外道どもの昼下がり2007/03/22 17:28:16

「よう目ぇ凝らして見はらんとあきまへんえ。ほれ、もっと窓に寄りなはれ」
「そやけど、向こうに気づかれんのちゃいまっか」
「どうもおへん。この板硝子、細工がしたあるさかい、外から中は見えんのどす」

 辰吉は硝子に鼻がぶつかるほどに、窓に身を寄せ、通りを挟んだ向かいの家を凝視した。

 向かいは釜を商う老舗、凝った意匠の虫籠窓は元禄の頃の匠によるとかで、代々の自慢の種である。先々代までは羽振りがよかったが、先代に商才がなかったのか一度は使用人がみな暇をもらうほど落ちぶれた。しかし、厳しい修業を経て戻った今の当主が暖簾を継いでから何とか体勢を立て直し、徐々に勢いを盛り返しつつある。当主はもう中年といっていい年頃だが、妻はなかった。

 蘇芳の襦袢はかろうじて腰紐にひっかかり、肩や太腿が顕に白く光る。両の手と足首は縛られて、口には閉じた扇を銜えさせられている。
 ぴしっ。ばしっ。
 あうっ。ひいっ。
 鞭、呻き。
 かさかさ。するする。
 はあ、はあ。はう、はう。
 衣擦れ、喘ぎ。
 辰吉の耳に実際の音は届かないが、頭の中にはいくつもの効果音が鳴り響き、眼前の見世物に迫力を添えていた。

「どうどす。なかなか貴重でっしゃろ」
「御寮人(ごりょん)はん、いったいこれは……」
「釜庄の若、商いが具合よういくまでは、いうて何年も女断ちしゃはったらしいんどす」
「女断ち、でっか」
「お向かいは、女好きの家系でっしゃろ。無茶どすわ。案の定、けったいなことになって、なあご隠居はん」
 辰吉がふと顔を上げると、帯問屋の隠居が慣れた態度で腰を下ろしたところだった。
「木内ぁんの若。あんたも修業のためやいうて女断ちなんぞせんといとくれやっしゃ」
「いやあ、わては……。向かいの旦さん、どんなけったいなことにならはったんどすか」
「商いが持ち直して、晴れて女断ちから解放されて嫁をとったんやが、今度は肝腎のモノが立たん、ちゅうこっちゃ」
「あらま」
「ほんで嫁に逃げられて、頭おかしなってしもて、折檻癖がついてしもたらしいで」
「ご隠居はん、順番逆どすえ、立たへんさかいに嫁がきつう拗ねたら、それが可愛(かえ)らし過ぎるやないか、いうて、折檻したんどす。変態どすがな、そんなん、なあ。そら、嫁も逃げますわな」
「いま叩かれてんのは誰ですねん」
「寂しいさかいいうて、養女とらはってな、その娘が年頃になったらこの有様どすわ」
 話しながらも辰吉の目は、例の光景に釘づけであった。娘の姿は蘇芳の襤褸を巻きつけた白蛇のごとく、男の腕がひと振りされるたびに、くねくねと、妖しく身もだえした。
「木内ぁんの若がよってくれはんにゃったら、ここへ通うの楽しみになりますな。わしのほかには、ほれ、紋の杉下の隠居と今の旦さん、ほんでここの旦さんだけやさかいにな。お宅の先代が元気でいてくれはったら先に誘てたんやが」
「御寮人はん、ここの旦さんは、いつこれを……」
「もう、二、三年前どっしゃろか。びっくりしましてなあ、ほんで、あんた、すぐにこっちの虫籠窓の内側の硝子、替えましたんや」
「ほんまに、ここの旦さんは機転が利く。商売が繁盛するわけや」
 帯問屋の隠居が、くっくっくと喉で笑った。
「ああっご隠居、あれ」
「若、見ものは今からでっせ」

 鞭を離した男が白蛇に覆いかぶさった。男の口から長い舌が伸び、娘のうなじから細かく丁寧に舐め始める。
 ぺろぺろ。ぺろぺろ。
 辰吉は背筋に悪寒とも快感とも区別しがたい痺れが走るのを感じた。
 肩、二の腕、脇、背中。
 ぺろぺろ。ぺろぺろ。
 ひっくり返して喉元、乳房、腹、
 ぺろぺろ。ぺろぺろ。
 また返して尻、太腿、脛、足の裏
 ぺろぺろ。ぺろぺろ。
 今度は男が大蛇のようである。

「あの舌戯はたいしたもんや。見習いたいもんやが、もうちっと若うで見せてもろとったらなあ」
 隠居の言を待つまでもなく、辰吉は男の舌の這うさまを一心に凝視し脳裏に刻み込んでいた。鞭で打たれていたときとは違って、娘の体はぴくりとも動かなかった。まるで死体のようであった。先ほどから長い髪が顔にばさりとかかっていて、娘の顔はよく見えないままだった。
 ふと、気になって、辰吉は、やはり窓の向こうの光景から目を離さずに問うた。
「釜庄の先代はご存命やなかったですか」
「聞いた話では、今見えてるあの間のもひとつ奥の間で、寝たきりになったはるそうや」
「先代は、特等席いうわけどすなあ。うちの主人がいっぺん見舞いにいったろか、いうてましたわ」

