Das 180. Münchner Oktoberfest !2013/10/01 16:00:47

10月になってしもた。
ミュンヘンでは超有名なオクトーバーフェストが開催中。いいないいないいな~~~。

私は知らんかったけれども、日本でも各地でオクトーバーフェスト~と騒ぐのね。そら、日本のビールはうまいけど、べつにミュンヘンの祭りの真似せんでもええやんか。

さて、ミュンヘンの街はとっても賑わっている様子。といっても、まだ17歳でドイツでも未成年の娘には、たいして意味がないのだが。しかし祭り好きなので、おいしいソーセージと可愛いスーヴニールをゲットしに繰り出しているのではなかろうか。しかし今のとこ、まだ学校の近くのスタバに行ったという話しか聞いてない(笑)。

オクトーバーフェストって?という皆様のために、ドイツ観光局の記載をコピペ。



◆ミュンヘン、世界最大のビール祭『オクトーバーフェスト2013』
  = 2013年9月21日~10月6日 =

  1810年10月17日、バイエルン王国の皇太子ルートヴィヒ一世の結婚祝いに、現在の開催場所であるテレージエンヴィーゼ(広場)で競馬を催したのがその始まりです。このテレージエンヴィーゼは東京ドーム9個分の広さで、花嫁テレーゼ王女がその名前の由来です。

  会場(ヴィーズン)では、700万マース(リットル)のビールが消費され、50万羽以上の鶏が食べ尽くされます。ヴィーズンは見せ物小屋、伝統的メリーゴーラウンド、ハイテク・ジェットコースター、観覧車、スーパー・ルーピング、わたあめやハート形のレープクーヘン、ロースト・アーモンド、風船、マスコット、その他土産品などのバイエルン名産の大小規模の屋台、そして勿論14の地元ビール醸造社のテントが立ち並んだ「飲食店通り」などが全て混ぜ合った、陽気で愉快なお祭りです。

  初日はビール醸造者たちによるビア樽を載せた馬車のパレードがあります。マキシミリアノイムをスタートし、中心部を通ってテレージエンヴィーゼに到着するとビールの鏡割りが行われ、お祭りがスタートします。

  二日目の日曜日には民俗衣装のパレードがあります。バイエルンだけではなく、ドイツ全国、ヨーロッパ諸国から自慢の民俗衣装を身につけた団体が参加します。総勢九千五百人のパレードの長さは7キロにもなります。山車や馬車、ブラスバンドによる音楽など、大変な盛り上がりを見せます。

情報提供:ドイツ観光局
Photo: (c)germany.info、oktoberfest.de



バレエ学校のレッスンはなかなか手ごわいようである。初め、日本人留学生の数が多くて、ちょい盛り下がり気味だった娘だが、みんながみんな、「うまい人ばっかり」「うちはへたっぴい」で、レッスン中もなかなか皆と同じように振りをこなせず……。
いやいや、「生ぬるい」ようでは留学した意味がないのである。まわり全員自分よりうまくて、先生の要求レベルも高い。そういう場所に身を置きたかったから、日本を飛び出したのであるからな。一年後、今よりずっと上達した自分に会えると信じよう。

で、来年ももしミュンヘンにいたら、一緒にミュンヒェナーオクトーバーフェスト、楽しもうな! 母ちゃんはビールのむでー。わっはっは。

Juillet!2013/07/08 18:24:40

太陽や雲や空気が「今日から7月でっせ」って申し合わせるはずもないけど申し合わせてるやろあんたらと空に向かって毒づきたくなるほど、申し合せたように真夏の気候が幕を開けた!って感じだ。今日、梅雨明け宣言。

で、ちょうど2か月後の9月8日、ウチの娘はドイツへ留学のため機中の人となるのである。あ、ついでに私も機中の人となるのである(1週間後に帰ってきますけど、ひとりで)。
あと2か月なんだけど、お嬢さん、準備しようという気配が全然ない。あと2か月で高校の仲間たちとお別れだから「思い出づくり」(=遊びほうける。笑)全開である。

とうとう外国暮らしかよ~。私も若い時からあちこち放蕩したけど、一年以上長期で住んだのは27歳の時が初めてだったからなー。奴の心中がわからん。17歳の高校3年生の時、私はひたすら美大受験のためのデッサンを繰り返していた。娘も、遊びほうけているがバレエのレッスンは欠かさない。形は違えど、同じことなのかな。とりあえずの近未来に立てた目標にひたすら向かい、いずれそれが通過点になるまで走り続けるしかない感じの、不器用で融通の利かない生きかた。

しばらく京都を離れる娘のために、鴨川の床でご飯しよう~と提案したが、私も奴も忙しすぎて実現してない。べつに高級料理いただかなくてもええねんけど。スタバでええねんけど(笑)

暑いねえそれにしても。

Bravo mes fils !2012/07/18 20:40:59

学校ネタといえば、隣市で起こった中学2年生(当時)の自殺をめぐって連日すさまじい報道がなされているようだ(……というのもウチにはテレビがないから。いつも聴いているラジオ局ではそれほど取り上げていない)。
なんでもスマホで情報キャッチするイマドキの子どもたちは、大人よりもずっと事態掌握(ガセネタもあるにせよ)するのが早く、数日前に家でこの話を出したとき娘は「そんなこと、もうみんな知ってるで」とこともなげに言った。ウチの娘は相変わらずノーケータイの絶滅危惧種であるので、もっぱら情報源はスマホ中毒の級友たちだ。亡くなった子もいじめていたとされる子もその親もみな実名はおろかあんなこともこんなことも、ネット上では言いたい放題暴露し放題で手がつけられない。

