Les espérances ont fondu comme neige au soleil.2014/12/21 21:59:47

爆弾低気圧、だなんて直接的すぎて情緒もなければ風流(ふりゅう)も感じられない退屈なネーミングだが、ともかくその爆弾のせいで大寒波に見舞われ雪が降った。まったく寒かった。我が家の乏しい暖房器具ではとうてい追いつかないほど冷え込んだ。たくさん着込んだ母は縮こまるようにして椅子に座ったきりぴくりとも動かず(気温が高くても全然動かないんだけど)、動かないわけにいかない私はがたぴし鳴る床を踏みしめ膝を振り上げ腕をぐるぐる交互に回し大声で歌いながら台所仕事にいそしんだ。点けっぱなしのラジオからアップテンポの曲が流れる。おお今こそレッツダンスよ、知らん顔してうたた寝三昧の母と猫をほったらかしてランランランイエイエイエと歌詞はごまかしながら踊ったり飛んだり跳ねたりした。そんな滑稽な時間を過ごしても、からだは温まらなかった。寒かった。どうすれば温まるのか。答えは二つ。その1、体温のあるものを抱く。体温のある抱ける動物といえば猫しかいないので猫を抱きかかえるが猫がじっと腕の中にいるのはほんの数秒である。しょっちゅう膝に寝にくるくせに、それは私の忙しい時に限っていて、私が温めてほしいときは逃げるのである。飼い主不幸モノめ。さてその2。食う。明快だ、満腹は心身を温める。あまりの寒さに外へ出るのをきっぱりと拒絶した私のアタマとカラダは、今このとき家の中にあるものでほかほかに温まる食事を用意するためにフル回転するのだった。なぜ、人間のアタマとカラダは食うためにはこのように有効な仕事をするのだろう? なぜ、より稼ぐためのアイデアや、言い得て妙のドンピシャの訳語はちっとも浮かばないのに、信じられない食材の組み合わせを思いつき世界の果てのグランシェフも敵わない一期一会の珍味をうみだすのである。美味しいなあ。温まるなあ。母、猫、私、の寂しい食卓(しかも猫は足元で丸くなってるだけだし)も至福の時に変わるなら、爆弾低気圧も大寒波到来も悪くないのだった。

物干しから眺めた東の屋根


雪を冠った時、日本の瓦屋根は格別に美しい。すっぽり覆われるのではなく、うっすらと薄化粧したくらいがいい。組んだ瓦の陰影が透けるくらいが美しい。瓦の影は幼い頃のいたずら描きの線に似て目的地のないまま延々と続く。線の描くのは波。甍の波と雲の波、の歌を歌うまでもなく、穏やかな海岸に打ち寄せる波のようでもあり、光を浴びて揺れる湖面のようでもある。線の描くのは皺。帯を解き、きものを脱いで露になる襦袢についた縦や横の皺に見えたりもする。線の描くのは虫。もちろん、長い虫だ。いもむし、あおむし、けむし。みみず、やすで、ぼうふら、むかで。行列つくって歩いていると想像すればユーモラスで気持ち悪さなど吹っ飛ぶというものだ(だからといってウエルカムな気分にはなれないが)。


西の屋根

苺の鉢

苺に寄ってみた


寒かったのは木曜日だった。寒くても寒くても、家の外では普段どおりの日常が過ぎていた。お向かいも隣も三軒向こうも営業していた。郵便も宅配便も朝刊も夕刊も変わりなく届いた。これが去年なら私も寒さを呪い冷える手をこすり合わせながら、滑る路面にチャリを転がして職場へ疾走していた、寒さのあまりかじかんで思うようにならない手足を引きずり転倒するやもしれぬ母を家に残すことに罪悪感を覚えながら。今日一日休業したって世界は変わらない誰の命も取られないとわかっていても、勤め人は会社を休むわけにいかないのだった。遅刻や欠勤が許されるのは気象庁が警報を出しそのせいで交通が麻痺したことが原因となる時だけであって「寒すぎる」のはサボる理由にはならないのだった。私の経験から、木曜日というのは暇だ、いわば中日(なかび)で月曜や金曜の急き立てられ感や追い詰められ感がない、糸の緩む貴重な日。ヴィヴァ! 木曜日! それなのに勤め人は木曜だって月曜や金曜と同じように憂鬱な顔をして出勤し、ふた言めには忙しいと口にして、そのいっぽう、ほんらいどうでもいいはずの他人の愚痴を親身になって聞くふりをしたりして時間を潰すのである。そのような澱のごとき時間を消化する必要がなくなっただけでも、勤めを辞めた意義は有る。私は、今は、私が休むと決めた日に休み、働くと決めた時だけ働く。ご想像いただけるだろうけれども、働くと決めた時の、少なさといったら。怠惰だ。そこヘいくと植物の几帳面で勤勉で生きることに対し真摯なことよ。感服。


ローズマリー


ローズマリーは西洋の植物だと思うが、その花の清楚なことといったら。でぷっと厚い脂肪のついた、角質も厚そうな肌の西洋女とはかけ離れた、湯上がりの若い女のような、すっぴんチックな美しさ。ローズマリーは花をつけたらさっさと摘んだほうが若葉がよく伸びると昔聞いたけれど、花が美しすぎて摘む気になれない。なにがしかの変化が見えると必ず写真を撮る親バカ精神は音を立てることなく清々しく咲くローズマリーにもいかんなく発揮されるのであった。


バラン


椿




幸いにも私に踏まれず葉の上で少しだけ永い命を得た雪たち。雪は、解けてなくなるまでのあいだ、この下界の何を見て何を思うのだろう? 降り立つ世界の、変わり果てように呆れているのか、あるいはあまりの代わり映えのなさを鼻で笑っているのか。どこへ落ちてもそれが運命と納得ずくで解けていくのだろうか。こんなはずじゃなかったと、落ちた場所によっては空や風を呪うかもしれない。何もしてやれやしないじゃないかと、屍の上で泣くかもしれない。雪には雪の数だけ運命と経験があり、見た風景の数がある。汚いものをひととき覆い隠し、人びとの目を汚れから逸らし、よからぬ企みを潜行させる輩の助太刀を、望むと望まざるとにかかわらず、雪はしている。雪はあまりに美しくて、人を魅了するにあまりある。ぼーっと見とれているあいだに、雪に隠れた地下で悪事を働く者たちのあることを、私たちは必ず知ることになるだろう。私たちは雪の結晶のひとかけらほどの奇跡にすがったが、わずかな希望すら陽光を浴びた雪のようにとっとと解け去った。雪たちは、私たちを嗤うだろうか。それとも憐れむだろうか。

