Oui, c'est chouette, finalement. ― 2012/02/29 22:51:48
『最終講義―生き延びるための六講』
内田 樹著
技術評論社 生きる技術!叢書(2011年)
本書が出版されたばかりの頃、私はとてもじゃないがそんな心の余裕がなかった。いや、本当のことをいえば、内田樹の講演録は、対談本よりはましだと思っているが、あまり好きではない。彼は話し上手でもあると思うけれど、いつかも書いたが話をしているウチダを「読む」よりは「聴く」ほうがずっと健康にいいと思っている。健康にいいというのはこの場合変な形容かもしれないが、講演の内容が政治であれ教育であれ、彼のお喋りにはオバサン的シンパシイを感じるからに尽きるのである。私はよく学術会議や外交がテーマのシンポの取材の機会があるのだが、お喋りの上手な人は、何をもってお喋りが上手といえるのかというと、(借りてきた言葉やよその学者の引用でなく)その人自身の言葉を使い、相手も語感と意味を共有してくれるに違いない言葉――それはかなりシビアなセレクションだと想像する――を選択しつつ、そのことじたいはなんでもないことのように、井戸端での噂話をするかのように、澱みなく流麗に、(そしてこれが重要である)美しい発声で、話をする。そんな人の話を聴いて、素人聴衆は「いやあ、この人の講演は聴き応えがあるなあ」とか「ものすごわかりやすかったわあ」といった感想をもてるのである。で、たぶん、ご本人はさほど特別な努力をせずにそのイカスお喋りテクを身につけている。素晴しい論文や著作本に代表される高い業績を残す学者が、必ずしも講演(とくに一般向け)が上手でないのはよくある話だが、その方は一生上手にはなれないと思う。努力しても詮ないと思う。そっちは彼の行く道ではない。彼はひたすら研究し書けばよいのである。
話を愛するウチダに戻すと、私は彼の「書いたもの」が極端に好きである。陶酔するほどに好きである。彼は間違いなく読者に向かって「書いて」いる。その本の中で彼が論ずるテーマへの、尽きることのない愛情がほとばしって見える、それが彼の著書である。ウチダの著書には、私はいつだって心を揺さぶられるし、覚醒させられる。気分がいいとき、共鳴するときばかりではない。しかしそれすら快感である。
しかし、彼の語りをそのまま文字に置き換えた対談本や講演録はその限りではない。本になる前に内田樹自身が校正しているし、大幅加筆もしているので純然たる記録でないのは明白だけれど、文章の持つそのライヴ感が、その本の読者でなく実は共著者である対談相手、あるいは当時の聴衆に向けられていることがわかってしまっているので、興ざめである。いくら書籍という体裁のために整えられても、やはり「喋った当時の臨場感」を誌面に残そうと努力するのが、対談や講演の企画者、出版社の編集者、そして著者自身の意向であるのは普通のことである。
でも、そのことは、私にとっては書物としての魅力を半減させてしまう要素なのである。
去年の5月か6月に書店に並んだらしきこの赤い派手な本を、私は一瞥した覚えはあるのだが、いかんせん、その頃、読む本ときたら地震と津波と原発と、放射能汚染と医療と食品の関連本ばかりであり、ときどきガス抜きに子ども向けの小説を読んで頭を休めるということを繰り返していたので、いちばん好みのジャンルであるエッセイ系、批評系の書物に全然目がいかなかったのである。
ふと思い出して図書館で検索すれば、お決まりの貸し出し予約殺到状態で、相変わらず人気はあるが、予約してまで借りようとも思わなかったのはこれがやはり講演録だからである。
でも、けっきょく私はこの本を読んだ。ある晩帰宅すると、食卓の上にばさりと、娘が高校から持ち帰った文書類が無造作に置かれていた。その中に高校の図書館便りがあり、新規購入図書紹介欄に本書の題名があった。さっそくさなぎに「この内田さんの本借りてきて」と頼んだ。研修旅行委員だからいろいろな調べもののためにしょっちゅう図書館に行くくせに、ヤツときたら「ア、すっかり忘れてた」「今日はちゃんとメモ持って行ったのに自分の借りる本見つけたら忘れた」「誰の何ていうどんな本やったっけ?」とのたまうこと数か月(笑)。ようやくつい最近、私のために『最終講義』を借りてきてくれた。
