ごめんくさい。(中略)ああ、くさ。2008/06/04 20:40:01

岩波書店『図書』
2008年4月号
6ページ
「匂いあれこれ」富岡幸一郎


私の遺伝子が娘を苦しめている(笑)。
その一。娘は外反母趾矯正用の中敷を通学靴に入れている。娘の足型を取ってオリジナルに製作してもらったもので、けっこうな値段だが、整形外科の処方箋に従ったものなので保険が利く。
娘の両足の親指の付け根あたりが出っ張ってきたのは、二年くらい前からだ。バレエのレッスンでポワント(トウシューズ)を履くことが頻繁になったので、そのせいだと思っていた。私の足も、私の母の足も、ひどい外反母趾でその痛みはわかりすぎるくらいわかる。だからその傾向を示しだした足を見るたび娘に「痛くない?」と訊ねていたが、いっこうに痛みを訴える気配がなかった。
昨秋になって、おそらく陸上のトレーニングで疲れがたまったこともあったのだろう、痛い痛いと言い出した。症状をよく聞くと、まさしく外反母趾の痛み方である。嫌がる娘のケツを叩いて、なじみの整形外科に連れていった。ついでに、私も柚子の里で転んだときの捻挫が尾を引いていたので一緒に診てもらった。
医師は開口一番、「外反母趾は遺伝ですから」。ええっとおおげさに驚いて見せた私を睨みつける娘(笑)。私にしろ母にしろ、会社勤め時代のパンプスのせいでこんな足になったのだと思っていた。
「もちろん、直接の原因は先のとんがったハイヒールですがね、そういう靴を履いていても外反母趾にならない人はならない。なる人は、ハイヒールを履かなくてもなります」
「お嬢さんはまだハイヒールなんて履かないでしょう? でも外反母趾になっている。コレはね、外反母趾になりやすいという遺伝子を受け継いでいるからなんです」
ますます私を睨みつける娘(笑)。
「外反母趾の原因は主に足指の運動不足。ものすごくスポーツをやっていても、足指はそれほど運動していないものなんですよ」
私たち母娘の足のレントゲン写真を見比べて、「そっくりだなあ。ほら、出っ張ったところの角度とか」と医師。もはや「怒髪天を突く」勢いの怖い顔をする娘(笑)。

その二。娘の両足を入念に診察しながら、軽度のウオノメなどを発見する医師。
「こういうの、お母さんにもあるでしょう?」
「ええ、ええ、ありますあります」
「こういうのでき易い足だってことなんですよ、母娘揃って。遺伝ですよ、これも」
諦めなさいね、いい子だからねといわんばかりの口調の医師と、遺伝といわれるたび心なしか嬉しくてつい声弾ませてしまう私の横で、娘ひとりが憮然(笑)。

その三。娘は慢性副鼻腔炎を治療中である。副鼻腔炎というのはかつては蓄膿症と呼んだやつで、いわば常時鼻づまりである。ひどくなると口呼吸しかできないので喉を痛める。冬、娘は喉の痛みを頻繁に訴えていたが、熱が出るでもなし、鼻は詰まっているけど鼻水たらたらでもなし、喉の痛いのはのど飴やトローチでごまかしてきた。しかしGWのさなかにとうとう発熱した。喉が焼けるようだというので耳鼻咽喉科へ行く。私も花粉症の薬をもらわないといけないので一緒に受診する。
「発熱は扁桃腺の腫れが直接の原因ですが、この方の場合、鼻が悪いようですね。口呼吸ばかりじゃないですか?」と問われて首を傾げつつも頷く娘。
「うーん、ずいぶん長いこと喉が辛い状態だったんじゃないですか?」
「一過性のものならいいんですが、慢性化している恐れがありますね。根気よく薬を飲まないといけませんが……」
原因は細菌の侵入、またはアレルギー。特定できないので両方の薬を処方してもらって様子見しつつ、しばらく通院することになった。
で、私の番。医師は私の鼻を診ながら「お母さんも軽度の副鼻腔炎ですね。心配はありませんがね」というのでちょっと嫌な予感。医師は続けて独り言のように、「こういうのって、なりやすい遺伝子ってあるのかもしれないなあ」
ああ、先生、言ってはいけないひと言をおっしゃいましたね(笑)。
診察室の隅っこの椅子でおとなしく待っていた娘の肩がピクッと震えた(笑)。