Penser et réfléchir. Ce sont seuls ce que je puisse faire.2014/12/17 23:57:14

相変わらず購読しているメールマガジン「チェチェンニュース」から抜粋、一部改行等編集して転載。

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差出人: チェチェンニュース編集室 mag2 0000093520 <mailmag@mag2.com>
件名: チェチェンニュース#443 最近の銃撃戦とグローズヌイ
日時: 2014年12月7日 6:09:43 JST

チェチェンニュース(転送・転載・引用歓迎)

12月4日に、チェチェンの首都グローズヌイで、ゲリラと治安部隊の戦闘がありました。日本語の報道でも流れていたので、知っている方も多いかと思います。10月にも大規模な爆破事件があり、不穏な情勢は続いています。
これらの件についてはそれ以上の情報はありませんが、最近チェチェン人から直接聞きとったインタビューをお伝えします。事件の背景や、今のグローズヌイの雰囲気が少しでも伝わるといいのですが。ご一読ください。(大富亮)

(中略)

■最近のグローズヌイ

チェチェンとヨーロッパを行き来している、ビジネスマンのチェチェン人、Dさんに話を聞きました。ちょっと尻切れトンボになってしまいましたが、情報として紹介します。

チェチェンニュース(以下CN):10月5日にも、グローズヌイで爆破事件があって警察官5人が死亡しましたが?

Dさん(以下D):その時、たまたまグローズヌイにいました。大きな爆発音が聞こえたけど、「男が外に出たら危ない、すぐ拉致される」と言われて、家の中にずっといました。
 カディロフ首長の誕生日で、いろいろな有名人を呼んでイベントをやっていました。クリミアから政治家も来ていましたね。その最中の自爆攻撃だから、カディロフはかなり恥をかかされたわけですが、「祭りは祭りだ」とか言って、続けました。その後花火の打ち上げもあったみたいだけど、さすがに警官も殺されているのに、それはないだろうと、警察関係の人たちは怒ってましたね。

CN:チェチェンでのビジネスの可能性はありますか?

D:チェチェンと今の国の間でビジネスができないかと、いつも考えながら行くんですが、人は消されたりするし、とても生活できないから難民化して出ていくし、政府の腐敗はひどい、とてもこれじゃ仕事になりそうにありません。今は、ただ家族や親戚の顔を見に行っているだけです。
 外からチェチェンに出入りしている僕みたいな人間は、いつもマークされてます。比較的カネも持っているし、カディロフにとって危険人物ではないかどうかが気になるんです。反抗しそうだったら、カネを取り上げたり、殺したりします。

CN:「イスラム国」にチェチェン人がいることが時々話題になりますが……

D:ヒゲを生やしたり、ヒジャーブを被っているだけで、イスラム過激派とみなされて逮捕されます。こんなひどい状態だから、人がどんどんトルコとかヨーロッパに逃げています。シリアでイスラム国(IS)に入っているチェチェン人は1,500人くらいいるとか。この人たちはほとんどヨーロッパ経由ですね。イスラム国の上の方の人たちが言っていることは正しいような気がするけど、実際に下の方の人がやっていることを見ると、ちょっとどう言っていいのか……。
 どちらにしても、シリアのチェチェン人たちからのビデオも結構ネット経由でチェチェンでも流通しているし、カディロフとしては、そういうところで訓練したチェチェン人がチェチェンに帰ってきて、反抗することを真剣に恐れているようです。

CN:最近、気になったことは?

D:今回、すごく面白いと思った話なんですが、リズワンなんとかさんという歴史家が、『チェチェン史』という本を書いて、出版したそうです。その本には、今のチェチェンのことも書いてあって、「今、巨額のお金をかけてスキー場などのリゾート施設や、グラウンド、音楽ホールが作られているが、この投資の本当の目的は、チェチェンのためではなく、全部揃った頃にチェチェン人を追い出して、ユダヤ人に入植させるためだ」という意味のことが書いてあったみたいなんです。
(中略)
 どちらにしても、この話は「いかにもありそう!」という感じでチェチェン人に受け止められてますよ。ユダヤ人? 昔はいましたよ。ドゥダーエフが政権を取る前は、グローズヌイの街にユダヤ人の町もあって、それが今のグローズヌイ・シティのすぐ近くです。このやり方、巧妙だと思いませんか? カディロフみたいな、バカなチェチェン人にたっぷりカネをやって、内戦で社会をめちゃくちゃにして、チェチェン人を追い出しながらも、その国自体は住みよいように改良する。時期をみて乗っ取る……。

CN:そういう公共事業もカディロフがらみですか。

D:もちろん。カディロフは相変わらずひどいですよ。ものすごいカネを持ってる。モスクワからくる復興資金の40%は、そのままモスクワに戻っていくんだけど、そこからリベートを取っていて、自分では何のビジネスも出来ないけど、金はたまる一方です。
 チェチェン中で働く人の給料からピンはねをしていて、自分の基金に入れさせます。カネをね、ルーブルとかドルじゃなくて、「トン」単位で計算して取引してる。それをドバイに空輸して、預金する。これもロシア政府が黙認しています。何にも使い道がないので、カディロフの取り巻きたちはフランスのニースに
行って超高級外車だとか、クルーザーを乗り回して遊んでます。
 チェチェンでは、カディロフツィ(カディロフ一派)が道を走るときには、何時間も前から道が塞がれています。本当に人の命が軽いから、カディロフツィの車に道を譲らなかったり、万が一かすったりしたら、すぐ銃で撃たれます。

(中略)

CN:虐待の情報はありますか?

D:拉致されると、ひどい虐待に遭います。家族を目の前でレイプすると脅されることも多いし、卑猥な言葉を浴びせられて屈服させられることを、チェチェン人は何より嫌うんです。ある知り合いは「もう何もかも嫌だ」と言って、ジャケットの下に銃を隠して歩いていました。自殺用? 違います。チェチェン人は自殺だけは絶対にしません。街でカディロフツィとトラブルになったら、それを乱射して、できるだけ相手を殺してから、自分も撃たれるつもりなんですよ。
 グローズヌイで、知り合いの2人兄弟が、家の前でちょっとカディロフツィとトラブルを起こしただけで車のトランクに押し込められて、行方不明になってしまったんです。3,4日してから、また家の前で放り出されているのが見つかったんですが、その時には大ケガをしていました。

(後略)

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チェチェンを追ってもう何年も経つ。敬愛していたアンナを殺されて、信じていい情報が何もないように感じられた時期もあったが、このメールマガジンのように、今なおチェチェンをウォッチングして伝えてくれる媒体がある。チェチェン人として誇り高く生きようとしている人びとを支援する動きは絶えない。頭が下がる。

それはそれとして、今回のDさんの談話を読んでいて、たいへん近しいものを感じたのだが……これはとてもよくない兆候だな?