まったくたいへんな世の中だと思うと同時に、こうしていささか乱暴な方法であぶり出されなければ、この類の出来事が明るみに出て追及されることがなかったかと思うと、また悲しい。

昔から友達どうしというのはときに意地悪をしたもんだ。すぐに泣く子はよけいにいじめたくなる、可愛い子、好きな子に覚えてほしくていじめてしまう。殿方にはそんな思い出の一つや二つ、あるに違いない。力を誇示するだけのいじめっ子もいたけれど、家に帰れば母ちゃんに叱られる無邪気なガキ大将に過ぎなかった。弱い者をいじめる奴には必ずどこからか天誅のようなものが下ったものだ。
いつから学校も社会も自浄作用を失ったのだろう。
そして、いったいいつから「いじめる」という動詞が使われなくなり「イジメ」と名詞化し、「イジメを受けた」などという言い回しに変わったのだろう。





さて、娘の高校の野球部が奇跡の2回戦突破(笑)。
こりゃあ、まったくすごい! あっぱれじゃ息子たちよ!
なんつうても、娘のクラスは42人中17人が野球部員(笑)。みんなジャガイモ頭で野球しかとりえのない(あら失礼)可愛い高校球児なのだ。しかしいかんせん野球というものは、チームプレイだけれども、個々の資質・能力が試合にはかなりモノをいうスポーツなので、それしかとりえがないといっても一流でもないから(再び失礼)、加えて選手層も薄い普通の公立校だし、トーナメントを何試合も勝ち抜くのは至難の業なのだ。
2回も勝つなんて。
つまり3回戦進出やん。
それって、私たちが在籍中に一度あって(このときも大騒ぎして)以来じゃないかいな?
すご。ブラヴォー!!!
というわけで、いうまでもないが娘も級友たちも狂喜乱舞している。
狂喜乱舞といえば、陸上部からインハイ出場者が出たので、すでに数日前に陸上部マネージャーとして狂喜乱舞した娘である。
熱く楽しい高2の夏になりそうじゃの。

Ils sont rentrés! Elle avait l'air un peu fatiguée mais très joyeuse!2012/03/18 12:05:38

帰ってきよりました。あーやれやれ。

http://cms.edu.city.kyoto.jp/weblog/index.php?id=300605&type=1&column_id=221166&category_id=7620

どの子も皆、多少疲れが見えましたが、一様に満ち足りた顔をしていました。と、教員ライクなコメントをしてみた(笑)。

わが娘はフロリダで買ったキャスケットを被って、なんかまた背が伸びたような。気のせいだろうけど。

「お寿司屋さんの看板に鳥居が描いてあったよ」
「相変わらず、わかってへん国やな」
「でも、どれもおいしそうやった」
「インタビューはうまくいった?」
「うん、みんないい人でちゃんと答えてくれはった」
「そういうとこは、ええ国や」
「うん」

とりあえずスーツケース全部広げて、全部かき出して、お土産と洗濯物を分けて(笑)、旅の余韻に浸る間もなく、今日は朝からレッスンに行きました。

La voici, elle est partie! Bon voyage!!!2012/03/09 08:01:48

おはよっす〜
娘を見送ってきました。
旅行委員なので6時20分集合でしたの。あいにく雨がけっこう降っていましたので、傘をさしてやり校門まで送っていきました。
その後私はいったん戻って母と朝食を食べ、貸し切りバスに乗り込む頃合いを見計らって再び校門前へ。
7時40分。信号が青に変わっておもむろにバス3台が動き出し、窓の向こうから手を振る娘に私も手を振って。ついでに手を振る周囲の生徒たちにも手を振って。
行ってらっしゃい〜〜〜〜

腕時計を2個もって行った。両方ともアナログ。
ひとつは現地に着いたら現地時間に針を合わせ、もうひとつは日本時間のままにしておくために。
そしてあさって、3月11日日曜日の14時46分18秒になったら「黙祷しよっかなって、思て」。

その日、私たちのまちでは初のフルマラソン大会が行われる。
震災復興祈願の大会なのだ。
はっきりいうが、おかげで交通規制がたいへんだ。
長年ハーフマラソン大会や駅伝はしょっちゅう開催してきた京都だけど、フルマラソンは初めてだ。
しかも、基本は市民大会なので、やたら参加者が多いらしい。
私の知り合いだけで「出るよ」という人が片手以上いる(笑)。
みんなよくやるよ〜
ええことやけどー……

「お母さんの同級生も、キョーカのお父さんも出はるし、沿道の応援に行きたかったけどな。でもたぶん、アメリカで3月11日になったとき、京都マラソンのことは全然思い出さへんと思うわ、やっぱし」

そのとき、お母さんも祈るよ。
君の見上げる空が青いことも、祈ります。
Bon voyage!!!


