「母ちゃん、死ぬな!」2007/11/07 19:18:57

『カムバック』
高橋三千綱 著
新潮社(1985年)


「木の目さん、これ読んで!」(もう何年も前にきっとお読みですよね。いえ、ただ、中日勝ったんで、野球ネタでイヤミを言いたかっただけなんです)

野球狂少女だった頃、スポーツ紙や野球週刊誌月刊誌、あらゆる野球漫画に目を通し、野球というものがどのように表象されているかを知り尽くすことに余念がなかった。もちろん自分でもプレーした(というほどのことはなく、ただみようみまねでやってみただけだが)。いつか水原勇気のようになってみせるとまで誓ったが、現実には地区予選ベスト8止まりの卓球少女でバスケに転向してからは怪我に明け暮れ挫折した。だからよけいに野球への情熱はとどまるところを知らず膨張し、野球同人誌を作って野球への愛を書きまくり、会員たちと愛情比べをした。高校で部活をやめてからいきなり時間ができたので、地元の球場へはおこづかいの許す限り通った。アクセス可能な球場は幾つもある。いつも閑古鳥の泣いている球場でいい席を安く買い、遠くからもよく聞こえるおじさんたちの痛烈な野次に笑うのも楽しみだったし、超満員で隣にいる友達との会話も困難なくらいの大声援の中、応援の踊りを踊るのも好きだった。高校野球のシーズンはデッサン教室にまで携帯ラジオを持ち込んで一喜一憂した。愛した高校球児がプロに入ってダメになっても噂を追いかけた。追いかけたといえば、贔屓のチームの贔屓の選手に会いに宿舎やグランドまで行くなんてことぐらい、当たり前だった。

野球を描いた小説が、この世にどれほどあるかは知らない。あらゆる野球漫画を読みつくした私だが、野球小説(そんなジャンルはないけれど)についてはあまり知らない(いえ、小説自体あまり知りません、いまさらですが)。
高橋三千綱の本は、この『カムバック』のほかに『さすらいの甲子園』をもっているだけだ。この作家について知っていることも少ない。でも、実をいうと探偵小説を除くと私の家にある「小説の本」の中では私にとってベストワンなのである。

30歳未満の若い人には、この本で描かれる野球界は古典的な印象を与えるだろう。本書ではまだ米国のメジャーリーグがまるで天上界のように描かれているし、移籍や引退、また男女関係の描写も前時代的だ。でもその「前時代」に熱狂していた者にとっては、胸熱くなる珠玉の短編集なのである。
だから木の目さんにもおすすめ。

主人公たちは、高校野球のスターだったり、貧しくて進学を諦めながらスカウトに見出されプロ入りする地味な選手だったり、挫折を経て第二の人生を歩もうとする中年選手だったり、プライドを捨てて次世代育成に専念する元一流選手だったり。

いわば野球選手の人生模様が描かれるのだが、プレー上の技術的なことはもちろん、閉鎖的な組織、名門校に見られる序列やしがらみなど入念な裏づけを取って書かれていることが窺えて、野球狂にも安心して読める内容である。
だが、現在の野球界はおそらくかなり状況が違うから、ダルビッシュ世代にはついて来れない内容かと思う。

同世代の友人知人にすすめたり貸したりすると「うんうん、いい話だねえ、良き時代だねえ」なんていう。ひとまわりほど若い人に読ませると「ふっるー。でも、おもしれえかもぉー」などという。30歳以上50歳未満限定かなあ(笑)。

『遊撃』で主人公が死んだ友の名を叫んでバッターボックスに入るとき。
表題作『カムバック』で幼い娘の言葉に父が耳傾けるとき。
読み手は涙する。
愛ゆえに白球を追う。友情に応えたいから身を引く。ここには野球を介して、ただ単純でまっすぐな人間の愛と情が描かれている。ただその一点だけに着目すれば、けっして古臭くはないのである。

本エントリーのタイトルにしているのは、本書の中の、とある短編の主人公が心の中で叫ぶ台詞。

コメント

_ きのめ ― 2007/11/07 23:49:00

>中日勝ったんで、野球ネタでイヤミを言いたかっただけなんです
う、う、びえーん(号泣


気を取り直して、
「カムバック」は読んでません。
「こんな女と暮らしてみたい」は読みました。
あとは斜め読み。
高橋三千綱さんはうちの会社に取材に来たことがあります。
わたしではなく営業部長のところです。
うちの部長はゴルフのハンデが1という人で、ハードに会社の仕事をこなしながら、クラブ対抗とかプロアマ交流戦(というのかな?)に出たりする、知る人ぞ知るという人らしいです。わたしにとっては仕事のよくできる面倒見のいい上司、という中年のおじさん姿しか知りませんが。
で、会社では高橋さんの本が出ると、みんな密かに買って読んでいるようです。おもにゴルフの小説が多いかな。

先週は仕事&下調べ&書きかけの文章の資料、ということでハードカバー20冊借りてきた。10冊は目を通したが、残り半分は目次と索引だけだった。読むスピードも記憶力も理解力も、(一番は根性かな)落ちてます。時間がほしい。
読みたい本がどんどん積み重なっていく。あはは(涙目

_ コマンタ ― 2007/11/08 01:08:15

なんだかんだいいながらさすが蝶子さん、日本の小説も渉猟してますね。高橋三千綱は大学入った年に小説が映画化されたので見に行ったおぼえがあります。石野真子が出ていたので(笑)。読んだのは「葡萄畑」くらいかなあ。「おじさん、はげ頭にハエが止まってるよ」と教えてやったら刺された、という話が書いてあったのはどの作品だったか。自分が監督をした映画でも出演俳優に刺されていますよね。好きな小説家のひとりではあるんですが。

_ midi ― 2007/11/08 07:51:33

高橋三千綱って『九月の空』かなんかで大きな賞をとった人ですよね。なんとなく青春小説のイメージの強い人ですが、ホントに他の作品については全然しらないです。

>高橋三千綱さんはうちの会社に取材に来たことがあります。
だなんて、私の勘もなかなかじゃんかよと思いましたよ、きのめさん。

>自分が監督をした映画でも出演俳優に刺されていますよね
って、コマンタさん、ほんとですか? 大変な事件があったんですね! 有名作家になって多才さを発揮するのも考えものです。みなさん、気をつけてください。

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