私は、チェチェンでの出来事はなかなか日本人には理解しがたいものであり、ロシアという大国の底知れない不気味な力の、氷山の一角ほども実感できない現状では日本人が何をわーわー騒いでも何の力にもならないだろうと思っていたし、今でも思う。だから、アンナの本に書いてあること以上の情報を探し求めようとも思わなかった。
ふつうの人びと、町や、村で、働いて給料を得ている労働者、その家族、子どもたち、乳飲み子を抱える母親、息子や娘の世話になって余生を送る老人たち、そういう人たちが困窮して難民化し四方八方の国々へ逃げている。故郷ではもはやふつうには生きていけないのだ。いきさつはどうあれ、ふつうの人びとがそんな目に遭っているという事実だけでじゅうぶんだった。大国の利害が絡んでいるとか、スパイが暗躍しているとか、それはそうだとしても、傷つき、困窮しているのはふつうの人びとなのだ。
マララさんじゃないけど、子どもには学校が必要だ、学びの場所、子どもどうしが接触しともに育つ場所としての学校が。だからチェチェン支援活動の中でも、子どもたちの学びを支援している団体に協力するというかたちで、チェチェンとチェチェン人を見つめてきたのだった。インターネットを介して見たチェチェンのあどけない子どもたちは、無事でいればもうとっくに成人して、理不尽な場所に生をうけたことを呪っているかもしれないが、それでも顔を上げて希望を失わず、地球上のどこかに生きる甲斐を見いだして、地に足つけて生き延びているに違いない。

……と、このようなことは、地球の反対側で起こっている辛く悲しい出来事で、私たちにはなかなか、直接寄与することはできないし、また自分のこととして実感を持って見聞きし、語ることは難しいと思っていた。

だがDさんのいう「バカなカディロフ」を「アホなアベシンゾー」と置き換えたら、一気に、日本の近未来を語るインタビューに変身した。
アホなアベシンゾー政権は、まさに米国の傀儡政権なのだと言ってしまったら、話はとてもわかりやすくなる。
日本は米国に従属している、とか、日本は米国の植民地状態だ、という言いかたは、形式上はそうではないことになっている以上、ある種の人びとには腑に落ちない表現に違いない。でも、傀儡政権なら、簡単だ。辞書に載ってる意味のとおり。
そう、要は傀儡政権なのよ。今、アホのアベシンゾーが傀儡政権を始めたわけじゃない。第二次大戦後、日本はずっと米国の傀儡政権だった。でもそうじゃない振りをしてきたし、表向きはそうじゃないように振る舞うことを、米国も、日本にある意味一目置いて認めていたんだけれど、数年前から傀儡政権であることを恥だともなんとも思わない世代がボケナスジミントーに台頭してきて、いままさに傀儡政権万歳と言い兼ねない史上最低のドアホウが政権に居座っている。とそういうことである。

チェチェンの惨状は、日本の未来を映している。
バカをいいなさい、そんな、チェチェンのような小国と一緒にしてはいけないよ、日本がこんなことになるわけはないよ。だなんて、断言できるのか、この国の良心ある市民は?

「こんなこと」にならないように、できることはある。

思考し、熟考することだ。真剣に。

Il fait froid, mais très beau! On va se promener, Maman!2014/12/14 12:08:07

ほったらかしにしているブログに、それでも訪問してくださっているかたがいらっしゃると見えて、管理画面を開けると出るアクセス順位がいつも100番台である。ありがとうございます。

みなさん、ほんまにおおきに。なまけもんですんません。そやけど、なまけもんなんは、ブログだけですねん。自分のブログに触る暇、1分もあらへんの、毎日。働きまくってますねん、毎日。何の仕事か、て言うたら家事と介護ばっかしなもんで、生産性は全然あらへんの、毎日。蓄えの底の尽きる日の到来がリアルになってきて、笑てられへんけど、今の暮らし、気に入らんこともないし、けっこう穏やかな気持ちで家事と介護三昧してますの、毎日。

面白い本、連日たくさん読んでて、記録しときたいわあという気持ちはいっぱいあるねんけど、言いたいこと書きたいこと考えたいこと次から次に湧いてきて、いつもタイムリミットで「ああまた今度にしよ」とつぶやいて一日終わる。
面白いことがたくさんある。ハマってしまうと抜け出せないくらい、面白そうなことが、おいでおいでと手招きしている。誘惑に負けると容易にその世界に溺れてしまうので、ぐっと心の歯を食いしばって(リアルの歯は歯茎が不健康なので食いしばってはいけませんと歯医者にいわれている。笑)手招きに背を向ける。ああ、くやしい。試食してみたいあの世界……なんていうことがほんましょっちゅうある。

なんでこの世にはこんなに面白いことがゴロゴロ転がってんのやろ? なんで、そやのに、面白いことがみんなに行き渡らへんのやろ? お金がなくても、仕事がなくても、友達がいなくても、家族がいなくても、心の琴線に触れる何か面白いことに出会えさえすれば、自ら命を絶つなんて選択をしなくても、生き延びることができたはずなのに。

母は昔、よく「もうわたし首吊る」と口走った。本気でそんなことができるわけはないのに。でも、それほど辛かったのはたしかだ。それでも、思いとどまった、というか、実践場所がなかったというか、とりあえず「首吊る」気配はまったく見せないまま辛さをやり過ごして、その主因たる夫も見送り、現在に至る。
母は今思うように身体を動かすことができないため、私が介護しているが、ときどき、首を吊らずに生き延びてきたことを、この人はほんとうに幸いだと感じているのか、とふと思う。孫娘が送ってくれたバースデーカードには、「私の引退公演まで生きててね」と書いてあった。引退公演って、まだデビューもしてへんのになあと涙声で笑った。辛い毎日だったけれど、娘や息子の、高校合格、大学合格、就職決定、海外旅行の土産、著作の出版、結婚や孫の誕生などなど、欲張らず生きていれば訪れるささやかな出来事の喜びを積み重ねることで、自身を納得させてきたに違いないと、母を眺めていて思う。生きているせいで、こんなに世話をかけているし、こんなにお金も遣わせているし、勤めまで辞めさせてと、自分を責めることもたびたびあるだろうけれど、なんだかんだいいながら私たちはべつにさほど苦にもせず母を抱えているのである。

それはときに、子育てよりも、未来が洋々とはしていない分しんどいし、猫の世話よりも、物理的に重くて、しっかり文句を言われたりすることもある分いまいましい。だけど、たぶん、いろいろなことがあったけれども終(つい)の記憶に残るかもしれないと思うと、とっとと忘れ去られそうな子育てよりも、全然覚えてくれるわけない猫の世話よりも、気持ちを込めてできることでもあるのである。

