Juillet! ― 2013/07/08 18:24:40

で、ちょうど2か月後の9月8日、ウチの娘はドイツへ留学のため機中の人となるのである。あ、ついでに私も機中の人となるのである(1週間後に帰ってきますけど、ひとりで)。
あと2か月なんだけど、お嬢さん、準備しようという気配が全然ない。あと2か月で高校の仲間たちとお別れだから「思い出づくり」(=遊びほうける。笑)全開である。
とうとう外国暮らしかよ~。私も若い時からあちこち放蕩したけど、一年以上長期で住んだのは27歳の時が初めてだったからなー。奴の心中がわからん。17歳の高校3年生の時、私はひたすら美大受験のためのデッサンを繰り返していた。娘も、遊びほうけているがバレエのレッスンは欠かさない。形は違えど、同じことなのかな。とりあえずの近未来に立てた目標にひたすら向かい、いずれそれが通過点になるまで走り続けるしかない感じの、不器用で融通の利かない生きかた。
しばらく京都を離れる娘のために、鴨川の床でご飯しよう~と提案したが、私も奴も忙しすぎて実現してない。べつに高級料理いただかなくてもええねんけど。スタバでええねんけど(笑)
暑いねえそれにしても。
Quelle chaleur zut! ― 2013/07/11 18:28:26
暑いよおおおお
こんなに暑いのに拡声器使ってがなり立てんなよなー
なんで選挙ってこう品がないのか。演説ならともかく、車でそのきたない音声まき散らすのはやめてくれえええーーー
極右のアホボンがねじれ解消とかゆーちょるけども、ねじれてるから衆参両院ある意味があるのであって。
ねじれてへんかったらまたジタミの独裁が続くやないの。
ぷぷっ ブラック企業はワタミ(和民)、ブラック政党はジタミ(自民)が代名詞だって。
ったく、冗談じゃないよ。両方とも消滅してしまえ。
「ねじれ」はこんなに美しいのよ。ウチのネジバナ。

ウチの、てゆーか、勝手に生えて勝手に咲くんだが(笑)。

今年はまたたくさん生えてさ。やっぱねじれてることの正当性を主張してるんだよなと感心しきり。なんでやねん(笑)

ほらこんなに凛として。清らかで聡明さあふれる美しいネジバナの立ち姿。

あら、シジミチョウ。
我が家の物干しにはモンシロチョウ、モンキチョウ、アゲハチョウなどたくさんの蝶々に会えたもんだが、最近はシジミチョウしか来てくれなくなった。

ねじれまくってんのはネジバナだけじゃなくて。

御身ねじりまくって古アンテナに絡みついてます。
これでアンテナ全部覆われるとこまで伸びたら面白いだろうな。オブジェ化?
暑いけど、選挙に行こうね。
私の選挙区には投票したい候補者がゼロなんだけど、そういう場合はどう行動するかは決めてある。いつもと同じ。それは(1)野党として一定数の議席を持っててもらったほうがいい政党の候補者に投票。(2)1に該当するのがない場合、勝ち目なさそうな候補者に投票。ただし、政権与党(今回はジタミと創価学会)およびそれに近い政党所属の候補者は無視。勝ち目がありそう・なさそう関係なし。(3)比例は支持政党に投票。(4)3で、支持できない事態になった場合は、1の考えかたを比例にも応用する。
私のいつもの方法である。
衆院選挙は、まったくギャグにしかならなかった。
小選挙区制はひどい制度である。
一部の極右2世ボンボン政治家に好きなコトさせとくような、奴らのその「好きなコト」って国民の大半は全然望んでいないのに、そんな結果を招くような選挙制度なんて、ほんまにここは先進国かって感じよ。
とにかくワタミとジタミにとっととお帰り願えるよう、戦わなくてはならない。
泣き寝入り厳禁! 声を挙げなきゃ、すり減らされて辛い目に遭うのは庶民ばかりなんだぞ。世界に轟く経済大国が聞いて呆れるでしょ、自殺ダントツ、一家心中、母子の餓死が後を絶たない。何なのよそれって、思わない?
