Pardon, je suis fatiguée... ― 2011/07/06 20:16:57
そうでなく、眠くなくて意識がはっきりしているとき、体内に妖艶な大蛇を棲まわせているごとくの重さを感じていたとしても、ふと、いっさいの曇りや濁りがとれて眼球のうしろ側の脳内がすっきりクリアになるのを自覚できるとき、思いがけないことだが私は泣いている。えへんえへんううっううっと泣くのでもしくしくずずずと泣くのでもない、ただ涙があふれて止まらない。あふれるにまかせているといつまでもいつまでも流れ続ける。単に結膜炎の悪化やないのん?と思いたいところだが、ではない。
頭の中がクリアなとき、つまり仕事のことや家のことでいろいろと算段をせず、やり繰りも検討もせずにすんでいるとき、つまり何もないとき、脳内スクリーンに浮かぶもの。
ミドリ。キンスキー。ドーニャ。ギンコ。ノブナガ。ヒデヨシ。イエヤス。
(以上、お亡くなりになった我が家の魚類両生類爬虫類)
……なんやねん、そんな話かっ といわないでくれ。
仕掛けた毒餌を食べて果てた鼠。轢かれた鳩。轢かれた野良猫。
殺処分された牛。殺処分された豚。殺処分された鶏。
隣のおばあちゃん。向かいのおばあちゃん。路地奥のおばあちゃん。
伯母の死に顔。父の骨。呼吸していた父。目を開いていた父。起きていた父。喋っていた父。食べていた父。飲んでいた父。笑っていた父。
倒れた阪神高速。燃える長田区。崩れた住友銀行。シェイクされてぺしゃんこになった加奈子の家。倒壊した隣家に押されて半壊した桃香の家。
モスクワの劇場で死んだ男女。ベスランの小学校で殺された子。四川の小学校で瓦礫に潰され死んだ子。エレベータの中で撃たれ死んだアンナ。
そそり立つ黒い津波。濁った飛沫をあげて這うように進む津波。舟を、港を、車を、家を、町を、ごくりと呑む津波。
瓦礫。焼け野原。へばりついた泥もひからびた写真。ふやけたまま乾いた雑誌。首の取れた人形。瓦礫。瓦礫。瓦礫。
見つからないまま埋もれている人。見つかる前に腐敗した人。誰にも見えないまま流された人。そこにいるのに見つけてもらえない人。ここまで来たのに息絶えた人。
父を待つ子。母を捜す子。子を捜す母。子の写真を抱く父。
失くしたものを思うときに、心に去来する何か。形にならない、色も匂いもないその何かを脳裏に映し私の眼から涙が流れる。