摩天楼に君を想ふ2007/09/12 19:36:48

『街場のアメリカ論』
内田樹著
NTT出版(2005年)


今日は9月12日である。今朝の新聞に、グラウンド・ゼロでの追悼集会風景の写真が載っていた。そういえば、昨日は9月11日だったのであった。

生意気盛りであった20代半ばの頃、親友の小百合(仮名)と米国旅行へ出かけた。ある年の9月、私たちはそれぞれの職場でそれぞれの上司に取り入って、有給と土日をくっつけて12日間の休暇を得た。
この旅はなかなか愉快だったので、詳しくそのドタバタ紀行を書きたいと思っているが、今日の本旨は別にあるゆえ次の機会に。

小百合と私はある夜、エンパイア・ステイト・ビルディングの最上階に上り、輝く摩天楼を見渡し、それぞれほうってきた恋人のことを想っていた。当時私の恋人は例のジャズ通で、「俺も行きてえ」なんてゆっていたが「女どうしの旅なのよっ」と邪険にした。小百合も同じようなことを言っていた。だが私たちは二人とも、やはり旅の半ばで男も連れてくりゃよかったと、ちょっと感傷的になっていた。そういう乙女心に、ニューヨークの夜景はきゅるきゅると沁みた。会いたいなあ。会いたいよお。エンパイア・ステイト・ビルディングの最上階から、きらきらのパノラマにくらくらしながら、私たちはニューヨークの何も、見ていなかった。さらには、フェリーに乗って夕陽に輝くマンハッタン島を下から眺めるという体験までしたのに、何も、見ていなかった。

というのも、あの9月11日の、同時多発テロの映像がテレビ画面に映し出されたとき、まず私が放った言葉は「こんなビル、ニューヨークにあったっけ?」であったからである。なんと不謹慎か。私、このビル見ていたはずだよな……。報道を見て地図で確かめて、私はあの小百合との旅行を思い出していた。思い出にひたってのち、我に返って出来事の規模の重大さに唖然となった。唖然となったけれど、次につい口に出した言葉は「だから言わんこっちゃないよ、アメリカめ」だった。どこまでも不謹慎である。

ここで「なぜ私はアメリカが嫌いか」を述べるつもりはない。アメリカ嫌いは別に私だけの事象ではなく、日本人全員に関わることだから、私がとくとくと述べる必要はないのである。個人的にアメリカ人に恨みはない。私はタイソン・ゲイにも拍手を送るし、今でもハリソン・フォードは大好きだ。アメリカが好きな場合も嫌いな場合も、日本人は誰しも共通して、アメリカに対してひと言で言い表せない複雑な感情をもっているものだ。それが普通の日本人である。
この感情について明快に説明しているのが、愛するウチダの『街場のアメリカ論』なのである。

同じような行動様式の人も多いと思うけど、私も、本を読むとき、まえがき→あとがき→目次の順に読む。そこまでいってしばらくはその本を読み終えた気になってしまう。実際それで事足りる本の多いこと(笑)。愛するウチダの『街場のアメリカ論』も、正直言っちゃうとその類に入る(爆。ただし、私の場合、ウチダが「何を」書いているかよりも「どのように」書いているかが重要なので、全部読むけれども)。

私は本書が大好きである。予約満杯でなかなか手にできないウチダの著作の中で、この本はなぜか、けっこういつも図書館の書架にある。だからあれば必ず借りて読む。これまで幾度借りたことだろうか。借り手がいないのは面白くないからだとおっしゃる方も居られよう。
でも、騙されたと思って一度「まえがき」だけでも目を通してほしい(けっこう長いんだけど)。当ブログの常連さん(○○塾関係者)たちは、騙されたと思って「あとがき」だけでも読んでほしい。
それでも「いやだよ」とおっしゃる方に、引用大サービス。

