痛みどめ2007/04/15 19:42:04

来た。
うう。痛い……。
ずうん、と重いものが落とされた気分だ。
重みに痛みを弄ばれていると言ったらわかってもらえるかな。
痛いんだよ、熱い鉄球が転がった挙句、鋭利な刃物に変質して、今度は体の奥を刺しては引いて刺しては引いて……。痛いよ。うう、痛い、うう。
しかし、俺はわかっているんだ、この痛みが引き潮のようにおさまることを。我慢していれば、また何も感じなくなる。
ほら、行くぞ、もう。

美貴が言ってたっけな、陣痛のリズム。「赤ん坊がお腹から出たいって、サインを送るのよ。そのサインは子宮に伝わって、子宮がちゃんと収縮運動をするのよ。最初はゆっくりね。えいえいえいって、出るぞ出るぞ出るぞって。でも、そう簡単じゃないんだよね。赤ん坊、たいがいデカくなり過ぎちゃってさ、ちょっとくらいの収縮じゃ押し出せないんだよね。ほら、穴だってさ、赤ん坊の頭の直径よりずっと小さいんだよ、それなのに出て来るってんだもん、ヤダッ」
美貴はそんなふうに、陣痛の合間に、まるでビー玉をお茶碗のなかで転がすようにころころと喋った。喋って喋って、またイタタッと、まるで番組収録中に「カット!」と指示されて台詞を中止するように、突然話をやめて、顔を思い切りしかめてその痛みに耐えた。「陣痛が来てる間ってさ、呼吸すら苦しいのよ。なんかつい歯、食いしばっちゃって、息止めちゃうの。そうじゃなくて、ゆっくり、痛いからこそゆっくり吸って、吐いて、吸って、吐いて、を繰り返すことが必要なんだよ。空気をね、すうううっと、赤ちゃんに届けてあげるつもりでさ。でも、これも簡単じゃないんだあー、赤ん坊のことよりとにかく自分が早く楽になりたいって、それしか頭にないっての」
美貴はそのあとも分娩室へ向かうまで、お喋りと「イタタッ」を交互に幾度も演じていたっけな。
美貴。

ああ、また、来たよ。
ううううう。痛い痛い痛い……俺はどんな顔をしているんだろう。
あの時の美貴みたいに、そこまで歪むかってほどに顔、しかめているだろうか。
違うんだろうな。

「わかるんですか、ドクター」
「わかるとも、君、血が通った肉体なんだからな。こうして手をあてたり、だな」

奴らだ。どちらか知らんが、俺の下腹、臍の近くに掌をあててやがる。
聞こえているんだぞ、おい。

「どの程度の痛みなんでしょう」
「感じかたは人それぞれだ。とくにこうした患者の場合は想像もつかんが、痛みを感じてもらわんとな」
「放置するんですか」
「痛みが刺激になってくれればと思うとるんだよ」
「では鎮痛剤は」
「不要だ」

野郎、さんざん人の腹を撫で回しやがって。
俺は、すべて感じている。医師は、俺の内臓を締めつけている痛み、なんだか俺にはわからんが、その原因を突き止めているようだ。確かめるように右から左へと、指圧するように掌が動く。今では俺は、医師の手の、どの指のどの関節が腹のどの位置にあるかさえ、わかる。
おい、そんなに触んなよっ。

「五感のうちいくつかは機能しているということですか」
「そうだ。この人は四肢が動かん。瞼の開閉もできん。しかし睡眠中でなければ音は聞こえ、皮膚は温度を感じているはずだ。目を開ければ見えるはず。だが反応する術を、体が失っておる。腹痛が、覚醒させてくれればいいんだが、体を」

痛い、痛いよ、美貴。会いたいよ、お前と赤ん坊に。
お前が俺の顔に乗せてくれた赤ん坊の、ちっちゃな手の感触、忘れてないぞ。見たいんだよ、どうしても、赤ん坊を抱いたお前を、この目で。
痛い、ううううう、痛いぞっ。こんなに痛いのになんだよ、医者のいうように、起きろよ、俺!