寒いなあ。
でもとても天気がいい。どこまでも澄んだ青空のもと、散歩がてら商店街を歩きに行こう。母の身支度も、万端のようだ。昨日は事始めだったし、お正月準備の話でもしながら歩こうか。

Il y a 12 ans à Moscou...2014/11/12 08:42:21

今日テレビで放映される番組についてのお知らせです。

《番組名 ザ!世界仰天ニュース
 有名事件スペシャル
 900人が人質 モスクワ劇場占拠事件

 日本テレビ 11月12日(水)夜9時~9時54分放送
http://www.ntv.co.jp/gyoten/yokoku/index.html

 2002年10月23日、ロシアの首都モスクワの劇場で起こったテロ事件。
 この日、ミュージカルを見に来ていた900人以上の観客を人質にとり、自爆覚悟のテロリスト42人がロシア政府に要求したのは、故郷「チェチェン」からロシア軍を撤退させる事。要求をのまないロシア政府に苛立ちを覚える犯人。次々起こる予想もしない事態に焦る政府。
 4日間に及ぶ抗争の末、事件は誰もが予想しなかった衝撃の結末を迎える!!

 ゲスト: アジアン 大島優子 テツandトモ 羽鳥慎一 元木大介(50音順)》

(以上、下記メルマガより引用)
※メルマガは昨日の配信なので、文中では「あす12日」と記載されていますが、今日です。

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差出人: チェチェンニュース編集室 mag2 0000093520 <mailmag@mag2.com>
件名: チェチェンニュース#442 モスクワ劇場占拠事件についての補足
日時: 2014年11月11日 4:00:18 JSTチェチェンニュース

(転送・転載・引用歓迎)

■モスクワ劇場占拠事件とその後──番組の補足として

●真実はいまだに闇の中に
最近、もう一度劇場占拠事件のことを調べてみた。
12日の番組にあわせてお読みいただければと思う。

事件が起こったのは
ほぼ12年前の、2002年10月23日だった。
モスクワのドブロフカ劇場を、チェチェン人ゲリラ41人が、912人の人質を取って占拠し、
「ロシア軍のチェチェンからの撤退」
を要求した。しかし26日にロシア治安部隊が劇場に毒ガスを注入して制圧し、人質130人が死亡、ゲリラの41人も全員が射殺された。

これが公式発表だ。

最終的に犯人たちは要求を譲歩し、
「チェチェンの一部行政区画からの撤退」
でもかまわないと表明したのだが、その直後に治安部隊が突入した。
治安部隊が使用した毒ガスの詳細は、いまだに明らかにされていない。
2011年に、ヨーロッパ人権裁判所は遺族たちの訴えを認め、制圧のために毒ガスを使用しながら、解毒剤を用意しなかったロシア政府に対して、賠償金総額約1700億円を遺族に支払うよう命令した。

犯人たちがその場で全員射殺されたため、かれらの動機や、劇場の中での出来事を知る手がかりも失われた。
この事件の真実はなお、闇の中だ。

●行方をくらましたゲリラたちはどこへ?
実は公式発表に反して、事故現場からは4人前後のゲリラが脱出したと言われている。
そのうちの一人は、後にジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤの前に現れ、なんとロシア政府職員の職員証を見せた。テロリストは、ロシア政府が雇っていたのか?
http://chechennews.org/archives/20030508cn.htm

2011年には、脱出したゲリラをめぐって、事件の再捜査も行われた。
http://www.themoscowtimes.com/news/article/lawyer-theater-hostage-crisis-probe-reopened/430991.html
(結果は、どうなったのだろうか……)

また、占拠犯のモフサル・バラーエフの一家は、実はチェチェンでも有名なロシア連邦保安局(FSB)の協力者だったことが暴露されている。(『ロシア闇の戦争』リトヴィネンコ著、光文社)
モフサルの伯父・アルビは、チェチェンでの大量誘拐事件の犯人の一人であり、実はFSBの通行証を持って、どこにでも堂々と移動することができた。
また、FSBが資金作りのためにやっていた偽ドル札の工場がチェチェンにあり、それを実際に動かしていたのもアルビ・バラーエフだった。
なぜチェチェンにあったかというと、最終的にチェチェン人に罪をなすりつけたいからだ。
このように、事件の首謀者自身がが、実はロシアの手先だった可能性さえある。
こういった謀略的な背景は、事件直後から指摘されてきた。
http://chechennews.org/archives/20021026pokov.htm

●彼らは、なぜ劇場を占拠したか
いずれにしても、占拠犯たちが訴えた、
「チェチェンからロシア軍を撤退させろ」
という要求自体は、まともなものだし、自殺同然の覚悟でモフサルについてきた人々の真剣さは、想像にあまりある。チェチェンでは多くの人が、夫や妻、子どもを戦争で殺されてきたのだ。

この事件のことを知って、「ロシアも、チェチェンも怖いですね」というような感想に終わってしまっては、ただ単に人々の苦しみや死を、テレビのこちら側から消費することになってしまう気がする。

400年も前からロシアの侵略を受けてきたチェチェンと北コーカサス。そして、1995年からの二度の戦争。その文脈の上に、この事件がある。

この事件が本当に「仰天」なのは、単に大勢の人が死んだからではなく、こういった複雑な背景があり、敵味方さえわからない状況の中で、守られるべき市民が130人も──意味もなく──殺されてしまい、犯人たちもほとんど殺され、挑発者だけが脱出したのに逮捕もされず、いまだに真相が謎のままであることだと思う。

もしロシア政府自体が、この事件の黒幕だったとすれば……
この後に起こるベスラン学校占拠事件にも、私たちはまったく別の見方をすることになるだろう。

こうした深い闇が存在することを、少しでも視聴者の方々が感じてくださればと思う。

 あす12日に、地上波で次の番組が放送されます。
 チェチェンニュース編集室として、制作に協力しました。
 どうぞご覧ください。
 また、よろしければご感想をお寄せください。

 番組名 ザ!世界仰天ニュース
 有名事件スペシャル
 900人が人質 モスクワ劇場占拠事件

 日本テレビ 11月12日(水)夜9時~9時54分放送
http://www.ntv.co.jp/gyoten/yokoku/index.html

 2002年10月23日、ロシアの首都モスクワの劇場で起こったテロ事件。
 この日、ミュージカルを見に来ていた900人以上の観客を人質にとり、自爆覚悟のテロリスト42人がロシア政府に要求したのは、故郷「チェチェン」からロシア軍を撤退させる事。要求をのまないロシア政府に苛立ちを覚える犯人。次々起こる予想もしない事態に焦る政府。
 4日間に及ぶ抗争の末、事件は誰もが予想しなかった衝撃の結末を迎える!!
 ゲスト: アジアン 大島優子 テツandトモ 羽鳥慎一 元木大介(50音順)
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(引用終わり)
※一部改行、句読点を調整しました。

