その箱を開けてはいけません(1) ― 2008/06/18 17:59:41
那須正幹作『筆箱の中の暗闇』(偕成社、2001年)所収
30年来の超ロングセラー『それいけ!ズッコケ三人組』に始まる「ズッコケ三人組シリーズ」の作者である。幾度もドラマ化されているので原作のほうはもう誰も読まないんじゃないかと思うが、私の行きつけの図書館では本シリーズのたいていの巻が貸し出し中で、那須さんの書架はいつだってスカスカである。
斉藤さんの「ルドルフ」とか「ナツカ」とか、杉山さんの「名探偵」とか好評でシリーズ化されているものは、第一作の初版がもうずいぶん前のものであっても変わらず子どもたちには人気で、予約しないとなかなか回ってこない。寺村さんの「王さま」なんて40年来の長生きシリーズだ。さすがに古さも感じるが、それでもよく貸し出されている。こんな世の中になっても他愛ない王様の物語を読む子どもが絶えないことにほっとする。こんな世の中になっても、ハチベエ、モーちゃん、ハカセといういまや絶滅危惧種に近い(?)小学校6年生の三人組に共感できる子どもたちがいてくれることにほっとする。
いっぽうで、こういうシリーズもの以外の作品はけっこう見過ごされがちである。
だいたい、シリーズ化というのは出版社側が一本目が売れたから続きを出しましょうと作家に持ちかけて始まる。作家はけっして最初からシリーズ化を考えてはいないのだ。
こうしたシリーズ化の功罪についてはすでに書いたような気がするけど、いつも思うのは、第一作のみずみずしさや感動は、2作目以降は味わえないってことだ。当たり前だけど物語を重ねていくほどに鮮度は失われていく。鮮度が落ちてもなお読者を惹きつける力量のある作家だけがシリーズ化を成功させるということも、いえるけど。つまり、こうした作家さんたちはすごいのである。
話が逸れたけど、そういうすごい作家さんたちの「小品」が、私は好きである。
児童書の書架にあるのに、子どもたちもお母さんたちもあまり手にしていないせいでけっこうきれいなままの本。
『筆箱の中の暗闇』は那須さんの短編集。短いお話がぎっしりで、まるで「小学校ミステリーの宝箱」のようである。そう、これはミステリー集なのである。ちょっぴり不思議な、学校での出来事。読んでいると、もしかして『ズッコケ』を執筆するためのネタ帳をそのまま本にしたんじゃないのか、と疑ったりもしなくもないくらい短いお話がいっぱいである。
子どもは何でも不思議がる。不思議を解くためにどんな想像でもする。そんな子どものとんでもない思いつきを、那須さんが上手に仕立てました、という感じ。
表題作である『筆箱の中の暗闇』は4ページほどの短編。
子どもは学校に行けない。不登校になってしまったのだ。教師も親も心配する。しかし子どもは怖いのだ。学校へ行くと、筆箱を開けなくてはならない。しかし筆箱を開けると……。
筆箱は暗闇への扉。吸い込まれそうになる恐怖で、子どもは学校へ行けないのだ。でも誰にも信じてもらえないとわかっているから、言えない……。
これ、不登校の理由に使えるじゃないか、などと思った私はお気楽で不遜だが。
学校へ行けなくなる、ご飯が食べられなくなる、友達と話せなくなる。子どもに突然訪れる拒絶の感覚はもしかしたらそのような小さな恐怖と大きな想像のコラボのなせる業かもしれない。そう思うと大人ってやっぱ童心には返れないのね、と悲しい気持ちになる。
あ、そこのあなた。
その箱を開けてはいけません。なぜならその箱は……。