経済大国なんかやめて、人心の温かな、穏やかな共同体の集合体でありたい。そんな場所になら、ここを郷土と誇りを持って身を置くことができるさ。
A discuter! ― 2013/07/12 18:26:56
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●マガジン9
想田和弘の「観察する日々」
第5回
今の自民党は「ブラック政党」なのではないか?
http://www.magazine9.jp/soda/130619/
2013-06-19up
今の自民党は「ブラック政党」なのではないか?
「ブラック企業」という言葉がある。
「違法で過酷な労働条件で、社員や非正規雇用者をボロボロになるまで働かせ使い捨てる企業」といった意味だが、最近、すっかりこの言葉も定着してきた感がある。それだけ事態が深刻化、かつ、不幸にも一般化してきており、人々の「あるある」的な実感が伴ってきたからであろう。
先日、マガ9学校でご一緒した雨宮処凛さんは、「ブラック企業の最新の手口は何ですか」という聴衆の質問に、「今やあらゆる企業がブラック化しつつある」と答えていた。
ふーむ、なるほど困ったもんだ、などと思っていたら、居酒屋チェーン・ワタミ創業者の渡邉美樹氏が今度の参院選で、自民党の比例代表公認候補になったというニュースが飛び込んできた。
ワタミといえば、渡邉氏の発言や社員の過労自殺問題などを起因として、メディアなどで“ブラック企業の代名詞”などと呼ばれている会社だ。報道によると、安倍首相直々の出馬要請だったという。
『ブラック企業』(文春新書)などの著書で知られる今野晴貴氏は、5月29日、次のようにツイートした。
自民党から出馬するワタミの創業者。当選すれば、もちろん、解雇規制全廃、残業代ゼロ法案推進。その旗頭になることは間違いない。過労自殺を「問題なかった」というわけだから、当然、過労死、過労自殺は「自己責任」。皆さん、死にたくなければ、投票しないことだ。
ふーむ。これまでの渡邉氏の発言内容や、労働者派遣法を緩和させるなどして非正規労働者を大量に生み出してきた自民党の政策傾向を考え合わせれば、ごもっともな危惧である。
などと考えているうちに、ふと、思いついた。
今の自民党は「ブラック政党」なのではないか。
これは大胆な思いつきである。曲がりなりにも戦後日本の政治の大半を担ってきた老舗大政党を「ブラック」呼ばわりするのは、なんだか大それていて気が引ける。でも、少なくとも今現在の自民党は、とってもブラック化している感じがするのだ。
自民がブラックな理由を、思いつくままに挙げる。
国民の人権を制限し立憲主義を否定した前近代的な改憲案。未曾有の原発事故にもかかわらず、原発再稼働や新設を容認するのみならず、他国に「世界一安全」などと言って“トップセールス”する恥知らずぶり。日本の農林水産業の4割を壊滅させ、国家主権すら脅かす恐れのあるTPPを公約違反を犯してまで推進。バブルを誘発し早くもはじけつつあるアベノミクス。厚顔無恥な歴史修正主義。政権奪還して真っ先に取り組んだ生活保護切り崩し…。
列挙していたら、「社員」を「国民」に読み替えれば、「ブラック政党」と呼ぶしかないように思えてきた。
実は、個人的にも自民党の「ブラック性」を痛感するような出来事があった。
2011年4月、原発事故直後に行われた統一地方選挙。前作ドキュメンタリー映画『選挙』(07年)で描いた川崎市議会選挙で自民党公認候補だった「山さん」こと山内和彦が、今度は完全無所属で「脱原発」を訴え、川崎市議選に出馬した。
あれほどの原発事故が起きたのに、原発問題がタブー視され選挙の争点にすらならないことに、危機感を憶えての立候補だった。僕はその様子を追いかけて『選挙2』を作った。
『選挙2』撮影時、僕は山さん以外にも、公道で選挙運動を展開するさまざまな候補者にカメラを向けた。そんな中、駅前で選挙運動をしている自民候補者を見かけた。『選挙』にも出ている、顔見知りの現職市議である。わざわざ撮影のための断りを入れて選挙運動を中断してもらうのも気が引けるので、僕は彼の選挙運動を黙々と、しかし至近距離から撮影し始めた。
公道で行われる公人による、税金も使われている選挙運動である。選挙運動は公職選挙法に基礎づけられ、公共性が極めて高い。また、候補者をさまざまな角度からチェックし、ある意味「丸裸」にして選択の参考にするのが選挙期間の目的であることを考えれば、取材に「待った」がかけられるとは、想像もしていなかった。たとえ前作『選挙』が市議のお気に召さなかったとしても、である。
ところが、市議や運動員から「撮るな」と言われ、カメラのレンズを手で塞がれた。それでも僕は「選挙は公的なものだから自由に撮れるはず」と反論し、拒否される様子を撮り続けた。するとその夜、党の支部から依頼を受けた弁護士から「今日撮った映像を使うな」という主旨の文書が送られてきたのである。
うーむ、かなりブラックな対応ではないか。
