家庭教師2007/10/23 19:42:22

 中学二年の二学期の終わり、私の母は学校に呼び出され、担任にこう宣告されたそうである。「お嬢さんの今の学習態度では公立高校は無理です」。当時公立高校は軒並みレベルが下がっていて、「普通に」勉強していれば「誰でも」合格できると評判だったから、とても子どもを私立にはやれない家庭の親は皆ほくそえんでいたはずである。なのにそんなことを言われて、母は「ほんとにびっくりしたわ」と言った。私は内心そりゃそうだよなと思った。小学校のときから五段階評価で「五」しか取ったことがなかった通知票は、中二になって「三」が多数派を占めるようになっていた。中一までは勉強しなくても授業を聞いていれば「五」だったが中二になってから授業を聞いてもわからなくなり始めていた。私の中でやばいかもというシグナルは点滅していたけれど、定期試験前にがががっと勉強すれば及第点はとれたので気にしないことに決めていた。塾に行くかと母は尋ねたが、私はレベルの低い公立に滑り込むためにどんな塾へ行けというのだと思って返事ができなかった。母はすでに二人の子どもを大学に送り出していた実兄を訪ね、対策を相談したらしい。やがて、中二の二月頃から我が家に家庭教師が来るようになった。
 佳子さんというその大学生のお姉さんは、私が言うのは大変生意気だが、容姿も話し振りも可もなく不可もなくといった感じであった。しかし教え方は非常に上手であったのだろう。中学一、二年の復習を終えて三年の範囲を学習したあと、夏休み頃には難関私立高受験用の問題集にとりかかるほどであった。佳子先生は母に自分の出身校でもある女子高を勧めます、と言ったそうである。女の園と制服のある学校は私にとっては論外だったので、ある日、「これ以上難しい問題はしなくていいでしょ」と言い募った。すると佳子先生は少し悲しそうな顔をして、それもそうねと自身に言い聞かせるようにつぶやいた。
 佳子先生が来る日には、少し上等のコーヒーとケーキを用意してもらえた。将来何になりたいの? 画家よ、サラリーマンは嫌。あら、サラリーマンも悪くないわよ。そんな会話をした。珈琲の香りを嗅ぎながら、先生の彼氏がサラリーマンなんだろうなと少し大人びた想像をした。
 レベルの低い公立高に楽勝で合格した私に、佳子さんは私が以前欲しいといった高村光太郎の詩集をお祝いに持ってきてくれた。「悔いのない高校生活を過ごしてね」。佳子さんは私の手を握ったあと母に深々とお辞儀をして、さして上等でもない我が家の玄関の扉を丁寧に両手で閉めて、帰っていった。

コメント

_ よっぱ ― 2007/10/23 20:33:18

うわぁ、下書きいっぱいだ! これが出たって事は、投稿作が決まって、出来上がって、美味しいコーヒーを飲んでいるということですね!!
まだ、一行も考えられていない僕に一つ下さいm(_ _)m

また、今日も羨ましがってしまった…(泪)

_ ヴァッキーノ ― 2007/10/23 20:45:31

家庭教師と聞くとついイヤらしい妄想が踊り出すのは、そんなアホなピンク映画を何度か観てしまったせいです。
女教師とは言っても男教師とは言わないのもその潮流ですかね。
女医はいても……すいません(涙)

_ midi ― 2007/10/24 06:47:20

おはようございます。
よっぱさん。まだです、投稿。「仮面」じゃないから、別に事前公開してもいいですよね。どれか持っていきます? どれもイマイチなんで、お薦めできません。アイデアの足しになれば望外の喜びですが。

ヴァッキーさん。律儀に全部にコメントサンキュー。
佳子先生はそんなピンク映画とはまったく無縁の清廉潔白なサラリーマンとおつきあいしてるというふうでしたよ。ご自身は、今思うと色気があったなあ、そこはかとなく。

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