読んで思ったのだが、あ、なるほどこれは高校の図書室にあってしかるべき本である、ということだった。ウチダの喋りはわかりやすい、というのはさんざんゆってるが、確かに彼は好んで高校生に向けて講演をよく行っている。収録されている講演録は高校生向けのものはないけれども、彼のお喋りは、高校生くらいが読むのにちょうどいい重要語彙出現頻度で進むのである。実際に、収録されている講演を、娘の高校の生徒たちが聴講したら、たぶん全員舟を漕ぐ(笑)。言葉は発せられて瞬時に消える。ウチダの口から発せられる言葉をあらかじめ推測し発せられた瞬間それを捉えて咀嚼し音が消えた後にもその言葉の余韻を噛み締めながら続いて発せられ続ける言葉の洪水とつないでいく――そんな、「聴きかた」をもたないと、ウチダであろうと誰であろうと、澱みなく続く他人のお喋りにうつらうつらしてしまうのはいたしかたがない。ティーンエイジャーの仕事の半分は寝ることだからな。
しかし、それが文章になると、言葉は消えずに眼下に留まり続けてくれるので、反芻しながら読むことができる。内田の話は、講演録のかたちでなら、ウチの子でも読めるわと母は思ったのである。神戸女学院大学の学生たちにこれが最後の講義ですといいながら、ウチダは、実は日本全国の小中高生に語りかけていた。彼がこれまでの著作で、ブログで、ほいでたぶんツイッターで、さんざん繰り返し述べていたことをもう一度語ったに過ぎないのかもしれないが、彼は、教員としての最後の一年間に行った講演のほぼすべてを、日本の未来を担う子どもたちに向けて発信したのである。聴衆は、神戸女学院大学の学生に留まらず、その同窓会や保護者会、他大学の学生と教職員など、ええ歳した大人ばかりである。彼らをそれなりに楽しませながら、ウチダはこれ以上ないというほどの強い思いを込めて子どもたちに向けてメッセージを発していた。
バレエの発表会が無事終わったら、娘に薦めようかと思っている。300ページを全部読めとは言わん。彼女のツボにはまりそうなトピックスが部分的にあるので、ここと、ここと、ここ読んでみ、というふうに。それらは、子どもたちが考えるきっかけ、問題の所在に気づくきっかけになるような仕掛けのある場所だ。そこに引っ掛かれば次の思考へと階段をひとつ昇れる。
本書は、ウォールクライミングの、ほら、壁に埋め込まれたカラフルな石の断片、ああいうものが各ページにちりばめられているといっていい。どの石に足を引っ掛けて登るのかは読み手に任されているが、気まぐれに、あるいは突拍子もないしかたで、思わぬところに引っ掛けて進む、そんな読みかたを、ウチダは子どもたちに期待しているのではないか。とそんなふうに思ったのである。
*
ほったらかしのブログに毎日たくさんのアクセス、ありがとうございます。
ようやく、仕事の出口が見えてきました。これからほんのしばし、少しは眠れる夜が続くと思います。明日、あさってが踏ん張りどころ。
気がつけば2月も終わり。今年はうるう年なんですね。この、2月のプラス1日が、世の中の仕事ニンゲンたちをどれほど救い、あるいはどれほど苦しめているか(笑)、これ考えた人は想像したんかい、おい、こら。
せっかくの2月29日なので、なんか書いとこうと思いました。
Bon anniversaire mon chéri! ― 2012/02/10 01:49:14
山田稔著
平凡社ライブラリー(1999年)
誰もが特別な日というものをもっている。それが誕生日だという人もいれば結婚記念日である人もいるだろう。私はといえば、あの日もこの日も、自分にとって大切で特別な何かが起こったり何かに出会ったり何かをもらったり、ということがてんこもりで、毎日「特別な一日」のオンパレードだ。そんなふうになっちゃうと特別でもなんでもなくなってしまう。わかってるさ。