Mon chat qui dort comme un bébé2014/11/07 21:39:38

飼い猫と同世代なう、みたいな話をしたばかりなんだけど。
でも私の猫はやはり私の娘。末娘。
いつまでたってもあかんぼのままの、ちっちゃなちっちゃな ma petite jolie fille なのだ。今日も私の膝の上で暖をとる。

幼い頃娘が(←人間のほう)愛用していた袢纏を猫の布団にしている。私の体温で温まった椅子の上に広げると、そこで丸まって眠りこける。

ペットホテルでの3泊、あまり眠れなかったのかもしれない。左のケージにぎゃんぎゃんうるさいワン公、右のケージには周囲に色気ふりまくメス猫、向かいにはブサイクで目もあてられないオス猫……たちがほんとうにいたとしても我が愛猫にはきわめてどうでもいいはずだが、我が家でのようには眠れなかっただろう。

少しの気配でもすぐに瞼を開く愛猫だが、つついても耳もとで呼んでも知らん顔で寝ること寝ること。

……可愛い。

可愛すぎる。

娘が(←人間のほう)生まれたばかりの頃、産院の個室で、そして帰宅してから寝室で、私は彼女の寝顔を撮り続けた。その頃のアルバムを見ると、ほぼ同じ写真が延々と台紙に連なっている。猿から少しばかり体毛を間引いただけのような、赤くてちっちゃい生き物。一日中ほとんど目を閉じたまま、その瞼をくっとしぼったり、ゆるめたり、口許に笑みを浮かべたり、ヘの字にしたり、すぼめたり、何かを噛むように顎を動かしたり。顔全体を延ばしたり、縮めたり、しかめたり、目尻を下げたり上げたり。私には一秒ごとにその表情が変わって見えた。そして一秒前の表情にはこの先もう二度と出会えないのだ、と追いつめられた気分になって、今しかないこの奇跡の表情を残すのだと次々とシャッターを押した。毎秒、娘は成長している。毎日体重が増え、身長が伸び、耳と鼻をはたらかせ、空気の匂いと風の音、私の匂いと声を覚えていく。私には、その成長は目を瞠る勢いに思え、一日の大半を眠って過ごす娘の寝顔にダイナミックな変化が見てとれたのであった。けれども、その頃撮ったおびただしい写真の数々は、幼い娘の安らかな寝顔のヴァリエーション、というにはあまりにも、ほとんど、同じである。題名をつけるとしたらひとつしかない。「寝る子」。

寝る子。寝子。ねこ。

私のガラケーの中には、膨大な数の、この手の愛猫の写真が納まっている。私の猫は、初めてウチにやって来た頃、私の布団の中で私の手首に小さな顎を乗せて眠った。知らない世界へ来ておびえていたが、寒さには勝てず(冬だった)温もりを求めて布団に潜り込んできた。きゅっと体を縮めて、赤ん坊のくせに、一分の隙もない様子で、しかし温もりに気をゆるして、くうくうと眠った。

あの頃に比べたら、猫は体が大きくなり、あまり遊ばなくなり、ますます寝てばかりの毎日だ。避妊手術(卵巣摘出)をしたら大人にならないから子どもっぽいままだとか聞くけれど、無邪気な赤子のような愛らしさはさすがに影を潜めた。が、寝顔は少しも変わらない。猫の寝顔を見ると、夢中で写真を撮った昔をつい思い出す。

そして今日、同じことをしている。

うるさいなあとでもいうように、前足としっぽで顔を覆う。

耳に触れると耳のてっぺんを器用に平たく倒す。
しっぽに触れるとあっち行けとでもいうように左右に振ってみせる。
額に触れるとかゆそうに手でひと掻き。手、じゃなかった、前足。
首や背中に触れても知らんぷり。あ、べつに、触っててくれていいよ、みたいな。

寝返りを打って、少しだけこっちを見たけれど

またすぐに寝た。

寝る猫とともに居るとき、おそらく私はいっさいを忘れて猫への愛に溺れている。かつて赤子の娘を見つめ続けたあの至福の瞬間の連続のように、少しの表情の変化も見逃すまいと凝視し続け、一秒ごとにその愛らしさにKOされ続け、ダウンしては起き上がり、自分の中からほとばしる愛に逆らえず、対象たるいとおしい存在をまた見つめ続ける。対象への愛に酔いしれ、この至福のときが未来永劫褪せることなく続くことをすべてに優先して願っている。この世の垢や滓、汚れた澱やはびこる愚などのいっさいを忘れて。

命が限りあるものだなんて、信じないのだ。猫はまるで生まれたばかりの赤子のように、みずみずしい生命の泉を湧き立たせ、私に幸福をくれる。ずっとずっと、永遠に、この愛に浸るのである。いつかは終わりが訪れるなんて、信じないのだ。

(BGM:「空と君のあいだに」中島みゆき)

L'âge de chat2014/11/07 01:53:55

出張から戻って、猫を引き取りにクリニックヘ行った。愛猫のかかりつけ医ではペットホテルを併設しており、2泊や3泊の短い不在のときはこれを利用している。1泊3800円ちょっとだが、高いのか安いのかよくわからない。このクリニックの患者でない動物の場合は、もう少し高くなる。

少し待合室で待った。クリニックのケージから出されて、預けてあるバスケットに入れられて連れてこられるだけで、べつに私めがけて飛びついてくるとか、すがりついて会いたかったとニャンニャン泣くとか全然するわけがないのだが、それでも再会が待ち遠しい。最初にどんな言葉をかけてやろうか、ただいま、お母さんよ、かしこうしてた? などと思い巡らす。

持ち帰り自由のフードサンプルの入ったかごのそばに、小さなフライヤーが置いてある。猫の飼い主に宛てたその内容は、猫も年をとるにつれ病気になる確率が高まりますよ健診を受けましょう、というありきたりなものだったが、猫と人間の年齢比較表がついていて、見ると愛猫と私は今ほとんど同い年なのだった。我が愛猫は来月またひとつ歳をとるが、すると私より四つも「お姉さん」になる。しかし、とりあえずそれまでは同い年なのだ。なんだか最近私たち仲良しだと思ったわ、ねえ、りーちゃん。娘がいなくなってから、じゃれる相手が猫だけになり、以前にもましていっそう私は猫といつもじゃれているのだが、猫のほうが私に対して寛容になったというか、包容力が増したというか。二年くらい前まではくっつきにいくと嫌がって逃げることのほうが多かったような記憶があるのだが、最近は、しょうがないわねはいはい一緒に居たげるわ、と受け容れてくれるのである。猫はしょっちゅう私の膝に来るけれども、私も、床や椅子に丸まって寝る猫のそばに頭を置いてしばし休憩することがある。猫は薄目を開けて私を一瞥し、ふんと鼻息をひとつたて、またくるると丸まり直して私の耳のそばで寝息を立てるのだ。