そしてその翌日には、やはり前作に出ている自民党の県議会議員候補(現職)からも同様の取材拒否を受けた。しかし僕はその様子を撮り続けた。県議からは「映像や音声を使うというのなら、党を挙げて後で問題にしますよ」と釘を刺された。
さて、どうしたものか。
もし、彼らの主張を無視して映像を映画に使えば、訴えられる可能性もある。しかも、相手は権力と財力のある政権与党であり、僕は一介の映画作家だ。
正直、ためらった。
しかし、弁護士に相談してみたところ、「訴訟になっても勝てると思う」と言われた。
案の定、過去の最高裁判例などと照らし合わせてみても、僕の行為は日本国憲法第21条で保障された「表現の自由」や「報道の自由」の範囲内なのだ。実際、選挙運動中の候補者に「お前は撮ってもいいけど、お前はダメ」などと取材者を選ぶ権利を与えてしまったら、国民の知る権利は行使できず、民主主義など成り立たない。当たり前と言えば、当たり前だ。
やはり、ここで自主規制するわけにはいかない、と意を決した。
とくに今は、安倍首相が憲法第96条の先行改定を目標として掲げ、日本国憲法を本気で改悪しようとしているご時世である。この連載で何度か指摘してきたように、自民党の改憲案では、今まさに僕の表現を守ってくれている第21条が、次のように変えられようとしている。
[現行憲法]第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
[自民党改憲案]第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。
2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。
もしこのような改憲がなされたら、僕の撮影行為は「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動」と認定され、取り締まられる可能性が高い。いや、少なくともその可能性を排除できないのだ。
しかし、たとえこのような改憲がなされなかったとしても、もしここで僕が自主規制したらどうか。憲法の字面では表現の自由が立派に保障されていても、僕はそれを自ら放棄することになる。そしてその分、憲法は形骸化してしまう。憲法とは、たとえ文面がそのままでも、そこに保障されている権利を国民が行使しないのであれば、実質的に力を失っていくものなのである。
そう考えながら、改めて憲法全文を読み直してみると、ふと第12条に目が留まった。以前は何となく読み流していた条文だが、目が釘付けになった。
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。(後略)
ああ、「不断の努力」とは、このような局面で屈せずに筋を通すことを指しているのだな。そう、僕は思った。憲法を書いた人は、僕がいま遭遇しているような事態が起きることを、きっと予測していたのだと思う。
60年以上の時を超えて、憲法の書き手と、突然、心がつながった。
そう思ったら、僕は一歩も引けなくなった。ブラックな自民党に異議を唱えるためにも、僕は日本国憲法で保障された権利を積極的に行使すべきなのである。
では、冒頭に書いたブラック企業への対抗手段はどうか。
日本国憲法を読むと、ブラック企業から私たちの権利を守ってくれるべき、さまざまな条文がある。まずは、私たちの生存権を保障する第25条。
第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
この条文をすべての企業が守るなら、「ブラック企業」は存在し得ない。
あるいは、憲法第18条。
第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
あるいは、勤労者の団結権を定めた第28条。
第二十八条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
この第28条の行使が阻まれているからこそ、労働者はバラバラに分断され、ブラック経営者のやりたい放題を許しているのではないか。
そう考えると、つくづく憲法とは、立派な文面があるだけでは不十分であり、使わなければ意味がないのである。
さて、7月21日には参議院選挙が行われる。選挙権や被選挙権も、日本国憲法で保障された、日本国民の権利である。
「投票したい人や政党がいない」という声も聞かれるが、この大切な権利を行使し、形骸化させないためにも、「よりましな」人や党に投票するのはどうか。
ブラック化した政党がのさばり、日本国憲法が危機にある今だからこそ、憲法を意識しながら選挙に臨みたいものである。
憲法は「ある」だけでは不十分で、使わなければ意味がない。
企業どころか政権与党の「ブラック化」に対抗できるのは、
一人ひとりの「不断の努力」しかないのでしょう。
そして、その「努力」のあり方は、人によってきっとそれぞれ。
もちろん、投票を通じた意思表示もその一つです!