今年の始め、大学院時代の恩師に会った。私は修了してから見事にお目にかかっていなかったので、なんと12年ぶりでご尊顔を拝したのである。御髪は真っ白だが、電話で言葉を交わした時に若干お耳が遠くなっておられるように思っただけで、会って会話してみると、ゼミ演習の頃の先生とぜんぜん変わっておられなくて、嬉しいやら恐ろしいやら(笑)。私の母と同い年だということを初めて知ったが、脳をフル回転させて生きているのとそうでないのとではこんなにも年のとりかたが違うのかと嘆息する。私の母は足を悪くしてから行動範囲が狭くなり活力も萎む一方なので、ともすれば80代半ばに見られるのだが、まだ後期高齢者デビューが済んだばかりである。かたや恩師は白髪と皺のせいで70代だろうと察しはつくが、せいぜい70歳になったとこくらいだろう、そんなふうに誰もが思うのではないか。とにもかくにも若々しい。
恩師の年賀状に中国に凝っています、などと書いてあったので弟の著作(最近の新書)を贈ったら、嬉しそうな声で電話がかかってきて「本をありがとう。僕、この著者の本いくつも読んでるよ、ファンなんだ。君の弟さんだったんだね」。
世の中、何がどうつながるかわからないもんである。
いつか初の訳書ですといってダリ本を贈ったときも電話で話して盛り上がり、飲もう飲もうとはしゃいでいたのだが、引退してもいろいろと活動が活発でお忙しくて、結局時機を逸してしまったのだった。今回は「じゃあまた連絡するね、なんて言ってたら結局また飲めないから今決めちゃおうよ」と強引に先生は私とサシの飲み会をセッティングし(といっても店を探したのは私なんだけど)、晴れて12年ぶりの再会が実現したのだ。
知的な人と知的な会話に溺れるのはとても幸せである。言っておかねばならないが、この恩師はまったくの大学人ではない。とある大新聞所属のジャーナリストで、特派員として各国を渡り歩いた人である。早期退職を選んで、ぶらぶらしていてひょんなことから大学教員として「勤めることになったんだが、ったく柄じゃないねえ、こんなところは」とよく笑っていた。彼に言わせると「学者は伝えるための日本語を知らないからな」。恩師のゼミにはやはりジャーナリストや海外勤務を希望する学生が寄ってきたようである。頭でっかちになって考え込むより行動すべし。でなければどんな美文も生きてはこない。そういう意味のことを、とりわけ若い学生たちにはよくいっていた。私は院生当時すでに30代半ばだったので、先生は私に対しては教えるというよりも、共通の話題を持ち寄って会話の花を咲かせようよ、といったふうだった。先生に比べれば私の経験など塵ほどもなかったが、私が一定期間フランスに滞在しそれに続いてフランス人たちと長期間ともに仕事をしていることの意義を認めて、自分のパリとヴェトナム駐在の経験を重ね合わせて、「今話してくれたようなことを、自分の言葉で書き続けなさい」というような言いかたで指導してもらった。
山田稔は恩師よりも七つ年長だそうだ。恩師がパリ特派員だった時期に、パリで知り合ったそうである。山田稔といえばフランス語系人にとっては神様みたいな存在だ。そんなことを言うと当の山田先生は言下に否定されるだろうが、少なくともダラダラとものを書くことを日々のなりわいとしている者には、その文章、その言葉は天啓なのである。というようなことを言うと、私の恩師は我が意を得たりという顔をして「ホントに山田さんは素敵な人なんだよ。お元気なうちに会っとかないとなあ。それにしても君とは好みが合うよね」「ついでに申し上げると先生、私、鶴見俊輔さんも大好きです。神様のまだその上の御大、という感じかな」「そのとおりだよ。僕は鶴見さんの書いたものを読んできたから生きてこれたようなもんでね。いやあ、ホントに君とは嗜好が同じだよね。僕はね、思ったもんだよ、君は僕にとって最初のゼミ生のひとりだけど、この学生とはもっと早くに会いたかったよなあって。思ったもんだよ」
いま手許にあるこの『特別な一日』は、この夜先生が私にくださったものである。「読みさしだけど、よかったら持ってて」。山田稔は神だが、私の蔵書には一冊もその著作はない。図書館に行けば彼の著書・訳書はいつだって揃っているから、買い損ねてしまっていた。