もう一度、いくつかリンク貼ります。
http://dai.ly/ybsXau
http://youtu.be/_5NZDlJ2CBU
http://youtu.be/HpH4tNUsUSM

Elle va partir, demain matin. aux Etats-Unis!2012/03/08 19:13:39

とある雪の朝。寒かろうがなんだろうが実をつける我が家の苺。見習わないといかんなあ。

疾風に勁草を知る。娘の座右の銘である。彼女はなぜこれを座右の銘にしているのかというと、中学生のときの陸上部の顧問が、彼女を評してこの言葉を使ったのがきっかけである。疾風に見舞われようとも逆風しか吹きつけなくとも、娘はこうべを上げて前を向き、自身の不調にへこたれないどころかむしろそんなときこそチームメイトを励ましまたは開いた穴を埋め、時に先導し時に縁の下の力持ちであったりした。過分な褒め言葉をもらって嬉しいと同時に、自分の人生、ずっとこうで在りたいと肝に銘じたのである。疾風に遭っても倒れず勁草で在れ。

娘が幼いとき、フランスを中心にヨーロッパ旅行へ何度も連れていったので、海外旅行は初めてではないのだが、自分の意志で行き先を選び、自分たちで行動計画を立てて、自分でトランクに荷物を詰めるという経験は初めてだ。最後のフランス滞在からもう9年経っている。長時間のフライトの退屈なことなど「覚えてへん」。

「先生は飛行機の中では寝てろっていうけど、そんなに寝られへんと思うしなあ。何してよかなあ。ipodの中身も変わりばえしいひんし、ずっと聴いてても飽きるしなあ」
「お嬢さん、そんなときこそ読書です」
「うん。文庫もっていくっていう友達多い」
「アンタもやたら本もってるやん。睡眠薬やと思ってもっていき」
「なんかさーアメリカ旅行に携帯する本、って感じがしいひんやん」
「確かにアメリカムード高まる本なんぞはウチにない」
「……」
「……あ、お母さんがこないだ誕生日にあげたやつにしー」
「あ、そうや。そうしよ」
「うんうん。2冊とももっていき」
「よし、これで着陸まではなんとかなりそうや」

2冊のうちの1冊は、過日取り上げた:

『16歳 親と子のあいだには』
平田オリザ編著
岩波ジュニア新書567(2007年)

である。つまらんと書いたが、著名人が「僕の私の“16歳”」を語っているので、当の16歳自身にとっては読みようによっては興味深いはずなのである。昔の16歳は、今みたいに必殺ワード「学力低下」「理数離れ」「国際競争」に教育現場が翻弄されたりしない中でのびのび育っていたので、高校時代に自転車で全国縦断したとか、海外ひとり旅に出たとか、肉親の誰かが死んだのを機に覚醒したとか、今だったら「そんな暇があったら英単語覚えなさい」と親が言い募りそうな、そんな行動を、自分の意志で、好きなようにとっていた。現代との乖離が現代の16歳には若干理解しづらいであろうと思うし、また、収録されている「16歳バナシ」は破天荒なケースばかりではないので、また文体もさまざまなので、たまにイラッとくるのだ。ま、それは私の感じかた。むしろ私がイラつくケースのほうが娘にはフィットするかも知れぬ。

もう1冊は、角田光代の『くまちゃん』。新潮文庫である。恋愛小説短編集なのだが、すべての短編はリンクしていて、第1編の準主役が第2編の主役になり、第2編の相手役が第3編の中心人物……とこういうぐあいにリングチェーンのように話が絡み合い、第1編の主人公、20代の恋愛下手な女の子は最終編で存在感のある脇を固める中年女として登場する、という具合。
手の込んだストーリーや、複雑な人間関係を理解しないと物語がわからないような、そういう読み物が大の苦手な娘にはよい手引きになると思ったのである。まだほんものの恋を知らない彼女だが、今恋愛経験のないことはべつにどうってこと全然ないんだよということを(すでに彼女の母親が身をもって示しているとはいえ)わかってほしい気持ちもある。

とにもかくにも、『くまちゃん』、大人の皆さんにももちろんオススメ。わざわざ立ち向かうような本じゃないけど、暇なら読んでたも。

といってる間に、明日の出発時間は刻々と迫るのだわ。
うううーーーー
めっさ心配やめっさ寂しいわめっさついていきたいわー後ろからこっそりぃーーー
あたし、もうアメリカ25年も行ってへんーーー(行きたいんかいな)

さ、頑張って荷造りしよう。
思い出とお土産のスペースはしっかり空けて。

Oui, c'est chouette, finalement.2012/02/29 22:51:48



『最終講義―生き延びるための六講』
内田 樹著
技術評論社 生きる技術!叢書(2011年)


