Oh la la! Tu n'as qu'à 2 semaines! (je me suis trompée!)2011/01/26 17:52:45

ゆうべ、前エントリへのコメントにお返事を書いていて、なんか変だなと思っていたのだが、1週間ほど日数を間違えていたよ。
だから、正しくは:

私学入試まであと15日。大バクチの面接試験まであと20日。神様仏様弁天様!!

……であった。皆さんも、一緒に祈ってね。

On ne parle jamais de la vérité, surtout de la Tchétchénie, en Russie.2011/01/27 00:13:37

【チェチェンニュースからの転載】←久しぶり!
Date: Wed, 26 Jan 2011
チェチェンニュース #357

■「ロシアで起きたテロ」のブラックジョーク
 本当に、ロシア政府の行動はすばやい。
 テレビでは、爆破現場の映像が、もう公開されている。爆発現場に、監視カメラが、偶然設置してあったに違いない。
 そして、もう「チェチェン共和国出身の3人の男」が、犯人の可能性が高いと、発表している( http://tinyurl.com/4ogqtqj )。
 アンナ・ポリトコフスカヤ殺害事件を、4年以上放置して、いまだに犯人の目星もつけられないロシア政府とは、到底思えないほどの、きびきびとした捜査能力に、ついため息が出る。
 モスクワアパート爆破事件の犯人も、事件から12年間、つかまる気配すらない。もっとも、彼らは連邦保安局のオフィスで、国のために精勤しているのかもしれないが(詳しくはリトビネンコの『ロシア 闇の戦争』光文社刊を参照)。

 そういうわけなので、発表ものには、注意しましょう。
 なお、読売新聞の社説は、大体、まともだと思いました。
ロシア空港テロ 憎悪の根を絶つ努力も必要だ(1月26日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20110125-OYT1T01090.htm

 では次の話題を。
 昨日、1月25日の東京新聞朝刊には、モスクワ・ドモジェドボ空港での爆破事件に関連して、「ロシアで起きた主なテロ」という表が掲載されていた(写真参照)。この手の事件があると、同様の年表がいろいろな新聞に載る。
http://d.hatena.ne.jp/chechen/20110125
 この年表は、『チェチェン人がどれだけロシア人を殺してきたか』を説明する資料であり、その逆ではない。
 こういった表での犠牲者数を合計しても、今まで、チェチェンによる「テロ」で死んできたロシア市民は1,000人を越えない。しかし、ロシア軍による対チェチェン軍事侵攻で殺されてきたチェチェン人の数は、 20万人以上にのぼる。1人のロシア人が死ぬ間に、チェチェン人が200人死んできたという事実は、こういう表からは、どうしても読み取れない。
 犠牲者の数が1,000人と20万人だから、ロシアの方が悪いなどと言いたいわけではない。一つ一つの事件が、どのような文脈の中にあるのか、正確な理解ができなくなってしまう恐ろしさを、どうか知ってほしい。
 このように、テロの脅威を、現地政府・治安当局の視点に立って宣伝する姿勢は、ロシアにおける日本の新聞社、通信社の支局だけの問題ではなく、日本国内でも、記者クラブ制度を通じて、政府と一体化した報道しかできない、あるいはしようとしないマスメディアの姿を浮き彫りにしている。
 たとえば、「モスクワ劇場占拠事件」での犠牲者129人が、ほとんど全員、ロシア治安機関が使った毒ガスで殺されたことを、なぜ事実どおり書かないのだろう。この年表が、それをどのように隠蔽しているか、よく見てほしい。「特殊部隊が人質を解放したが、129人死亡」・・・。ブラックジョークだろうか。
 「ベスラン学校占拠事件」の犠牲者330人も、ロシア政府の交渉の拒否と、きわめて強引な地上部隊の突入によって死亡したことを、まるでチェチェン人の責任であるかのように書くのも、犯罪的ではないだろうか。
 他の西側メディアはどうだろう。下は、イギリスのテレグラフの年表だ。逐一翻訳する時間がないので、日本の報道と、際立って違う部分だけを訳してみよう。
 せめてこの程度の基礎的な事実を年表に加えれば、ロシアとチェチェンの間に横たわる問題への見方は大きく違うはずだと、以前からチェチェンニュースで伝えているつもりだが、何度見ても「日本式=ロシア式テロ年表」がなくならない。記者の方々には、このことをよく考えてほしい。
(大富亮/チェチェンニュース)

英紙テレグラフより「モスクワ空港爆破事件:ロシアにおける攻撃の記録」
Moscow airport attack: timeline of attacks in Russia

A suspected suicide bomb attack kills at least 31 people at Moscow's Domodedovo airport. The following is a timeline of big attacks on Russian soil over recent years:
1994-1996 - Tens of thousands of people are killed in the first Chechen war.

1994-1996 - 第一次チェチェン戦争で、数万人の人々(ほとんどがチェチェン市民。訳注)が殺された。

June 1995 - Chechen rebels seize hundreds of hostages in a hospital in the southern Russian town of Budennovsk. More than 100 people are killed during the rebel assault and a botched Russian commando raid.
Sept 1999 - Bombs destroy apartment blocks in Moscow, Buynaksk and Volgodonsk. More than 200 people are killed. Moscow blames Chechens who in turn blame Russian secret services.