先生にもらったこの本を改めて読むと、人と命とその書き残されたものたちへの優しい眼差しに涙が出るほど心を揺さぶられるし、真摯で厳しいその書くことへの向かいかたに襟をたださずにはおれないのである。もっと早くに会いたかったよなあ。確かにそうである。フランス語とも、恩師とも、鶴見俊輔とも、山田稔とも、もっともっと早くに会っていれば人生変わっていたのかもしれない。しれないが、早くに会わずに生きてきて、「いまさら」な時期にようやく出会ったからこそ、こんなに心が震えるということも、あると思っている。
*
2月10日は私にとって特別な日である。その日を前に、特別な日の張本人が下記のリンクを送ってきた。ったく何考えてんだあのバカ。他に言うことあるやろっつーの。
あ、失礼。みんな、ヒマだったら聞いてあげて(撮影場所は鴨川河川敷みたい)。私のブログに来てくださるみなさんにとっては言わずもがなの内容だけれど。
http://youtu.be/_5NZDlJ2CBU
若いっていいな。ただ単純にそう思う自分が、なんか、やだ(笑)。
C'est pas facile, les histoires des ados...!!! ― 2012/01/05 19:48:04
『きみが見つける物語 ティーンエイジ・レボリューション』
アンソロジー(椰月美智子、あさのあつこ、魚住直子、角田光代、笹生陽子、森絵都 著)
角川書店(2010年)
仕事始めだった……。
ぜんぜんアタマが仕事モードにならないのなんのって……。
こんな新年は初めてだぞ。毎年、雑煮やらカルタ取りやらDVD鑑賞やら深夜映画やらでどろどろぬーぼーぐでんぐでんになったアタマも、しゃきっとするのにさ。歳かあ。ちきしょー。
若さがうらやましいなっ。
あの頃にはもう戻れないのだ。
なかなかの秀作を集めた「きみが見つける物語」シリーズ、紹介する本書は文庫じゃなくて単行本。売れっ子さんたちがずらり。きりきりきゅんきゅんの10代マインドを描いてみせる。私は魚住直子に惹かれて借りたんだけど、んー、本書への収録作品はそれほど好きではなかったな。月並みな評価かもしれないが、角田さんと森さんが突き出ているかな。で、この中でいちばん冴えないのはあさのさんだ。あさの作品はもともとあまり好きではない。何だったか超ブレイクした長編を手にとって、書き出しが違和感あってすぐ閉じたのを覚えている。もちろん、読了したのもあるが、いずれも、じゃ次行ってみよー、みたいな勢いを保てない。当分読みたくない感じ。本書収録作品はどれも短編だが、それぞれ著者の個性はよく出ている。本音を言うと森さんの作品もあまり好きではない。面白くて一気に読んでしまうのだが、的を射すぎているというと変な表現だけど、青春のツボをつかみすぎているというのか、もう少し外してくれたほうが(笑)オバサンは読みやすい。だーーーーっと読んじゃうわりに、読後感がよろしくない。そっか?そんなもんか?そう終わっていいのか?みたいな。「17レボリューション」も大変面白い。切り口も展開もさすがだ。だが最後はちんまりまとまってしまったな感が否めないのだが、それは過剰要求かもしれぬ。
「世界の果ての先」角田光代(初出:『野性時代』2005年7月号)
「薄桃色の一瞬に」あさのあつこ(初出:『野性時代』2005年7月号)
「電話かかってこないかな」笹生陽子(初出:『野性時代』2005年7月号)
「赤土を爆走」魚住直子(初出:『野性時代』2006年10月号)
「十九の頃」椰月美智子(初出:『Feel Love』2007年vol.1、「19、はたち」を改題)
「17レボリューション」森絵都(初出:『野性時代』2006年4月号)
で、何が好きだったかというと「十九の頃」なのだ。
ヒロインが十九の頃を思い出して語る。突飛なストーリーではない。物語の展開や結末も見える。だが、ヒロインの語りがどことなく舌足らずで、読み手はよそ見せずに聞き耳を立てなくてはならない。そのあたりが、タンタンターン!と展開していく森作品とちょっと(かなり)違う。