「変化なしですね」
助手らしき男の声に、医師は、ん、だの、あ、だの、言葉にならない返事をした。奴らの足音が遠ざかる。
俺はまだ、眠る能面のような顔をしたまま、ぴくりともせず横たわっているのだろう。
諦めないぞ。
痛みよ、来い。俺の体が覚醒し、美貴と子どもをこの目で見るまで死ぬものか。
もっと激しく、来い。痛みめ、テメエが今んとこ俺のよすがだ。

コメント

_ きのめ ― 2007/05/01 21:49:34

これを800字にねぇ。すごい。
ただ、下書きのほうが、なぜだか悲壮感が薄くなってコミカルに思えました。

_ mukamuka72002 ― 2007/05/01 22:27:21

なんで木の目さん、こんな隠れ記事みつけられたのよー?
ま、ま、ま、ま、まさかあんたらー?
いやいや、明日ボクチンも読んでみるね!
でも、酔ってるから忘れるか?
フン、生意気な女ね! あんたなんかに負けるもんですか!

……すみません、さっき押しピンを踏みつけるという、中学生レベルの定番の失敗をして気がたっております。

_ きのめ ― 2007/05/02 08:11:43

うふふ。実は・・・
WAに書いてあった。下書きアップしたよって。
下着をアップしたよ、って読み違えてすっ飛んできたおおばかものさ。
さあ、笑え。さあ、さあ、さあ、さあ。コミカルなのはわたしだった。

_ ちょーこ ― 2007/05/02 10:30:13

>押しピンを踏みつけるという、中学生レベルの定番の失敗をして

↑ わーはっはっははははは

>下着をアップしたよ、って読み違えてすっ飛んできた

↑ わーはっはっははははは

ふたりとも脳みそ洗って出直してきなさいっ

_ mukamuka72002 ― 2007/05/02 16:25:39

あー、やっぱりこっちの方が蝶子さんですね。ドシンとしっかりしてて重い。で、コマンタさんが感心していた、一言「美貴」という部分、これもこっちを読んでその良さがわかった。
(コマンタさん鋭いなー)
で、いったい文字数は……はあー、800字の二倍か。でも、こっちの方がすんなり読めた。ふーん、やっぱり下書きってとっとこハム太郎、じゃなくて取っておくものなんですね。
……で、脳みそちゃんと洗ってきたので、下着のアップはやく見せて下さいよ(またまたしつこい)

_ ろくこ ― 2007/05/02 20:00:05

ねーちょうこさん
今さ、デザイン変えてなかった?ブログのクリックしたら別のデザインになったよ?

俺のよすがのよすがでこれきのめさんだと思っちゃた
ちょうこねえさんでありんしたか
で、めきし粉さんの猫のまたたび(漢字わからん)のまたたびで
猫を姐さんだとおもいんした

来月のお題の「恋ごころ」はどうしたもんかと
わっちには難しい

_ ちょーこ ― 2007/05/02 20:09:13

mukaぴょん、ありがとー。下着のアップはまた今度ね。
ろくこさん、そうなの、テンプレ新しいの出たみたいでさ。全部試してみた。みたけど、5月はオオハシでいくことにした。6月になったらアイリスにしよかな。
ところでなんでお控えなすって調になってんの?

_ ろくこ ― 2007/05/02 20:19:49

ちょうこねえさん
違うよ、花魁調だよ
まださくらんが残っているのでありんす

_ ちょーこ ― 2007/05/02 21:19:52

花魁調? へーそうなんだ。そんな言葉遣いなのね。
それは知らずに失礼しましたんした ←変!
どうしゃべりんすかわからんでありんす ふしぎのくにのありんす ←さぶっ

_ ろくこ ― 2007/05/02 22:05:07

ちょ、ちょうこさん……
いいせんいってるでありんす
ひとつまちがえるとなにしゃべってるかわからなくなるでありんす

花魁道中かぁ、外八文字やってみたいでありんす
(歩き方でありんす)

_ おさか@逃避中 ― 2007/05/03 17:35:35

ろくこさーん、あちきもこれ木の目旦那だと思っていたでありんす
「よすが」ってのが、きのめさんっぽいって。同じでありんすねえ、やっぱすぴりちゅある・しすたーずでありんすね、あちきたち(いてっ舌かんだ)

そうそう、陣痛ぽい描写が妙にリアルだったので、うーん女の人か?!と思いつつもちょーこさんだとは思いつかなかったのでした。今回むっちゃまちがってたでありんす、私。ヴァッキーさんすら間違えた。義弟なのに(笑

