L'Ecosse2014/09/29 11:47:25

先週からトンテンカンカンと工事をしている我が家である。そのためにほぼ物置エリアになっていた場所を空っぽにするため、今月、娘が発った11日の翌日からただひたすらモノを引っぱり出し、仕分けしては捨て、捨てては掃除し、を繰り返していたのである。おおかた捨てればいいものだったが、捨てられないものもある。親族の写真とか、ね。たとえば。還暦を迎えた従姉妹の結婚式の写真とか(笑)、うわー若いー可愛いー、と母と騒いで時間が過ぎたりも、する。

そしてこんなものも発見。5年前に消費期限を過ぎていたカンパン。
をををっ 災害の備えって何ですか?状態の我が家にも非常食なるものがあったのだ! そういえば私の父は熱心な消防団員だったので、消化器はもちろん常備していたし、非常時持ち出し袋(っていうんだっけ)みたいなもんもあった気がする。今回発見しなかったけど。あっそうか、きっと前に古いものを片づけた時に、汚い袋は捨てちゃって食糧だけは取っといたわけだ(笑)。だからカンパンの缶だけがぽつんと。

折しも世間ではスコットランドの独立をかけた国民投票の話題が沸騰しており、私は、20年以上前の夏、フランスの夏期講座で同じクラスになったエコスの女の子を思い出していた。スコットランドをフランス語でいうとエコスなの。授業の最初の日、机が隣り合わせだった私たちはどちらからともなく話しかけ、自己紹介をした。クラスではひとりずつ起立して順番に自己紹介していたが、それより早く私たちは互いの名前と国籍を確認し合った。
「私はチョーコ。ジャポネーズよ」
「私はエリス。エコセーズよ」
「エコセーズ?」
「そう、エコスから来たの。エコスってわかる?」
「ごめん、わからない。どこ?」
「Scotland」
「ああ!」

私は若い頃からケルト文化に興味があり、ウエールズの作家を愛読していた時期もあったので、UKが四つの国家の集合体で、イギリスという名称がイングランドを語源としているにすぎないことを基礎知識として知っていた。ただ、フランス語ではイングランドをアングレッテールというが他の国はどうなのか、その単語の知識がなかった。
エリスが毅然と「私はエコセーズ」と言ったことに、だから違和感は覚えなかった。彼らにとって、自分の出身はそういうふうに表現するものであるのだ。スコットランドはエコスというのね、ひとつ単語を覚えたわ。私がそういうとエリスはクラスの中の男の子ひとりを指して、「あの子はアングレ(イングランド人)よ」と言った。そのとおり、彼は自己紹介でJe suis anglais.と拙い仏語で言い、料理人を目指していますという意味のことを英仏語チャンポンで言ったので教師から「英語禁止!」とたしなめられていた。
「知ってる子なの?」
「授業の前に少し会話したの」
「それで、僕はアングレだって?」
「ううん、でもわかるわよ、ほら、英語がなまってるもん」
彼女の言葉に思わず笑った。スコットランド人からすれば、イングランド人の話す英語は「なまっている」のだ。

さぞかし、スコットランド人は独立意識が高いのだろう。ずっとそう思い続けていたので、いよいよ国民投票という段階にきて独立反対派が半数を占めるとの報道にたいへん意外な気がした。エリスは「Yes」に投票したのだろうか。

……というようなことをつらつら思い巡らしていた時に、このカンパンは見つかったのである。で、カンパンの缶をくるりとひとまわりしてびっくり。
な、なぜカンパンにエコセ(スコットランド人)が! しかもこのタイミングで!(いやこのタイミングはウチの事情だけれども)

で、ちょっくら調べてみると、何でもご存じのかたはいるものである。三立製菓の弁をどこかから拝借されたのか、次のような記載が見つかった。

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カンパンはもともと軍用の携行食として開発されたものです。
(起源は江戸時代らしいです)
その様な商品のためキャラクターは兵隊をモチーフとして誕生したそうです。
ただ、カンパンには兵隊さんそのものというわけではなく『武器を持たずに戦地へ赴き士気を高める軍楽隊であるスコットランドのバグパイパー』を採用しました。