*
【お知らせ】
想田監督の「観察映画」第5弾、『選挙2』は、
7月6日(土)より全国順次公開!
(東京/シアター・イメージフォーラムほか)
東京では今月、前作『選挙』の特別上映も決定しました。
その他詳細は公式サイトでチェック!
http://senkyo2.com/
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転載終わり。
もう10年くらい前かな、ワタミの社長だった渡辺美樹も参加していたあるシンポジウムを取材したのは。ワタミは教育事業にも手を伸ばしているからね。いっぱしの教育者ぶって、調子よくしゃべっていた。その時から、「コイツ嫌い」感が体の中に充満して、気分悪かった。虫唾が走るというか、生理的に受けつけない、一生友達にはなれないタイプの男。それは単なる私の個人的な男の好みの問題だと思っていた。
和民という居酒屋が評判になり次々と店舗数を増やしていた頃。
「お母さん和民には絶対行かへんしな」「なんでなんー?」「社長の顔が嫌いやねん」「関係ないやん、烏丸六角の和民に社長ってきいひんやろ」「わかってるけどあの顔思い出すのいややもん」「お母さんは何でも顔で決めるしなあ」「ワタミの場合は性格も嫌いや」「性格も知ってんの?」「知らんけど、絶対、会うたらムカつく」「きゃははは」「そやし行かへん」「でも、みんな安いしおいしいでーってゆうたはる」「ほな、●●ちゃんか○○ちゃんの父ちゃん母ちゃんに連れてってもらえ」「そうしよー」「おい」
……てな会話を、町なかに和民の看板を見るたびに娘と交わしたことを思い出す。渡辺美樹に対して私のもった第一印象は間違ってなかったよ、さなぎ。
Le 14 juillet! ― 2013/07/14 16:45:16




La fête!!! ― 2013/07/16 02:00:52

私たちのまちの場合、8月から6月の11か月間は、まさに「7月」という1か月間のために存在するといっても過言ではない。私たちにとってはそれほどこの祭りは重要である。私は山鉾町には住んでいないけれど、親が関わっていたこともあって、「祭りごと」は「我がこと」だというふうに体が覚えて育ったのである。7月は祭りに注力するので、男も女もそれはそれは忙しくなる。今のように、「働く人間」が「企業に勤めるサラリーマン」ばかりになるとは、祭りの側では想像していなかったであろう。ふつう、私たちのまちで働く人々といえば職人か自営の商人(あきんど)がほとんどであったので、自分の裁量で7月は祭りに重心を移せたのである。しかし、世はサラリーマン全盛であり、しかも雇う側は京都ゆかりの企業ではなかったりするので、祭りだから休む、なんてことが通らなくなっちゃったのである。私が勤め始めた頃、「お祭りやのに仕事してたら笑われるえ」と母は言ったもんだ。いや、そやけどあたしの勤務先は大阪やから、その話、通らへんって、とよく笑ったものだ。その後地元京都に転職しても、祇園祭だから休む、という考えは企業の側にも従業員の側にもまるでなかった。
先日、地元紙の祭り特集の連載記事に嬉しい話を見つけた。ある鉾の囃子方の男性は東京勤務だが、祭りのために休暇を取って地元へ帰ってきている。祇園祭のたびに帰省。この生活をもう20年続けているという。男性の年齢からして、その習慣は学生時代からのようだ。山鉾の囃子方は通常幼い頃から入門し、まずは鉦方(かねかた)から始め、笛方または太鼓方へと「出世」する。記事の男性はいま笛方である。幼少時から囃子方に入り、受験勉強のため休んだとき以外は欠かさず参加してきた。進学、就職、転職、転勤を経てきたが、祇園祭のこの時期に帰れることが勤労生活においてもプライオリティだという。
