Le Havre2012/06/01 22:29:11

機内では観たい映画をセレクトすることができた。ったく、最近の飛行機ってハイテクなのね。
Le Havre という、アキ・カウリスマキ監督の映画があったので迷わず選ぶ。

Le Havre はルアーヴルと読み、フランス北部の港町である。
不法移民がよく流れ着く。この映画もそういう話が下敷きで、それをめぐって交錯する義理人情、というかご近所付き合い、というか。

帰国して新聞の映画欄を見ると『ルアーヴルの靴磨き』という映画が小さな館で上映されているのを知った。あ、これだ。



靴磨き。
たしか、チョコレート工場のチャーリーも靴磨きをしていたっけ。

でも、原題をそのままカタカナにして、『ル・アーヴル』というタイトルでよかったんじゃないだろうか。
たしかに靴磨きだけど、それ、そんなに多くを占めないし。

ルアーヴルは、私がよく馴染んで知っているフランスのどの街にも似ていない。陽光あふれる南の都市ばかり巡っていたから、グレー基調のどんより暗い街並みは他国のようでもある。場所によったらパリの場末のまたその裏という感じもする。しかし、海があるので、パリが持たない切ない開放感がスクリーンに満ちる。

カウリスマキの映画は、たぶん、総合評価でマイベストワンだ。つまり、何を観ても全部オッケー。ベリグー。この人のどの作品よりも好きな他の監督の作品もあるけれど、その、「他の監督」の作品をすべて好きかというとなかなかそんな人はいなかったりする。カウリスマキか、スペインのペドロ・ア……なんていったっけ? こてこての家庭内愛憎劇を描いたらピカイチのシネアスト。その人もハズレがないのでマイベストワンだ。お、ベストワンが二人はいただけないな。

ルアーヴルのくすんだ風景と、ささやかな幸せを分かち合う小さなカルチェの物語が、やたらとココロをぐさぐさ刺してくれて、かの国を後にする私にはあまりにキツイ映画だった。フランスを発つ機内で観るのでなければ、しみじみほのぼのきゅきゅっと感動してすんだだろうに。

チャンスがあったら観てください。凄くいい作品です。

Tu te souviens?2012/06/03 18:12:35

ポンピドーセンター。ちょうどマティス展をしていた(観なかった)。


『九月の空』
高橋三千綱著
角川文庫(1995年)


旅のお伴に文庫を3冊。ひとつは『私の身体は頭がいい』(内田樹)、もうひとつは『長靴をはいた猫』(シャルル・ペロー/澁澤龍彦訳)、そして本書。
なんでパリへ行くのにこの3冊なん? 共通点はたったひとつ、著者(訳者)たちは私の異常な偏愛の対象となっている方々であるということである。
と、いってみたけれど、実は単なる偶然で、機内じゃ退屈して寝るしかないに決まっているけどどうせ寝るなら睡眠薬代わりに何かあったほうがよかろうと思って文庫棚から適当にがさがさっと抜いたらこの3冊だったのだ。
偶然とはいえ、われながらナイスチョイスだわん、と手提げバッグに入れる。
いずれももうイヤになっちゃうくらい(でもけっしてイヤにならないのよ)繰り返し読んだ本たちである。いずれも、京都での日常とも目的地パリとも何の関係もないし、自分と自分にかかわるあらゆる事どもをどう並べ替えても、これらの本からは何ひとつ連想することがない。今の私と、昨日まで職場に埋没していた私を断ち、加えて、断った私をどこへも連れていかずユーラシアの上空に宙ぶらりんにしておくに余りある効果をもつ本たち。そして、今日までパリの非日常に溺れていた私を断ち、もういちどユーラシアの上空に放り出し、万が一そこで星屑に混じって消え失せてしまっても私自身の中には一粒の後悔も残らないほどパリの記憶から遠く隔離してくれるに余りある効果をもつ本たち。