《日本のナショナル・アイデンティティとはこの百五十年間、「アメリカにとって自分は何者であるのか?」という問いをめぐって構築されてきた。その問いにほとんど「取り憑かれて」きたと言ってよい。》(8ページ)
《アメリカからの自立はアメリカへの依存を基礎とするしかなく、アメリカの許諾を得ずに政策決定をするためには、その自決権の行使についてアメリカからの許諾を得なければならない。》(18ページ)
《アメリカが日本に期待しているのは他の東アジアの国々と信頼関係が築けず、外交的・軍事的につねに不安を抱えているせいで、アメリカにすがりつくしかない国であり続けることである。》(23ページ)以上「まえがき」より

《メディアがもてはやす「切れ味のよい文章」はたいていの場合、「同時代人の中でもとりわけ情報感度のよい読者」を照準している。(…)
 でもその気遣いの欠如(…)が文章を腐りやすくする。》(258ページ)
《「こことは違う時代」「こことは違う場所」の人々にも届くことばを書き記すこと。それは排他的で誘惑的なエクリチュールとはめざすところがずいぶん違う。私はそういう書き方をしたいと思ったのである。》(260ページ)以上「あとがき」より


それでも「それがどうしたんだよ」とおっしゃる方にはなす術がない。私の拙い筆力では本書の有用性を語りつくせないのである。親米派で、また国際社会や米国を研究(それがたとえ余興でも)し、確固たる何がしかの信念をもたれる方には本書は物足りないかもしれない(というより確実に物足りない)ので、これ以上は申し上げられない。しかし心の片隅に、ふん、アメリカがどうした、けっ偉そうに、という気持ちのある方、また、いや9・11はひどい話だよ、うん、しかし……みたいな「つっかえ虫」がいる方は、本書を手にとってみてほしい。


話をいきなりブーンと戻すが、エンパイア・ステイト・ビルディングで想った彼と、小百合はめでたく結婚して現在に至る。え、私? 訊かないでください~♪(そんな歌はない)

コメント

_ おさか ― 2007/09/12 21:05:52

ウチダさん、この間もなんか賞とってましたね。どんどんメジャーの道に・・・・(笑
私もつい買っちゃいましたよ♪「私の身体は頭がいい」。息子が空手やってるので、彼に教えたいこと満載、なんだけど今言っても理解できるのかなあ・・・と思いつつ読んでいたら、あああ、のっけから書いてあるじゃあありませんか。

ある概念を「持っていない」人間に、その概念を「分からせる」ためには、「お話をひとつ」しなければならない。
・・・・・・(中略)
お話のなかでは不可思議な出来事が語られる。
私達はそれを記憶する。
・・・・・・
はっきりと記憶されて身体の奥底に沈殿した「お話」は私達のなかで長い時間をかけてゆっくり「発酵」する。そしてそこからある日「ぽこっ」と泡が出てきて、意識の表層までたどりついたとき、私たちは不意に「あ、わかった」と膝を叩くことになるのである。
「お話」の効用とはそのようなものである。

なんて明快でなおかつ身体全体に響くような説明!
まだ全部読んでないけど、私すっかりファンになっちゃいました♪
「街場」も絶対読みますっ
ありがとう蝶子さんっ

_ 儚い預言者 ― 2007/09/12 22:45:34

 生きる事は夢見ることだ。
 ドリームがアメリカを象徴しているのではないか。
 現実の瓦解が夢との境目で、アメリカは目覚めたのだろうか。
 力はその流れを持っている。潮流が上と下が全く違うように、見えない潮流の方が時代をも超える大きなものなのかもしれない。
 人が生きるのはたかだか100年だ。それを人は永遠にすることに執着している。それは人の儚い吐息の夢の現実化だ。
 そこに全てがある。が、しかし全てに演繹するほどには深くはない、人間の性がある。
 どうすればよいか、模倣以上の夢とは何でしょうか。
 アメリカはなぜに世界に君臨したがるのでしょうか。

_ コマンタ ― 2007/09/13 01:16:46

蝶子さんが引用してくださった箇所を読みました。書いたひとが内田樹という著名な思想家だからリスペクトする、というか、畏れ多いという気持ちをいだきます。愛するというレベルにはまだ至りませんけど、しかしこれから先はどうなるかわかりません。むずかしいことをカンタンに説明してくれる専門家はたしかに有用にはちがいありません。