ある種の業種では夏の繁忙期でもあろうこの時期に従業員を帰省させる気概のある企業があって嬉しいと同時に、そこまで祭りに対して愛と使命感をもっている人のいることも嬉しい。多数派からみれば変人に近い(ごめんなさいね)、こんな男性のような「当事者」たちが祭りを支えている。
今年も凄く盛況だ。
事故などありませんように。
*
まつりごと、と入力し変換キーを叩くとまず「政」と変換される。そうなんだよねーマツリゴトなんだよねー。
あいつ、変人やで。そういわれるくらい偏向した情熱を政治に傾ける、そんな政治家がいないもんかい。
Eh oui, c'est la fête! ― 2013/07/17 18:38:05











On va chanter! ― 2013/07/18 18:06:14
http://youtu.be/9QimzLaP6Lw
考えましょう
KAZE to HIKARI
http://www.kaze-to-hikari.com/2013/07/post-51.html
元在スイス大使の村田光平さん、お話をうかがいました(後半)。
■
原発の収束が何もできていない日本が、オリンピック誘致をすること自体、不道徳国家なのです。倫理観のある世界中の人は、ちゃんと見ています。開催などできないのです。
それにもまして依然、この地震大国にこれだけの原発があり、再稼働させようとしています。地震が原因で、福島第一原発事故が起こったとなると、耐震基準を改める必要が生じ、すべての原発を止めなくていけません。だから、何とか津波のせいにしたいのです。
同時に危惧しなくてはいけないのは、原発へのサイバー攻撃です。これにより原発のメルトダウンを起こしうる、と考えらえています。米国を含め、このことで深刻な危機感が生じているのです。地震大国、津波大国の日本中に原発を作ったことが、実は日本中に自らを攻撃する核兵器を配置しているのと同じだとなれば、お笑いなのです。お笑い国家ですね。
(後略。ぜひ全文をリンク先でお読みください)
お笑いといえばジタミ。でももう、笑えないよ。こいつらを放置するわけにはいかない
薔薇、または陽だまりの猫
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/9176b4654c82446c0b03ec03b8a8a12f
*平和憲法に真っ向背反 石破幹事長の「軍法会議設置」発言
自民党は同党の改憲草案で、憲法九条を変更して自衛隊を「国防軍」にすることを掲げた。それに伴い、国防軍に「審判所」という現行憲法では禁じられている軍法会議(軍事法廷)の設置を盛り込んでいる。防衛相の経験もある同党の石破茂幹事長は4月に出演したテレビ番組で、審判所設置に強い意気込みを見せた。「死刑」「懲役300年」など不穏な単語も飛び出した石破氏の発言とは-。(小倉貞俊)
「軍事法廷とは何か。すべて軍の規律を維持するためのものです」。4月21日放映の「週刊BS-TBS報道部」。憲法改正を問うというテーマで招かれた石破氏は持論を展開した。
国防軍になると、具体的に何が変わるのかと問われた石破氏はまず、「(改憲草案に)軍事裁判所的なものを創設する規定がある」と述べた。
改憲草案9条2の5項には「軍人その他の公務員が職務の実施に伴う罪か国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、国防軍に審判所を置く」とある。
続けて石破氏は、現在の自衛隊で隊員が上官の命令に従わない場合は、自衛隊法で最高でも懲役7年が上限であることを説明し、こう語った。