1999年9月 モスクワ、ブイナフスク、ヴォルゴドンスクで集合住宅が爆破され、200人以上が死亡する。ロシア政府はチェチェン人を犯人だと非難したが、逆にロシア治安機関が犯人だと反論を受けた。

Aug-Sept 1999 - Hundreds of Russian soldiers killed battling Chechen militants in the mountains of Dagestan. The second Chechen war begins and Russia bombs Chechnya. Tens of thousands are killed in the war. Russia re-establishes direct rule in 2000.

1999年夏 第二次チェチェン戦争が開始され、ロシア軍はチェチェンを爆撃。数万人が殺害される。翌年、ロシア政府はチェチェンに直轄統治を導入。

Oct 23-26, 2002 - 129 hostages and 41 Chechen guerrillas are killed when Russian troops storm a Moscow theatre where rebels had taken 700 people captive three days earlier. Most of the hostages are killed by gas used to knock out the Chechens.

2002年10月、モスクワ劇場占拠事件で、129人の観客と、41人のチェチェンゲリラが殺される。殺害された観客のほとんどは、ロシア治安当局が劇場に注入した毒ガスで死んだ。
以下略(続きは http://tinyurl.com/4zrwrqa
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以上転載でした。

Donc..., il faut changer les idées, c'est sûr.2011/01/29 00:31:14

選択出版『選択』Vol.37 No.1(2011年1月号)
18ページ〜【WORLD●情報カプセル】より
19ページ「次期冬季五輪開催地のソチが既にマフィアの巣窟に」

(以下記事全文を引用)
 二〇一四年の冬季五輪開催地、ロシア南部のソチが、全土から集まったマフィアに乗っ取られつつあると地元当局がプーチン首相に泣き付いている。既に抗争も起きており、一〇年十一月の一カ月間だけで確認された死者は十人を超えた。
 ただ、中央政府の警戒はマフィアよりもテロに向けられている。グルジアや、チェチェンが、五輪を標的にしたテロを仕掛ける事態をモスクワは恐れている。マフィアのような「チンピラのケンカ」は地元が自力で潰せという態度だ。
 結果としてマフィア対策は万全ではなく、五輪に注がれる大事業費の利権に群がっている。一八年のサッカー・ワールドカップ(W杯)もロシア開催が決まり、しばらくマフィアが潤いそうだ。
(以上引用終わり)

「お母さん、マフィアって何」
「うーん……やくざみたいな感じかな。違うかな」
「やくざって、吉本によう出てくるやつ?」
「吉本に出てくるのはチンピラレベルやけど」
「でもここにはマフィアのようなチンピラ、って書いてある」
「プーチンから見たら何でもチンピラやろなあ……」
「なんでやくざとかチンピラとかがソチに来んの?」
「お金が動くしちゃうかなあ。ほら、お金貸すとか、もうけを横取りするとか、業者そそのかして要らんもん売りつけるとか」
「ほんで、金返せーって言いにきゃはんの?」
「そうそう、市松模様のスーツ着て」
「ローテーショントーク、とかゆって?」
「しゃあないなあ、これで最後やで、ミュージカルトーク!、とかゆーねん」
「ウチ、ソチオリンピック、観に行くわ」
「オリンピック始まる頃にはやくざはもういいひんで」
「もしいても、競技場には来いひんし」
「来たりして。ロシアのマフィアが市松模様と赤と青のスーツトリオで出てきてローテーショントークとかしてくれたらちょっとぐらいロシア好きになるわ」
「ウチ、《お邪魔しますか?》でも好きになるかも」

……というような母娘のばかばかしい非生産的な会話を紹介するためにこの短信を引いたのではない。私は『選択』が大好きなのでずっと定期購読しているのだが、ロシア関係の記事の扱いだけは気に入らない。プーチンは空手だか柔道だかの心得があるとかで、部分的親日家のようだし、だから日本人にもプーチン好きがいてもおかしくないから、そういう類いの人が『選択』編集部にいたとしても何ら不思議ではない……とどうでもいいことを勘ぐりたくなるほど、本誌は「親露的」である。この短信のようにその社会情勢を揶揄することはあっても、チェチェン=テロリストであり、ロシアはチェチェンをはじめとするカフカスのテロの脅威につねにさらされている、という図式が基礎基本基盤として記事執筆および編集方針の根底にある。いや、あるように思われる。数年前にも、上記のような短信ではなくて数ページにわたる長い記事(ルポではなく論説だったと思う)のなかで、チェチェンのレジスタンスを過激な行為でいわれのない脅迫を中央政府に対して続けるイスラム原理主義者集団のような書きかたをしていた。その記事は、チェチェンの独立運動が主題ではもちろんなくて、まったく別の件でのプーチン大統領(当時)を論ずる文章だったが、プーチンを時折刺しに来る蚊のごとき目障りなものとして、「チェチェン人のテロ」に触れられていた。いくら何でもあんまりだと思ったので「アンタたちもうちょっと調べてからもの書きなさいよ」と抗議したことがある(笑)。私もアホだが、「貴重なご助言、今後の参考にいたします」なんて箸にも棒にもかからん返事をよこした編集部の担当者も相当アホであった。だけど、もう『選択』なんか読まないぞ、と決意するには、ロシア関係の記事は少なすぎて、ほかの記事は面白すぎるのであった。というわけで現在に至る。
ソチのオリンピックもロシアのマフィアもどうでもよいが、〈グルジアや、チェチェンが、五輪を標的にしたテロを仕掛ける事態をモスクワは恐れている。〉なんて一文をすーーーっと、まるで世界の常識のように、わずか1ミクロンの躊躇すら見せない筆致で書かれると、全身の力が抜けて、なけなしの気力さえもスライム化していく自分を感じるのである。