チェチェンニュースから抜粋2007/11/22 18:40:04

東京方面の方がた、事情が許すなら明日、リトビネンコ氏の追悼集会へお運びください。(by midi)

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チェチェンニュース Vol.07 No.27 2007.11.21
http://chechennews.org/chn/0727.htm (HTML版) 発行部数:1669部
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■編集室より:
 みなさんこんばんは。チェチェンニュースです。明後日の23日(金)は、ロンドンで暗殺された元FSB将校、アレクサンドル・リトビネンコ氏の一周忌です。東京では、チェチェン連絡会議主催の「追悼集会」が開かれます。ぜひご参加ください。
 グッドニュースは、ロシア政府が、またチェチェン人への虐待で訴えられ、欧州人権裁判所で敗訴しました。こういうことの積み重ねが、チェチェンでの事態を押しとどめる力になると思います。
 さて、チェチェンニュースでは、チェチェンの難民問題を入り口に、他地域の難民や、日本に来ている外国人への差別問題にも関心を持っています。(中略)日本に入国する外国人のほぼ全てが、強制的に指紋を押捺させられるという、入国管理制度が20日に始まりました。外国人であるというだけで、犯罪者や、テロリストの予備軍扱いしているといっていいと思います。
 私個人の問題意識としては、まず、ロシアによる「対テロ戦争」であるチェチェン戦争に疑問があります。そして、アメリカ・イギリス・日本が実行しているところのイラク戦争・占領もまた、まったく対テロの戦いではないと思うのです。しかしそれを続けるためには、とりわけ日本政府にとっては、どこかに「テロリスト」がいなくてはならない。ではどこに?
 「外国人」にそれを求めれば当面、いいわけです。そこに、治安関係の設備を売り込みたい日米の業者が利益を求めて、政府と業界の利益が一致しています。外国人への障壁をできるだけ高くして権限を確保したい法務省が推進役というところでしょうか。いずれにしても、日本国籍を持っている人のほとんどは、あなたもわたしも、「外国人」がどんなに屈辱的な目に遭っても、あまり関心はありません。
 しかし、今、動き出してしまったこの制度に反対の声を上げて、政治を動かさなければ、管理社会の次のステップは、私たちをターゲットにします。その時では遅いでしょう。
 生体情報をチップに埋め込んだパスポートも使われ始めており、「海外で取られた生体情報が相互に流用される一大国際監視ネットワークが構築」されようとしています。本当は、もっと早く反対の声を上げるべきだったのですが、今からでも、中止をうったえましょう。イベント情報があり次第、お知らせします。
 入国外国人 きょうから指紋採取(東京新聞)
 http://d.hatena.ne.jp/ootomi/20071121/1195609372
 (大富亮/チェチェンニュース)

■アレクサンドル・リトビネンコ追悼集会
 ―ロシアの闇とチェチェンの平和を考える―
 ダウンロードちらし(PDF 2.7MB)
 http://chechennews.org/dl/20071123leaf.pdf
 独裁化するロシア社会を象徴するような人物が、昨年死亡しました。元FSB(ロシア連邦保安庁)将校、アレクサンドル・リトビネンコ氏です。
 リトビネンコ氏は、99年にモスクワなど数箇所の都市で発生した謎の連続アパート爆破事件が、「ロシア治安機関による陰謀だ」と主張していました。なぜ、国を守るはずの治安機関が、数百人ものロシア国民を殺戮したのか? そこには、現代ロシア最大の問題といえる、チェチェン戦争がかかわっています。この連続爆破事件を「チェチェンのテロ」と断定することによって、プーチン首相(当時)は第2次チェチェン戦争に乗り出したのです。
 リトビネンコ氏は、この連続事件のひとつ、「リャザン事件」に注目します。これは、ロシアの都市リャザンで未遂に終わった爆破事件で、地元警察が発見した爆薬、起爆装置を、FSBがいち早く回収し、「爆薬ではなく、砂糖だった。テロではなく、演習だった」という不可解な発表をしていますが、これは事実を大きくねじまげたものでした。また、アパート連続爆破事件の犯人はいまも逮捕されていません。
 イギリスに亡命し、ロシア政府が隠す陰謀を暴きつづけたリトビネンコ氏は、2006年11月23日、何者かが投与した放射性物質、ポロニウム210によって暗殺されました。
 この集会では、6月に日本でも刊行されたリトビネンコ氏の著作「ロシア 闇の戦争」(光文社刊)の監訳を務められたロシア研究者の中澤孝之さんをお招きし、現代ロシアの実情に迫ります。
■特別上映:[追悼/アレクサンドル・リトビネンコ]
[踊れ、グローズヌイ!]のヨス・デ・プッター監督によるドキュメンタリー作品を会場で上映します。(2007年制作 55分間)