_ mukamuka72002 ― 2007/05/03 21:26:26

「猫」は、絶対ちょーこさんだと思ってた。
(黙示録も、絵の話が出たのでちょーこさんだと思った。木の目さんすごいねー)

ヴァッキーノさんとつとむューさんも完全に反対だと思ってた。
おさかさんは100%わかったけど、「谷中墓地」は、九州の臭いがしないので、めきし粉さんだと思ったし。「ホーム……」は、まさかぎんなんさんだとは! 絶対でんちさんだと思ってた。「アラウンド・なんとか」は、100%モモッチだとわかったし、僕が書きたいものだったので、思い入れがあったなー。
 問題は、作品の質云々より、誰が作者かわかりはじめてきたキャラの色が出てきた点。泰みたいにダントツな方は別格として(畜生、泰さん今回もお休みだと思っていたので、間違えてしまった!)。このレベルでキャラが出ていいものか? と云いながら今回僕は五十路の女性をコメントで演じて、なーんだmukaの野郎またバカ芝居してやがる、とならなかったので、逆に「え?」となったりして複雑でした。
 次回こそは、自分の知らない自分の新たなキャラを発掘しないと、と思います。今回ちょーこさんが多くの人をだましたみたいにね。僕は「自分なり」って言葉があまり好きじゃないんです。そんなセリフ吐けるのチャップリンとか黒澤明みたいに、自分の世界を本当に構築した人ですからね、僕みたいなものが絶対に云っては超々々々恥ずかしい言葉です。

 自分のキャラを模索してみる? 今回の文章塾で頂いた課題でありんす。

_ きのめ ― 2007/05/04 00:18:59

脳みそを洗って出直してきましたっ。

文章塾で気が付いたこと。
文章をより楽しくうまく描きたい、と思う人が多かった。
ブログの特質で、投稿作品以外のコメントなどで本人のキャラが立つので、特定読者の顔を想定して文章を書くようになりがちです。
これはこれでいいこともあるのですが、満足していない人もいたりします。
まあ、参加者みんなの気に入るようにはできないのですが、それでもなんとか二律背反の命題に挑戦していこうと、いろんな人のアイデアを取り入れながらここまできました。
木の目としては、文章を書く人が持っていると思われる本来の才能を引き出すことができれば、などと不遜な思いをいだいておりますのでありんす。

けっして引き出しの中の下着を盗み見ようとする脳みそだけではありません。正々堂々と見ようと、って、それじゃあ確信犯だ。(しつこいって、もう)
それじゃあ、再度脳みそを洗いに・・・、木の目は川へ洗濯へ行きました。するとそこに粋な八百屋のオヤジが川に流した、うぶげの生えた桃が唄を唄いながら近づいてきました。
「おっさん、おっさん。脳みそ洗ったら、あたいは何に見える?」
「うーん、男装の養女」
「漂白剤入れて、もっとゴシゴシちからいれて洗えよ。このすけべおやじ!」
「虫籠窓の辰吉と呼んでおくれ」
おあとはちっともよろしくないようで(ちょーこさん、ごめんでありんす)

_ 下書き読んでくれてありがとう ― 2007/05/07 13:08:01

最初は、植物状態の主人公が実はちゃんと聞こえてて、周囲の会話や物音にあれこれ妄想したり悪態ついたりという、でもって、俺はたぶんこのまま死んじまうけど、こうしてこっそり盗み聞きしてるのって悪くねえよな、これが俺に残されたたった一つの生きてくヨロコビだぜ、みたいな感じにしようと頭の中で考えていたのです。
しかしあるとき、鉢植えの雑草をむしってて、植物はこういうとき痛いと思うのかななんてことも考えたのでした。
そこで話に痛みの要素を入れて、動かない患者にしかし腹痛が起こっていることを見破った医者の思いと患者の心の叫びとの噛み合わないやりとりを漫才いえ喜劇に仕立てようとして、途中でいやになりました。
このあとに美貴と赤ん坊も登場して、植物状態の夫に話しかけるところとかにまた「実は好きな人ができたのよ」とか入れて話を混乱させようと思ったんですが、際限がなくなりそうで、どのみちそんな要素はお題に照らして整理するときには落としてしまうだろうと、もう書くのをやめたんでありんす。
駄文につきあってくださってありがとうございます。
次回も絶対自分とはばれないように、絶世の美女の仮面をかぶって登場します。あーあ。

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