『九月の空』は高橋三千綱の芥川賞受賞作品である。
小説というもんに精通していない私は芥川賞(に限らないけど)受賞作のよさがいまひとつわからない。何がどうだからこれが芥川賞で、何がダメだからあれは芥川賞でないのか。その違いももちろんわからない。文学賞はそれこそ星の数ほどもあるけど(……ないか。笑)、それぞれの賞の趣旨は違っているようで実は全然違っていないようにも思える。要は面白ければええんちゃうのとつい素人は開き直るのだが、面白いことは最低条件で、なおかつ時を経ても読者を惹き込む力のある小説――後年とある傑作を読みその作品の生い立ちを見ると、あ、受賞作品だった、というような――のことではないかと思う。芥川賞受賞作品と聞いて私が考え込むことなく瞬時に思い浮かべることのできるのは『限りなく透明に近いブルー』(村上龍)だけなんだが、村上作品のいくつかは時代を反映しすぎていて、今読み直すといささか色褪せ感を禁じえないものが少なくないことを考えると、『限りなく――』の力強さはやはり群を抜いているといっていい。
角川文庫『九月の空』には、剣道少年・勇の青春三部作が納められている。『五月の傾斜』と『二月の行方』がなぜ芥川賞ではなくて真ん中の『九月の空』が受賞作品なのか、その理由は私にはわからない。わからないが、五月と二月は当時の社会背景が多少リアルに描かれているために、後年色褪せるかもしれないが、九月は、若干、昔の高校生って純情やったんやねえ可愛い♪な感じはもちろんあるけど、だからって思春期の男女の息遣いやためらいや好奇心の表れに昔も今もたいして変わらないことは、読めば妙に得心できたりするに違いない、だからこのあと何十年もこの作品は色褪せない、と、審査員は考えたのだろう。といったら審査員を褒めすぎか。

主人公・勇は、著者自身を投影したところもあるようだ。勇の生い立ちは、三千綱と重なるところがある。本書だけでなく、裕福だった家が一転貧しさにあえぐ状況となり各地を転々としなくてはならなかった三千綱の少年時代をモデルにした作品が多数ある。三千綱の実父である作家・高野三郎は、見ようによったら、アンタただの親馬鹿やなあ、然とした褒め言葉を息子の作品群に注いでいる(本書・解説)。たとえば、風の匂いや空気感の描写にとくに優れていることを指して、

《季節感が若者の行動と、心理を捉えて、強烈な躍動感を漂わせていた。》(262ページ)
《このように季節の風を、人物の心理面に敲きつけて、激写するように人間心理を外面的角度から描写する態度は》(263ページ)
《風や空、あるいは夜のネオンを単なる風景としてではなく、その中で、一瞬の行動にあらわれた人物の表情、心理をも閃光を当てるように瞬間描写している。》(264ページ)

などと絶賛である。
だが、その、著者の力量の根拠を、本人のアメリカ体験によるものだとしているところが、私は気に食わない。そうだろうか? 

《日本の風土で小さくこり固まったものでは叶わぬわざとおもわれてならなかった》(263ページ)
《ユーモアが全篇に漲っていることでもあり、これはアメリカ体験が、彼の文学風土の中に強い生の姿を植えつけている》(263ページ)
《じじむさくぐじぐじと日本の風土に育った人間には、真似のできない速度化した描写タッチである。カリフォルニアの空を見あげて、アメリカの土地に蝟集してくるさまざまな国籍の白人、黒人、日本人以外のアジア人群と密着した体験が、彼の「青春」を色彩化している。》(264ページ)

いったい、日本の風土とはそんなに小さく固まってぐじぐじしているもんだろうか? 単に肌の色、目の色、髪の色も多彩な人々の中にいれば彼の青春は色彩化されるのか? 『五月の傾斜』は1977年、『九月の空』は1978年の発表である。日本社会を染める色彩は2012年の今とは比べものにならないほど、……どうだっただろう? 高度成長期の時代、意味なく根拠なく人々は未来に希望を抱き夢を描いて、グロテスクなほどに派手な色彩感が人心を覆っていたのではないかと、当時すでに青春時代だった私は思い起こすのである。たしかに、著者の思春期はもっと時代を遡る。戦後の呪縛から抜け切っていなかった頃の日本は当時の大人にとって狭くじじむさくぐじぐじしたもので、戦勝国アメリカは明るく華やかでカラフルでドライだったかもしれない。しかし、四つの季節の移ろいだけでなく、朝と昼、夕暮れと真夜中の湿度の変わりかたや皮膚に感じる気温の生ぬるさや厳しさの違和感は、日本の風土と真正面に向き合って生きなければならなかった経験が著者に覚えさせたもので、また、それを言語表現化する才能は、アメリカ体験のおかげなどではなく、作家である父から受け継ぐところ大であったに違いない。高野は謙遜しているのかどうかしらないが、ま、たしかに息子の文才はワシのおかげよハッハッハと書くわけにもいかなかっただろうが、波瀾万丈の幼少期を息子に強いた己の経済事情が幸いにして彼の豊穣な表現力を育てた、とも書けなかったのかもしれない。

