蛙の次は蛇?という話ではない ― 2007/05/18 08:41:54
「ちくま文学の森13 旅ゆけば物語」所収
筑摩書房(1989年)
私はなぜか「ちくま文学の森」を別冊を除いて全巻持っている。
古今東西の名作名文をそれぞれ何かしらキーワードをたてて、その趣旨にそって各巻計20編余集めてあるものだ。
殊勝にもちょこちょこと買い揃えたのであるが、それはただただ、カバー絵が敬愛してやまない安野光雅氏の絵だったからである。私はこの画家にめっぽう弱い。安野さんの絵は、何を題材にしてあっても哀愁と洒落っ気が漂い、胸にじわりとこみ上げるものを感じるのだ。大好きなのである。
筑摩書房からは文庫サイズで日本文学全集みたいなのが出ていたと思うが、それにも安野様の絵がカバーに使われているので、中途半端に5、6冊、いや7、8冊持っている。全巻揃えてはいないけど。内田百けん(「けん」は門の中に月)とか、宮澤賢治とか。賢治なんかそれをわざわざ買わなくてもすでにいっぱいあれこれ持ってたというのに。
私は死刑廃止論者か?(大した意味はないのでいきなり何やねん、と思わずそのまま進んでくれ)そうであるともいえるしそうでないともいえる。……という、まことに微妙な立ち位置にいるというよりも、どっちが正しいのかわからないから、自分で結論出せるほど考えようとしたことがないから、どっちだとはいえないんだけど、にもかかわらず死刑廃止キャンペーンをしているアムネスティインターナショナルのグッズを購入するのに余念がない。いうまでもなく、安野光雅大先生によるオリジナルグリーティング・カードや絵葉書があるからだ。
それはともかく、そうして買い揃えた「ちくま文学の森」の中身については、全部読破したとはとてもいえない。好きな話は何度も読むし、関心を引かない巻は一度も触らないまま麗しき表紙カバーが色褪せたりしている。
この13巻も、アンデルセンの『御者付き旅行』しか読まないまま、長きにわたって書架のアクセサリーになっていた。それを今取り出したのはわけがある。
最近、スタンダールに関する研究論集を頑張って(なかなかに難しかったので)読んでいたのだが、その最初のほうにこういう一文があった。
《明治四十一年(一九〇八)七月、永井荷風は欧米滞在から帰国する。四十一年十一月、『早稲田文学』に、短編『蛇つかひ』を発表するが、それには題辞として『アンリ・ブリュラールの生涯』第十四章の文章が引かれている。
「(仏文省略)
われは其のまゝに物の形象を写さんとはせず、形象によりて感じたる心のさまを描かんとするものなり。——スタンダル」》
(『スタンダール変幻』慶應義塾大学出版会、7〜8ページより)
なんつうええ言葉や。ものを書く者の心に響くではないか。私はこの「題辞を冠した『蛇つかひ』」をなんとしても読みたいと思った。ところが、「蛇つかひ」で図書館を検索してもひっかからない。現代仮名遣い「蛇つかい」で探してみると見つかった。「ちくま文学の森13」。へ?