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バグパイプは戦意高揚のための楽器だったのか……。

エリスと出会ったのは1991年の7月、グルノーブルだった。同じ年の10月、モンペリエに移った私は、とあるご縁で足の不自由な老婦人のお相手を週に一度つとめることになり、ある日、その婦人から映画鑑賞を誘われた。それはいつもの訪問日ではない、いわば臨時召集というか番外編だった。どちらかというとそういうのは勘弁してほしいな〜という気がしないではなかったのだが、つねづね映画が大好きだと老婦人にも言ってあったので、観賞後の昼食まで御馳走になれるとあっては断れるはずもないのであった。また、その映画というのは普通の映画館に行くんではなくて、上映後に監督の講演もついているという、事前申込みの必要なスペシャルな上映会であった。老婦人は二人分、申し込んでおいてくれたのだった。ますます断るわけにはいかないのであった。

その映画は、スコットランドのバグパイパーを追いかけたドキュメンタリーだった。監督はカナダ人で、ケベックの人だった。ご存じのとおり、ケベックはフランス語圏で、カナダからの独立が取り沙汰されて幾年月、である。『イエスタディ』という映画をご存じか。30年以上前のこの映画のヒロインはモントリオールの大学生で、その兄はケベック独立運動に身を投じ過激派活動をしていた……とこの素晴しい映画については話が混乱するので今は措くが、この『イエスタディ』を観た時からケベックの人というのは私の中で少々特別な存在だった。老婦人から「監督はケベコワ(ケベック人)なのよ」と聞かされ、最初は億劫に感じていた映画のお伴も、かなり楽しみになっていたのであった。

たぶん、そのケベック人監督は、カナダにおけるケベック人として、グレートブリテンにおけるスコットランドにシンパシーを感じていたのだろう。
たぶん、映画は美しいスコットランドの風景と、ときに勇壮ときにもの悲しいバグパイプの音色を背景に、民族の誇りや文化継承の重要さを語る内容だったのだろう。
たぶん、たぶん、と連発するのは、はっきりゆって、映画も講演もチンプンカンプンで全然理解できなかったからなのだ。
映画の中で話される言語は主に英語で、それに仏語字幕がついたが、単語を追うのが精一杯。さらに、上映後の講演は当然フランス語で行われたのだが、ケベック人の監督さんのフランス語は私のような学習者レベルではとても理解できなかった。老婦人が気を遣って「彼のいうことわかる?」と何度か尋ねてくれたが、そのたびに私はノンと言わなければならなかった。だからって老婦人は通訳してくれるわけではなく(だって彼女にとっては若干訛りのキツいフランス語というだけだから、このジャポネーズのわからないポイントはとうてい理解できなかったと思われる)、どうやらケベック人監督はとても面白可笑しく話していたらしく、会場は和やかな笑いに包まれ、ときに爆笑を呼んでいたが、終始ちんぷんかんぷんなままの私は思考も聴覚も視覚もその目的を失い、闇の中に宙ぶらりんにされていた。あの時の、大きな会場のなか、周りに誰ひとり敵はいないのにその誰とも理解し合えない、共有するものがないという孤独は、あとにもさきにも味わったことのない稀有な感覚だった。
もう少しフランス語が上達したらケベック訛りも聴き取れるわよ、なんて慰めとも励ましともつかない言葉を老婦人の口から聞きながら、変なところで負けず嫌いの私は映画のパンフレットを購入した。あまり写真はなく、監督の思いが膨大な文章に込められ書き連ねられた一冊だった。いつかこれを読んで今日のわからなかった映画をわかってやるぞ、などと思ったのだろう。表紙には、スコットランドの原野をバグパイプを吹きながら歩くチェックのスカートを履いたエコセの凛々しい姿の写真が使われていた。今こそ、あのパンフレットを読むべしではないか。スコットランドの国民投票の報道を目にしながらそんなふうに思ったけれども当のパンフレットはどこへいったやら、見当たらない。代わりに出てきたのがカンパンの缶だった。

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