現代日本文学作品は、よく外国でも読まれている。「世界の」村上春樹だけでなく、え、そんなんまで翻訳されてるの? と驚く事例はけっこうある。日本の文壇でもてはやされている作家はほぼ例外なく大なり小なり海外でも紹介されている。友達は今、フランスですでに定評を得ている川上弘美の未訳本を翻訳中だ(今回訪ねたとき冒頭3ページくらいで「挫折しそうよ~」と苦笑していた)。ただ、昨今の作品は、すべてがそうではないにしても無味無臭というか、無国籍っぽいというか、ボーダーレス時代もしくはグローバル化を映してニッポン色は濃くないといってよいであろう。三千綱作品のようなコテコテの日本色・日本臭はないから、文字どおり意味どおり訳せば翻訳作品に仕上がるだろうと思う。三千綱作品は、本書だけでなく、いつか書いた『カムバック』にしても、チョー日本的だ。英語だろうがフランス語だろうが、訳したところでいったい誰が作品世界を理解しうるだろう。

《半年前、刃を振りかざしてくる寒風に、身を縮めた。》(6ページ)
《躯が脹れ上がり、毛穴から熱気が発散する。》(8ページ)
《六時を少し過ぎたばかりの空は、深い森を横切る渓流の水をすくったように高い所で透み渡っている。校庭は森閑としている。》(10ページ)

訳せるもんなら訳してみろといいたい(笑)。

Angelina...2012/06/08 18:22:42



アンジェリーナのショコラ・ショー(=ホットチョコレート=ココア)
ワインを買うつもりで入ったスーパーの、甘いもん売場で偶然見つけて買った。どこだったかな、あれ。オペラ座の近くだったか? けっこう中心部だったと記憶しているが……。でも、「リヴォリ通りのサロン・ドゥ・テ」なんかには行かなかったよ。
それにしても本格的で濃厚な甘さ。濃厚すぎるので淹れかたの説明にあるよりも濃さをゆるめて飲んでいる(でももうすぐなくなるので娘が悲しんでいる。笑)。


『優雅なハリネズミ』
ミュリエル・バルベリ著 河村真紀子訳
早川書房(2008年)


《(前略)わたしはママにアジア風のお店で睡眠薬用に黒い漆塗りの小さなケースを買いました。三十ユーロでした。それで十分だと思ったのですが、エレーヌは、それだけじゃさびしいから何かほかにもあげたら、と言いました。エレーヌのご主人は消化器系の専門医です。お医者さんのなかでも消化器系の医師はかなりお金持ちなのでしょう。でもわたしはエレーヌとクロードが好きです。だって……、何て言うか……完全だからです。人生に満足していて、あるがままの自分でいるかんじがするのです。それにソフィがいます。いとこのソフィはダウン症です。(中略)ソフィを見ているとむしろつらくなります。よだれをたらすし、叫ぶし、拗ねるし、わがままだし、何も理解できないからです。エレーヌとクロードを否定しているのではありません。彼ら自身、ソフィは気難しいし、ダウン症の娘を持つことはまるで牢獄だと言っていますが、それでもソフィを愛しているし、よく面倒を見ています。ソフィのことがあるから、より一層人間として強くなり、だからこそ私はふたりが好きなのです。(中略)リヴォリ通りにあるティーサロン、アンジェリーナに行って、ケーキを食べココアを飲みました。車を燃やす郊外の若者とは最も縁遠い場所だと思われるでしょうか。いいえ、ちがいます! アンジェリーナで、またひとつ判ったことがあるのです。わたしたちの隣のテーブルに、アジア系の男の赤ちゃんを連れた白人カップルがすわっていました。男の子はテオという名前でした。エレーヌが彼らと仲良くなって、しばらく話していました。ふつうとちがう子どもを持つ親どうし、きっと何か通じるものがあったのでしょう。お互いにそうとわかって話しはじめたのです。テオは養子で、タイから連れて来たときは一歳三カ月だったということでした。津波で両親を亡くし、兄弟姉妹も失ったそうです。わたしはまわりを見わたし、これから彼はどうやって生きていくのだろうと思いました。わたしたちがいたのはアンジェリーナです。みんなきちんとした服装で、高いケーキを気取って食べ、そこにいたのはつまり……、つまりそこは、ある一定の社会層の人たちのもので、それなりの信仰や規範、思惑、歴史があるのです。象徴的なのです、アンジェリーナでお茶をするということは、フランスにいて、裕福で、階層化された、合理的で、デカルト的で、開化した社会にいるということです。幼いテオはどうなるのでしょう。生後数カ月はタイの漁村で暮らしたのです。そこは独特の価値観と感情に支配された東洋的な世界で、その象徴はたとえば雨の神様を敬う村祭りで、それを通して子どもたちは神秘的な慣習に浸るのです。それがこんなふうに、フランスの、パリの、アンジェリーナの、文化がまるっきり違った世界に、つまりアジアからヨーロッパへ、途上国から先進国へいきなり移されたのです。
 だからふと、テオはいつか車を燃やしたくなるだろうと思ったのです。だってそれは怒りと不満からくる行為で、おそらくいちばん大きな怒りや不満は失業や貧困ではなく、未来がないことでもなく、異なる文化や相容れない象徴に引き裂かれ、自らの文化を持たないという感情にあるからです。象徴に引き裂かれ、自らの文化を持たないという感情にあるからです。どこにいるかがわからなくて、どうやって生きていられますか? タイの漁民文化とパリの有産階級文化を同時に受け入れなければならないの?(後略)》(288~289ページ)


