une bonne, heureuse et merveilleuse annee!2008/01/07 10:15:09

あけましておめでとうございます。
本年のご多幸をお祈りいたします。

もう正月も七日となりました。我が家では今朝、七草粥をいただき七草を祝いましたが、みなさまのおたくではどのように過ごされましたでしょうか。

あ、もちろん、七草粥は私の母が作りましたでございます。
ついでに申しますと、十五日にいただく予定の「小豆粥」も母が作りますです。
私の娘などは私に「おばあちゃんが元気なうちにちゃんと教わっといてよね」とことあるごと、つまり味噌汁や糟汁、佃煮の類を食するたびに、そして暮れのおせちの準備のたびに、申します。子どもは正直でございます。

しかし、ここ数年というもの、いや多分ずっと前から、我が家での私の役回りは「力仕事」なのでございます。
若い頃は、暮れは毎晩飲み歩いておりました。それを許してもらうために建具や網戸の掃除をはじめ正月準備のもろもろの買い物もすべて担いました。弟もいたのになぜ私は母を手伝わずにいたかというと、私の父は、暮れ早々に仕事じまいをすると昼間から飲み歩いて家にいないのが慣わしで、いてもほぼ泥酔状態で掃除や正月準備の担い手としては使いものにならなかったからでございます。
母は「台所はいいから煤払いしてちょうだい」と私たち姉弟を台所に寄せつけませんでした。

弟は結婚して九州に赴任し(現在は地元へ帰っています)、以来、煤払いはいよいよ私の独壇場となりました。酒量が減った父は、飲み歩いたりしなくなりましたが、力も衰えて、わずかな雑用しかできなくなっておりました。

さて歳は過ぎ。
今の勤務先が暮れぎりぎりまで営業するので、プレ煤払いと称してもう11月から少しずつこまごまと掃除をするようになりました。
しかし、2007年はそれすら叶わないほど、忙殺されました。
自身の仕事もありますが、それに加えて休日ごとに子どもの行事につきあわされたためです。
「つきあわされた」と書くと嫌々やらされたように聞こえますが、もちろんそうではなく、嬉々として子どもにつきあっているわけです。
母娘してさんざん楽しんだり喜んだり感動したりしたあとに、母はひとり「あ、しまった、今日も○○の掃除ができなかった」と悔やむのでありました。

なのでこの暮れは、渾身の大掃除をして、腰や背中が痛いのなんのって。
大晦日に終わるはずもなかったのでやり残した箇所を年越ししてしまい、もう二日から掃除の続きでしたわよっ(弟一家も泊まりに来るしさっ)

今年初ブログで私は何を書いているのでしょうか。
あ、そうそう七草粥でした。

実は、元旦から五日間はPCに向かわない、と決めていたのですがそれは、五日間もPCに向かわないという一年間で非常に例外的なこの機会にどの程度疲れ眼と肩凝りが回復するかを確かめたかったからなのです。
腰も背中も二の腕も痛いけど、肩凝りは軽減したような気がします。そういえば今年は編み物もしていないからですね、きっと。
そして瞼の「ピクピク」もなく眼の充血もなく、ひとみすこやか~を実感したのでした。

2008年は子歳(ねどし)。私の母と、娘はまわり年。
彼女たちの健康はもちろん、私の疲れ眼と肩凝りが平年並みを超えないようにと祈願しつつ、七草節句を祝いました。