おみせやさんごっこ ― 2008/06/13 18:31:25

福音館書店『こどものとも』
2008年7月1日号〈628号〉
「あいうえおみせ」 安野光雅
近所の、スタバに隣接する大型書店はぜんぜん好きくないのだが、近所ゆえについ立ち寄ってしまう。
私は本は買わないぞと固い誓いをたてているけれど、(娘の参考書など、無駄と知りつつ必要悪として買わねばならないときもあるので)本への出費は止まらない。純粋に自分の心の栄養剤として買うのが、きれいな絵本たちだ。これもよほど気に入った場合だけれど、よほど気に入ってもやはり買えないことのほうが多いけれど、買っちゃうことがある。たとえば410円の月刊絵本。
安野さんの絵。たくもう、なんだってこんなに癒し系なんだろうね。
豪快な油絵や大胆なコラージュ、クレイアートあるいは染め織りの技法も盛り込んだような、画家のパワーがぶんぶん伝わってくる絵も大好きだが、安野さんの水彩画のような、水と、パレットに少量ずつ出された幾色かの水彩絵の具と、丸筆数本と面相筆だけで小さな水彩紙につつつっと描いたような、肩の力のぬけきった絵も大好きだ。絶対真似できないとわかっているからなおさらだ。
『あいうえおみせ』は、見開きの上段には「あいうえお順」、下段には「いろは順」に、いろんなお店を並べて描いてある。
最初のページは上が「あめや、いしやきいもや、うんそうや……」、下は「いしゃ、ろくろや、はなや……」。
「えんとつや」にはサンタがいて、「ほうきや」には魔女がいる。「わさびづけや」や「つくだにや」なんて、日本にしかなさそうな店(あるかな?)もあれば、「ろぼっとや」という「あったらいいな」系の店もある。
この月刊誌には「絵本のたのしみ」という小冊子が付録についていて、作家のコメントなどが載っている。娘が保育園児だった頃、毎月保育園経由で配本される絵本の中にはあたりもハズレもあったけれど、私はこの付録を読むのがとても楽しみだった。思わぬ創作秘話が書かれていたり、読み手が受ける印象とはかけ離れたところで発想されていたりと、たいへん興味深いのである。
その付録の中で、安野さんは中野重治の『萩のもんかきや』という作品に触れている。「もんかきや」とは、紋付き羽織の紋章を筆で正絹の生地に描き染めをする仕事である。(私んちの四軒隣にそれの職人がいる)
この絵本にも「もんかきや」は出てくる。「おけや」「れんたんや」「きんぎょや」。たったひとつの種類の品を売り、あるいはたったひとつ腕につけた技で、一生まかなうことのできた時代の、シンプルな店が並ぶ。
私の町はまだそんな店が多く残っているほうであるようだ。
この本を眺めて郷愁にひたるほどではない。むしろ、「あれ、この店、○○さんちみたいだね」などと、実在の店を思い浮かべて話が弾む。
とはいえたしかに、昔はこんな店のほうが多かった。「ウチは○○しか売ってまへんねん」。そんな店ばかりになっても困るけど(笑)。
去年総合学習で柚子味噌の老舗を訪ねた娘は、その味噌の味にいたく感動し、母も祖母も巻き込んで柚子味噌の試作にのめりこんでいた(三日間だけど)。当然ながら老舗の味は再現できない。だけどそうまでしたくなるほどの美味しさ、あるいはものづくり、商売への情熱は子どもにだって伝わるのだ。
大きくなったら○○屋さんになる! 子どもの口からそんな言葉をもっとたくさん、もっとヴァリエーション豊かに聞きたいものである。