本当に私に似たんだね、君は。
しかも悪いところばかり(笑)
だけど、私は嬉しくてたまらないよ、紛れもなく君は私の子なんだよね。

自分が副鼻腔炎であることは知っていた。小学生だった頃、ある時期を境に、級友たちからやたらと「鼻声だね」といわれるようになった。風邪かと心配してくれる子もいれば、何だその声きもちわりいとあからさまに罵る子もいて、そんなとき私は人知れず傷ついていたのであるが、そうはいってもしんどいわけじゃなし、鼻が詰まっているという自覚もあまりなかったので、忙しい親に「鼻声っていわれるよお」などと訴えることはできなかったのである。しかし、以来、私の鼻づまりは一度として解消されることなく現在に至る。ほどなく軽度の蓄膿症だと知るが、それで医者に診てもらおうなどとはまったく考えず放置してきた。
しかし、代わりといってはおかしいが、嗅覚が衰えないように努めて注意を傾けて生きてきたつもりである。絵描きやデザイナーを志して学んでいた頃、やっていることは視覚がすべてだということに気づいていきなり愕然とした覚えがある。私がいま懸命にやっていることはもし視力を失ったらすべてチャラ。なんてこと。
高校生だったが、すでに私の視力は0.01くらいでこれ以上悪くはならないだろうと思っていた。でもなにかとすぐに結膜炎になるし、しょっちゅうモノモライをつくって膿出しをしてもらわないといけないし、目の健康は非常に覚束ない。
音を聴くだけでも絵を描けるようにならなくては。
匂いを嗅ぐだけでも絵を描けるようにならなくては。
そう思って特別な訓練をしたわけではない。でも、耳を澄まし、鼻をひくつかせ、微細な音や匂いを感じるように、全身をまるで猫の髭か昆虫の触角のように研ぎ澄まそうとした。
だって、私の鼻はすでにハンデがあるのだし。

音や匂いに敏感であれば、いま視界に入っていないものの気配を感じ取るのに役に立つ。人間も動物のはしくれである以上、そういった能力を鍛えておくことは絶対に重要だ、と思う。誰が襲ってくるかわからない世の中だもん。誰が隣で自殺してるかわからない世の中だもん。音がしたら瞬時にその方角を感知せよ。異臭がしたらその場から離れて人に知らせろ。これらは「背後から不審な人物がついてきたら大声を出して走れ」と説く娘の空手の師匠の言葉にくっつけて、普段から言い聞かせている私の言葉である。

上掲の富岡のエッセイによると、イマドキの高校の先生は、喫煙所で一服したあと教室に入る前、消臭剤を体に吹きつけて入室せねばならないらしい。「世の中かくして無臭文明へと突入しつつある」(6ページ)。よい芳香がもてはやされているけれど、人工的な香りが世界に充満することに悪魔的な匂いを感じる、と書いて憂鬱な様子である。
そんなふうに、たいして値打ちもない香りがそこらじゅうにずっと立ち込めているなんて、あまり歓迎できないなあ、と私も思う。富岡はこのエッセイの中で源氏香についても述べているが、『源氏物語』研究者の著作の一節を引いている。「《(……)とりわけ親王たちの着物には、香が薫かれたと。美しい着物には、高貴さを立ち上らせる芳しい雰囲気が似合う。(……)》」(9ページ)

よい香り、とはこのように特別なものであってほしいのである、いまも昔も。異臭はゴメンだが、普通の、多種多様な生活臭がいれかわりたちかわり現れる、普通の暮らしでけっこうである。
古い家が多い近隣では、下水工事がよくあって、そのたびにとんでもなく臭い思いをするけれど、とても人間的な臭いである。屋根裏や床下で鼠が死んでいるらしき臭いがたまらない夏もある。しかし人の住むところ鼠は必ずいるものだ。ゴミ収集車がのろのろ家の前を走るのはその臭いでわかる。喫煙者の多い職場から帰宅した私は煙草くさい。娘の体操服は汗臭い。愛猫がウンチするたびに部屋中が臭い。でも、そんな臭いにもあふれているから、御飯が炊けた匂い、味噌汁の匂い、いただいた花束の香りが素敵に思えるのだ。ごくたまに焚くお香に、非日常の安らぎを感じるのだ。

富岡は、香木の至宝・伽羅の出てくる、森鴎外の『興津弥五右衛門の遺書』も紹介している。弥五右衛門という人物が殿様の命で茶事に用いる香木を外国船に買い求めにゆく。持ち帰った伽羅は重宝され、弥五右衛門は出世する。
はっきりゆって鴎外なんか全然読む気が起こらないのだけど、これは読んでみたいと思わせた。

まつりあげて拝まないといけないほどの香りもなんだかな、と思うけれど、「よい香り」とはやはりこのように特別であって、よい香りがそこいらに充満していたら嗅覚が鈍るのである。生きている人間全員の嗅覚が鈍ったら、世界はエライことにならんかい?