「お待たせしました」
獣医院に勤務する、獣医以外のスタッフをなんと呼称するのだろう。看護師さんでいいのかな。ともあれ看護師さんがバスケットを抱えて待合室に現れた。
「にゃー」
かごの中から愛猫のいつもの声がした。大きな安心感に満たされる。
「にゃー」
「帰ろうね」
「にゃー」

同世代の者どうしだけが共有するある種のシンパシー、たとえ知り合いや友達でなくても同い年だというだけでわかりあえるような錯覚を覚えるあの感じ。愛猫と自分の間にそんな呼吸を感じながら、曇った夜空のもと帰路につく。

Urgent!2014/10/02 12:12:46

署名をお願いします!

「決して他人事だと思わないでください。安全圏はありません。これが見過ごされるならば、あらゆる論題に関する言論が同種の攻撃にさらされるおそれがあります。そして実際にそうなってからではもはや遅いのです」(Change)
http://chn.ge/1yyWaBy 

私も署名しました。

下記も参照してください。

http://www.labornetjp.org/news/2014/1411366582356staff01

この脅迫問題については、植村氏らを追放しろだとか抹殺せよだとか物騒な言葉でこの許し難いテロ行為を肯定する人びとが非常に多いことが、たとえば当事者の名前で検索をかけるとよくわかり、唖然とする。いったい、この国の人びとが持って(いると私は思っていたんだけれども)いた良識とか慎み深さとか、そういうものはもう完全に消滅してしまったのだろうか。いや、私だって上品とは言えない言葉でアホ安倍を罵ることはしょっちゅうだが、一国の国家元首がつねに支援と罵倒の両方を受けるのは宿命である。賛辞と批判に晒されるのは無視されていないという証拠だから、喜べよ、アベ。だが、植村氏は、一記者にすぎない。そして現在は記者を辞めている。いったい、彼の罪は何? 第二次大戦時の大日本帝国陸海空軍の罪に比べて、どうなの? そして今日、信じられない悪政で日本を内から滅ぼそうとしているアベ&his friendsの罪と比べて、いったい?

いろいろ探したけどありすぎて(苦笑)
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-5971.html
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-5978.html

http://lite-ra.com/2014/09/post-507.html

http://m-hyodo.com/circumstance-2/

http://kuronekonotango.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-0693.html

http://ianhu.g.hatena.ne.jp/nagaikazu/20140901

こっちも見過ごせないよ。
http://news.livedoor.com/article/detail/9310435/

マジ、許せん。

追加します。2014.10.3
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20141002/272048/
http://blog.goo.ne.jp/okunagairi_2007/e/89602fff310eaca1a41fb0a870ff641b

L'Ecosse2014/09/29 11:47:25

先週からトンテンカンカンと工事をしている我が家である。そのためにほぼ物置エリアになっていた場所を空っぽにするため、今月、娘が発った11日の翌日からただひたすらモノを引っぱり出し、仕分けしては捨て、捨てては掃除し、を繰り返していたのである。おおかた捨てればいいものだったが、捨てられないものもある。親族の写真とか、ね。たとえば。還暦を迎えた従姉妹の結婚式の写真とか(笑)、うわー若いー可愛いー、と母と騒いで時間が過ぎたりも、する。

そしてこんなものも発見。5年前に消費期限を過ぎていたカンパン。
をををっ 災害の備えって何ですか?状態の我が家にも非常食なるものがあったのだ! そういえば私の父は熱心な消防団員だったので、消化器はもちろん常備していたし、非常時持ち出し袋(っていうんだっけ)みたいなもんもあった気がする。今回発見しなかったけど。あっそうか、きっと前に古いものを片づけた時に、汚い袋は捨てちゃって食糧だけは取っといたわけだ(笑)。だからカンパンの缶だけがぽつんと。

折しも世間ではスコットランドの独立をかけた国民投票の話題が沸騰しており、私は、20年以上前の夏、フランスの夏期講座で同じクラスになったエコスの女の子を思い出していた。スコットランドをフランス語でいうとエコスなの。授業の最初の日、机が隣り合わせだった私たちはどちらからともなく話しかけ、自己紹介をした。クラスではひとりずつ起立して順番に自己紹介していたが、それより早く私たちは互いの名前と国籍を確認し合った。
「私はチョーコ。ジャポネーズよ」
「私はエリス。エコセーズよ」
「エコセーズ?」
「そう、エコスから来たの。エコスってわかる?」
「ごめん、わからない。どこ?」
「Scotland」
「ああ!」

私は若い頃からケルト文化に興味があり、ウエールズの作家を愛読していた時期もあったので、UKが四つの国家の集合体で、イギリスという名称がイングランドを語源としているにすぎないことを基礎知識として知っていた。ただ、フランス語ではイングランドをアングレッテールというが他の国はどうなのか、その単語の知識がなかった。
エリスが毅然と「私はエコセーズ」と言ったことに、だから違和感は覚えなかった。彼らにとって、自分の出身はそういうふうに表現するものであるのだ。スコットランドはエコスというのね、ひとつ単語を覚えたわ。私がそういうとエリスはクラスの中の男の子ひとりを指して、「あの子はアングレ(イングランド人)よ」と言った。そのとおり、彼は自己紹介でJe suis anglais.と拙い仏語で言い、料理人を目指していますという意味のことを英仏語チャンポンで言ったので教師から「英語禁止!」とたしなめられていた。
「知ってる子なの?」
「授業の前に少し会話したの」
「それで、僕はアングレだって?」
「ううん、でもわかるわよ、ほら、英語がなまってるもん」
彼女の言葉に思わず笑った。スコットランド人からすれば、イングランド人の話す英語は「なまっている」のだ。

さぞかし、スコットランド人は独立意識が高いのだろう。ずっとそう思い続けていたので、いよいよ国民投票という段階にきて独立反対派が半数を占めるとの報道にたいへん意外な気がした。エリスは「Yes」に投票したのだろうか。

……というようなことをつらつら思い巡らしていた時に、このカンパンは見つかったのである。で、カンパンの缶をくるりとひとまわりしてびっくり。
な、なぜカンパンにエコセ(スコットランド人)が! しかもこのタイミングで!(いやこのタイミングはウチの事情だけれども)