すでに一度言及した小説だが、じつは最も共感し、印象深かったのが上記に引用した部分だった。本書のもうひとりの主人公、12歳の天才少女・パロマのある日の日記のくだりだ。あまりに私の気持ちとぴったりなので、ここだけ、別れ難くて、図書返却前にテキスト入力して保存しておいたのだった。

上でパロマが言っている「車を燃やす郊外の若者」というのは数年前にパリで頻発した事件のことを指している。パリの郊外には低所得者向けの集合住宅(HLM)が林立しており、そこには、なかには生粋のフランス人もいるだろうけど、大方の住民が移民系で、子どもの就学率も低いし、学校ヘ行っていても学歴は最小限だし、そんなこんなで若者の就業率も低い。失業率は慢性的に高いフランスだが、若年層の失業率が顕著に高くなっており(どこもいっしょやね)、数年前には、その多くは郊外に住む低所得家庭の子どもたちだった。ただし今は、仕事に就けない若者は移民の子孫に限らないし、大学まで出ていてもすんなりと職は見つからない(どこもいっしょやね)。話を戻すが、先頃退陣なさった元大統領閣下のニコラ・サルコジは移民排斥の傾向の強い人で、ぺーぺーの議員時代から問題発言を繰り返していた。彼が、郊外の若者たちを「社会のクズ」呼ばわりしたことが、騒動を拡大・長期化させた。最初は、職質した警官にたてついた少年が、警官の発砲によって死亡したために、少年の仲間が「報復」として駐車中の車に火をつけた。これが始まりで、同じような動きが広がり、やがて先のニコラ発言になり、それがまた火に油を注いだ。


私が思ったことは、あのハイチ大地震の際に、おびただしい数の孤児をフランスの多くの家庭が養子縁組にした「美談」である。フランスのメディアはこぞって、基本的にフランス人がその志の根底にノブレス・オブリージュを持っているといって称えた。またハイチから孤児の団体がエールフランスで到着すると、「子どもたちは一様に安堵の表情を見せた」などと、これまた誰の差し金かはわからないけど、一連のフランス人の行動を称える内容であふれかえっている。でも、そのことに誰も異議は唱えないんだろうか。私はそう思っていた。あまり隅々まで報道を読むフランス語力はないので大新聞の見出ししか追いかけていなかったのだけれど、養子縁組ラッシュに批判的な文言は見られなかった。

本書のこのくだりを読んだとき、少なくともこの作家(とたぶんその夫)は、貧しい国から孤児を養子にすることが100%善行のように語られる風潮に対して、眉間に皺を寄せているのだということがわかったのでちょっぴりほっとした。
養子縁組を否定するつもりはまったくない。私だって裕福であればそのような色気は出したであろう。ウチはムスメがひとりだから、男の子の子育てやってみたいもん(笑)。
でも、人の命って単体じゃない。つながってつながってつながって、ほんの偶然でいま生を受けてこの時代に躍動しているというだけだ。ルワンダにはルワンダの、タイにはタイの、ハイチにはハイチの、東北には東北の、大地から生まれた命の連鎖があり、互いに見ているのはその鎖のひとつにすぎない。


前にも書いたが、本書刊行後、作家夫妻は京都に移住したようだがその後東日本の震災もあり、何もかもが変わらないままというこはあり得なくなった。人々のメンタリティーは大きく変わった。脱原発を叫んでいた人が熟慮深慮の末やっぱ再稼働に賛成といっても、私は怒らない。何を根拠にして考え、何を信じて主張すればいいのか、まだわからないという人も大勢いる。私だってその類いだ。昨日ソーダと思ったことに今日バカヤローと毒づいたって、誰がそのことを責められる? 野田ソーリは、やーな役目だよなオレ〜と思って会見したかもしれないし、使命感に燃えて言明したのかもしれないけど、問題は彼がどう思っているのか本当のところはどうなんだ、ということなどでは全然ない。日本ってあくまで社会経済優先なのね、人の命が危険に晒されるかもしれないとかそういうことは二の次なのね、というふうに国民が思うことも織り込み済みだ。電気が不足すると困るとか企業の流出はよくないとかそんなこともどうでもよいはず。単に、既得権益を離したくないムラの人々の力が大きい。これはいかんともしがたい。世界中がそうなのである。

Il fait doux... Les arbres poussent leurs feuilles...2012/06/11 00:24:04

顧客のお招きに与り、花菖蒲を愛でる会というようなものに参加した。あやめ、しょうぶ、かきつばた。みなさん、区別つきますか?

