その箱を開けてはいけません(3)2008/06/22 16:47:36

『箱男』
安部公房作
新潮文庫(1982年)※作品初版1973年


箱男、というと、某ぶ○し○う塾に投稿されたどなたかの小粋な一編を思い出す。それ以外にも、箱の中に人が潜んでいるという設定で書かれた文章はいくつかあった。那須さんの『筆箱の中の暗闇』もうそうだけれど、箱の中というとその言葉には何やら深遠さがつきまとう。箱は、一面を除いて閉じられていて、本来その空間には限界があるもののはずなのに、箱は出口のないトンネルのように長かったり、底なし沼のように深かったりするのである。とにもかくにも、蓋を開けてみないことには中身の正体がわからない。開けたとたん何かが飛び出るのなら、話はそこで終わって明快だが、タチの悪いことには、なかなか開かずに音だけがするとか、全開せずに小さな穴だけが開いてそこから覗いて中を推測するしかないとか、そういうケースがままあるのである(あるか?)。

安部の『箱男』とは、箱の中にちんまり座っている小さな男ではない。段ボール箱を頭からかぶった男のことである。彼は、頭のてっぺんから体全体の3分の2程度を箱ですっぽり覆い、下半身はドンゴロスを巻きつけるなどしておおい、道路でも川土手でも好きな場所に座れるようにしている。かぶっている箱はかなり大きなものである。箱の側面から手を出したりはしないで、全部隠している。箱男は、かぶった段ボール箱の中で、拾ったものを食い、本を読み、日記を書き、自慰にふける。箱の内側にはいくつかフックがセットしてあって、ペンだのメモ帳だの手鏡だの懐中電灯だのがぶら下げてある。箱男は、段ボール箱の「座り」をよくするために、自身の頭に雑誌(たぶん少年漫画誌みたいな厚みのある軽いもの)をくくりつけて安定させている。

箱男は路上生活者である。
寝るときは箱をかぶったまま、そのへんに座る。
箱の中で体育座りして、小さく丸くなる。
アパートのゴミ捨て場とか、繁華街の裏通りの、家電量販店が不要梱包材をかためて置いている場所などで、そのようにしていれば、誰もその箱の中で人間が生活をしているとは思わないのである。

箱男は路上生活者である。
路上生活者は移動しなくてはならない。
歩く必要があるのだ。
だから、前が見えないと困る。
したがって、箱男の箱には、ちょうど目の位置に小窓がある。
ご丁寧に、その小窓にはカーテンがつけられていて、それは半透明のビニール片などでできている。
外から箱男を眺める人間は、箱男の視線はわからないけれども、箱男は、そのビニール越しに、もしくは(カーテンは二、三枚の短冊状のものを連ねて貼ってあるので)カーテンをちょいとめくって外を窺うことができる。

《……呼び止められた事さえある。そのたびにぼくは、いつものくせで、傾けたビニールのカーテンの隙間から、黙って相手を見返してやったのだ。あれには誰もが参るらしい。警官や、鉄道公安官でさえ、尻込みしてしまう。》(43ページ)

そりゃ、そうだろう(笑)
迂闊だったな、と思った。
箱の中を覗く、という発想はよくあるし、よくあるとはいえそこにはまたいろいろな想像、さらなる創造が可能である。
しかし、箱の中から覗かれる、というのは、しかも箱の中に住むちっちゃな妖精の視線などというファンタジックなことじゃなしに、等身大の人間が箱の中から普通の人々を「覗きながら移動する」だなんて。

安部公房といえば『飢餓同盟』や『他人の顔』などすぐ思い浮かぶタイトルはあるが、例によってどれも読んだことはなかった。『箱男』のほかに読むとすれば、どれを推薦してくれますか、みなさん。

『箱男』は、箱男の成立の過程を追ううちはぞくぞくして面白いのだが、箱男が女に出会ったり贋箱男と絡んだりするところから、主題が人間の内面の葛藤のようなものに移って面白くなくなってしまう。中から外を覗く、というその行為、しかもはたから見ればゴミと見間違うようないでたちで生活を営みつつ他者を覗く、という行為そのものが書き連ねられていたら、もっとよかったなあ、と個人的な好みから思った。

不法投棄のごとく道端に捨てられたように見える段ボール箱。近寄るとそれはいきなり立ち上がってあなたを睨みつけるかもしれない。こわ。

ぴくりとも動かないからといって、もし、そこの人。
その箱を開けてはいけません。なぜならその箱は……。




いよいよ明日から!
お天気イマイチっぽいけど、みなさんよろしくね! ↓
http://www.h3.dion.ne.jp/~artspace/library2008.html

