雨が降ったり止んだりして、暑いしうっとうしいし、仕事も捗らないと、古い記憶が鮮明に蘇るモンなんだねという話(上)2009/07/27 20:13:20

YMOってもう聴いた?
リカコちゃんに、私は尋ねた。
リカコちゃんはふん、と鼻で笑って「あんなの、つまんない」といった。
なにがイエローマジックオーケストラよ。オーケストラなら、ELOが先なんだからね。
リカコちゃんは、理解不可能な言葉を並べ立てた。いーえるおー?
そう、ELOのほうがずっといかしてんのよ。
いーえるおー?
「エレクトリック・ライト・オーケストラ」



小学生のとき、リカコちゃんとは仲が悪かった。
私は、二年生のときに仲良しだった由美っぺと、三年生になってクラスが分かれてしまった。それは仕方がないことだから、お習字と算盤という共通のお稽古ごとがあったので、私たち二人はそこで互いのクラスの情報を交換した。私は新しいクラスで加奈ちゃんという友達ができて、加奈ちゃんと話したあんなことこんなことを由美っぺに「報告」した。由美っぺにも同じように親しい友達ができて、まあちゃん、さっちゃん、りかちゃん、という名前が彼女の口から頻繁に飛び出すようになった。
ある日、いつも一緒に帰る加奈ちゃんが休みだったので、私はひとりで帰路につこうとした。すると由美っぺが「ちょーちゃあーん、一緒に帰ろー」と後ろから走ってきた。
そのまた後ろに、リカコちゃんがいた。
私たちは三人で帰ることになった。一緒に帰るといっても、由美っぺの家は学校のすぐ近くで、しかも私の家とは方向が微妙に違う。けれど、親には内緒にしていたが、二年生のとき私は遠回りをして由美っぺの家の前まで一緒に帰ってから自分の家へ向かった。そうしたところでほんの二、三分の差しかなかったからだ。でも本当は由美っぺの家の前で長々と立ち話をしたんだけど。
久し振りに、由美っぺ家経由で帰ろうと思って、校門を出て由美っぺとともに道を曲がろうとすると、リカコちゃんが鋭い口調で言った。
「ちょーちゃん、家あっちでしょ」

なんなんだよ、こいつ。ざけんじゃねーよ。
私は、いまの言葉遣いでいえばこんなふうな感情にとらわれ、引き下がってたまるかと意地になり、由美っぺと一緒に帰るときはいつもこっちから行くんだよ、と言い返した。
するとリカコちゃんは、由美っぺと組んだ腕をさらにぎゅっときつく締めて、今度はあきれたような口調で言った。
「やだあ、ちょーちゃん、由美ちゃんのこと由美っぺだってえ。ぺ、なんて由美ちゃんかわいそう。やめてよねー」

ムカツクゥ~このやろテメエ、歯へし折られたいのかよっ
というような激しい怒りを覚えた私は、かといってここで爆発したところであるいは泣いて見せたところで得るものは何もないと思い直した。あんた何とか言いなさいよ一緒に帰ろうって声かけたのはあんたでしょーが、と由美っぺにいっても仕方がないし。現に由美っぺはたいへん困惑した表情で私とリカコちゃんの顔を見比べていた。私は由美っぺがとても好きだったので彼女を困らせたくはなかった。

リカコちゃんの評判はよくなかった。何かとひそひそ話が多くて、ねえねえ何話してるの?とほかの子が寄って行くと、内緒、といって口をつぐんでしまう、といったふうなのだ。由美っぺによると大した話ではなくて、だから由美っぺはほかの子に「事後説明」したりしていた。
けれどもリカコちゃんを仲間はずれにしようとか無視しようとかいじめようとかという動きは起こらなかった。リカコちゃんはどこか飄々としていて、由美っぺとべたべたくっつきたがる一方で、クラスのほかの子とは等間隔を保ち、行事や活動にも我関せずといったふうで、でも協力しないわけでもないから、誰も文句をつけられなかった。

私は、一緒に帰り損ねた日から、リカコちゃんには近づかないようにしていた。ただ、由美っぺを取られてしまわないように、お習字と算盤では必要以上に由美っぺとおしゃべりをした。

五年生になって、リカコちゃんと由美っぺと私は同じクラスになった。

私は決意していた。絶対負けるもんか。由美っぺをあたしだけのものにしてみせる、あたしたちは親友なんだ。三、四年生のときにつるんでいた加奈ちゃんのことは結局あまり好きになれなかったので、私は、五年生でクラスの分かれた加奈ちゃんとはきっぱり手を切り、由美っぺとの友情を確固たるものにしようと誓ったのだった。
具体的に何をしたかというと、「一緒に帰る」ための「由美っぺ争奪戦」に勝つ、そのために終業のチャイムが鳴ったら速攻で由美っぺに歩み寄る。ただそれだけだったが、私はリカコちゃんに対し、たしかに敵意を丸出しにしていた。

(どうでもいい話なんだが、つづく)