花菖蒲。美しいこと。私たちのまちには花の名所がいやっつーほどあるけれど、四季折々にきちんとそれらを見たことなんか、全然ない私。ちょっと反省。

花菖蒲のあとには龍安寺を参拝。ここも、いつ来ても観光客と修学旅行生で満杯だから、遠方からの友人知人に請われて案内する機会がなければ、とんと足が向かないのである。ホントに久しぶりの龍安寺。ええわ。よいわ。
新緑が目に痛いほどまぶしく美しくてね。
ケータイのカメラじゃ再現できてないんですけどね。

我が家にあるショボイ鉢植えの数々を見てさえ思うのだけれど、植物の生命力の、粘り強さってすごいわね。毎年毎年気候は同じじゃないし、思いもよらぬほどいきなり冷え込んだり、雨が続いたり、逆に降るべきときに照り続けたり、そんな辛い年もあるのに、巡る季節に身をゆだねて、また芽吹くときには芽吹き、咲くときがきたら咲き、花のあとには実を着けて。

それが使命だとおもっているんだね。
人の生も、そういうふうにシンプルであればいいと、無責任に思うことがある。

Trop bête, sale bête!2012/06/14 23:43:33

まず。
http://blog.tatsuru.com/2012/06/14_1241.php

「国民生活」という語の意味について

野田首相の大飯原発再稼働について国民に理解を求める声明が発表され、それについての評価を東京新聞から求められた。
声明の全文を読まないとわからないので、全文のpdfファイルを送って貰って読んだ。
驚嘆すべき文章であった。
このようなものを一国の国論を二分しているマターについて、首相が国民を「説得」するために語った言葉として公開してよいのか。
私は野田さんという人に個人的には特に好悪の感情を抱いていなかったが、この声明を読んで「誠実さを欠いた人だ」という印象を持ってしまった。
その所以について述べたい。
そのためには、首相の所信表明演説の全文を読んでもらう必要がある。