コメント

_ ろくこ ― 2008/06/23 11:17:12

私も見に行きたいですー
でも東京は遠いので、京都までがまんしますー

_ midi ― 2008/06/23 12:19:30

あたしも行きたいけど(笑)行けないよう(涙)
暑いさなかの京都展まで、待っとおくりゃっしゃ~

_ 儚い預言者 ― 2008/06/23 23:44:56

 宇宙の全ての物質を集めたら、何と豆粒ぐらいになるらしい。宇宙論の話なのですが、実証できないし、実感できないことは、何か想像ということの不可思議な世界を掻き立てられます。実際この世界は閉じ込められた箱であることが実感できます。何かが足りないし、自分の欲求をすべて叶えられない制限があるのですから。その箱の向こうに何があるのか。たぶん言えるのは、この世界の延長で考えるような世界ではないということです。原因と結果が演繹できるような単純な世界ではないかと、推測できるだけです。
 だからこの世界にあなた、わたしがいるということは、逆説的に壁或いは膜が守っていてくれているということも出来るわけです。
 でも開けたい。箱の外を見たい。覗き穴では我慢できない。あっひーそこは・・・・・。

_ midi ― 2008/06/24 05:47:43

天に星が貼りついていると考えていた昔の人のほうが、己の身の丈と限界をよく知っていたのかもしれません。
毎年私たちを悩ませる花粉だって、その直接被害の原因総量を固めて固形にしても朝顔の種くらいにすらなるかどうか。
私たちはささやかな世界に住み、ささやかなことに憂れう。
なのに無限の妄想にふける。夢を追う。よくできた動物だと思います。

_ おさか ― 2008/06/24 09:41:31

KENさん、早ー!
おさか家は、土曜日に一家そろって伺う予定でございます
写真撮影は可でしたっけ?

安部公房といえば「砂の女」(って私もこれだけしか)
なんか読んでみたくなってきたなあ、すぐ影響される私(笑
>箱の中から覗かれる
昔聞いた怖い話。

夜中、誰もいないはずの音楽室からピアノの音が。
見回りをしていた男が行ってみたが、鍵がしっかりかかっていて
入れない。だがピアノの音は途切れずに続く。
男は懐中電灯を片手に、恐る恐る鍵穴から中を覗こうとした。
そうしたら……

向こうからも、覗いていたのだった。

_ KEN ― 2008/06/24 11:56:02

写真撮影について書いてなかったので、外にある看板を撮影してみました^^

_ midi ― 2008/06/24 14:58:36

おさかさん
写真撮影は……はて。会場でお尋ねください。

やっぱ『砂の女』かなあ。私の周囲でも、多いですね、それ。

KENさん
重ね重ね、あんがとおーーーーーーーーー(笑)

_ でんち ― 2008/06/26 00:13:57

KENさん、あなたはプチ○○旅行中ではなかったのかー。^^;
明日、定時ダッシュできるか、土曜日ゆっくり行くか。
そっか、○○旅行先は人形町だったのかー。

_ でんち ― 2008/06/26 00:18:46

その前に展示会、紹介しちゃいますよ。
いいですよね。(って事後承諾)

_ midi ― 2008/06/26 09:41:55

でんちさん、KENさんは発たれましたよ○○旅行に♪ 
で、君は?

紹介してくださいね。メールしましたよ。

_ コマンタ ― 2008/06/26 12:46:12

そのまま帰ろうかと思ったくらい、お名前が似ています。人形町と小伝馬町。……うそうそ。月曜日用事で東京駅まで行ったのですけど、人形町にまわる時間がなく、いまだ観に行っていません。日曜日は閉廊ということなのでマジやばいかも。観られなかったら8月のを観ます。写真撮影は何メートルか離れればいいそうです。何メートルだったかなあ、10メートルだったか。あとその作者の知人だったら、その作品単品に限り近接撮影もOKだそうです。知人であることをどうやって証明するんですか? って聞いたら、私にいっていただければ、といわれました。「私」というのは電話に出た人で、女性です。奥の院にいるそうです。

_ midi ― 2008/06/26 17:06:22

じつをいうと人形町ってどこかわからないあたしです。
東京駅から近いのですか?

