節約に王道はない。……んじゃないかな。はい、私はそう思いますけどぉ2010/05/12 19:09:12

『節約の王道』
林望著
日本経済新聞出版社 日経プレミアシリーズ057(2009年)


というわけで(ってどういうわけさ 笑)、「節約」の「王道」である。
これ、衝動買いしてしまったよ。
白川静大先生へのオマージュ本を買うために入った書店で、ワゴンに積み上がっていたのに目がいってつい手に取ってしまった。先に白状してしまうと、失敗でした。

昨年10月に出た本だが、もうすでに11刷を重ねている。たいへんな売れ行きなのだな。林さんの知名度と、この不況下「節約」というテーマを選択したこと、あくまでも男性の視点で語ったことなどをあわせれば、そりゃ成功するよね。節約、といえば一般に家事を担い家計をやり繰りする女性の専売特許のように思われているところを、男性向けに書いたのだから、林さんと同じような世代の男性には受けるであろう。お金の使い道については誰もがそれなりの主義主張を持っているであろうから、林さんの意見に誰もが賛成ではないだろうけど、こういう本は、なるほどそれも一理あるねえ、と思わせるだけで十分である。

そう、まさにそうなのだ。
なるほどそれも一理ある。でもでも、やはり自分とは比べものにならぬほど裕福でらっしゃる林さんの「節約」は、ただ文字面だけを追っていては、「なるほどそれも一理あるわね」だけで、真意を読み誤る。

「家計簿はつけない」「小銭は募金箱へ」「一度に三着まとめ買いできる額で服を買う」「車は年収一か月分の価格のものを買う」「車両保険のつもりで貯金する」「お金に余裕があったら子どもに投資せよ」「高校・大学になってもアルバイトはさせるな」
車好きの林さんは「年収一か月分の価格」の中古のベンツを購入されたそうだ(笑)。そして車両保険はお金を捨てるようなものだから掛けない、車両保険を掛けたつもりで毎年10万円貯金するとおっしゃる。5年も経てばその貯金は50万円になり、ほんとうに事故ったときにはそのお金を使えばいいし、無事故なら「海外旅行にも行けるというものです」(笑)

林さんが主張するのは10円や100円をケチる「節約」ではない。まして1円5円など小銭は迷わずレジにある募金箱へ入れよとおっしゃる。金額の問題ではなくて、何より貴重なものは「時間」であると強調する。人生は一度きり、今過ごしているこの時間は二度と取り戻せない。だから、1000円のシャツを隣町なら980円で買えるからといって足を延ばす必要はない、その分の時間に、ほんとうにそのシャツは自分に合うのかどうかを自問するほうがいい。
お金を投じる目的を見失わず誤らないこと。貴重な時間と天秤にかけてみれば、それぞれのお金の使い方が見えてくる。たぶん、そうおっしゃっている。と、好意的に読むことにする。

私は27年前に普通免許を取得し、親にすぐ軽自動車を買ってもらって、以来あの「JAF」(ここは「仕分け」の対象にならないのか?)の会員である。「JAF MATE」はずっと手元に届く。数年前までの何年もの間、巻頭の特集ページは美しい日本の四季を映した写真の数々に林望さんが文章を添えたものだった。読み手のドライブ欲をそそる、非常によくできた特集が続いた。昔、零細出版社の雑誌をつくっていた頃、よくJAF MATEの巻頭特集のレイアウトを参考にしたものだった。
林さんの名前は、だからずいぶん前から知っていたが、私は彼のことをただのクルマエッセイストだと思っていた。車と旅行が好きで若干書けもするからここにレポートを寄せているのだろう、くらいに思っていた。というのも、文章自体にあまり感動した記憶はないからだ。当時の(今もだけど)JAF MATEの特集は、やはり写真がモノを言っていた。
しかしその後、林さんはリンボウ先生などとあだ名され、知らない間に著名人になっていて、聞けば国文学者で書誌研究家だという。先日、娘に受講させている通信添削の保護者向け会報誌に林さんのインタビューが載っていて、その誌面で知ったのだが、『源氏物語』の現代語訳を手がけていて、その第一巻が出版された。びっくりだ。そんな人だったのね。その保護者向け会報誌の記事の中身は当然子育て論だったが、とにかく多方面にわたっていろいろな著作があって本職は何なの状態の人なので、なおさら『源氏物語』とは驚いたのだった。その記事の中でも古典を読むことを熱心に勧めている。ただ、正直に言っちゃうと、林さんの源氏ってどうなん? と、ちょい疑心暗鬼だ。

本書はおそらくご本人の執筆ではなく、「語り下ろし」である。ライターが、聞き書きした内容をまとめ、それを校正して仕上げる方法だ。あとがきだけは執筆したと思われる。
躊躇せずに断言する文体は、読み手によっては気持ちがよいだろう。リンボウ先生の生き方哲学に心酔している人々(またはその予備軍)には必読書だ。でも、住む世界も金銭感覚も物質的趣味も異なる人々、たとえば私だが、にとっては、いささか高慢、「上から目線」を感じる文章でもある。
そういうふうに感じてしまったら、なかなか、林さんの意図や真意はどうあれ、語られていることの極意に触れられない。理解しないまま放り投げてしまうかもしれない。現に私も、とちゅうで「ケッ」とか「ちっ」とかいいつつ放り投げそうになったのだった。
最後まで読んで、そんなに悪くないんだとはたしかに思ったのだが、べつに、今後もずっとそばに置いといて何かにつけ紐解く、というような本でもない。
日々節約のテクニックに右往左往している私にとっては、この内容はあまりに精神論に過ぎる。いちいち、「言われなくてもわかってるわよ」といいたくなる。
書物というものにありがちなことだが、本書も、最初のページの古典の引用と、「直視せよ 後書きに代えて」という最終章を読めば事足りる。「節約」の「王道」を知ることはできないが、林さんの「真意」はわかる。