本書が出版されたばかりの頃、私はとてもじゃないがそんな心の余裕がなかった。いや、本当のことをいえば、内田樹の講演録は、対談本よりはましだと思っているが、あまり好きではない。彼は話し上手でもあると思うけれど、いつかも書いたが話をしているウチダを「読む」よりは「聴く」ほうがずっと健康にいいと思っている。健康にいいというのはこの場合変な形容かもしれないが、講演の内容が政治であれ教育であれ、彼のお喋りにはオバサン的シンパシイを感じるからに尽きるのである。私はよく学術会議や外交がテーマのシンポの取材の機会があるのだが、お喋りの上手な人は、何をもってお喋りが上手といえるのかというと、(借りてきた言葉やよその学者の引用でなく)その人自身の言葉を使い、相手も語感と意味を共有してくれるに違いない言葉――それはかなりシビアなセレクションだと想像する――を選択しつつ、そのことじたいはなんでもないことのように、井戸端での噂話をするかのように、澱みなく流麗に、(そしてこれが重要である)美しい発声で、話をする。そんな人の話を聴いて、素人聴衆は「いやあ、この人の講演は聴き応えがあるなあ」とか「ものすごわかりやすかったわあ」といった感想をもてるのである。で、たぶん、ご本人はさほど特別な努力をせずにそのイカスお喋りテクを身につけている。素晴しい論文や著作本に代表される高い業績を残す学者が、必ずしも講演(とくに一般向け)が上手でないのはよくある話だが、その方は一生上手にはなれないと思う。努力しても詮ないと思う。そっちは彼の行く道ではない。彼はひたすら研究し書けばよいのである。
話を愛するウチダに戻すと、私は彼の「書いたもの」が極端に好きである。陶酔するほどに好きである。彼は間違いなく読者に向かって「書いて」いる。その本の中で彼が論ずるテーマへの、尽きることのない愛情がほとばしって見える、それが彼の著書である。ウチダの著書には、私はいつだって心を揺さぶられるし、覚醒させられる。気分がいいとき、共鳴するときばかりではない。しかしそれすら快感である。
しかし、彼の語りをそのまま文字に置き換えた対談本や講演録はその限りではない。本になる前に内田樹自身が校正しているし、大幅加筆もしているので純然たる記録でないのは明白だけれど、文章の持つそのライヴ感が、その本の読者でなく実は共著者である対談相手、あるいは当時の聴衆に向けられていることがわかってしまっているので、興ざめである。いくら書籍という体裁のために整えられても、やはり「喋った当時の臨場感」を誌面に残そうと努力するのが、対談や講演の企画者、出版社の編集者、そして著者自身の意向であるのは普通のことである。
でも、そのことは、私にとっては書物としての魅力を半減させてしまう要素なのである。

去年の5月か6月に書店に並んだらしきこの赤い派手な本を、私は一瞥した覚えはあるのだが、いかんせん、その頃、読む本ときたら地震と津波と原発と、放射能汚染と医療と食品の関連本ばかりであり、ときどきガス抜きに子ども向けの小説を読んで頭を休めるということを繰り返していたので、いちばん好みのジャンルであるエッセイ系、批評系の書物に全然目がいかなかったのである。

ふと思い出して図書館で検索すれば、お決まりの貸し出し予約殺到状態で、相変わらず人気はあるが、予約してまで借りようとも思わなかったのはこれがやはり講演録だからである。
でも、けっきょく私はこの本を読んだ。ある晩帰宅すると、食卓の上にばさりと、娘が高校から持ち帰った文書類が無造作に置かれていた。その中に高校の図書館便りがあり、新規購入図書紹介欄に本書の題名があった。さっそくさなぎに「この内田さんの本借りてきて」と頼んだ。研修旅行委員だからいろいろな調べもののためにしょっちゅう図書館に行くくせに、ヤツときたら「ア、すっかり忘れてた」「今日はちゃんとメモ持って行ったのに自分の借りる本見つけたら忘れた」「誰の何ていうどんな本やったっけ?」とのたまうこと数か月(笑)。ようやくつい最近、私のために『最終講義』を借りてきてくれた。

読んで思ったのだが、あ、なるほどこれは高校の図書室にあってしかるべき本である、ということだった。ウチダの喋りはわかりやすい、というのはさんざんゆってるが、確かに彼は好んで高校生に向けて講演をよく行っている。収録されている講演録は高校生向けのものはないけれども、彼のお喋りは、高校生くらいが読むのにちょうどいい重要語彙出現頻度で進むのである。実際に、収録されている講演を、娘の高校の生徒たちが聴講したら、たぶん全員舟を漕ぐ(笑)。言葉は発せられて瞬時に消える。ウチダの口から発せられる言葉をあらかじめ推測し発せられた瞬間それを捉えて咀嚼し音が消えた後にもその言葉の余韻を噛み締めながら続いて発せられ続ける言葉の洪水とつないでいく――そんな、「聴きかた」をもたないと、ウチダであろうと誰であろうと、澱みなく続く他人のお喋りにうつらうつらしてしまうのはいたしかたがない。ティーンエイジャーの仕事の半分は寝ることだからな。
しかし、それが文章になると、言葉は消えずに眼下に留まり続けてくれるので、反芻しながら読むことができる。内田の話は、講演録のかたちでなら、ウチの子でも読めるわと母は思ったのである。神戸女学院大学の学生たちにこれが最後の講義ですといいながら、ウチダは、実は日本全国の小中高生に語りかけていた。彼がこれまでの著作で、ブログで、ほいでたぶんツイッターで、さんざん繰り返し述べていたことをもう一度語ったに過ぎないのかもしれないが、彼は、教員としての最後の一年間に行った講演のほぼすべてを、日本の未来を担う子どもたちに向けて発信したのである。聴衆は、神戸女学院大学の学生に留まらず、その同窓会や保護者会、他大学の学生と教職員など、ええ歳した大人ばかりである。彼らをそれなりに楽しませながら、ウチダはこれ以上ないというほどの強い思いを込めて子どもたちに向けてメッセージを発していた。
バレエの発表会が無事終わったら、娘に薦めようかと思っている。300ページを全部読めとは言わん。彼女のツボにはまりそうなトピックスが部分的にあるので、ここと、ここと、ここ読んでみ、というふうに。それらは、子どもたちが考えるきっかけ、問題の所在に気づくきっかけになるような仕掛けのある場所だ。そこに引っ掛かれば次の思考へと階段をひとつ昇れる。
本書は、ウォールクライミングの、ほら、壁に埋め込まれたカラフルな石の断片、ああいうものが各ページにちりばめられているといっていい。どの石に足を引っ掛けて登るのかは読み手に任されているが、気まぐれに、あるいは突拍子もないしかたで、思わぬところに引っ掛けて進む、そんな読みかたを、ウチダは子どもたちに期待しているのではないか。とそんなふうに思ったのである。