「『これは国家の独立を守るためだ。出動せよ』と言われたときに、いや行くと死ぬかもしれないし、行きたくないなと思う人がいないという保証はどこにもない。だから(国防軍になったときに)それに従えと。それに従わなければ、その国における最高刑に死刑がある国なら死刑。無期懲役なら無期懲役。懲役300年なら300年。そんな目に遭うぐらいなら、出動命令に従おうっていう。人を信じないのかと言われるけれど、やっぱり人間性の本質から目を背けちゃいけない」
こうした重罰を科すために審判所は必要で、石破氏は「公開の法廷ではない」と付け加えた。
自民党のホームページにある「日本国憲法改正草案Q&A」でも、国防軍審判所を「いわゆる軍法会議のこと」と説明、設置理由を「軍事機密を保護する必要があり、迅速な裁判の実施が望まれるため」と解説する。裁判官や検察、弁護側を軍人から選ぶことを想定。審判所が一審制か二審制なのかは「立法政策による」と記され、上訴ができるか否かは不透明だ。
この発言について、山口大の纐纈(こうけつ)厚教授(歴史学)は「戦前の軍隊のあり方自体を否定することから戦後日本は出発し、現行憲法がつくられた。石破発言は平和国家日本のありようを根底から覆して、戦前と同様の軍事組織の立ち上げを意図している。歴史の教訓をほごにするもの」と話す。
早稲田大の水島朝穂教授(憲法学)も「戦争体験世代の政治家にあった抑制は皆無。戦前の反省はどこへいったのか」と批判し、「審判所」という表現に注目する。
「現行憲法も自民改憲草案も、76条2項で『特別裁判所』の設置を禁じている。軍法会議はこの特別裁判所にあたるため、通常の行政機関を装った『審判所』という名にしたのではないか」
軍法会議は現在も米英をはじめ、多くの国で制度が存在する。自国の軍人や軍属を裁くのが目的だが、戒厳下などでは民間人も対象になる。
旧日本軍では陸海軍にそれぞれ置かれ、一審の場合には5人の裁判官のうち軍人4人、法曹資格を持つ文官1人(後に全員が軍人)で構成されていた。平時では公開されて被告の上訴権もあり、弁護人も付いたが、戦地や戒厳下で開かれる特設の軍法会議では、それらが認められなかった。
「2・26事件(1936年発生のクーデター未遂事件)では一審、非公開、弁護人なしの過酷な密室審理のもと、青年将校や民間人が密室審理のまま、銃殺刑になった」(纐纈教授)
「戦場の軍法会議」の共著がある大阪経済法科大の北博昭客員教授(日本近代史)は「軍法会議の目的は軍隊を維持することにある。だから軍から裁判に干渉が入り、不当判決が起きるケースは少なくなかった」と語る。
北教授が法曹資格を持つ当事者の裁判官から聞き取った不当判決の事例がある。フィリピンで1945年2月に開かれた軍法会議で、食料調達のため、部隊を抜け出した海軍の兵士が死刑になった。海軍刑法では交戦中の敵前逃亡罪は最高で死刑だが、このケースは戦闘中ではなかった。
「この兵は英語が上手だったので、もし敵に捕まった際に軍の内情が知られないよう、見せしめに処刑されたようだ。裁判官は軍上層部から圧力を受けていたとみられ、『(兵には)かわいそうなことをした』と言っていた」(北教授)
ちなみに自衛隊の内部問題への対処は、現状でも危うさがちらつく。
航空自衛隊小松基地に所属していた池田久夫一等空尉(50)は2009年5月、「基地の情報が入ったUSBメモリーを盗んだ」という窃盗の容疑で、20日間にわたり警務隊から取り調べを受け、自白を強要された。
池田氏にはアリバイがあった。だが、それは黙殺され、警務隊は自白以外に証拠もないまま、金沢地検に書類送検。10年10月に不起訴の決定が出たものの、いまだ名誉回復はされていない。
池田氏の支援団体は「当時の上司に意見したことで煙たがられており、ぬれぎぬを着せられたのでは」と推測する。