人形町のギャラリーは日曜日はお休みで、開いている日も19時きっかりでがしゃーんと閉められちゃうそうです。8月編は、世間は夏休みシーズンですし、そのあたり融通利きそう、という話。

_ コマンタ ― 2008/06/26 18:07:10

奥の半開きのドアをのぞくと、ちいさなテーブルの足元にスタッフのらしいデイパックが半分チャックが開いて置いてあり、さらに奥のこれも半開きの扉から女性の半身が見えたので声をかけました。出てきたのは、宮崎あおいと蒼井優を足して二で割ったようないまふうの雰囲気とファッションの、しかし内面はまだ開ききらないまどいのようなものを感じさせる、要するにとても感じのいい女性で、昼間電話した者だと告げると、画廊に主催者が来ているのでその人に話すように教えられました。明るく白い空間にはいってすぐぼくはその男のひとに気づいていました。というのもそのひとは首からカメラを提げて柔和な笑顔で、顔見知りらしい来場者を案内していて、いい意味で目立っていたからです。ぼくはそのひとに、友達が……といいかけて、知人がといいなおし、出品しているのでその写真を撮りたいのだが、といいました。そのひとはいいですよと快く言って、どなたですか? ときくので、ちょーこさんの本名をいいますと、なんかもう後戻りできない気分になりました(笑)。以上かんたん報告でした。東京と人形町は、京都駅と河原町くらいの距離でしょうか。

_ midi ― 2008/06/26 19:52:07

コマンタさん
そのレポートは実話ですか?
主宰者さんはアート作品専門の写真家だそうです。
いくらかの費用負担で、彼にプロフェッショナルな写真を撮ってもらえるんですけれど、もっともっと上達してからのお楽しみにとっておくことにしました。
後戻りできない気分って(笑)
私たちは友達ですよー

_ でんち ― 2008/06/26 22:10:23

定時ダッシュで見に行ってきましたーよ。(V
なるほど、箱男ねー。箱男と言えば、この人は何者と思った
片岡Kの映像作品で知った箱男ですよー。本は買ったけれど
途中で断念。長いんだもん。砂の女は読んだけれどね。
当時の予告編です。
 http://jp.youtube.com/watch?v=_SbrETYUsfs&feature=related

違う違う、人形町のお話でしょ。
鹿さんがちんまりと、しかし潔く佇んでいらっしゃいました。
さすが蝶子さん。よくぞ表現してくれました。
鹿王院さんの佇まいマニアは必見です。(うふ

なんだかエネルギーが充満している場所でした。
自分も何かやりたくなるような感じ。
沢山の作品があって、どれも奇抜で、中でも気になったのは、
おかんさんという方。名前からのイメージと全く違う作品。名前を
変えた方がよいのではなかろうか。

_ コマンタ ― 2008/06/26 23:00:44

あ、でんちさんも今日行かれたんですね。ぼくも行ったんです。上に書いたのは現実に題材をとったフィクションといったところです。
ところで、KENさんからの情報にあった間違えやすい名前は、さいごの一字が異なるだけで、びっくりしましたよ。寿限無でいえば、最後の「長助」が「長子」になってるようなものです。これから行かれる方は注意が必要ですよ。間違えやすいといえば、chokoというエントリー名もあり、さいわいぼくは先にちょーこさんの作品を見つけていましたので大丈夫でしたが、そうでなければ30分くらいその前に佇んでいたと思います。そして30分たって、あれ、鹿王院さんの名前がないなと気づいて……(笑)。
力作ぞろいでした。「もっともっと上達して」と書かれているのでいいますが、余白を残しすぎた印象を受けました。ウルトラCにはトライせず、基本技で手堅くまとめたというか、800字書いていいのに600字しか書かなかったみたいな。ちょーこさんと似た種類の製本もあり、ちょーこさんの腕がどのくらいすごいのか、なんとなくわかりましたけど。

_ midi ― 2008/06/27 09:57:39

でんちっち~ありがとおおおおおおお!!!
>おかんさんという方。
「おさかさん」じゃないのね(笑)覚えておいて、京都の時にしっかりみようと思います。

コマンタさん、感想ありがとう。
>ちょーこさんの腕がどのくらいすごいのか、なんとなくわかりましたけど。
なんかそれ、やな感じっ(笑)

ほんとにすごく嬉しいです。またつくるでええ、という気持ちになります。
みなさん記名してくださいましたか?
これからもよろしく!

_ コマンタ ― 2008/06/27 15:27:04

記名? ああ、なんかありましたね、台のうえに。ぼくは作者宛てにメッセージをのこしました。ぼくのつたないロシア語がちょーこさんに届くか心もとない気がしますが(笑)。

_ midi ― 2008/06/27 16:32:54

ぎょげっ スパシーバっ

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