私はこういう、行間がしっとり湿っている物語が好きだ。たとえば、岩瀬成子さんの筆致がそうなのだけど、じんわりと、読み手の指先から心にかけて物語の色が染みていくような、そういう湿り気を含んだエクリチュール。
YAというジャンルに入る文学はおしなべて、本書収録の「電話かかってこないかな」「赤土を爆走」「17レボリューション」のように鋭さとテンポよさと意外性を持ち合わせていることが多く、それゆえに若者に受けているのが事実なのだろう。
本書の中では、角田さんの「世界の果ての先」が、少しだけしっとり感を醸し出している。だが、この作品のよさはそうしたしっとり感とは別のところにある。したがって、私が好きな岩瀬さん作品との共通点、といった言い草をするのは角田さんに失礼だろうな。それは椰月さんに対してもだが、この方の作品を本書で初めて読んで、他作品をまだ知らない。本作だけであれこれいえないが、本書の中では好感が持てた。
早いもので、娘の高校生活も10か月めに突入。親ばかりがあたふたしている間に気がつけば卒業、なんだろうな。高校時代、私は突然エリック・カルメンが好きだったが(そして卒業すると聴かなくなった)彼女が陶酔するのはなんだろう。何でもいいからそういう対象を持つがよろし、なんだが。
Voici le sapin de Noël de chez nous... ― 2011/12/04 22:17:03






Est-ce que cela marchera? ― 2011/10/05 20:17:30
さなぎと前からランチの約束してたので店の前でヤツを待つ。ドア前のプレートに「水曜日レディースデイ!」だって! これはラッキー♪
さなぎは前期期末テスト中。午前中でその日の試験は終わるが、競技会を間近に控えた陸上部は午後練習があるのでずっと「お弁当を持っていかなあかんねん~」。が、今日はマネージャーは参加フリーのお達しが出たので「お母さん、ほら、前から目ぇつけてた、会社の近くのお店、連れてってえ」。
土砂降りだというのに傘を片手にチャリンコで来た娘。いっとき、危険だからと「片手傘乗り」を厳しく取り締まっていたけれど、やめたのかなあ? 傘差してチャリで走っているとぴぴぴっと笛鳴らされて、「傘を差すなら降りてください。でなければ傘を閉じてください」と拡声器で怒鳴られたり。人通りの多い交差点には四つ角それぞれに警官がいた。ああいうキャンペーンめいたことをするときって、暇なんだよね、きっと、警察。携帯電話で喋りながら走っている子も停められてたなあ。いっとき集中的に取締りをして、効果が現れたってことなんだろうか。でも、傘差して走ってる人なんていくらでもいるけどなあ。私も娘もやめてない、傘。私はケータイ操作もやめてない。というか、やっと、最近、片手で操作できるようになったのさ(笑)。
「テストさ、けっこうできたで」
「ほんま? そらええニュース」
「うん。運がよければ50点ある」
「それは50点満点、100点満点?」
「100点満点。へへへ」
「どっち? 数学、世界史?」
「数学」
「そら上出来。世界史は?」
「無知の知ってゆーた昔の哲学者ってソクラテスやんな?」
「えっ……お母さん、知らん、そんなん」
「たぶん、合うてんねんけど、すぐに思い出せへんかって、アから順番に探してん」
「アからって……アルキメデスとか?(笑)」
「誰それ?」
「いや、忘れてくれ」
「ア、イ、ウ……って人の名前探してて、ソまで来てソクラテス思い出してん」
「それは素晴しい快挙や。でも問題、それだけとちゃうやろ?」
「うん」
「ほかの問題はできた?」
「びみょー」
「ソクラテスだけは確実に得点できたし、けっこうできたってことになんねんな」
「うん」