で、ちょっくら調べてみると、何でもご存じのかたはいるものである。三立製菓の弁をどこかから拝借されたのか、次のような記載が見つかった。

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カンパンはもともと軍用の携行食として開発されたものです。
(起源は江戸時代らしいです)
その様な商品のためキャラクターは兵隊をモチーフとして誕生したそうです。
ただ、カンパンには兵隊さんそのものというわけではなく『武器を持たずに戦地へ赴き士気を高める軍楽隊であるスコットランドのバグパイパー』を採用しました。

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バグパイプは戦意高揚のための楽器だったのか……。

エリスと出会ったのは1991年の7月、グルノーブルだった。同じ年の10月、モンペリエに移った私は、とあるご縁で足の不自由な老婦人のお相手を週に一度つとめることになり、ある日、その婦人から映画鑑賞を誘われた。それはいつもの訪問日ではない、いわば臨時召集というか番外編だった。どちらかというとそういうのは勘弁してほしいな〜という気がしないではなかったのだが、つねづね映画が大好きだと老婦人にも言ってあったので、観賞後の昼食まで御馳走になれるとあっては断れるはずもないのであった。また、その映画というのは普通の映画館に行くんではなくて、上映後に監督の講演もついているという、事前申込みの必要なスペシャルな上映会であった。老婦人は二人分、申し込んでおいてくれたのだった。ますます断るわけにはいかないのであった。

その映画は、スコットランドのバグパイパーを追いかけたドキュメンタリーだった。監督はカナダ人で、ケベックの人だった。ご存じのとおり、ケベックはフランス語圏で、カナダからの独立が取り沙汰されて幾年月、である。『イエスタディ』という映画をご存じか。30年以上前のこの映画のヒロインはモントリオールの大学生で、その兄はケベック独立運動に身を投じ過激派活動をしていた……とこの素晴しい映画については話が混乱するので今は措くが、この『イエスタディ』を観た時からケベックの人というのは私の中で少々特別な存在だった。老婦人から「監督はケベコワ(ケベック人)なのよ」と聞かされ、最初は億劫に感じていた映画のお伴も、かなり楽しみになっていたのであった。

たぶん、そのケベック人監督は、カナダにおけるケベック人として、グレートブリテンにおけるスコットランドにシンパシーを感じていたのだろう。
たぶん、映画は美しいスコットランドの風景と、ときに勇壮ときにもの悲しいバグパイプの音色を背景に、民族の誇りや文化継承の重要さを語る内容だったのだろう。
たぶん、たぶん、と連発するのは、はっきりゆって、映画も講演もチンプンカンプンで全然理解できなかったからなのだ。
映画の中で話される言語は主に英語で、それに仏語字幕がついたが、単語を追うのが精一杯。さらに、上映後の講演は当然フランス語で行われたのだが、ケベック人の監督さんのフランス語は私のような学習者レベルではとても理解できなかった。老婦人が気を遣って「彼のいうことわかる?」と何度か尋ねてくれたが、そのたびに私はノンと言わなければならなかった。だからって老婦人は通訳してくれるわけではなく(だって彼女にとっては若干訛りのキツいフランス語というだけだから、このジャポネーズのわからないポイントはとうてい理解できなかったと思われる)、どうやらケベック人監督はとても面白可笑しく話していたらしく、会場は和やかな笑いに包まれ、ときに爆笑を呼んでいたが、終始ちんぷんかんぷんなままの私は思考も聴覚も視覚もその目的を失い、闇の中に宙ぶらりんにされていた。あの時の、大きな会場のなか、周りに誰ひとり敵はいないのにその誰とも理解し合えない、共有するものがないという孤独は、あとにもさきにも味わったことのない稀有な感覚だった。
もう少しフランス語が上達したらケベック訛りも聴き取れるわよ、なんて慰めとも励ましともつかない言葉を老婦人の口から聞きながら、変なところで負けず嫌いの私は映画のパンフレットを購入した。あまり写真はなく、監督の思いが膨大な文章に込められ書き連ねられた一冊だった。いつかこれを読んで今日のわからなかった映画をわかってやるぞ、などと思ったのだろう。表紙には、スコットランドの原野をバグパイプを吹きながら歩くチェックのスカートを履いたエコセの凛々しい姿の写真が使われていた。今こそ、あのパンフレットを読むべしではないか。スコットランドの国民投票の報道を目にしながらそんなふうに思ったけれども当のパンフレットはどこへいったやら、見当たらない。代わりに出てきたのがカンパンの缶だった。

Super Moon2014/09/09 20:42:13

9月9日は重陽の節句。それ何?というかたはご自身でお調べくだされ。まあ旧暦での話だからほんとのところは今日がそれだと言うのはちとしんどいと思うんだな。でもそんなことゆーてたら1月1日も3月3日も5月5日も7月7日もどれも本来は旧暦での節句やのにその日にお祝いやらお祭りやらしてるしな。ま、ええねんな。

月もこのうえないほど綺麗やし。今夜8時頃の東の空。物干しから撮りましたの。
マンションと電線が忌々しいわ。この場所から、子どもの頃は大文字の送り火も眺めたザマスのよ。東山の稜線がなだらかで美しく、ときどきは早起きして、空と山を染める朝焼けを見に駆け上がったものですのよ。
あーあ。周りは小汚い四角いビルばかりになりまして候。

ぼやくのはやめて、望遠でスーパームーンに肉迫っ。
すっきり晴れた夜空に月光。夜ってそれ以上何も要らないよね。夜は暗くていい。月や星の煌めきが冴える。月光を頼りに夜道を歩いたもんなんだよかつては。
ヘンゼルとグレーテルだって、月に光る小石を頼りに、森から家に帰ったんだ。


でも、昔はこうだった、だとか、もともとこういうもんだった、だとか、そんなことあまり言いたくないもんな。時間は必ず過ぎていて、ひとは誰でも同じように年をとり、世の中は変わる。変わっては、いきなりおとずれる揺り戻しに戸惑い、どう振る舞えばいいのか迷いやためらいを見せる。その都度人びとが知恵を絞って、その時点での最適の答えを出してきた。その時点での最適の答えが、振り返ってみればまったくよくなかったということは多々ある。気づけば軌道修正をするとか、同じ轍は踏まないとか、先人の死を無駄にしないとか、道の採りかたはいろいろさまざまだろうけど、つまりノスタルジーやそもそも論で「昔はよかった」を繰り返す愚とは、歴史に学ぶとか経験知とかって対極にあるはずやん。扱う対象の存在が大きければ大きいほど、積み重ねて結集されてきた叡智に負うところ大のはずやん。育児、教育、研究。経営、行政、政治。


右翼あほぼんはアベとかアソーだけやと思てたけど、じつはぎょうさんやはるねんて! びっくり。てか、ハーケンクロイツ掲げる日本人の団体があるなんて私は全然知らなかったんだけれども、そいつらとハイポーズで満面の笑みたたえた記念写真撮るってどんな現代の政治家なん。その噂の写真、何日か前にほかのブログ経由で見て吐きそうになったけど、外国メディアにも見つかっちまったぜ。恥!


