疲れた大人が読む物語である ― 2018/05/10 23:40:40
エルケ・ハイデンライヒ 作
ミヒャエル・ゾーヴァ 絵
三浦美紀子 訳
三修社(2003年)
ゾーヴァという画家をずっと前から知っていたわけではない。その名前は百貨店のホールで開催される美術展の告知で知った。その後調べてみたらすでに挿絵を担当した物語本はいくつか翻訳出版されていたし、画集も出ていた。日本では2005年と2009年に巡回展が開催されたが、わたしが娘と行った美術展は2009年のほうだったと思う。その頃から、美術展の際にショップで売られる「小物」のヴァリエーションが増え出したと記憶している(図録と絵葉書くらいしかなかったのがクリアファイルや缶ボックスやマスキングテープやマグネット等々等々)。わたしは「ちいさなちいさな王様」の缶ボックスを買いましたのよ。
そしてまたうかつなことに、映画「アメリ」で作品が使われて話題になっていたというのに、そんなこと全然知らずにいたことも、その美術展で知ったわけで、映画好きを自認しているのに時にあまりにも細部に無頓着すぎてわれながら呆れたのである。
そんなわけで、ゾーヴァの絵との出会いが出版物ではなく実物であったことは、この画家の昔からのファンの皆さんとは、多少、その作品に対する意識が異なることにつながったのではないかと思う。その絵の数々はたいへん素晴しく、迫力もあり、また物理的な「厚み」を感ずるものたちだった。そういう絵の数々にいたく感動してから既刊のゾーヴァ本を探したが、本がどれも小さくて、展覧会で観た圧倒的な迫力はどこかへもっていかれてしまっている。もちろん、挿絵にするのが前提で描かれた絵の原画は、どれもそれほど大きいものではなかっただろうと推察されるが、展覧会で大きな絵の数々を観てしまったので、本になったゾーヴァに物足りなさを感じてしまい、なかなか読む気になれなかった。
しかしながら、図書館で、目的の有る無しにかかわらず棚を眺めていると、ふとした弾みで目につき、ふとした弾みで借りてしまうことがある。このたびは、早々に目的の書籍を見つけて「ついでに何かほかに借りていこうかな」と思うやいなや目についたのであった。
ゾーヴァの挿絵が使われているが、いわゆる絵本ではなく物語の本である。物語は長くなく、クリスマスの短いお話である。しかし子どもに聴かせる話ではない。大人の読む物語である。しかも、仕事と恋と人間関係に疲れた大人が読む物語である。タイトルが示すとおりである。生きる意味を問うているならこの本を読みましょう。
物語はいきなりこう始まる。《その年はずっと、狂ったみたいに働いた。》
かつてのわたしみたいだ。《まるで生活するのを忘れてしまったかのようだった。友人にもほとんど会わず、休暇を取って旅行することもなかった。》
なかった、そんなの。仕事以外の何をしているのか毎日わたしは? ……みたいな日々だった、わたしも。《そして鉛のように重くなってべッドに倒れこんだ。》
ああ、ほんとうに、わたしのようだ。
違うのは、この主人公は「その年はずっと、」と言っているので例外的に非常識なまでに働いた年だったのだろうということだ。わたしはといえば、学校を出て働き始めてからたいていがそんな「狂ったみたいに働い」てきたような状態だ。そして主人公は離婚したシングル女性だがわたしは結婚経験のない子持ちシングルであるということ、それだけだ。それだけって、それは大きな違いではないかといわれるかもしれないが、そうでもない。主人公は疲れ果てているところにかつての夫だった男から電話を受け、クリスマスをその男の住む街で過ごさないかと誘われ、心が動く。それもいいかもしれないと、重いからだをひきずるようにして旅支度をし、彼が待つ場所まで向かおうとする。実際、もしわたしも、昔の男からひっさびさに連絡もらって会おうよなんて言われたらホイホイと、へろへろになってても、取り繕って会いにいこうとするだろう。そういう、なんつーか矜持も何もないところが主人公と自分は限りなくよく似ている。
さて主人公はクリスマス旅行の途中で買い物をし、その買い物のおかげで、道中さまざまな出来事に遭遇する。本書はその道のりにスポットを当てた物語である。若干ドタバタしていて、そんなアホな的展開といえなくもないが、しかし、いちいち奥深いのである。そして、主人公は生きることの意味を問うのである。
旅の途中、エーリカと離ればなれになった主人公は幼い頃の記憶をよみがえらせる。
《九歳だった。列車の窓のところに立って、泣いた。》
《私が泣いたのは、自分が戻ったときに果たして母親がまだうちにいるかどうかさえ、確信が持てなかったから。》
この一文に、わたしは胸の奥にすーっと刃物で細い切り傷をつけられたように気持ちになった。わたしは自分の娘にそのような思いをさせてきたに違いないと思うし、そしてまた、母の介護中には、短期宿泊施設に預ける時などに母がそのような思いをしていたかもしれないと、いまさらながら思い起こしているからだ。
上の、「私が泣いたのは」のくだりの直前には、こうある。
《泣いているのは、愛されていない子どもたちなんです。そして、子どもを四週間だけでも遠ざけることができて、母親たちがほっとしているのを感じている子どもたちだけが、泣くのです。》
こちらは愛していないはずがないじゃないかといいたいけれど、愛されたい側はそのような振る舞いでは愛していないのと同じことなのだろう。理屈ではとっくにわかっていたことだし、もち続けた「負いめ」はいつか心から相手に尽くすことでプラマイゼロにしてみせる。こちらはそう思うのだけれどマイナスが深くなるばかりで、ようし、と気合いを入れる余裕ができた頃にはとっくに手遅れなのだ。子どもは成人して独り歩きをし、老いた親は死んでしまう。Trop tard.
そして主人公は気づくのである。
《たった数時間で、エーリカは私の生活を変えてしまった。》
《人々は私をうれしそうに見つめ、私も笑い返した。》
エーリカの存在が、見えていなかったことを発見させ、忘れていたことを思い出させる。
くたびれはてて、若干自暴自棄になっていた女が、かつて愛し合った男に再会してまた心機一転生きる希望を見出して……とはならない。主人公は元夫との待ち合わせの駅までたどりつくのだが……。
「エーリカ」は、おわかりだろうが主人公の名前ではない。では誰の? うふふ。
人生に疲れていなくても、読んでください。