最近会った、いろいろな友達の話をした。私の友達だが、さなぎが見知っている人もいる。30年ぶりに会って盛り上がる同級生とか、ネット上の活動を通じていきなり親しくなる仲間とか、私の交友の在りかたのある面は、彼女には不思議に映るようである。とくに近頃、家ではMacにはりついて友達とメールしたり、ゆうちゅうぶで古いドラマ見たり、ほしいものを検索したりして、遅ればせながらネットサーフィンの日々を楽しむ娘である。高校生の恋愛相談掲示板みたいなやつも覗いている(笑)。以前、さなぎが開けっ放しにしていた画面を見ると、「先生のこと好きになっちゃった」女子高生が書き込んでいた(笑)。
ネタは何でもいいらしいが、ネット上でのコミュニティーに興味があるらしい。誰か不特定多数と意見交換してみたいみたいなことを言う。
福島第一原発が爆発した直後、あるとても若いタレントさんが「原発反対」を自身のブログで主張して、コメントが殺到して炎上した話をした。その14、5歳の少女タレントさんは、すごい売れっ子でもなかったけど、それで一瞬有名になった(でも私は名前忘れちゃったけど)。そんなこともあって、売名行為とも言われたし、現場の労働者の苦労も知らずに勝手なことを言う小娘と罵られてもいたが、大手電力会社の顔色を窺って何もいえない腰抜けの大人どもに比べて、純粋で素直でまっすぐな意見だ君はエライ、ウチの子にも君の主張を聞かせたい、といった賛辞もあったよ。
というような話をしたり、愛するウチダのブログもかつてはコメント投稿できたけど、ネチネチと難癖つけにしか来ない奴がいて、そいつを叩くために内田シンパがまた暴言を吐くから収拾つかなくなってコメントできなくなってしまったよ、という話もした。また、私が今でも所属している翻訳クラブは会員制の閉じた世界で、志を同じくする人の集まりだからいい加減な人間はいない、とか、またかつて盛んに活動した文章塾は開かれた場だったけど、紳士淑女の集まりだった、悪い人変な人ボケた人は全然いなかった、考えてみれば奇跡だったかも、という話もした。
インターネットの大海には、本当にいろいろなものが泳いでいるし、いろいろなものが浮いている。なにもかもが素晴しいものではない。ゴミもある。ただ、ある人にはゴミに見えるものが、ある人にはガラスの空き瓶に閉じ込められた宝の地図のごとく、有益なものに見えることもある。だから鑑識眼をもたないと、ネットとのつきあいはとても疲れる。
ということをいいたかったのだが、わかってくれただろうか。
学校では、探究という科目の中で情報リテラシーについて学んでいるらしい。しょっちゅう小論文を書かされているが、テーマを出され、インターネットでの事前調査を宿題にされている。キーワードをぽいっと提示されて、そのキーワードだけ追いかけていては堂々巡りだから、「その周辺の言葉を拾って情報範囲を広げていかないとあかん、その際の言葉の拾いかたできっと差がつくんやで」というと、「お母さんはそういう言葉の拾いかた、うまいやんな」とニッと笑う。前にも書いたかもしれないけどヤツは私を辞書代わりに使うばかりでなく検索ワード抽出機としても活用しておる(笑)。最近、鼻が利くようになったのかあまり「なあなあお母さん、○○は◇◇であるということについて調べるときはなにで検索したらいいと思う?」みたいな質問をしなくなった。小論文の採点結果はすこぶるいいらしい。「お母さんに見せたら赤ペンで真っ赤に添削したヤツ、あったやろ? あれ、面倒くさいから何も直さんと出したけど、満点やったもんねー」
呆れた論文指導教師がいたもんだっ(怒)(笑)
それでふと思ったが、中高生向けに小論文塾みたいな場を設けたら流行るだろうか?
*
ところで、今日は百恵ちゃんがさよならコンサートを武道館で開いた日だったって。夕刊紙の「今日は何の日」欄に書いてあった。夕刊を読むのは久しぶりだった。なぜ久しぶりに読んだかというと、弟のコラムが載る日だったからである。で、今日のはつまらなかった。というか、やっぱしヤツの文章はイマイチ独りよがりだ。学生のときからそう言ってやってるんだが、まああの頃よりはずいぶんコマシになったが、さなぎの小論文じゃないけど、アタシが事前に読んだら真っ赤にするところだ(笑)。ま、学者の書くもんなんてみんなよがってるけどな。まだヤツはひよっ子だから許されるんかも。
やっぱ小論文塾、やろか?