_ midi ― 2007/09/13 07:37:47

おはようございます。こちらは雨、小休止のようです。週末、お天気になりますように。

おさかさん
でしょ、でしょ、でしょー?
明快なのよ、ほんとうに。
内田さんは本当に武道家で、しかも言葉でそれを教えることのできる稀有な武道家なのです。彼の著作にはつねに身体のことが出てきます。「気配を察知すること」の重要性を繰り返しています。ガツンと殴られてから殴り返す力をつけるのではなくて、殴ろうとする人間の気配を察知して未然に食い止めるほうが、人間関係はうまくいく。この理論はすべてにあてはまるでしょ。
あ、でもだめよ、ウチダはわたしのものだからね!(笑)

預言者さま
>アメリカはなぜに世界に君臨したがるのでしょうか。

アメリカはいわば最初から完成した国だった、だからその先を目指すとしたら世界征服しかないんですよ。最初から完成した、の意味は『街場』にありますが、いわば「国家をつくるつもりで」集まった人々による建国であるということです。
ついでにいうとアメリカは超ナルシストで、ヒーローぶりっこなんです。それはアメリカンコミックの傾向を見ればわかると、内田さんは言っています。

コマンタさん
本エントリをきっちり読んでくださってありがとうございます。コマンタさんなら、『街場』のような軽めのエッセイより、内田さんの訳書である『フランス・イデオロギー』などが刺激的かもしれません。分厚い本だから見ただけで読む気は半ば失せますが(笑)。例の受賞作『私家版ユダヤ文化論』が一番のお勧めなのはいうまでもありませんが。

_ mukamuka72002 ― 2007/09/13 16:42:37

痛いッ!
左手の指三本突き指して、左手の指四本深爪したうえ、両眼に虫が入ってなにも見えない状態です! 蝶子さんや皆さんが唸る的確で鋭いコメントが浮かんだのに書けません、残念です。
完治するには、後二週間かかるそうです、この記事をそれまで更新されなければ、書き込めるんですが、僕の為にそんな事はしないで下さい! どうかお願いです、僕のために泣かないで下さい、僕はもうここにはいないのですから、治療のためにモンゴルに行きます、あー、でも悔しい、この指が動き眼が見えたら……。
 チャルメラ、キャンディス・バーゲン、隣の客はよく柿食う客だ……駄目だ、命がけで書き込もうとしましたが、やっぱり動かない……。
 ではまた♪

_ mukamuka72002 ― 2007/09/13 16:43:42

↑訂正です! 深爪は右手です!
うっ! 息もできなくなってきたあー……。

_ おさか ― 2007/09/13 17:24:04

ナニやってんですかmukaさん。他人のブログで・・・・
甘えたいんだな。うん、そうか。甘えたいらしいですよ、ちょーこさん。
でも自分の身は自分で守ろうね♪といいはなって帰る。ぴゅ~

_ midi ― 2007/09/13 18:18:50

mukaさん
そのコメントはどうやって書いてるのさ。君の両眼に入ってしまって出られない虫さんのために祈ってやるよ。なまむぎなまごめなまたまご。

おさかさん
まあまあ、ルイボスティー、教えてくれた人なんだからさ。

_ おさか ― 2007/09/13 19:28:42

あら、ちゃんとシップ貼ってあげましたわよ。
何?目も?
二階から目薬ー

_ ろくこ ― 2007/09/13 21:03:02

本は10月になったら読みますね
内田さんなんですが、私はちょっと趣味が違うみたい(著作物ではなく)
わたしね、ちょうこさんは乙女なんだと思うの
こういう男の人っぽいひとを好きでしょ、実は
私はね、やさやさなだめだめな感じがいいんです
だめじゃないけど、尾上菊之助さんが大好き
自分がおばはんになるからこういうやさやさ系が好きになるらしいですよ
年取ると
だから蝶子さん、乙女

_ midi ― 2007/09/14 05:41:37

うーん、そうかもしれないなー
結局自分が本当は頼りないから頼れそうな人にまいっちゃうのかもー。
でも過去を振り返ると「やさやさ」ふうにもけっこういれこんた経験あり。
実は一貫していないのだ。要はなんでもいいのだ。

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