日時 : 11月23日(金・祝)13時30分~16時30分(開場13時00分)
報告 : 中澤孝之(ロシア研究者) 岡田一男(司会 映像作家)
主催 : チェチェン連絡会議
会場 : 東京都・文京シビックセンター4F シルバーセンターホール
参加費 : 1000円
地図 : http://www.b-civichall.com/access/main.html
交通 : 東京メトロ丸の内線・南北線後楽園駅徒歩1分/都営地下鉄三田線大江戸線春日駅徒歩1分/JR総武線水道橋駅徒歩8分

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地雷で足を失くした人の苦しみに比べれば、捻挫なんかっ(by midi)

コメント

_ midi ― 2007/11/22 18:49:05

絶対休日出勤したくないんだぞ。だけどまだ仕事中なんだぞ(もうすぐ19時だぞ)。だからブログをチェチェンニュースに代わってもらったぞ。っていうのは嘘だぞ、ほんとにお知らせしたい内容だったからだぞ。ほんとだぞ。

読んだ本&読んでいる本&読むつもりの本&すすめたい本&愚痴聞いてほしい本……山積みです。全部書いて年内に空っぽにする気でいるからお楽しみに。

_ 戸川リュウジ ― 2007/11/22 22:01:00

こんにちは
気合が入ってますなー。
良い本、おもろい本の紹介、期待してます。
ちなみに僕は先日、映画「かもめ食堂」「めがね」を立て続けに見てきました。ゆるい感じが僕と相性ぴったりでした。

_ 儚い預言者 ― 2007/11/23 23:43:36

 厳しい現実が世の中に蔓延しています。それは何を物語っているのでしょうか。
 確かにそうです。それは人が現実を創造できず、周りの人や物を自分の所有、或いは欲望の為すままに操りたいという根源的な渇望でしょう。よく理解できます。その本当の目的とは何でしょうか。その醜悪な行為に隠された本当の事は。
 誰も一人で孤独で、誰かと一緒にいたいという気持ちと、人や物事を操りたいという葛藤は、戦争や陰謀、征服の野望ということによって解消するのでしょうか。
 その合理性に欠いた行為を、自分の喜びとしているという何という馬鹿さ加減。
 意味の通らないことを、永遠の目的にしても、すぐにとって代わる者が現れるという無知。
 それは自分だけは助かりたいという余りに幼稚な思考の、複雑な展開。
 何の面白さも、輝きもない事を、大げさに祭り上げる辛辣な理論。

 要するに敵味方、利益という本当の意味を、表面的な限定的なある一時であることを、永遠にすり替えているのです。

 それもしかし、私の事です。それは見える世界の全ては私であると言いたいからです。

 愛の人はたぶん、輝きの違う面白さを喜ぶだけでしょう。それは価値判断が有限ではないからです。比較の無い無限の智恵で、喜びの表現を慈しんでいるからです。

 戦争や醜悪な行為も有り得る世界は、夢の世界でしか通用しません。それほど逆に人間は許されているのです。自由です。これは何と悲しい逆説なのでしょうか。

 私は祈ります。ただ存在することの奇跡を思いながら。

_ midi ― 2007/11/27 09:54:35

ここ2、3日、非常事態です(笑)。きょえー息する暇もありゃしない(あるある)

戸川リュウジさん、
ゆる~い感じがお好きなのですね。もしかしてこれは戸川さんにぴったりよ、という感じの本を今読んでます(もしかして違うかも知んないけど。それにもう読んでらっしゃるかもしれないけど)。まずはそれからアップしようかな。

預言者さま
>それほど逆に人間は許されているのです
痛いです、このお言葉。それほどまでに神は寛容だというのでしょうか。これほどまでに殺戮を繰り返しても、人は人として生かされている。ちょっとー神さんよー、あんたにゃ堪忍袋の緒っつーもんがねーのかい? ねえってか? よし、がってんだ。そっちがそのつもりならしょうーがあんめえ。(って何言ってんだあたし)

_ 儚い預言者 ― 2007/11/27 21:30:47

 すみません、愛という無限では、相対的な世界(現実)をどの様に見えているかについて、人間の限定的な見方の延長では計りしれないと思います。

 風は吹いていますが、見えません。梢が風に揺れ、葉ずれの音がします。今は紅葉の時、風に煌びやかな色彩が、いのちの一瞬のときめきを、永遠に持ち込もうと地面に舞い落ちています。