ほったらかしのブログに毎日たくさんのアクセス、ありがとうございます。
ようやく、仕事の出口が見えてきました。これからほんのしばし、少しは眠れる夜が続くと思います。明日、あさってが踏ん張りどころ。

気がつけば2月も終わり。今年はうるう年なんですね。この、2月のプラス1日が、世の中の仕事ニンゲンたちをどれほど救い、あるいはどれほど苦しめているか(笑)、これ考えた人は想像したんかい、おい、こら。
せっかくの2月29日なので、なんか書いとこうと思いました。

Bon anniversaire ma chère!!!2012/02/13 23:53:08




『16歳 親と子のあいだには』
平田オリザ編著
岩波ジュニア新書567(2007年)


今日は私にとっていちばん特別な日である。
ひとり娘の誕生日である。
2月13日。
世界にたったひとつしかない宝石である私の娘が生まれた日。
と、いうよりも。
私が、この私が世界に二つとない宝石を産んだ日である(笑)。
つまり、私にとって空前絶後の痛みを味わった日である。
生涯、アレを超える痛みにはもう出会わないであろう。
そりゃ、あーた、痛かったのなんのって。
いま、体のあちこちガタがきていてそこらじゅうが痛いし、ちょっと飲み過ぎ食べ過ぎなんかすると途端にひどい頭痛腹痛が来るし、風呂の蓋が足指に落ちてきたときも痛かったし、階段踏み外して腰打ったときも痛かったし、スライサーで指削った時も痛かったけど、赤子の頭が産道を通ったときのあのアレはそんなもんアータよく生き延びることができたわアタシとマジで思ったんだから本当に痛かったのさ。それほどまでに痛かったんだから無事に育ってもらわんと割に合わないのさ。痛みに耐えた甲斐があったわとアタシに思わせてくれるほどピカピカきらきらに熟してもらわなきゃ困るのさ。

そんなわけで、山積みの仕事を放り出して私はバースデーカードを手づくりし、髪を束ねるためのシュシュも手づくりし、例によって、何冊かの本を贈ったのである。そのうちの一冊が本書だ。

タイトルおよび表紙イラストの出来がいい(ま、私の好みというだけだが)わりには、つまらない本である。すまん、さなぎ。

ま、そりゃそうだ。本書はさまざまな分野で活躍中の著名人が自分の16歳当時を語っているのだが、そこそこの年齢の人たちばかりだから、当然彼らの16歳の頃の社会は現在との乖離甚だしい。そして、時代がいつであれ、16歳の少年や少女とその親の間に存在する関係性というもんは、どんなに平凡な関係性であっても、各自の性格が地味であってもありきたりであっても、個別の家庭事情が異なるとかそんな次元とはまったく関係なく、それぞれに特有でたいへんに親密で、元来外に向かって語られる必要のないものである故に、本にするからといっていきなり滑らかに澱みなく語られるような性質のものではないのである。だから、人んちの押し入れの中を、「覗いていいのそれ。別に見たくもないんだけど。ま、何か面白いもん隠してあるかもしれないな、でもどうってことないに決まってるし」といった気持ちで覗き見するのに似て、期待もしなかったけどやっぱ実際読んでみるとかなりつまらない(笑)

それでも、昔の16歳って親とはこうだったのね、というようなことをちょっぴりでも感じてくれたらオンの字である。

ところで先月は私の誕生日があった。
またひとつ歳をとったわいと愚痴る私に、彼がこう言った。
「年をひとつとったことではなくて、生まれたことを祝福する日なんだよ、誕生日は」

そうだよね、そうなんだ。
私の娘も私の母も、猫も、アイツも、コイツも、弟も、その嫁も、甥っ子も、友達も、みんな、みんな、みんな、その存在は奇跡さ。私の目の前にいてくれて嬉しいよ。君が、キミタチが生まれたことを祝福したいもんだよね。

ハッピーバースデー、さなぎ。

富山の夜


C'est pas facile, les histoires des ados...!!!2012/01/05 19:48:04


『きみが見つける物語 ティーンエイジ・レボリューション』
アンソロジー(椰月美智子、あさのあつこ、魚住直子、角田光代、笹生陽子、森絵都 著)
角川書店(2010年)


