許せないやつ 筆頭2008/09/23 17:39:35

『ロシア 闇の戦争
 ――プーチンと秘密警察の恐るべきテロ工作を暴く――』
アレクサンドル・リトヴィネンコ、ユーリー・フェリシチンスキー共著
中澤孝之監訳
光文社(2007年)


貴重な貴重な休日が仕事で潰れてしまった。非常にむかっ腹が立つ。むかっ腹が立つついでにとにかくこの世でいちばん許せない奴の話をすることにした(笑)。

ラシーヌとか、ラコレデュノールとか、リズラエールとか、レゼタズュニとか、国家そのものを解体してしまえと日頃から憎憎しく思う国は多々あるが、それらの国の国家元首たちには個人的な憎しみはほとんど持っていない(ふつう、持ちません。笑。私の場合「ほとんど」がつきますが)。だってラシーヌがラシーヌたるのはべつにコキントーのせいじゃない。彼の笑顔は気持ち悪くて好きじゃないけど、誰が主席になっても私は気持ち悪いと感ずると思うので、それはいい。ラコレデュノールの場合いまの老いぼれより悪党なのはいまだに遺体が完全保管されているというオヤジのキムイルソンだ。リズラエール、レゼタズュニについてもラシーヌに同じ。レゼタズュニったら、もうすぐ新しい大統領が決まるんだね。国民は皆わくわくしてるんだろうね。私はマケインが勝つと思う。あの国の人たちは、市長や州知事くらいならカラードや移民を選んでも、大統領には絶対選ばない。人口比で上回ることがない限り、欧州由来の白人しかトップに立てないと思う。ま、そうはいってても、カラードや移民が増えていくには違いない。そして、ある一定の場所にかたまるようになると人口分布に特徴が出て、その地域が独立を画策するかもしれない。そのときに50州をまとめる力量のある人が大統領なら何も起こらないだろうケド。
あ、わが同盟国についてはどうでもいいんだった。

ロシアという国家はどうか。逆に、私は、ロシア共和国連邦という大きな共同体じたいを憎憎しく思ってはいない。豊かな文化を湛える国家体であり、それは今も変わらない。ソ連の解体以降独立した国、できなかった国、それぞれ事情はあろうが、独立した国は国際社会の一員として振る舞えばよく、独立できなくて共同体内に残った国はロシアに助けてもらえばいいのである。

ふつうはそうするのである。会社は、結婚するとか起業するとか理由はなんであれ辞めた元社員は追わないのである。辞めた社員は新しい環境で頑張らんといかん、それだけである。辞めずに居座る社員については辞めさせたくても辞めるといわない以上保険を負担してやり給与を払わねばいかんのである。そういうもんである。

しかしプーチンは、自分のところから出て行った人間を許さないのである。どこまでも追う。抹殺するまで追う。追い続ける。ソ連から独立した国々の弱みを握り続け、命綱を制御し続け、監視下に置き続ける。ロシア共和国内残留組が独立を唱えるのは許さない。ふん、ロシアから離れたければ離れるがいい、死をもってな……というわけでチェチェンはプーチンに虐め抜かれている。

そう、今日のタイトル「許せない奴 筆頭」はウラジーミル・プーチンである。私が尊敬してやまなかったジャーナリスト、アンナを殺した。端的にいってそれだけが理由である。ロシアによるチェチェンへの侵略戦争を取材し続け、プーチンの悪行三昧を暴きつつあったアンナはいつ殺されてもおかしくなかったといっていい。しかしそれでもまだまだアンナは泳がされるだろうと私は思っていた。根拠があったわけではないが、プーチンが、陳腐な表現だが「悪の帝王」として世界に君臨したいなら、アンナに書かせるだけ書かせて、彼女が世界でより大きな発言力を持ってから叩き潰す、そうした方法をとるんじゃないかと思ったからだ。でも、そうではない。プーチンはせこい。目障りな虫を次々と指先で潰していく。自分で(たいていは指先を汚すの嫌だから)潰せないときは手下を使ってどこまでも潰しに行かせる。そして絶対に、逃がさない。アンナは、新しい記事や著作の準備をしていたが、それが世に出る前に殺された。プーチンは肝っ玉の小さい奴だ。告発を受けて立ち、戦うことなんて、できないのである。悪いことし過ぎて。

歯止めの効かなくなった悪行三昧。種を蒔いたのは、実はエリツィンである。エリツィンもロシアの大統領の名にふさわしく、せこい悪行三昧を積み上げた奴だが、彼の最大の罪は後継にプーチンを指名したことだ。どうしてもプーチンでなくてはならなかった。秘密警察出身で、エリツィンの大小さまざまな悪行についてけっして口を開かぬ人間として信用されていたのだった。

