週の真ん中、真昼間だというのに(1) ― 2010/04/09 18:04:32
【老舗の大旦那様の巻】
とある印刷物でお世話になっているある自治体のメインストリート。メインストリートとはいっても人と車がまばらに行き交うだけで、賑わっているというには程遠い。小さな取材アポが3件集中したある日の午後、私はいささか疲れてこの道を足を引きずって歩いていた。すると、約2年前から広告クライアントとして取引のある、界隈屈指の老舗の大旦那様が店先に出てきて声をかけてくださった。
実はこの店の前を通る時に、大旦那様の姿がチラリと視界に入ったので、店は覗かずまっすぐ前を向いて通り過ぎようとしたのだったが、また、顔さえ合わさなければ私だとはバレないと思って知らん顔しちゃえと思ったんだけど。……見つかった。
「まあまあご無沙汰やないかいな。お茶でも飲んでいきなはれ」
「大旦那さん、ほんまにお久し振りですね、いつもお電話ばかりで失礼してます」
「いやいや、あんさんも遠いさかいにな。ほれほれ一服していき」
「ではお言葉に甘えて」
「今日はどっか、店訪ねはるんでっか」
「次の広報誌でこの商店街のお店を何軒かピックアップしますんで、お話を聞いてきたんです。大旦那さんとこにも、その節はお世話になりましたね。お店の歴史が町の歴史みたいなもんやから、ほんま勉強さしてもらいました」
「ほやったなあ。今日はどこさん行ってきゃはったん」
「喫茶○○さん、蕎麦の△△さん、クレープ屋さんの◇◇さんです」
「ほうか、ほうか。ええように書いたげて」
「はい」
「ウチはなあ、えらいことになっとるさかいに」
来た。始まるぞ。
この大旦那さんのところは全国に名を轟かせる何百年の老舗なのだが、大旦那さんの代でとんでもないお家騒動があったのである。大旦那さんは次男で、長男であるお兄様と揉めておられるのだが、その揉めかたが半端ではない。裁判沙汰を通り越して泥沼化してしまったらしく、どっちの立場でも気力体力消耗することは想像に難くない。どちらももうご高齢でらっしゃる。詳細はここには書けないのでお読みくださるかたにはチンプンカンプンであろうが、今はそのことを問題にはしていないので読み流してくださるがよろし。だいいち、私はこの大旦那さんとしかお話をしたことがないので、お兄様の言い分はわからないから、私自身もチンプンカンプンなのである。
そんなわけで大旦那様、揉め事のそもそものいきさつから、店の発展拡大、歴史的資料の保存、新規開拓へと自分が頑張ってこられたことを語り、なのに兄ときたらと愚痴をこぼし。えんえんと、えんえんと。あのーあたし、帰社しなくっちゃ……。わしはもう七十超えてしもうた、これ以上揉めても体力続かんわ……
「大旦那さん、お子さんは?」
「息子がおりますねん、ほれ、あそこに。遅うにできた子やさかい、やっと三十出たとこや」
「頼もしいじゃないですか、もうあと少しでしっかり継いでくださいますよ」
と、店の奥でなにやら仕事に勤しんでいる若者の背中を見て言うと、
「あんさんな、どや、息子」
と、私の左手を両手でしっかり握る大旦那様。「へ?」
「店、任せたい思ても、嫁が居らんと話にならん。早よ嫁探せ、ていうとるんやが」
「はあ、こればっかりはご縁ですもんね(つーか、ダンサン手ぇ離しとくりゃす~)」
「あんさんやったら、わしは反対せん。しっかりしたはるし、今でもムツカシイ仕事したはんのやから、ウチの店くらい切り盛りできる」
「あはは、かなんわあ。そんなん若旦那さんが気の毒ですわ、わたしみたいなオバサン」
「いやいや、ちょっとオバサンくらいでちょうどええ」
「あはは、あはは、あはは(ちょうどええ、の根拠はなんやねんー!!それよりオバサンつーたなジイサンめ~ と悪態を脳内にめぐらしながらただひたすらにカラ笑いをする私)あはは、あはは、あはは(ジジィ、手ぇ離せーっ 泣)」
はたして、逃がした魚は大きかっただろうか(笑)