仕事始めだった……。
ぜんぜんアタマが仕事モードにならないのなんのって……。
こんな新年は初めてだぞ。毎年、雑煮やらカルタ取りやらDVD鑑賞やら深夜映画やらでどろどろぬーぼーぐでんぐでんになったアタマも、しゃきっとするのにさ。歳かあ。ちきしょー。

若さがうらやましいなっ。
あの頃にはもう戻れないのだ。

なかなかの秀作を集めた「きみが見つける物語」シリーズ、紹介する本書は文庫じゃなくて単行本。売れっ子さんたちがずらり。きりきりきゅんきゅんの10代マインドを描いてみせる。私は魚住直子に惹かれて借りたんだけど、んー、本書への収録作品はそれほど好きではなかったな。月並みな評価かもしれないが、角田さんと森さんが突き出ているかな。で、この中でいちばん冴えないのはあさのさんだ。あさの作品はもともとあまり好きではない。何だったか超ブレイクした長編を手にとって、書き出しが違和感あってすぐ閉じたのを覚えている。もちろん、読了したのもあるが、いずれも、じゃ次行ってみよー、みたいな勢いを保てない。当分読みたくない感じ。本書収録作品はどれも短編だが、それぞれ著者の個性はよく出ている。本音を言うと森さんの作品もあまり好きではない。面白くて一気に読んでしまうのだが、的を射すぎているというと変な表現だけど、青春のツボをつかみすぎているというのか、もう少し外してくれたほうが(笑)オバサンは読みやすい。だーーーーっと読んじゃうわりに、読後感がよろしくない。そっか?そんなもんか?そう終わっていいのか?みたいな。「17レボリューション」も大変面白い。切り口も展開もさすがだ。だが最後はちんまりまとまってしまったな感が否めないのだが、それは過剰要求かもしれぬ。


「世界の果ての先」角田光代(初出:『野性時代』2005年7月号)
「薄桃色の一瞬に」あさのあつこ(初出:『野性時代』2005年7月号)
「電話かかってこないかな」笹生陽子(初出:『野性時代』2005年7月号)
「赤土を爆走」魚住直子(初出:『野性時代』2006年10月号)
「十九の頃」椰月美智子(初出:『Feel Love』2007年vol.1、「19、はたち」を改題)
「17レボリューション」森絵都(初出:『野性時代』2006年4月号)


で、何が好きだったかというと「十九の頃」なのだ。
ヒロインが十九の頃を思い出して語る。突飛なストーリーではない。物語の展開や結末も見える。だが、ヒロインの語りがどことなく舌足らずで、読み手はよそ見せずに聞き耳を立てなくてはならない。そのあたりが、タンタンターン!と展開していく森作品とちょっと(かなり)違う。
私はこういう、行間がしっとり湿っている物語が好きだ。たとえば、岩瀬成子さんの筆致がそうなのだけど、じんわりと、読み手の指先から心にかけて物語の色が染みていくような、そういう湿り気を含んだエクリチュール。
YAというジャンルに入る文学はおしなべて、本書収録の「電話かかってこないかな」「赤土を爆走」「17レボリューション」のように鋭さとテンポよさと意外性を持ち合わせていることが多く、それゆえに若者に受けているのが事実なのだろう。
本書の中では、角田さんの「世界の果ての先」が、少しだけしっとり感を醸し出している。だが、この作品のよさはそうしたしっとり感とは別のところにある。したがって、私が好きな岩瀬さん作品との共通点、といった言い草をするのは角田さんに失礼だろうな。それは椰月さんに対してもだが、この方の作品を本書で初めて読んで、他作品をまだ知らない。本作だけであれこれいえないが、本書の中では好感が持てた。

早いもので、娘の高校生活も10か月めに突入。親ばかりがあたふたしている間に気がつけば卒業、なんだろうな。高校時代、私は突然エリック・カルメンが好きだったが(そして卒業すると聴かなくなった)彼女が陶酔するのはなんだろう。何でもいいからそういう対象を持つがよろし、なんだが。

Je t'aime toujours, je te souhaite des jours prochains merveilleux...2011/12/27 22:24:19



『呪いの時代』
内田樹著
新潮社(2011年)