本書は、その秘密警察=FSBという組織の一員として活動していたリトヴィネンコとその友人であるフェリシチンスキーの共著である。ご存じのとおり、リトヴィネンコは英国で何者かに毒を盛られて殺された。友を亡くしたフェリシチンスキーの慟哭が序文として巻頭を飾る。
しかし、こんな本が出ても、プーチンは相変わらずだ。本書のロシア語版はロシア連邦内では発禁処分になっているので【プーチンの国民】は何も知るところがない。本書の一部はインターネットで公開されているというので、もちろん読む人だっているはずだが、またうるさい奴がなにか書いてるぜ、程度にしか認識されていないのであろう。それに、生半可な興味や好奇心から真実を追求しようとしたら最後、FSBに殺される。偽装自殺か何かで。

FSB(本書では連邦保安庁、としている)とは元KGBといわれていた組織で、名を変えながら存続している秘密警察、つまり国家上層部を守るために活動するテロ工作組織である。本書でページを割かれているのは、チェチェン戦争の大義名分を作るために、アパート連続爆破事件を工作した事実についてである。
この一連の事件は、チェチェンの独立派武装勢力によるテロ、などと報道、発表されてチェチェン人のせいにされ、ロシア国民の反チェチェン感情を煽り、チェチェン侵攻の大きな理由としてうまく働いた。
そしてエリツィンは、悪いチェチェン人を懲らしめたので大統領に再選でき、後任に推したプーチンも世論の支持を取りつけることができたのである。

なんでチェチェンに戦争を仕掛けるのかといえば、チェチェン人は独立心旺盛で反露意識が高い、という歴史的合意事項に基づいているに他ならない。
帝政の頃から、ロシアはチェチェンに攻め込んでは抵抗に遭い、撤退を余儀なくされていた。トルストイの「カフカスの虜」という話を一度読んでください。
カフカス地方はロシアにとっては手離せない地理的要衝であるから、どうにかして我がものにしたいのに、ならない。第二次大戦の頃、今度は対独協力者の汚名を着せて、チェチェンとイングーシの住民をカザフに強制移住させたりした。
しかし、それでも、チェチェンは意のままにならない。
おまけに、ロシア国民の感情としては、チェチェンって気の毒よね、という向きが多数派であった。ああ、もう、むかつくなあチェチェン、なのである、ロシアとしては。

エリツィンは、たぶん個人的にはチェチェンなんてどうでもよかったと思うが、大統領再選のために第一次チェチェン戦争が必要だったのである。とゆーか、エリツィンに戦争でもやれば? と吹きかけたのはもちろん側近たちやFSB幹部である。プーチンはエリツィンのブレーンであり、その忠実な継承者であったのだ。
皆さんよくご存じのように、いまは現大統領の後ろで院政中である。

本書は、実際にそれとは知らずにFSBのテロ工作に加担させられた人物らの証言を、裏づけを取った上で多く盛り込み、内容に説得力と信憑性を持たせている。本書を読めば、あなたも許せない奴の筆頭にプーチンを置きたくなるだろう。私自身、実はリトヴィネンコにあまり思い入れはなかった。どちらかというとアンナへの思いだけでプーチンを憎んでいたので、リトヴィネンコの事件が報じられたとき、その程度のことロシアでは珍しくもなんともないじゃんと知ったかぶりをしていた。
じっさい、日本のマスコミの論調は、遠い遠い異国で起きたミステリーまがいの不思議なお話、といったふうで、誰ひとり、気に入らない者たちを次々と殺して平気でいる悪代官プーチンがトップに居座る国と普通に国交を続けることの是非を問う者はなかった。ま、そんな国だから私も「許せない奴、プーチン」なんていえるわけですが。

であるからして、本書が出て飛びついてひと読みしたときは、おおお、アンナにも追いきれなかったプーチンの膿がいっぱいだと感動した。再読すると、志半ばで殺されたリトヴィネンコの無念が胸を突き、涙なしでは読めないのだ(私だけかもしれないが、この手の本で泣くのは)。
しかしわが国では、せっかく出版されたこの本も、よくできた諜報機関小説みたいな扱われ方をしているのか、けっこう売れている(と聞く)割には、内容について積極的に議論されているという話は聞かない。ロシアって裏で悪いことやってんだねえ、くらいなもんだろうか。

おのれに逆らった人間は要人だろうがなんだろうが容赦なく消していく。
いつまでもたてつく民族は丸ごと絶滅させてしまおうと画策する。
余計な噂話をする奴は地の果てまでも追いかけて捻り潰す。

そんな奴が統治する国と、まともな神経ではつき合えないわよね。
娘にロシア留学だけは絶対させないと、私は誓ったのであった(あ、そこへ落ちますか)。


チェチェンについては「チェチェン総合情報」で検索し、トップでヒットしたところを参照してください。けっしてWikiなんぞ参考にしてはいけません。
ちなみにここ ↓ では、チェチェン紛争の歴史について、あまり上手とはいえないが簡潔にまとめられている。
http://chechennews.org/basic/whatis.htm

関係ないが、光文社さんといえば古典新訳の誤訳が取り沙汰されている出版社である。こういうところから出ているというのが、ちょっと、ビミョーだ。あ、でも監訳者さんはロシア関係の著作、訳書のたくさんある方で、信頼が置けます。