【野田総理冒頭発言】
本日は大飯発電所3,4号機の再起動の問題につきまして、国民の皆様に私自身の考えを直接お話をさせていただきたいと思います。
4月から私を含む4大臣で議論を続け、関係自治体のご理解を得るべく取り組んでまいりました。夏場の電力需要のピークが近づき、結論を出さなければならない時期が迫りつつあります。国民生活を守る。それがこの国論を二分している問題に対して、私がよって立つ、唯一絶対の判断の基軸であります。それは国として果たさなければならない最大の責務であると信じています。
その具体的に意味するところは二つあります。国民生活を守ることの第一の意味は、次代を担う子どもたちのためにも、福島のような事故は決して起こさないということであります。福島を襲ったような地震・津波が起こっても事故を防止できる対策と体制は整っています。これまでに得られた知見を最大限に生かし、もし万が一すべての電源が失われるような事態においても、炉心損傷に至らないことが確認されています。
これまで一年以上の時間をかけ、IAEAや原子力安全委員会を含め、専門家による40回以上にわたる公開の議論を通じて得られた知見を慎重には慎重を重ねて積み上げ、安全性を確認した結果であります。もちろん、安全基準にこれで絶対というものはございません。最新の知見に照らして、常に見直していかなければならないというのが東京電力福島原発事故の大きな教訓の一つでございました。そのため、最新の知見に基づく、30項目の対策を新たな規制機関の下で法制化を先取りして、期限を区切って実施するよう、電力会社に求めています。
その上で、原子力安全への国民の信頼回復のためには、新たな体制を一刻も早く発足させ、規制を刷新しなければなりません。速やかに関連法案の成案を得て、実施に移せるよう、国会での議論が進展することを強く期待をしています。
こうした意味では実質的に安全は確保されているものの、政府の安全判断の基準は暫定的なものであり、新たな体制が発足した時点で、安全規制を見直していくこととなります。その間、専門職員を擁する福井県にもご協力を仰ぎ、国の一元的な責任の下で、特別な監視体制を構築いたします。これにより、さきの事故で問題となった指揮命令系統を明確化し、万が一の際にも私自身の指揮の下、政府と関西電力双方が現場で的確な判断ができる責任者を配置致します。
なお、大飯発電所3,4号機以外の再起動については、大飯同様に引き続き丁寧に個別に安全性を判断してまいります
国民生活を守ることの第二の意味、それは計画停電や電力料金の大幅な高騰といった日常生活への悪影響をできるだけ避けるということであります。豊かで人間らしい暮らしを送るために、安価で安定した電気の存在は欠かせません。これまで、全体の約3割の電力供給を担ってきた原子力発電を今、止めてしまっては、あるいは止めたままであっては、日本の社会は立ちゆきません。
数%程度の節電であれば、みんなの努力で何とかできるかも知れません。しかし、関西での15%もの需給ギャップは、昨年の東日本でも体験しなかった水準であり、現実的にはきわめて厳しいハードルだと思います。
仮に計画停電を余儀なくされ、突発的な停電が起これば、命の危険にさらされる人も出ます。仕事が成り立たなくなってしまう人もいます。働く場がなくなってしまう人もいます。東日本の方々は震災直後の日々を鮮明に覚えておられると思います。計画停電がなされ得るという事態になれば、それが実際に行われるか否かにかかわらず、日常生活や経済活動は大きく混乱をしてしまいます。
そうした事態を回避するために最善を尽くさなければなりません。夏場の短期的な電力需要の問題だけではありません。化石燃料への依存を増やして、電力価格が高騰すれば、ぎりぎりの経営を行っている小売店や中小企業、そして家庭にも影響が及びます。空洞化を加速して雇用の場が失われてしまいますそのため、夏場限定の再稼働では、国民の生活は守れません。
そして、私たちは大都市における豊かで人間らしい暮らしを電力供給地に頼って実現をしてまいりました。関西を支えてきたのが福井県であり、おおい町であります。これらの立地自治体はこれまで40年以上にわたり原子力発電と向き合い、電力消費地に電力の供給を続けてこられました。私たちは立地自治体への敬意と感謝の念を新たにしなければなりません。
以上を申し上げた上で、私の考えを総括的に申し上げたいと思います。国民の生活を守るために、大飯発電所3、4号機を再起動すべきだというのが私の判断であります。その上で、特に立地自治体のご理解を改めてお願いを申し上げたいと思います。ご理解をいただいたところで再起動のプロセスを進めてまいりたいと思います。
福島で避難を余儀なくされている皆さん、福島に生きる子どもたち。そして、不安を感じる母親の皆さん。東電福島原発の事故の記憶が残る中で、多くの皆さんが原発の再起動に複雑な気持ちを持たれていることは、よく、よく理解できます。しかし、私は国政を預かるものとして、人々の日常の暮らしを守るという責務を放棄することはできません。
一方、直面している現実の再起動の問題とは別に、3月11日の原発事故を受け、政権として、中長期のエネルギー政策について、原発への依存度を可能な限り減らす方向で検討を行ってまいりました。この間、再生エネルギーの拡大や省エネの普及にも全力を挙げてまいりました。
これは国の行く末を左右する大きな課題であります。社会の安全・安心の確保、エネルギー安全保障、産業や雇用への影響、地球温暖化問題への対応、経済成長の促進といった視点を持って、政府として選択肢を示し、国民の皆さまとの議論の中で、8月をめどに決めていきたいと考えております。国論を二分している状況で一つの結論を出す。これはまさに私の責任であります。
再起動させないことによって、生活の安心が脅かされることがあってはならないと思います。国民の生活を守るための今回の判断に、何とぞご理解をいただきますようにお願いを申し上げます。
また、原子力に関する安全性を確保し、それを更に高めてゆく努力をどこまでも不断に追求していくことは、重ねてお約束を申し上げたいと思います。
私からは以上でございます。