恋も仕事もうまくいかない。恋と仕事はまったくの別物だが、いくつものハードルを越えなきゃならないとか、ある部分、ある局面では妥協しなければ前へ進まないとか、けっこう共通点がある。自分の場合、対象をすべてどんな場合でもどんなシーンでも上から見下ろしているという点で、さらに共通している。このクセをなんとかしないといけないのだろうが、残念ながら世界で自分がいちばんエライと思ってしまっているこの人格はもはや変えようがない。私はあなたよりよくできた人間なのよ、誰ひとり私を跪かせることはできないし、私はその知性において他を凌駕しているの、だから愚かなあなたに腹も立たない代わりにあなたは私に従うしか道はないのよ。そんなこと、クライアントにも上司にも、男にも女にも、けっして、口が裂けても言わないが、持って生まれた私の本能はつねに内なる私の声で、対象たるすべての人々に向かってそう言っている。困ったものだが、私はその内なる声に抗ったりしないで、「そうよね。にっこり」てな調子で自己肯定しているものだから、幸い分裂症にもならないし自己嫌悪にも陥らない。
私が自己嫌悪に陥るのはひどく疲れた顔で男と逢っていたことが後から判明したりするときだ。あんなに作り笑顔してたつもりなのに疲れてたってばれてたなんてという敗北感と弱みを見せてしまったことで次回以降に向けて相手にアドヴァンテージを与えたことがわけもなく悔しいのである。こういうケースがままあるところが、恋と仕事との大きな違いと言えなくもないな。
弱みを見せてもいいと思える相手をやっとの思いでつかまえて、大事に大事に私への気持ちを育ててやって、ようやく自分たちの未来を考え始めたとたん、しゅっと消えてしまう。そんな恋の失いかたを、何度経れば学ぶのだろうこの私は、この「上から目線」で墓穴を掘っているに違いないということを。いや、私はとっくに学習している、「よしよしあんた可愛いわね一緒に居てあげてもいいわよ」という態度を貫く限り恋は成就しないことを。でも、やめられないんだもん、しょうがないじゃん。あなたのためなら何でもするわなんて、約束できないこと言えやしないじゃん。
私は遊びで幾人もの殿方を同時に相手にしたりはできない性質(たち)である。そんなに器用ではないのである。真面目におひとりを愛し抜くのである。だから愛情は一直線にそのかたに向かうのである。向かうけれど、向かう愛情はそのかたの身の回りの世話をするとか手料理や愛情弁当とか洗濯物を畳むとか物理的な形をともなってはけっして現れないし(だってあたし忙しいもん)、愛してるだのあなたがいちばんだのあなたのことで胸がいっぱいだの歯の浮く台詞に変身したりもしない(だってあたしはライターだけどスピーカーじゃないもん)。だけどあたしの愛情は殿方よりも一段高いところから殿方を俯瞰して愛情のシャワーを注ぐごとくのものであるから、殿方は私の愛情を全身に浴びておられるはずなのだ。はずなのだが、どうもそれではイカンようである。霧雨程度にしか感じてもらえんのだろうか。うーむ。
そんなこんなで利害をともなわない恋はひょんなことから破れたり崩れたりしてちゃんちゃん、と終わる。ここも仕事とは大きく異なるところで、利害がともなうと人間、簡単にチャラにはせず投資した分取り返そうと躍起になって働き続けるのであるが、恋はちゃっちゃと跡形もなくなる。
私はたぶん、惚れた相手を過剰に愛するので、ある時期からその容量を測れなくなってしまう。過剰な愛に対して等価といえる愛が返ってきていなくても気づかなかったりするのだ。恋が終わっても、私は相手を恨んだり罵ったりしたことがない。それに近い思いを抱いたこともない。いっそ憎めればよいのだろうが、惚れた男たちはみないつまでたっても美しく私の中で輝いている。負け惜しみや冗談でなく、私は彼らが幸せであってほしい、私が今幸せであるようにあなたも幸福に包まれていますようにと思うのである。べつにそんなことを初詣に祈願したりはしない(自分と娘のことしか祈願はしない)けれど、ご本人とそのお身内の無病息災、なにより自身が納得して生きて、その生を全うしてほしいと思うのである。
自分の意に沿わぬ行動をとる人を、それでも好ましく思い続けることは、ある人々やある年代には難しいことなのかもしれない。好意なんてもてないから無視する、無関心を装う。人目につくところではそれで済ませても、時に感情が高ぶってそれで済まなくなり、罵詈雑言を叩きつける。その格好の場がネットなのだろう。
どうでもいいことを長々と書いたが、50年近く生きてやっと隣人と地域とともに在らねばならないとの思いに到達した私は、好き勝手なことをうだうだ書き散らしてはいても、その言葉のもつ針や棘やヘドロ臭の醜さを超越して「人間」を愛している、そのことに気づいたのである。若い頃、人間ほど嫌いな動物はないと断言できた私だが、今は昔だ。
私がいつまでも内田樹を愛し続けることができるのは彼の発するさまざまな思考が、表現や言い回し、論調が変わっても、ぴたりと私のそれと波長を一致して響いてくることに、快感を得るからに他ならない。彼はいつまでも私の二、三歩先をゆく「ちょっと物知りのオバサン」である。押しつけがましくない分、つい、追随したくなる魅力をその腰つきからふりまく熟年のオバサン。そう、ウチダは私にとってどんなオバサンであるべきかを身をもって示してくれる先輩オバサンである。その思いを強くしたのは彼の講演をちょろっと聴いた経験からである。彼の著作だけを愛していたときは、いくら彼がオバハン臭い書きかたをしていてもオトコ臭かったが、彼の講演やラジオトークを聴いてからは、そのお喋りがとても女性的で井戸端臭いことがわかって、ツボにはまってしまった、というか、私のウチダ偏愛史の新たなページを開いたというか。