自衛隊員の裁判に取り組んできた佐藤博文弁護士は「警務隊員も身分は自衛官で、上司の指示に従う立場。公平性、客観性が担保されていない」と言う。佐藤氏が担当した女性自衛官の事件では、強姦(ごうかん)未遂に匹敵する被害だったのに、それより軽微な強制わいせつで処理された。捜査に当たった警務隊員は女性に「上司の命令には逆らえない」と弁明したという。
佐藤弁護士は「国防軍審判所ができれば、組織防衛のために原告の訴え自体が認められなかったり、人身御供にされたりする危険も生まれる」と案じる。「自衛隊員やその家族こそ9条によって人権を守られている」
纐纈教授は「国防軍審判所ができたら、すでにある有事法制に加え、戦前の『国防保安法』『軍機保護法』のような法律が整備される可能性が出てくる」と指摘する。
水島教授もこう訴えた。「法に基づいて判断する普通裁判所と違い、絶対的な上意下達のシステムの下、機密保持や軍の閉鎖的な論理が優先されかねない。戦前の恐怖支配の足音が聞こえる」
[デスクメモ]
遠い昔、銃を手にした警官らが街をうろつく光景にファシズムを重ねた。でも、想像力を欠いていたと確信する。お笑い番組と監視カメラ、好戦的な政治家の暴言と無関心にあふれた日常。もうすでに一線を越えていないか。そういえば、故田中清玄氏は軍国主義はささいな弾みで戻ると警告していた。
2013年7月16日 東京新聞:こちら特報部
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2013071602000128.html
上記記事に関して
村野瀬玲奈の秘書課広報室
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-4584.html
(抜粋、前略)
いずれにしても、この石破発言は、たとえば西欧諸国、北欧諸国のような民主国では全くありえない暴言です。このような脅しによって、まるで、すでに日本国憲法が機能停止されているようです。日本はすでに民主国ではなくなりつつあります。それに最後の歯止めをかけるのが2013年7月21日の参院選です。
あなたは、戦闘地に行って命を捧げよという命令に従わなければ死刑や無期懲役や懲役300年にされる国に日本がなることをお望みですか?自民党とその協力勢力に過半数をとらせるということは、戦闘地に行って命を捧げよという命令に従わなければ死刑や無期懲役や懲役300年にされる国にいずれ日本はなるということです。
(中略)
あなたは日本が自民党によってそのように変えられることを望みますか?死地におもむきたいですか?死刑や無期懲役や懲役300年にされたいですか?
あなたのお子さんを死地におもむかせたいですか?あなたのお子さんを死刑や無期懲役や懲役300年にしたいですか?
あなたのお孫さんを死地におもむかせたいですか?あなたのお孫さんを死刑や無期懲役や懲役300年にしたいですか?
あなたの家族や親せきや友人や後輩を死地におもむかせたいですか?あなたの家族や親せきや友人や後輩を死刑や無期懲役や懲役300年にしたいですか?
今、私は、何年か何十年か後に私あるいは私の周囲の人たちが自民党に殺されるだろうという心からの恐怖と、自分の人生が今自民党によって強制終了させられて、自分の未来が今強制的に自民党によって閉ざされたような感覚をいだいています。
それが嫌なら、自民党やその協力勢力(公明、みんな、維新、民主)に投票しようとしている人はその投票を考え直してください。自民党とその協力勢力の力を最も削ぐことのできる政党や候補者に投票してください。棄権しても投票しても何も変わらない、のではなくて、棄権すると必ず今より悪くなる、のです。
(引用終わり)
Ici c'est mon jardin! ― 2013/07/30 22:04:48