内田樹@levinassien

ネオナチとの関連性が暴露された閣僚たちは自分たちの政治的ポーズが国際世論にどのようなリアクションをもたらすかについてはまったく何も考えていなかったようです。自分たちの言動を国際的な文脈において吟味する習慣のない人間はとりあえず「グローバル」なんとかについては語る資格ないです。

任命責任として、これから安倍政権は政府発表の文章中の「グローバル」をぜんぶ「ドメスティック」に書き換えることを要求します。いや、ぜひお願いしたい。「ドメスティック人材育成戦略」とか「経済の急激なドメスティック化」というような文章を読むと、妙に説得力ありますよ。

安倍側近のふたりとネオナチとのツーショットについてAERAのエッセイを書きました。「頼まれれば誰とでも写真を撮る」ので迷惑しているというのが事務所の釈明でした。いや、問題は「そういう人」から「一緒に写真に写りたい人」だと思われているという点にあるわけでしょ。

政治家の力というのは「正味のところどういう人物であるか」によってではなく、「どういう人だとまわりから思われているか」によって決定される。だから「李下に冠を正さず」という古諺があるわけです。公人がすももの木の下で冠をいじると、自動的に「すもも泥棒」だと思われる。

「私はすももなんか盗ってない」と言ってもダメなんです。古代から「政治家はどのような行為も『最悪の意味で解釈されるリスク』を勘定に入れて行動を律せよ」という教えがあって、そんなことは彼らだって中学生のときに国語の時間に習っているはずなんですから。

ある夕刊紙から「安保理の非常任理事国入りのためにバングラディシュに6000億円送って、立候補を見合わせてもらったのって、どうですか?」という電話コメントのお求めがあったので、「浅ましいことです」とお答えしました。なぜ日本が常任理事国になれないのか。

それは去年の広島講演でオリバー・ストーンが言ったように、「日本の政治家には世界に向けて発信するメッセージが何もない」からです。国際社会において日本以外のどの国も代替し得ない役割といったら、それは「平和憲法を護って、70年どことも戦争をしていない」という事実以外にない。

現に、平和憲法のおかげで「テロのリスクがほとんどない」からこそ、福島原発が「コントロールされていない」にもかかわらず、マドリード、イスタンブールより東京が五輪開催都市に選ばれたわけです。でも、そのことを日本政府は言わない。言いたくない。

でも、その「最大のメッセージ」を捨てて、アメリカの世界戦略に追随するだけなら、どんな国も「日本が国際社会の未来についてどんなヴィジョンを持っているのか知りたい、日本の指南力に期待しよう」なんて思いませんよ。

前に常任理事国枠を増やして日本も入れて欲しいと懇願したときに拒絶された理由を覚えているはずです。「アメリカの票が一つ増えるだけだから無意味」と言われたのです。これだけ国力があって、国内統治に成功していながら日本が選ばれないのは「世界に向けて語る言葉」がないからです。

「グローバル化する経済に最適化すること」を国是にするような国に「国際社会の行く道を照らし、領導してもらおう」と思う国なんかありません。「僕の理想は『みんながしていること』の真似することだよ!」という人をリーダーに頂く集団がないのといっしょです。


日本は国連安保理常任理事国になりたくてなりたくてしょうがないんだけど、どうしても日本を常任にしたくない国が常任にいる以上ぜったいなれない。悔しいけど数年間に一度非常任理事国の椅子が回ってきた時にアジア諸国をはじめとした加盟国全体のために働くのが使命だろう。数年前はそういう議論だったんだけど、いまは、たとえ現在の5大国=常任理事国が諸手を挙げて歓迎してくれたとしても、あたしゃ絶対この国を「非」があろうがなかろうが常任理事国にしたくないよね。恥ずかしくってアンタそんな、そんなていたらくで表へ出なさんな。お天道様に恥ずかしい! お月様にも恥ずかしい! 新内閣の顔触れどれひとつとして国際社会に「我が国の閣僚です」って見せたくない。史上最悪。


月が笑う

作詞:井上陽水
作曲:井上陽水
歌:井上陽水
 
いつもの夜が窓の色を
知らぬ間に変えて
我が家に来ました
薄着の君は頬杖して
夜をはおれたら
寒くはないのに
やさしいのは誰です?
夜よりやさしいのは?
さみしいのは誰です?
僕よりさみしいのは?
指輪の跡が白くなって
月日の流れの
速さにぬかれた
形を決めて夢を作る
転がる形に
出来ればいいのに
時計はいつも通り
ボーンボーンと
この部屋の為だけに
ボーンボーンと
話は尽きて月が笑う
君と僕以外
帰り道もない

La myrtille2014/09/03 20:59:52

7月の真ん中2週間ほど、家を留守にしていた。
出発前にはまだ青かったブルーベリーが、帰宅するとすっかり美味しそうに色づいていた。
この写真は6月に撮ったものなので、出発前の7月初めはもう少し実が丸くなっていたんだけど。

お日さまのほうを向いていた実が、あたしも年をとったわといわんばかりに皆うつむいて(笑)。
ブルーベリーらしく、ええ色に熟れたもんじゃわい。
収穫している手は帰国中の娘。
したがって、写真は8月初めなのだ。7月下旬に帰宅してこれら実の数々を目にし、早く収穫したくてウズウズしていたのだが、娘が帰るのを待って一緒に収穫しようと思ったわけであった。

ほかの枝についていた実も……。

このように。

我が家にはネズミが棲んでいて、プランターに実るさまざまな実を次々にかじりにきてくれるので、娘が帰るまで食われないように覆いをしておいたんだけど、覆いの上から食われた形跡が……。ったくもう。


しかし、それでも、今回の収穫は50粒。昨年は7粒(笑)だったことを思えば飛躍的な進歩だ! 7倍以上も穫れたわけだから、来年は350〜400粒くらいいけるぞ!


今夏の収穫分50粒は、この春以降、母のためにこまめにつくっているおからマフィンのトッピングにつかった。こういってはなんだが、アンタ、もう最高に美味しかったわよ! 

収穫しながら娘がひとつ、ふたつ食べて美味しい〜と叫んでいたが、やはり加熱すると甘みが倍加する。来夏はブルーベリージャムをつくれますように。