お読み頂いて、どういう感想を持たれただろう。
なんとなく「狐につままれた」ような、言いくるめられたような、気持ちの片づかない思いをした人が多かったのではないかと思う。
それも当然である。
この所信表明は「詭弁」の見本のようなものだからである。
詭弁にはさまざまなテクニックがあるが、そのもっとも基礎的な術の一つに「同一語を二つの意味で使う」という手がある。
二つの意味のうち、それぞれ一方についてしか成立しない命題を並べて、あたかも二つの命題が同時に並立可能であるかのように偽装するのである。
この演説で同一語を二つの違う意味で用いているのは、キーワードである「国民生活」である。
この語は前半と後半でまったく違う、そもそも両立しがたい意味において用いられている。
前半における「国民生活」は「原子力発電所で再び事故が起きた場合の被災者の生活」のことを指している。
首相はこう述べている。
「国民生活を守ることの第一の意味は、次代を担う子どもたちのためにも、福島のような事故は決して起こさないということであります。」
「何から」国民生活を守るのかは、この文からは誤解の余地がない。
原発事故の及ぼす破壊的影響から守る。
たしかに首相はそう言っている(のだと思う)。
だが、それは私たちの読み違いであることがわかる。
首相はこう続けているからである。
「福島を襲ったような地震・津波が起こっても事故を防止できる対策と体制は整っています。これまでに得られた知見を最大限に生かし、もし万が一すべての電源が失われるような事態においても、炉心損傷に至らないことが確認されています。」
注意して読んで欲しいのだが、首相はここでは福島原発を襲ったのと「同じ」震度の地震と「同じ」高さの波が来ても大丈夫、と言っているだけなのである。
だが、福島原発「以上」の震度の地震や、それ「以上」高い津波や、それ「以外」の天変地異やシステムの異常や不慮の出来事(テロや飛来物の落下など)を「防止できる対策と体制」についてはひとことも言及していない。
そのようなものはすべて「想定外」であり、それについてまで「安全を保証した覚えはない」とあとから言われても、私たちは一言もないように書かれている。
次の文章も官僚的作文のみごとな典型である。
「これまで一年以上の時間をかけ、IAEAや原子力安全委員会を含め、専門家による40回以上にわたる公開の議論を通じて得られた知見を慎重には慎重を重ねて積み上げ、安全性を確認した結果であります。」
これは原発の安全性が確認されるというこの所信表明の「きかせどころ」なのだが、何とこの文には主語がないのである。
いったい「誰」が安全性を確認したのか?
うっかり読むと、これは「IAEAや原子力安全委員会」が主語だと思って読んでしまうだろうが、たしかに不注意な読者にはそのように読めるが、実は安全性を確認した主語は存在しないのである。
意味がわからなくなるように周到に作文されているのである。
これを英語やフランス語に訳せと言われたら、訳せる人がいるだろうか。
私がフランス語訳を命じられたら、「安全性を確認した」のところはたぶんこう書くだろう。
La sécurité s’est confirmée
これは代名動詞の受動的用法と呼ばれるもので、「安全性」というものが自存しており、それが自らを確認したというニュアンスを表わす。
つまり、人間は誰もこの確認に関与していないということである。
La porte s’est fermée は「扉が閉まった」と訳す。
「誰も扉を閉めていないのに、扉が勝手に閉まった」という事情を言う場合に使う。
たぶん、それと同じ用法なのである。
だから、仮にその後何かのかたちで「安全ではなかった」ことがわかったとしても、文法的には、その責任は勝手におのれを「確認」した「安全性」に帰せられるほかない。
だが、そうやって「安全性を確認」した主体を曖昧にしただけでは不安だったのか、ご丁寧に、そのあとには「結果であります」ともう一重予防線を張って、さらに文意を曖昧にしている。
もう一度この文を読んで欲しい。
「これまで一年以上の時間をかけ、IAEAや原子力安全委員会を含め、専門家による40回以上にわたる公開の議論を通じて得られた知見を慎重には慎重を重ねて積み上げ、安全性を確認した結果であります。」
「安全性を確認した結果」とは何を指すのか。
「安全性を確認した結果」は実はこの文の前にも後にも言及されていない。
それが出てくるのは、はるか後、演説の終わる直前である。
「大飯発電所3、4号機を再起動すべきだというのが私の判断であります。」
これが「結果」である。
たぶんそうだと思う。
「安全性を確認した結果」として意味的につながる言葉は声明の中に、これしかないからである。
だが、この書き方はいくらなんでも、声明の宛て先である国民に対して不誠実ではないだろうか。
「これまで一年以上の時間をかけ、IAEAや原子力安全委員会を含め、専門家による40回以上にわたる公開の議論を通じて得られた知見を慎重には慎重を重ねて積み上げ、安全性を確認した結果、大飯発電所3、4号機を再起動すべきだというのが私の判断であります」と堂々と書けばよろしいではないか。
なぜ、そう書かないのか。
推察するに、そう書いてしまうと、IAEAや原子力安全委員会を含めるすべての専門家が全員「安全だ」言ったので、それを根拠に首相は再起動の政治決断をした、というふうに読めてしまうからである。
実際には、専門家からは大飯原発の安全性についてはさまざまな疑念と否定的見解が提出されていた。IAEAも特定の原発について、「絶対安全です」という技術的な保証を与えることを任とする機関ではない。
だから、そうは書けない。
やむなく、「専門家の議論」と「私の判断」の間に数十行の「ラグ」を挿入して、この二つの間に関連性が「あるような、ないような」不思議な文を作ったのである。
議論には参加したが、安全性を確認していない専門家に対してはみなさんがなさった議論と私の政治判断の間に「関連がある」とはひとことも書いていないという言い訳ができる。
でも、素人が読めば、議論の「結果」、あたかも科学的推論に従って、首相は粛々とこの判断に至ったかのように読める。
よくこんな手の込んだ作文をするものである。