C'est vraiment triste une catastrophe comme ça. Je pense à toi et prie pour le Japon. ― 2011/03/13 01:15:15
地震が起きた時、私の町は震度3だったそうだが、私は出張先で取引先の営業さんが運転する車で移動中だったので何も感じなかった。地元に帰りJRの駅に降り立つと、新幹線乗り場方面がただならぬ人だかりで、また人々の表情は一様に険しく、なにがしかの異常事態が起きたということがわかった。間もなく駅のアナウンスが東北に地震があったために新幹線が運休となっていることを告げる。それはもう何度も繰り返されているらしいアナウンスだった。東北って、そんな遠いところの地震のために全線ストップしちゃうなんていったいどんなに大きい地震だったんだろう。とりとめもなく思い巡らしながら帰社すると、東京に家族のいる社員たちが「電話が全然つながらない」といって青い顔をしていた。
東京の混乱ぶりを把握でき、社員の家族たちの安否も確認できたが、インターネットには大津波の映像が配信されていた。それは仙台空港を飲み込む瞬間の映像だった。明らかに悪意をもった黒い泥波が、人間の築いたものを食いつくそうとするかのように、牙を剥いて襲いかかった瞬間だった。
とんでもないことが起きている。
内陸に住む私たちは、紺碧の空と海への憧れは強いがその怖さを想像することができない。波は海底の震動によって巨大になりどんな遠方からでも勢いを保ったまま陸地へ到達し道も家も人も飲み込んでしまえる、そういうものであることに、思いが行かない。
火災も発生した。
1995年の地獄絵のような映像が瞬時にして甦る。
どうか早く鎮火して! などといくら願っても祈っても届かないのだ。
気になるが、金曜は一日出張先にいて、社内での仕事が山のように残っていたので、まずはよそ見をせずに黙々と原稿を捌いていった。
帰宅してマイMacのメールを開けるとフランスからこちらの様子を心配するメッセージが届いていた。
1995年のあの日の翌日も、遠方からたくさん電話をもらった。高い電話代をものともせずに皆かけてきてくれた。数時間もの間まったく電話がつながらなかったので、私も神戸の友人につながらなかったし、私にかけようとした人たちも何度も試みたようで、ようやく私の声を聞いたとたん電話の向こうで大泣きする人もいた。
あの時も、今回も、同じだ。
私や私の町を案じてくれるその気持ちは痛いほど嬉しい。
が、私たちには何も被害がない。
「大丈夫だよ」
とのこちらの声に
「ああ、よかった!」
と心底安堵してくれるその言葉に複雑な気持ちになる。なにも、よくなんかない。問題は「ここ」ではない。何も喜べない。
自分が書くことをなりわいとしていることに、とてつもなく無力感や虚無感を覚える。ここでこうしてぐだぐだ書いていて、どうなるというのだ。誰ひとり救えはしないのである。どんな傷も癒すことはできないのである。何も、前に進められないし、何も、受けとめることができないのである。
身を挺して被災地のために働く人々に、神よ、力を!
Tu as l'heure, s'il te plaît? ― 2011/01/12 20:53:45
金田一秀穂著
アスキー新書(076)(2008年)
たいへんよくできた本である。
日々、何がしかの文章を書いている人に一読をおすすめする。
あなたの書くのがケータイで送るメッセージにせよ、取引先に送るクレームにしろ、上司へ提出する報告書であろうと、長い長い恋文だとしても、誤字や誤用は一気にその文章の価値を奈落の底へ突き落とす。
これはほんとうであるぞよ。
私は毎日膨大な量の文章を書くが(いわゆる仕事上の文書も、原稿も、友達への手紙もメールも、ほいでもってこんなブログも)、同時に膨大な量の文章も受け取るし、新聞も毎日読むし、文献にも目を通す。そういうもんの中に誤字誤用を発見するとやはり相手や出版元を「そういう目」で見てしまう。
マイブログでもよく書くが、私が仕事でかかわる人たちって、ほんとに、ちゃんと書けない。年齢は関係ない。また学歴や職歴も関係ない。
賢そうな御仁がことわざや慣用句を誤って使う。軽薄な営業担当が若者ぶって略語だらけのメールをよこす。いつも誠実で丁寧なもの言いの婦人が敬語のむちゃくちゃな連絡FAXを送ってくれる。知的で名の通った新聞の記事に変換ミスが散見する。
共通しているのは言葉を軽んじていそうな態度であることだ。
その文章を差し向ける相手を軽んじているわけではない。(だから厄介なのよね)
言葉を真摯な気持ちで扱う人が少なくなったといっていいのだろう。
ここ数年、テレビ番組のネタにも漢字や言葉を問うクイズが増えてきたように見える。くだらないテレビのネタにされることこそ誰もが本気で向かい合おうとしていない証左だ。
「通じたらええやん」とはウチの娘がよくいうのだが(笑)、それが通用するのは、けったいな英語で外国を旅するときだけなのよ。
