Space Oddity2016/01/16 23:57:14


夕方、商店街のスーパーへ走った。目的の商品は決まっていた。自転車を停めて足早にドアをくぐる。店内は買い物客でごった返し、レジには長蛇の列ができていた。

《1階レジの応援をお願いします》

店内アナウンスが店員に呼びかける。間もなくどこからか2人ほどスタッフが駆けつけて閉めていたレジを開けた。

「次にお待ちのお客様、こちらのレジへどうぞ」

レジかごを持つ人びとの列が一瞬ほどけて、新たに増えて、増えた列もすぐに長くなっていく。慌てても、レジで待つだけだ。私の足は緩んだ。目的の品を手に持ったまま、見慣れた商品棚の間を歩く。95円、110円、75円、198円。がっしりした書体で大きく書かれた価格の上に「スペシャルプライス!」とか「最安値!」と、縁どりのある目立つ書体で赤く記した小さなポップが着いている。大げさな表示も、実際に相当安いという事実も、もはや日常過ぎて感動がない。

《♪This is ground control to major Tom, you’ve really made the grade...》

え。
いきなり私は気づいた。
店内のBGMはボウイのSpace Oddity。
私はその場に立ち尽くしてしまい、プライスカードをにらんだまま、全身を耳にしていた。スナック菓子の、色とりどりのパッケージの前で銅像のように固まって、しかし、不覚にも涙が込み上げてきて、にらんだ先のがっしり太文字の「95円」がぼやけて見える。Space Oddityのボウイの声が、私の脳裏に閉じていたはずのボウイの写真アルバムをめくりはじめる。用心していたのだ、ずっと。ボウイの訃報が伝わったとたん、TwitterやFacebookは彼の話題にあふれた。写真はもとより、ステージやインタビュー映像がめぐりめぐっていた。全部、見ておかなくてはという気にさせられるいっぽう、見れば見るほど悲しくなるだけだからもういっさい見ないでおこうと決めていた。私は忙しい。毎日時間のなさと闘っている。愛するアイドルが死んだといってその死を悼み悲しみの涙を存分に流し思い出に耽るなど許される立場ではないのだ。だからボウイの話題は遮断した。「その話」から頭と心は離れていた。平穏を保っていたのだ、だから。

それなのに、不意打ちにもほどがある。
商店街のスーパーは私が幼少の頃、映画館の跡に進出してきた。もう40年以上になるだろう。映画館だった建物もおぼろげながら覚えている。実際、父に連れられて怪獣映画を観によく来たはずだ。それがなくなって、スーパーマーケットになった。八百屋、魚屋、肉屋、漬物屋、豆腐屋、鰻屋、寿司屋、仕出し屋と専門店が並ぶ中、スーパーの商品は価格も品質も「ロー」である。安いのは魅力のひとつとはいえ、「ハイ」でないものにはどことなくダサさがつきまとう。だが背に腹はかえられないからここへ買いにきている。そんな場所だ。
そんな場所で。
不意打ちにもほどがある。
まさかボウイの声を聴く日が来ようとは。
しかも本人がこの世を去ったあとで。

いったいどれほどの人が「今かかっている曲はボウイのスペース・オディティだね」と認識しているだろう? たぶん私ひとりだ。ボウイを好きだった人も、彼の死を悲しんでいる人も、スペース・オディティを知る人も買い物客の中にはいたに違いないが、いま、ここで、突然鳴り出したSpace Oddityに、雷に打たれたように呆然と立ち尽くしているなんてのは、私ひとりだ。さぞかし滑稽だったろう、商品棚の前で商品だか価格表示だかを凝視したまま目を潤ませて動かない中年女。

《いつもご利用ありがとうございます》
《ショッピングをお楽しみください》

いつのまにか客向けの店内アナウンスがひっきりなしに鳴っていた。

Space Oddityについて、どなたかが情報を集めてくださっているので参照されたし。
http://matome.naver.jp/odai/2140861295841627501?&page=1

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