灯台下暗し。我が家に15年以上前からある本ではないか。私は嬉々として13巻を取り出した。
目次を見て、ページをめくる。『蛇つかい』。よしよし。
しかし。
そのスタンダールの題辞はなかった。
私はいっとき、当時の連れの影響で永井荷風の『断腸亭日乗』を何度も読んだ。世の中に日記風の文学は多々あるが、私にとってはこの『断腸亭日乗』がダントツで傑作だ。荷風は別名断腸亭主人と名乗ったと(あるいは後世にそう名づけられたかは知らないけど)いうけれど、私にとっては○○亭主人なんて小粋に名乗って許せる物書きは荷風だけである。それほど『断腸亭日乗』は面白い。
『断腸亭日乗』にはたびたび「曝書(ばくしょ)」という言葉が出てくる。初めて目にした時はその語感から「本を読みまくる」ことかと思ったがそうではなく、蔵書を虫干しすることだった(笑)。なんと風流か。私も曝書したい、と思ったが同時に気が遠くなったものだ。
新しい東京の地名の付け方なんぞにもいちゃもんを述べていたりする。『断腸亭日乗』、ほんとうに面白かった。どさくさにまぎれて連れに本返さなけりゃよかった、と後悔するくらい面白かった。面白すぎて、荷風は何でも面白いのだと思って『ぼく東綺譚』(「ぼく」はさんずいに「墨」)にチャレンジしたら死ぬほど退屈だった。
荷風はいくつか仏語訳も出ていて、向こうにいたときこの『ぼく東綺譚』の仏訳を見たけど、こんなものに耐えられるフランス人がいるのかと叫びたくなるほど、仏訳の流れは和文に忠実で、アルファベットの隙間から退屈がにじみ出ていた。
いや、私にこれを読む素養がなかっただけなんですけど。
連れは言ったものだ。「荷風はこれ(断腸亭)で価値があるのさ」
まったく知ったかぶりにもほどがあるけど、いたいけな乙女だった当時の私は露ほどにも疑わずそれに頷き、『断腸亭日乗』以外の荷風はけっきょく読まなかったのである。
そして『蛇つかい』。
スタンダールの引用はないけれど、短い話なので私はその場でふむふむと読み始めた。
美しい。
舞台はリヨンだ。ジャガード織、西陣織のふるさと。
教会のある高台からは街を全望できるが、ローヌとソーヌという二つの河が街の骨格をつくっているのがよくわかる。
機織工が多く住んだ界隈は、今もその佇まいを残しているはずだ。
長く滞在したことのない街なので、荷風が描く風景を記憶でたどることはできないし、市民の生活風景のこまごましたところ、通りに出した床机に腰掛けて編み物をする女たちなど、現代フランスが失ったものについては映画で見たシーンを思い浮かべるしかない。けれど、フランスの街は、例外はあるが、日本ほどには変貌していない。リヨンを思い出せなくても、ほかの田舎町に重ねて、荷風の見た風景を、フィルムを編集するようにして、追いかけることは可能だ。
美しい。
描かれる情景も然り。だが何より荷風の記述が冴えているに他ならないのだろうが、当時の言葉の連鎖の美しいことよ。
物語は、リヨンのはずれで見た見世物小屋の蛇つかいの女を通して、語り手=荷風が感じた生活の哀愁、のようなものを描いている。
《自分はなんだか妙に悲しい気がした。(中略)それが原因であろうか。そうとも云えるしまたそうでないとも云える。(中略)悲しいような一種の薄暗い湿った感情を覚えたとでも云直しておこう。》
この「そうとも云えるし」のフレーズ、やたら使いまわされているのではないか? どこで、と聞かれても例を挙げられないが。そうなのか、オリジナルはここだったのだ。
この一編は『ふらんす物語』という短編集に収められて出版されたそうだ。もはや、学校では荷風作品は習わないだろうし、大学でも荷風をことさらに取り上げて研究しようという人は、もういま、いないだろう。こういう作品は、私のようにフランスの端っこをちょっとつまみかじりした者だけが、たとえば熟語の横に仏語をカタカナにしてつけてあるルビや、貼り紙の文句(仏語)の抜き書きに付記した時代錯誤な訳文をみて、くくくと笑うことができる。くくく。
ところで、先のスタンダールの研究論文集だが、自分の文庫本を整理していて『赤と黒』なんぞが出てきて、ちょっと読み直そうかななんて気になってたところにたまたまこの本の存在を知って、借りてトライしたというわけである。興味深い論考もあったが、貸し出し期間延長しても全部は読めなかった。だが、スタンダール云々の前に『蛇つかい』という思いがけない拾いものをしたことが嬉しくてしかたがない。
押入れの奥にしまわれていて気づかなかった祖母の指輪のような、よそには値打ちがないものでも自分にかけがえのないもの、そういうものを見つけた気分である。