Est-ce que c'est possible?2011/06/19 01:43:24



『子どもたちを放射能から守るために』
菅谷昭著
亜紀書房(2011年)


今月最初の週末に、大阪市立美術館というところへ行った。
ほんとうに久しぶりの土曜休日だった。
週に2回の休日ではカラダが休まらない。週休3日要る。そんなふうに思い始めて久しいが、思いに反して休日は週1回すらままならない。5月も2日休めたのは一度だけだった。会社へ出なくても、山のように資料と書類を持ち帰って自分のノートで原稿つくるんだから休んでいないのと同じ、だとすると、4月はいうまでもなく5月もけっきょくは一日も休んでいないことになってしまう。そういうの、すごく虚しい。恥ずかしい。
でも、今月最初の土曜日は、(翌日曜日に一日中取材と撮影が入っていたこともあるが)何が何でも何もしないぞと心に決め一日オフにして天王寺まで出かけたのである。

天王寺って、こんなんだったのか。
地下鉄の駅から地上に上がってその風景に愕然とした。
その殺風景さに戸惑った。
美術館へはどっちへ行けばいいのだろう。指示標識もない。

もちろんたどり着いたんだけど、なかなかにエキサイティングな行路であった。この日見た歌川国芳のことも併せてまた別の機会に、けったいな天王寺のことは書くことにする。

帰り、日頃は近寄らない超大型書店に吸い込まれるように入ってしまった。なぜ近寄らないようにしているかというと、本が私を捕まえて離さないからである。出られなくなるのだ。
電車の発車時刻まで少し間があったのがマズかった。

書店内をうろうろしていると、そこここに「震災コーナー」「原発コーナー」が展開されていて、「今をときめくスタア専門家」(笑)たちの著書がどっひゃーと並んでいた。
ひときわ可愛らしく、コンパクトな輝きを放っていた本書を手に取った。

本は薄い。字も大きい。
です・ます調で平易な文。
車内で読むための本は携帯していたが、これを読んじゃえ、と思って、ほかに文庫本を1冊足してレジに並んだ。

1章 放射線を浴びたら、どんな健康被害がでるのですか?
2章 水や野菜や魚、ふつうに摂ってもだいじょうぶですか?
3章 25年目のチェルノブイリ

各章はさらに細かな項目に分かれていて、章題と同じように疑問文のかたちになっている。著者はそれに答える文体で解説する。

内容は、私の狭小な知識の断片を増補または修復または矯正してくれるのに十分。思うところあって以来、ずっとルポなどを追いかけてきていたチェルノブイリで仕事していた医師ということもあり、親しみを感じながら読み進んだ。で、下車する頃には予定どおりほぼ読み終えた。

問題に直面していない私などではなく、被災地または影響のあるエリアに住む人たちが読むべき内容なのだろうと思うが、事態は刻一刻と変わり、当事者たちにとっては最新情報しか必要ではないだろうから、もしかして本書はすでに今日の時点では「古い」かもしれない。ならばきっと読むべきは、問題から遠いところに居る私たちなのだろう。
分厚い専門書然ともしておらず、センセーショナルな装幀デザインでもない。すぐ読めてしまうので物足りないと感じる向きもあろうが、再読、また再読と繰り返し読むのに最適な体裁なのである。明らかに若い母親を意識しており、その狙いが見え見えであっても、乗せられちゃってもいいわ、と思えるくらいの好感度をもつ本だと思ったのだった。