小さい頃は一重まぶただったけど十代で片目だけ二重になって今は両目とも二重まぶたです、ってのは関係ないの巻 ― 2009/08/24 11:41:05

『まぶた』
小川洋子著
新潮文庫(2004年)
例のYonda!マーク集めと娘の読書記録の足しになるようにと思って夏休み前に買った、3冊の新潮文庫のうちの一冊。
『博士の愛した数式』でビッグネームになった小川洋子さんである。その『博士―』だが、ベストセラー嫌いだからではないけど、これまでチャンスがなくて私はまだ読んでいないのである。ずいぶん前にウチの娘が学校から借りて読んでいたので、隙を狙って読むことができなくもなかったが、全然関心を引かなかった(ヤツが友達から借りてきたバレエ漫画「まいあ」とかはヤツが読み始めないうちからさっさと読んでしまうのだが)。それに『博士―』は藤原正彦氏の顔がちらついてしまうので素直に小説世界に入れない気がしていたのである。
で、なんで小川さんを読む気になったかというと、これが短編集で、420円だったからである(長編を文庫化したものは300円台でないと買わないことにしている)。
というわけで、初めて読む小川さんである。
『まぶた』は短篇集なので、面白い話も面白くない話もある。でも、どれも、なんというか「オガワヨーコ色」というか「小川洋子エアー」みたいなもんに満ちていて、その空気そのものは、なんだかとても自分にフィットしているように思えたのである。
ふうん、こんな小説を書く人なのね。
なるほど、外国人受けするかもしれない、と思った。
そこには日本臭さがまったくない。
といって、言葉のはしばしなどに外国のトッピングがやたら感じられる、いわば異文化の押し売りをされているような物語世界ではない。
『まぶた』所収作品には、飛行機で外国へ移動する主人公が登場するものがいくつかあるので、日本臭さのなさは、そういう舞台設定にあるのかもしれない。
んなこといってても、日本臭さがないと思うのは日本人だけ、あるいは本書の作品群だけかもしれない。外国人にはいかにも日本の小説だ、と読めるのかもしれない。
いずれにしろ、小川さんの小説はずいぶんと世界各国に翻訳されていて、概して好評である。実をいうと彼女の名を初めて知ったのはフランスの書評マガジン誌上であった。大きなご本人の写真付きで、インタビュー記事が載っていた。その記事を読んだのはもう十年くらい前のことだ。ずいぶん早くから世界でも認められていた作家さんなのであるが、私はだからといってYoko Ogawa, Ecrivain japonaisに興味をもつことなく(その書評誌には別のお目当ての記事があったし)現在に至ってしまったのであった。そんなだったから、その記事の内容はほとんど覚えていないけど、扱われかたは、もうすっかりフランスの文学ファンにおなじみの、というノリだったように記憶している。
気に入ったのは「バックストローク」と「リンデンバウム通りの双子」。前者は、川西蘭のスポーツ少年少女青春小説集『光る汗』を読んだ後に読んだので、よけいにとても切なく、悲しく感じた。後者は、海外に自作品のレギュラー翻訳者を確立している小川さんならではの一編だ。いいなあ。あたしもこんなふうに小説家に「書かれる」翻訳家になりたいよ、はあ~。
表題作の「まぶた」は、もう少し「男」の素性がわかったほうがいいんじゃないかと思いつつ、読み直すとやはりこれはこれぐらいがいいのだろうなどと納得してみたり。「中国野菜の育て方」は、ん?終わり?みたいな感じで終わってちょっと残念だった。「お料理教室」は、逆流する生ゴミの様子をちょっと想像しかねたけれど、わりと好きなほうだった。「匂いの収集」は、物語の行く末が見えてしまったのが残念だったけど、好きなタイプのお話だ。
同世代の作家で共感できる人を探していると前に書いたけど、いまのとこ、小川さんは私の中でなかなかにいい位置を占めている。
当ブログにお越しのかたのなかにはもう何冊も小川洋子を読んだというかたがきっとおられると思うので、よかったら推薦図書などご紹介ください。
とりあえずは『薬指の標本』を借りてるところです。