その箱を開けてはいけません(2)2008/06/20 15:02:11


『ヨナタンとまほうの箱』
イングリッド・オストへーレン 文
アニエス・マチュウ 絵
いずみちほこ 訳
教育社(1993年)


ヨナタンはねずみである。人家の屋根裏や床下に住んで柱や梁をかじったり、台所の穀物袋に穴を開けて食べちゃったりする、あれである。

ヨナタンはJonathanである。ジョナサンと読みたいところだが、ヨナタンはドイツのねずみだからヨナタンなのである。ドイツではJapanはヤーパンである。
J音をジャ・ジュ・ジョでなくヤ・ユ・ヨで発音する言語はとても多い。例外なくジ音になるのは英語くらいのもんではないだろうか。

フランス語も基本的にはJ音はジ音だけど、Jで始まる他国の固有名詞に限って、ジ音で発音しないケースによく遭遇する。ドイツ語やオランダ語、北欧語ではJ音がヤ行音になり、ポルトガル語やスペイン語ではハ行音になる。そのことをわきまえて、というのか知ったかぶりをするのか、フランスのラジオの国際ニュースでは小泉純一郎をユニシロ・コイズミといい、京都を訪れた観光客はニホホ・シャトどこですかなどと聞く。それが二条城だとわかる日本人って、そうはいないよ君たち。お国の慣習にしたがってJ音はジ音で発音すればいいのに、と思うのだが、名前の発音は出自を尊重するべきであるという意識が根底にあるのだろうか? 留学してた頃の古い話で恐縮だが、クラスメートにはスウェーデン人のJoan、オランダ人のJustus、スペイン人のJorgesがいたけれど、どの教科の教師も彼らには必ず「あなたの名前はどう発音すればよいかしら?」とおうかがいを立て、彼らの申告にしたがって「ヨアン」「ユストゥース」「ホルヘ」と呼んでいた。(そのわりには私の名前の最初の音は必ず「チ」でなく「シ」と発音され、それが改まることはなかった。chはけっしてチ音にはならないのがフランス語なのだ)

というわけでヨナタンに戻る。
ヨナタンは大変カッコよく、頭もよく、勇敢なねずみだそうだ。
ある日、屋根裏を探険していたヨナタン。積まれていた本の下にあった箱をつついたりひっくり返したりしているうち、箱のふたが開いてしまう。すると箱から粉がまいあがり、ヨナタンにふりそそいだ。すると不思議なことに……。

箱のまほうのおかげで、いつもとは桁外れに面白いいたずらをやってのけちゃうヨナタン。豚さんが空を飛んだり牛さんがダンスしたり、ポニーがキャベツでお手玉したり、動物たちも、家の人もびっくり。しかも、ヨナタンの仕業とは誰も気づかない。

でも、楽しいいたずらの時間は唐突に終わってしまう。魔法の効き目がなくなったそのわけは……。

邦訳されているのはこれだけかもしれないけれど、オストヘーレンの「ヨナタン」シリーズはたくさん出ているそうだ。ストーリーに目新しさはないけれど、マチュウの(たぶん)水彩絵の具と色鉛筆の組み合わせによる温かな絵がとても効果的。水彩で着色した和紙をちぎって絵を創るいもとようこさんの作風にも少し似て、おとぎ話にはぴったりである。

儚い、いっときの夢を見せてくれる、魔法の粉。その箱を振ってみて。どんな音がする? 入っているのは魔法の粉かもしれません。

だからほら、そこのあなた。
その箱を開けてはいけません。なぜならその箱は……。