それをあらためて裏づけるのが本書だ。
祝福したい。あなたのこともあなたのこともあなたのことも。
地球史上最低最悪じゃないのこの男、てな男に対しても、人類史上最低最悪の社会人じゃないのこの女、てな取引先の担当者に対しても、彼らの生に幸あれと願わずにいられない。
みみずだっておけらだってあめんぼだってみんなみんな生きているんだ友達なんだ。
ウチダ自身がブログかなんかで紹介していた、茂木氏の書評をコピペする。茂木健一郎は嫌いだが、この文章はいい。こういう出来事に遇うと、えらいぞモギ、と祝福を送りたくなる。一生愛し愛され抜ける人に会うことはなかなかないのかもしれないが、人を愛することそのものはさほど難しくないと思うのである。
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波 2011年12月号より
呪いと祝福
茂木健一郎
 内田樹さんを評するのに、御自身がよく使われる言葉以上に的確な表現が見つからない。「その人が、何を教えてくれるのか判然とはしないけれども、なぜか慕われる人」。私たちにとっての「先生」とは、そんな存在だと内田さんは繰り返し書かれる。私にとって、内田樹さんとは、まさにそんな「先生」である。
 内田さんの魅力は、総合的な人格に由来する。これまで生きてこられた履歴、考えてこられたこと、感じてこられたこと、すべてが相まって、「内田樹」という書き手から、私たちに向かって流れ出してくるものがある。
 新著『呪いの時代』を興味深く読んだ。『日本辺境論』でもそうだったが、日本人の心性を腑分けする時の内田樹さんの手腕は、水際立っている。それは、技術的な例えを使えば「工数」の多い、緻密な論理構成に基づくもの。言葉の精密機械が、熱情という潤滑油によってなめらかに動いている。
 インターネット上にあふれている「呪いの言葉」。議論を先に進めようとするのではなく、むしろ相手の営為を無効化し、力を奪い、自分の優位を確認するためだけに吐かれる言葉。それは、確かに困った現象であると同時に、私たち日本人の今の「等身大」を映し出す、一つの「自画像」である。突出しようとする人がいると、平均値に引き戻そうとする同化圧力。共同体全体として発展するというよりは、むしろ「滞留」する中での「ポジション取り」に終始する。そのような空気が日本の社会にあることを、私も、自らの経験に照らして、ありありと思い出すことができる。
 「呪いの言葉」を吐く人たちは、自分たちで身体を張る必要がない。リスクを負って、発言することもない。後出しジャンケンで、「お前はこんなことを知らない」という指摘をすることは簡単である。そのような知的な負荷の低いふるまいが「賢い」のだと、日本の一部の人たちは思っている。
 どんな国、文化圏にも、固有の病理がある。日本だけが例外だとは、私は思わない。たとえば、イギリスでは、階級社会が未だにあって、人々を縛っている。アメリカ人の一部が銃器規制にあれほど慎重なのも、「自由」についての「信仰」の病理である。お隣の国中国が、「民主主義」とは異なる方向に発展しているのは、周知の通り。
 日本だけがとりわけ病的だとは思わない。それでも、日本の精神病理には、関心を払わざるを得ない。なにしろ、自分たちの国である。そして、その中で暮らすことが一体どのような体験であるかということを、私たちは熟知している。
 「呪い」が人から力を奪い、行為に投企することを妨げるとしたら、「祝福」はむしろ行為へと背中を押し出す。誰だって、失敗しようと思って何かをするわけではない。かといって、成功を保証しようとしたら、一歩さえ踏み出せない。
 幼き子が、初めて小学校に向かう日。就職が決まり、田舎を出て上京する前の晩。結婚式で、若い二人の幸せを祈るひととき。そのような時に人々が「祝福」の言葉を贈るのは、未来がまさに不確実であり、どうなるかわからず、ましてや成功など保証されていないからである。
 自らの身体をもって、何か具体的なことをやること。私たちは、今ネット上にあふれている「呪い」の言葉ではなくて、「祝福」の言葉をこそ必要としているのではないか。
 ネット上の「呪い」の言葉が、内田さんの言うように低い負荷で自分の「優位」を確保する試みだとしたら、これほど生命から遠いことはない。私たちは、そろそろ「呪い」から離れて、「祝福」の方に歩み出したらどうか。誰だって、一度きりの人生を、たっぷりと生きてみたいのだ。(もぎ・けんいちろう 脳科学者)
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年々イベントがしょぼくなる(笑)我が家のクリスマスだが、娘とチャレンジするクリスマスケーキづくりは欠かさない。今年はガトーショコラ。かなりの工程を娘が担ってくれるようになった。ただし、デコレーションは出来合いのもんだけどね。めっさうまかったでえ~~♪

で、お次は、長らく報告できていない「ある日のお弁当」。ところで我が家では12月29日までお弁当づくりが続く。なんなのよ、どういうことよ、そんな学校だったとわかってたら入学させなかったのにっ。わが母校ながらその変容ぶりに呆れる。ヤンキーの巣窟だったのにさ、ほんとにおベンキョ小僧学校になっちゃって、まあ。しゃあないから頑張れ、娘。
10月20日とりそぼろときんぴらゴボウ



毎年、12月早々にブログは年末年始休暇宣言をしていたが、この更新の停滞ぶり、何が休暇宣言じゃと我ながら思うので、ギリまで仕事の収拾がつかないのをいいことに、2011年最後の更新をいたしました。幸せのうちに今年が終わり、平和で穏やかなる来る歳を迎えられますように、心からお祈りいたします。寒いから体には気をつけてね。そしてまた笑顔でお目にかかりましょう。みんな、愛してるよ。