 舐めつくし終えたと見える大蛇が、白蛇の腰紐を引っ張る。娘は半ば引きずられるように、男とともに奥のほうへと消えた。

「終わりでっか」
「もうちっと、待ちなはれ」

 しばらくすると、釜庄の勝手口が開いて、当主が書生らしき若者を連れて出て来た。通りがかりの婦人連れに、愛想のよい挨拶をしている様子が窺える。
「賢そうなボンやけど、雇い人でっか、別の養子でっか」
「あれはさっきの娘どす。虫がついたらいかんさかい、外へ出る時は男装させたはるんどすわ。きっちりしたはるこっちゃ。若旦さん、娘にけったいな気ぃ起こしても、あきまへんえ」」
「御寮人はん……」
 心を見透かされたような気持ちになって、辰吉は赤面した。

コメント

_ おさか ― 2007/03/23 15:17:56

サロンの返事をここでしたりして。

> ところで、今日修業式だよ。平静かい? 後日談楽しみにしてますぜ。
ウチの方は遅くて、今日は卒業式なの。修了式は月曜日。
だから電話しましたのよ~記事もアップしたわ!怒りってすごいエネルギー。

ちょーこさんまた早朝チャットやりましょうよっ♪

_ ちょーこ ― 2007/03/23 15:48:33

さっきブログいってきたよん。暖簾に腕押し、にならなければいいけどな。

こちらのほうは、昨日卒業式でした。今日の修了式のあと、日曜日の試合のための練習に行ってるはず。今日はまたピーカンの春爛漫、ニッポン晴れっ。あさってまで頼むよお日さま~

花粉症の薬飲んでるせいか、よく寝すぎて朝起きられないの、今。
いつもより1時間遅い。もう朝バタバタ。だから自信ないですわ~ん。
WAのチャットは平日昼間1日2回入室してますよ。

_ おさか ― 2007/03/23 18:27:28

素早いコメント、ありがとうございまする♪
そっかー、花粉症の薬ね。眠いですよね。私も飲んだことあります。実家にいたとき、常備してあったすっごいキツイやつ飲んじゃって、半日くらい廃人状態になったような・・・・
時間指定していただければWAでもぎんなんさんとこでも、行きますよ~

_ ぎんなん ― 2007/03/23 20:46:37

おさかさん、さっき姐さんとチャットしやしたぜ。へへへ。WAをちょくちょく覗いてると出会えるかもだぜ。

で、800字の時はやってる方と見てる方、どちらが人に非ずなのか迷う所があったんですが、これだとくっきり、見てる方が人に非ずですね。800字の時は気になった「ぺろぺろ」も気にならないというか、観客側がぐっと身を乗り出すさまが浮かびました。
ちゅーか、こんなに人がいたんですかっ。しかも、先代までっ。家業を潰しかけて今の旦さん(息子?)が変態になったきっかけを作った当人が寝たきりの布団の中からこの様子を見て喜んでたりしたら……この人が一番外道っ。

_ mukamuka72002 ― 2007/03/24 13:33:22

正直な感想を書いてしまうと自分の性癖をあからさまにしてしまうので、ノーコメント、この中に複数の僕がいる事だけは、告白しておきます。でも、変態ではありません、プチ・バイオレンスなだけでございます。
↑男性は、コメントしづらい。

_ ちょーこ ― 2007/03/25 07:59:30

みなさん読んでくださって、ありがとう。
早くこのエントリー下げたい(何のブログかと思われても困るしな、という気持ちがちょっとあってさ)ので何か書こうと思いながら、夕べはフィギュアを観てしまった。
今朝は必死で早起きしてお弁当の用意してたら「試合は雨天中止」の連絡がきてしまってかなり脱力状態。あーあ。照る照る坊主作ったのになあ。しょんぼり。

_ おさか ― 2007/03/25 12:59:36

確かにこの記事だけ読むと、一体なんのサイトかと(笑

雨降っちゃいましたね、残念ですね。
フィギュア、私も見てました♪真央ちゃん頑張ったけど、SPが五位だったのがやっぱり痛かった。もちろんミキティも素晴らしかった。
レベル高いですねえ、女子フィギュア。

_ ろくこ ― 2007/03/25 22:13:19

今日、言えなかったけど
この話奥深いです
なんていうか情緒があるなぁ、と思ったしだいです

_ ちょーこ ― 2007/03/26 15:57:26

おさかさん、
おまけに昼前から晴れてきたんで、よけいにしょんぼりでしたわん。
でも私はオフ会へ出かけたのであった。

ろくこさん、
どもありがと。みなさん、コレについてはなんかいろいろ気を遣ってくださったような気が、しなくもない……。おつかれさまでした。

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