「星」の意味2007/06/29 10:04:04

どこかで撮ったお星さまたち(クリスマスツリーだな)。


『星の王子さま』
アントワーヌ・ドゥ・サン=テグジュペリ著
内藤濯訳
岩波書店(岩波少年文庫53/1953年初版第1刷、1971年第34刷)


岩波書店の翻訳権が切れたとかで、近年、怒涛のように新訳が出版された『星の王子さま』。著名な翻訳家や作家による訳も出たので、手にとった方、読んだ方も多いことだろう。

でも、こんなことをいっては何だが、こういうものは最初に読んだものの印象がとても大きいのである。ことに子どもの頃に読んだとしたらなおさらである。

私の持っている『星の王子さま』は、私が小学生の頃、当時大学生だった従姉妹からプレゼントされたものだ。素敵なお話なんよ。当時は気づかなかったが、のちに奥付を見たら定価240円とある。小さいけれど、ハードカバーでケース入り。240円だよ。
その従姉妹のお姉さんは私が中学生になったときに、自分の使い古しの英和辞書をくれて、辞書はぼろぼろになるほど使うほうがいいんよ、といった。中学何年生のときだったか忘れたが、洋書店で『The Little Prince』を見つけて買い、お姉さんにもらった『星の王子さま』とお古の英和辞書をめくって見比べて必死に読んだのを思い出す。

しかし、サン=テグジュペリという作家に特別な興味をもつことなく、私は大人になった。フランス語を学ぶようになっても、サン=テグジュペリの肖像が刷られた50フラン札を手にして喜ぶというミーハー精神は発揮しても、サン=テグジュペリの他作品を読むことはしなかった。でも、フランスの書店で、巻末に物語の関連学習クイズが付いて朗読CDもセットになった『Le petit prince』を見つけたときは小躍りして買った。そのCDに出演しているのは「ぼく」の声優さんと「王子さま」の声優さん(たぶん子ども)の二人だが、あまりによくできていて泣きそうになった。
彼らの声を聴いて、お姉さんにもらった、内藤さん訳のあの『星の王子さま』が、私の脳裏にはありありと浮かんだのだった。


—— S'il vous plait... dessine-moi un mouton !
—— Hein !
—— Dessine-moi un mouton...
(page 11)

「ね……ヒツジの絵をかいて!」
「え?」
「ヒツジの絵をかいて……」
(11ページ)

Et j'ai vu un petit bonhomme tout a fait extraordinaire qui me considerait gravement. (page 12)

すると、とてもようすのかわったぼっちゃんが、まじめくさって、ぼくをじろじろ見ているのです。(12ページ)

—— Adieu, dit le renard. Voici mon secret. Il est tres simple : on ne voit au'avec le coeur. L'essentiel est invisible pour les yeux.
—— L'essentiel est invisible pour les yeux, repeta le petit prince, afin de se souvenir.
(page 72)

「さよなら」と、キツネがいいました。「さっきの秘密をいおうかね。なに、なんでもないことだよ。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」
「かんじんなことは、目に見えない」と、王子さまは、忘れないようにくりかえしました。
(115ページ)


L'essentiel est invisible pour les yeux(かんじんなことは、目に見えない)。これとほぼ同義の文章がこれ以降何度か出てくる。

「そうだよ、家でも星でも砂漠でも、その美しいところは、目に見えないのさ」と、ぼくは王子さまにいいました。(125ページ)
「たいせつなことはね、目に見えないんだよ……」(142ページ)

夜空に瞬く星を見て、星の美しさや大切さとは、ここまで届くあの光ではなく、こうして満天のかがやきを地球人に見せることではなく、たぶんあの星やこの星に一輪の花が咲いたりヒツジの餌に心をくだく住人がいたりすることなんだろうなと、私は思っていた。そしてたぶん、友情や愛情という目に見える形にはなりえないものが、この世ではいちばん大切なのだ、ということを、作者はいいたかったんだろうな、と思っていた。
それ以下ではなかったし、それ以上でもなかった。

冒頭の献辞にあるレオン・ウェルトという作家の親友がナチに捕らわれたユダヤ人だということも大人になってから知り、星を覆いつくした3本のバオバブの木が日独伊という枢軸国を表現しているという説があることも最近知った。
しかし、そんなこと知らなくたって本書は十分に含蓄に富み、たくさんのメッセージを届けてくれる。

ノンフィクション作家の柳田邦男さんも、この本には特別の思いを持っておられる、という。『星の王子さま』は、読んだ人の数だけ物語を紡ぐ。もちろん、それは『星の王子さま』に限ったことでもない。お話に、「定説」や「正論」は、要らないのだ。

いつかも書いたけど、作家や作品と真剣に向き合うことはその対象を切り刻み、えぐりとり、裏からも表からも透かして見ることに等しいから、それは、対象への情熱がたぎっている人に任せよう。

『星の王子さま』の「星」の意味は、家かもしれないし国家かもしれない。それはもはや誰にもわからない。しかし私にとって星は、空に浮かぶ、あの「ぼっちゃん」が住んでいるかもしれない場所であり続けるし、そのような思いの馳せかただって無意味ではないと思っている。