間違いは誰でもあるのだし、間違えたときに学習すればいいのだけれど、最近は人に対して間違いを指摘したりしにくい風潮が世に蔓延している。上司も教授も、部下や生徒を「傷つけてしまうのが心配」で、バチッと指摘できないでいたりする。小中高の教師陣はもはやご本人たちがあまり言葉をご存じない。とほほ。
だから、言葉は、自分で正しく覚えて、少なくとも自分だけは正しく使いたい。みんながそう心がければ、正しく使える人が少しは増えないかな。ま、ここまでたいそうに考えずとも、言葉をきちんと使いたい、きっと誰でもそう思っているのだ。けれど、え、これってどっちが正しかったっけ? みたいな紛らわしい同音異義語や類義語はもともとあるし、昨今いい加減な用法がまかり通って通りきっちゃった挙句正しいと認識されているケースもあって、実際判断に困ることもよくあるのさ、という真面目な人はたくさんおられるのではないか。
金田一先生はカタイことはおっしゃらない。
書名の『適当な』は、「適切な」と「いい加減な」の両義をもっている。で、この題名も両義を含むとおっしゃる。
言葉は生きものだ。だから杓子定規に考えずに、寛容に言葉と向き合いたい。眉吊り上げて正しい本義をまくし立てるばかりが、「正しい日本語を守る」ことにはならない。その意味するところがゆっくり変わってきた言葉もあるし、時代が変わったからといってやはり誤用はどうしても認められないと思われる言葉もある。
言葉の遣いかたって、身に着ける衣類に似て、その人の好みや性格を映す。立ち居振る舞いやしぐさ、食事の際の行儀に似て、その人の育ちかたや学びかたを映す。それらは全部、ごく初期には親から譲り受けたり躾けられたりするものに属する。「親の顔が見てみたい」というが、その人の言葉遣いに親は潜んでいる。言葉は母だもんね。しかし服の好みが親子で異なることがもちろんあるように、親の影響から脱して自分の言葉遣いで生きていくことは可能だし、それは試みなくちゃいけない。だって若人たちよ、あんたたちの親世代ってほんまにアホやねん。乗り越えな、あかんよ。
若人って、わこうどって読むのよ。覚えてね。
で、本書だが。
いいじゃんべつにどっちでも、というケースと、いやいやそこは間違えないでくださいよ、というケースを明快にして、優しく易しく金田一先生は解説してくださる。第一章は「ぷぷぷっ」と笑える「誤用」例がいくつも並ぶ。でも、人のことは言えません。自分も似たような間違いをしているかも、と我がふり直そうという気持ちにさせてくれる。私が好きなのは第二章。センセイ、同感ですわ。ここに列挙されている美しい言葉を難なく使いこなしてものを言い、ものを書いていきたいわ。第三章は変換ミスに気をつけましょう編。とても勉強になる。これこれこういうときの「とる」はどの「とる」?取る撮る採る……と選択肢を掲げてのクイズ形式。
世の中に日本語関連の類書は山のようにあるけれど、大別すると、とんでもない誤用例をやたら掲載して笑いをとる系の本と、真面目に真面目にあくまで正しい日本語の追究を目指す系の本に分かれる。
本書は、その両方の要素をちょっとずつもっている。そのうえで、どちらにもないこの本だけが読者に与えうる満ち足りた読後感。誰でも手にできる、でもってとっとと読めちゃう、実にお手軽な新書でありながら、実は実は、実に稀有な本である。
ところで、この投稿につけたタイトルは現在時刻を人に尋ねるときのよくある言いかたである。直訳すると「時間、もってますか?」である。腕時計(または類するもの)を携帯しているかどうかを尋ねる文だ。日本だと「時計もってる?」かな。そう訊かれて、「はい、もってます」とだけしか答えない人は、ない。もっていれば見て、時刻を答える。「今何時?」と訊かれなくても、相手が「時間(時計)もってる?」という言葉を使うことで「今何時?」と尋ねているのは明白だからだ。
こうした会話の成立こそ、互いが空気を読んでいることの証しにほかならないと、私は思う。時計もってる?と訊かれて時刻を答えることを知っているなら、ケーワイ、なんていわれても心配しなくていい。いま少し、感覚を研ぎ澄ませればいいからだ。
今、言葉は、文字どおり読まれ、字義どおりに解釈されてこそ価値あるかのように振りかざされて、ちょっぴり悲しそうである。発せられて宙をいく言葉は、いろいろなものをまとって対象に届くはずなのに。
空気を読むとは、その場の雰囲気に迎合することではない。相手の立場や真意を測って自分の発言のさじ加減に心を配ることだ。その場所が職場であったり、会議の場であったり、合コンであったり、人はいろいろな場面に遭遇する。それは幼少時にすでに始まっている。言語を駆使する過程で空気を読む術も、人間は身につける。私的な関係にあるものどうしなら、みなまでいわなくても、わかる。でしょ?
































最近のコメント