コメント

_ jilsovao ― 2008/09/23 21:48:19

こんにちは
ちょいと遠い異国の事情は日本にいるとなかなかわからないことが多いですね。
「ホントのところ、どうなの?」
ということがいっぱいです。
巷の新聞やニュースではなんだか上っ面を眺めた結果を伝えている気がして仕方が無い。
これからもこれはいいぞ!事情を垣間見るには良さそうだ。という本などあったらブログで紹介してください。
ありがとう。

_ midi ― 2008/09/24 17:04:39

こんにちは、jilsovaoさん。たびたびご来訪ありがとうございます。

この本、不謹慎を承知で言いますが、むっちゃ面白いですよ。
悪い奴が出てくるわ出てくるわ。舌を噛みそうな名前の輩が(笑)
プーチンはその総大将ですからねーいやはや。

>ありがとう。

あれ、jilさまにお礼言われちゃいました。照れるぅ(ってなんで。笑)
いえいえ、こちらこそ。
読書家のjilsovaoさんのおめがねにかなえばこんな嬉しいことはありません。

_ おさか ― 2008/09/25 06:47:05

おはようございます
こういう国家レベルでの悪行を見聞きするたびに思うのですが
プーチンは根っから獣なのか
それとも、個人としての彼は普通の人間で、大統領という立場がそうさせるのか(もしくは誰かにそうさせられているのか)

国家、と大きく括っちゃうとわかりにくくなりますが
個人個人の「他人はどうでもいい・自分だけ利益を得たい」という欲望があるラインを超えたとき
とんでもない悪事が起こる、のではないかと思います
いや、だからプーチンは悪くない、のではないですよ
そういう「個人的な悪意」の中心にいる人物だとは思う
それが強大な権力を持ってしまっているから本当に始末がわるい
一応形だけでも民主主義、の衣をまとっていれば何でもOKになってないか?
かの番長も、石油の国とのアレコレが忙しくてとてもこっちに文句いってる
余力ないしねえ(というか、手出す気、全然無し。同じ穴のむじなだから)
出るのはため息ばかりなり

_ 儚い預言者 ― 2008/09/25 16:10:32

 地政学というのがあったような。想像するにロシアという環境は、パッと見、全然貫禄のない○○チンのような人が、大きな事をシャカリキになってしようとする。堂々とする人はその呑気な大物自体で、潰される。どうも小が大を操るとはこういうことかという見本みたいな歴史ですね。
 そしてどうもそうなると、人は内向的になる。そして逆に外には暴力的になる。神経のバランスを図ることを忘れた、というより、感受性の拠り所を失った人の、余りに攻略的な行き届いた暴力。
 絞めているのは敵であるが、本当は自分ということを忘れた繋がりは、より一層の幻の悪夢に留まるだけだ。

 許しと祝福をするイエスは、一体何をするだろう。居ないのだろうか、いや多分いると思う。各人の心深くに。目覚めるのはいつだろうか。いやこの問いは間違っている。ただ呼ぶきっかけはいつだろうか。いやこれも違う。幻という血の争いに、聖なることの成就を願うのみであろうか。

_ midi ― 2008/09/25 17:09:47

みなさんようお越し。

おさかさん

>プーチンは根っから獣なのか

獣ではありませんね。全身コンピュータみたいな奴。

>それとも、個人としての彼は普通の人間で

ロシアでは普通でしょう。ロシアでは一般庶民は虫けらですから人間とはみなされていません。
ロシアの「普通の」人間たちは「民主主義」(って何か知らないと思う、まず)を実現しようとは思っていません。そんな色気を出した「普通よりワンランク下だった」エリツィンが退けられちゃったのを見てもわかります。

預言者さま
プーチンはたしか柔道とか空手とか、その手のを嗜むんですよね。それで来日したときに日本の武道家たちとも交流したりなんかして、エエ顔売ってます。そういうところが、セコイというのですよあたしは。
ところで、私は神様も仏様も居ると思いますがイエスっつう輩は居ないと思うほうです。すみません。

_ 儚い預言者 ― 2008/09/27 17:48:58

 そうですね、現実的ということは、難しい事です。しかし、それなんです。もしここにイエスがいても、多分こう言うでしょう。「この私ではなく、あなた自身を振り返りなさい」と。そして「どんな事もあなたの真実で忠実でありなさい」と。
 だから現実的というのは、本当は二次的な結果の世界であって、その想いの元へと還りなさいと。
 そうしたら、どんな事も単独で、繋がっていない事などなく、客観的世界の現実感は、限りなく離れて、自分という世界を知りたいという神の視点になってくる。
 逆説的に神であることを肯定するならば、この神が神を暴虐するのは、夢の世界、隠れてする、光を否定した闇の夢ということでしょう。
 とするならば、光の世界に戻れば言い訳で、夢というより、現実を創っていることの真実に触れることだと思うのです。

 余りにも世界が複雑になったのは、この簡単な夢の合意を忘れさせる為だけなのかもしれません。

 よろこびに
 なみだがあふれ
 おもいだす
 あなたのはだを
 あなたのあいを

_ midi ― 2008/09/29 08:10:37

イモリが逃げてしまいました。……どこへいったんだろう……バカだなあ、危険がいっぱいなのに。
心配でたまらない、これが私の現実です。

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