さなぎを梨木香歩に近づけたくないのである」
「……意味不明。もう。ふーんだ」

まさか『親指さがし』のほうがはまし、とまでは絶対いわないけれど(笑)、『西の魔女が死んだ』を読む時間があったらほかに読んでほしい物語はいっぱいある、というのは本音だ。私はずいぶん昔に『裏庭』を読んで以来梨木香歩が苦手なので近寄らないようにしていた。『西の魔女が死んだ』の評判は知っている。私の友人も、信頼できる筋も、読んだ人はたいていよかった、感動したという。だからたぶん私も、『裏庭』がどうあれ、それはそれとして、『西の魔女が死んだ』を読めば普通に感動するかもしれない。そう思うとなおさら読みたくない。……天邪鬼のようだが、こういうのがベストセラーやロングセラーに対する私の場合のごく普通の反応である。であるからして、ことさらに『西の魔女が死んだ』だけを毛嫌いしているわけではない。しかし、本書の場合はそういう私の性格に加えて、ネーミングや登場人物設定から『裏庭』と同じ、ねっとりジメジメ、な匂いを感じて本能的に避けていたのである。

そうはいっていても、案の定、主人公と同じ年頃の中学生たちの間では、とくに女子生徒の間では絶大な人気があるらしい。本好きな子はすでに小学校時代に軽くクリアしている。中学1年生のとき、クラスメートのさくらちゃんから、さなぎは『西の魔女が死んだ』の単行本を借りてきた。イケズな母が図書館で借りてきてくれないから(笑)。

「読んだ?」
「うん、読んだ」
「どうやった?」
「さくらが、すっごぉくいいで、感動するで、絶対泣くで、てゆうてたけど」
「けど?」
「どこで泣くのかわからへん」

さすがは私の娘である(万歳三唱)。

以上の出来事は去年の夏頃だったと思う。
さくらちゃんは中学校に入ってから仲良くなった子で、四人きょうだいのいちばんお姉ちゃんであるせいか、ウチの子よりずっと小柄で丸い顔があどけないのに、とてもしっかり者で頼れる存在である。昨年度一年間はクラスのいろいろな活動でさくらと一緒に行動し、さなぎはずいぶん彼女の世話になり、また互いに信頼関係も築いたようである。2年生になってクラスが分かれたが、相変わらずよくくっついているみたいだ。

いつかも触れたが、娘はとても「昭和な」国語の先生を慕っているので、よく読書のアドバイスを受け、図書室で先生の言にしたがって本を借りてくる。先日も文庫を何冊か持って帰ってきた。そのなかにまたしても『西の魔女が死んだ』があった。

「あれ、また西の魔女」
「うん」
「読み直してみようという気になったのはなぜですか、お嬢さん」
「前は、さくらに早よ返さなあかんてゆうのもあったし、なんかさささっと読んで……何が面白いんかなー泣けるんかなーってわからへんかったし」
「じっくり読んだらまた違う感動を得るかもしれないというわけですか」
「映画になったって、聞いた」
「うん、西の魔女=おばあちゃん役した女優さん、きれいな人やで」
「え、観た?」
「ううん、雑誌のインタビューを読んだん」
「ふうん……映画になるくらいやし、やっぱし感動的なんちゃうかなあ……」

そんなもん、ヴィジュアル化しようと思ったらなんだってできちゃうんだよ君、『親指さがし』だって映画になるんだよ(ってもういいってか)。
という発言は控えたが、何にしろ、「私の読みが浅かったのか」と疑問を持ち、再読する気になったことじたいは悪くない。娘は『西の魔女が死んだ』を通学リュックのポケットに入れて持参し、読書タイムだけでなく休み時間にも読んでいた。

「みんな、ようそんなん学校に持ってくるなあ、ってゆうねん」
「なんで? そんなヤバイ読み物か?」
「その本は、ベッドの横にタオルと一緒に置いといて、夜寝るときに泣きながら読む本やって。机に向かってクールぅに読む本と、ちゃうねんて」
「ぎょえー」
「ぎょえー、やろ、ほんまに」
「で、さなぎは? 昨日の晩は寝る前読んでたやん」
「うん。そやけど、タオル要らんし」

さすがは私の娘である(万歳三唱の三乗)。

『西の魔女が死んだ』は、想像力を働かせ、深く読み込まないと味わえない物語だと思う。中学になじめず不登校になる少女、田舎で独り暮らす英国人の祖母、大好きだったのにその祖母と喧嘩別れしたまま永遠に別れてしまうことになる……という設定は、小中学生をジーンとさせるには十分である。しかしながら著者の本意はもちろん別のところにも、あっちにもこっちにもあるのだろう。主人公の少女が関わる、魔女こと祖母や母はじめ幾人かの大人たちの描かれかたは、かなり思考をめぐらし想像しないと読者に響いてこないし、思わせぶりなエピソードの多くは解決(あるいは終結)を見ないままほったらかしにされる。あとは読者に委ねられるわけである。
けっこう読解力のある大人でないと、物語として面白いと思うかどうかも、作品としていいも悪いも語れないのではないか。子ども目線で描いているような体裁をとりながら、大人が見下ろしながら書いたわね、というのが率直な感想である。
また、英国暮らしを少しかじっていないとある意味隅々まで堪能できないと思われる。著者は英国文化体験者らしいので、『裏庭』もそうだが「実はこれ、イギリスの香りをちょっぴりお届けしてるんですよ」的な、「隠し味の押しつけ」みたいな鬱陶しさを拭いきれない。
ま、早い話が、私が大の英国嫌いなので好かんのだ、というだけである(でもけっして英文学嫌いではないんだぞ、最近のは読まないけど)。これが、もっと別の文化のエッセンスが振りかけてあったなら異なる感想を持ったであろう。たとえば憧れの島マダガスカルとか、サリフ・ケイタの国マリとか、死ぬまでに絶対訪れたいブータンやネパールとか……の匂いがぷんとする物語だったら、単純短絡な私は手放しで絶賛したかもしれないのである。

もとい。さくらちゃんはじめ、娘の周囲の中学生たちがどこまで本書を読み込み、どこにどのように深く感動し、胸を震わせたのかはわからない。しかし、この年頃の少年少女は人の意見になびきやすい。長いものに巻かれやすい。情報に翻弄されやすい。みんながよいというものをよいと思い込みやすい。
それが絶対ダメだとはいわない。周囲に素直に同意できるのも重要な「能力」だが、違和感を感じ異を唱えることができる「心意気」も必須。大人になっていく過程でしっかり培い、両刃の剣の如く使いこなしてほしいのである。

ところで、このさくらちゃんは私が絶賛した『トリツカレ男』に大感動したというのである! さくら、君はワンダフル!
ウチの娘はというと、私があまりに勧めるので読んだものの「うーん、なんかイマイチ」とかなんとかいって面白いといわなかったのである。
……ということは、さなぎの天邪鬼ぶりはちと極端、ということになるのか? いやそれより、やっぱし単に「読めてない」だけなんかい……?