心の声で、会話する2007/06/12 06:26:36

『あつおのぼうけん』
作 田島征彦 吉村敬子
童心社(1983年初版第1刷、1993年第14刷)


『じごくのそうべえ』で有名な田島征彦さん。『じごくのそうべえ』も、『そうべえごくらくへゆく』も、本は持っていないけど私も娘も大好きだ。本を持ってなくて悔しいので、『そうべえすごろく』の原画展にはダッシュで行ってすごろくもその場で購入し、目の前で画家にサインしていただいた(私はしげしげと、この方のふたごの兄弟・征三さんも絵本作家さんなんだ、ふたりいるんだこういう雰囲気の人が……とお顔を眺めていた)。

『じごくのそうべえ』は持っていないけど、どういうわけかほかの本はたくさん持っている。

『ふたりはふたご』
『とんとんみーときじむなー』
『こたろう』
『島―創作民話』
『まんげつのはなし』
『みみずの かんたろう』
『うさぎのチュローチュ』
『ごちそうのでるテーブルかけ』

『こたろう』や『みみずのかんたろう』も、とてもおもしろい。でも、やはり『あつおのぼうけん』がいちばん素敵だ。「あつお」は、とてもスピリチュアルな体験をして、生きる希望を見出すのである。

脳性小児麻痺のせいで手足が思いどおりに動かず、満足に言葉を発声できないあつお。転んで車椅子から落ち、養護学校の寄宿舎の先生に助けてもらったとき、古ぼけた人形を握り締めていた。
人形に名前をつけ、呼びかけるあつお。
やがてその人形と交信するようになる。

出会った少年の表情に物怖じして声が出ないあつおに、人形は心の声で励ます。息吸い込んで、はっきり、口を動かしたら、言葉が出るよ。

四六時中、あつおと人形は会話をする。人形は心の声だがあつおのほうは実際に声が出ているようだ。友達になった少年は、「おまえ、なにぶつぶついうてんねん」とつっこむ。「けったいなやっちゃな」。漫才みたいなあつおと人形、あつおと少年の会話。読者は、あつおが重度の障害児であることを忘れて物語にのめりこんでいたことに、あるページまで来てようやく気づく。うわ、大変だぞ、あつおったら走れないんだったっけ、と。

この本は、脳性小児麻痺を患いながら、今江祥智さんに師事して創作を学んだ吉永さんが、1981年の国際障害者年を記念する本として執筆をしたものらしい。編集のバックアップをしたのは「主任手当てを京都の子どもと教育に生かす会」という団体である。そのいきさつが、最後のページにちょっと述べられている。主張はよくわかるが、正直、このあとがきが、この本を読み終えたときの素晴しい余韻を台無しにしている。おっしゃることはごもっともだ。だがそのあとがきを読めば読むほど、その主張とこの本のストーリー自体はさほど関連性を感じられなくなってくるところが、非常にもったいない。初版から15近く経つが、体裁は今でもこのままなのだろうか。

もとい、『じごくのそうべえ』などに見られる派手めの色彩でなく、少しさびれた海辺と島の風景が、穏やかな色調の型絵染でしっとりと描かれる。技法のよさが最も顕著に現れている一作としても、高く評価できると思っている。