 制限、不足の身についた人間が、本来の自由を取り戻すには、悲しみ、辛さの無い世界をどう思い浮かべるかという想像にかかっているのかもしれません。

 愛を込めて。

_ midi ― 2007/11/28 18:34:42

前のエントリでコマンタさんとやり取りしたのが記憶に新しいのですが、いわば書くとき・描くとき、私たちはおのずと何かしらの制約に身を任せることが常になっている。だがそれは手足を縛られ猿轡をはめられたような拘束ではない。制約のあるとき、欠如を感じるとき、私たちは自由なんですよね、実は。おっしゃるように、「どう思い浮かべるか」という想像力がそこでモノをいう。想像ができず、創造につなぐことのできない者には、制約も拘束も同義かもしれないのです。

私はよく、娘が産んだ赤子の子守りをしているという想像をします。つまり現在の私の母の立場です。母には配偶者も自身の姉妹も近所のオバ友もいましたが、私にはない、さてどうする、という事態を想像して暗澹たる思いに駆られます(アホですがな)。それはそれとして、今私が娘にしているように、多々ある母の欠点をあげつらうことをせず、ばあちゃんがいるからウチは何とかやっていけてるんだよ、と、娘がその子にいってくれるような「ばあちゃん」になれるように、日々研鑽を積むしかないと、やはりそーゆーことに思い至るわけです。

_ 儚い預言者 ― 2007/11/28 19:57:12

 生死の世界での、夢はいのちの継続でしょう。私の命が受け継がれることの夢。どうしてもと、心の芯から、魂の呼び声を聞きます。
 現実に起こる醜悪な行為に、どこまでも抗議しなくてはいけない。そしてその行為はいまや、地球の生死をも直結していることを知らなければいけません。
 エコブームですが、そんな生易しい問題ではないのです。今までしてきた人間の社会全体、文明全体への地球の答えなのです。
 待ったなしより、もうすでに、死にかけていることに気が付いた時、何をすればよいか。それでも信じることです。夢を、希望を、愛を。
 奇跡はあります。それは人一人一人の和が、正に相乗して、時間を乗り越えるのです。
 北極の氷が消失しています。シベリアの永久凍土が半分の厚さになった。いけないのは、その凍土に埋もれたメタンガスが噴出することです。それは海洋の底にもあって、もし海温が5度上昇すれば、膨大なメタンが大気に放出される。もう逃れない地球のいのちの消失です。
 エゴの暴走がいつも世界を、いのちを滅亡させるのです。

_ コマンタ ― 2007/11/30 01:33:24

親はどんな魂にもキズをつけると思います。そのキズあとをなにか光景が通れば、キズあとをなぞって流れていくと思います。それがシアワセであろうがなかろうが。人間は透明人間だとおもうことがあります。世界は、その透明人間のからだを、素通りしていく。素通りしていくから、泣いてる子供を見た日にもねむれます。ねむれるけれど、ひとつのこらずプリントされて、たとえば夢のなかにでてきます。夢だったから、ぼくは今日も仕事に行けました。

_ midi ― 2007/11/30 17:53:26

11月が終わりますねえ。秋晴れの清々しい一日でしたが、どう考えても10月の気温。ぬわっと暖かい11月は紅葉・黄葉どちらも冴えなくて嫌いです。思えば数年来ずっとそんな秋ですね。そのうち錦秋という言葉も死語になるのでしょう。

今日私は取材のため枯葉舞い散る舗道を自転車ころがしていました。私の町は少し走るとすぐに山が目前に迫ってきます。その山のふもとを走る駅伝大会の本選が毎年2月にありますが、娘の学校は予選敗退してしまいました。選手全員が、クラスメートが、教員が、みんなで悔しさに号泣していたのを、山を眺めながら思い出していました。

_ コマンタ ― 2007/12/02 00:37:51

みごとなコメント返し! さすが文筆芸者! うそうそ(笑)。
泣くことにもなにかいいことがなければ、
人間生きていけませんよねえ。

_ midi ― 2007/12/02 10:02:20

文筆芸者とは過分なおホメのお言葉(笑)
やあきゅううーすうるならーこおゆうぐあいにしやしゃんせー♪
私は歯を食いしばって泣かずに生きてきたのでいざ泣きたくても涙が出てきません。次に泣くのはたぶん愛猫が死んだ時かなあ。さてどの程度泣けるものやら。声を挙げて泣く子どもたちを見て、羨ましかったです。
あうと!せーふ!よよいのよい!

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