だが、詭弁が冴えるのはむしろこの後である。
「国民生活の第二の意味」についての部分である。
さきほど見たように、「国民生活の第一の意味」は原発事故という「非日常的なリスク」から守られるべき生活のことである。
このリスクは「安全性が確認された」のでクリアーされた、というのが首相の言い分である。
第二の意味は平たく言えば、「日々の生活」のことである。
「計画停電を余儀なくされ、突発的な停電が起これば、命の危険にさらされる人も出ます。仕事が成り立たなくなってしまう人もいます。働く場がなくなってしまう人もいます。」
だから、原発再稼働というロジックはみなさんご案内の通りである。
原発事故や天変地異は「いつ、どこを、どのような規模の災禍が襲うか予測できないリスク」である。
電力高騰と停電は「いつ、どこで、どのような規模の災禍が襲うか予測可能なリスク」である。
盛夏期の午後(高い確率で甲子園の決勝の日)に、関電が送電している地域で、計画的な(場合によっては、突発的な)停電があるかも知れない。
たしかにそうだろう。
だが、そのような事態や電力料金の値上げは、原発事故とは「リスク」として比較を絶している。
原発事故は「長期的な、被害規模が予測できないリスク」である。
原発停止がもたらす電力不足や電気料金の高騰は「短期的な、被害規模が予測可能なリスク」である。
再稼働反対の人たちは「長期的なリスク」を重く見る。
賛成派は「短期的なリスク」を重く見る。
その射程の違いが賛否をわけているということは、これまでに何度も書いてきた。
野田首相は「長期的なリスク」を低く見積もり、「短期的なリスク」を高く見積もった。
それは彼の個人的判断であり、一般性は要求できないが、ひとつの見識である。
だが、それなら「原発事故が起きる蓋然性は低い。だから、それよりは確実に被害をもたらす短期的なリスクを優先的に手当てすべきだ」と率直に言えばよかったのである。
「原発事故が起きた場合に損なわれる(かもしれない)国民生活より、電力高騰と電力不足によって(確実に)損なわれる国民生活の方を私は優先的に配慮したい」とはっきり言えばよかったのである。
首相が不実なのは、そのことを言わなかった点にある。
彼は「原発事故が起きた場合に損なわれる蓋然性のある国民生活」については、これを今は配慮しないという政治決断を下した。(「安全性が確認された」のである。どうして事故を気づかう必要があろう)。
繰り返し言うように、そのような判断は「あり」である。
「朝三暮四」と侮られようと、この夏が乗り切れなければ、「日本は終わりだ」と彼がほんとうに信じているなら、そう考える自由は彼のものである。
だが、「原発事故から国民生活を守る」という仕事を「原発の安全性について(誰ひとりその責任をとる気のない)『確認』を行ったこと」に矮小化して、あたかも「原発事故から国民を守っている」かのように偽装することは一国の統治者には倫理的に許されない。
「原発事故から国民を守る」というのは、原理的には稼働停止・段階的廃炉以外の選択肢はない。
仮に暫定的な再稼働が経済的理由で不可避であるというのなら、「原発事故から国民生活を守る」ためにまずなすべきは、原発隣接地域における汚染被害を最小限に食い止めるための「最悪の事態に備えた避難計画」の立案と周知であろう。
それを再稼働よりも「後回し」にできる理由として、私には「原発事故から国民生活を守る仕事には緊急性がない」と彼が思っているという以外のものを思いつかないのである。

長くなるのでもう止めるけれど、昨日と同じことを今日も書く。
困っているなら、「困っています」と素直に言えばいい。
二つの選択肢の間で、決断しかねている。
こちらを立てればあちらが立たずという苦境にいるのだが、とにかく目先のリスクを回避するのが優先すると、私は腹をくくった。
原発事故がもう一度起きたら、そのとき日本は終わりだが、それは起きないと「祈りたい」。
「原発事故から国民生活を守る」という「国として果たさなければならない最大の責務」については、これを暫時放棄させて頂く、と。
そう正直に言ってくれたらよかったのである。
そう言ってくれたら、私は彼の「祈り」にともに加わったかも知れない。
だが、彼は正直に苦境を語るという方法をとらずに、詭弁を弄して、国民を欺こうとした。
政治家が不実な人間であることを悲しむほど私はもうナイーブではない。
だが、総理大臣が自国民を「詭弁を以て欺く」べき相手、つまり潜在的な「敵」とみなしたことには心が痛むのである。
(内田樹の研究室 より)

次に。
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65810473.html

近藤「野田さん…はアメリカに行って、オバマ大統領とその他、こう、いろいろと話して帰ってきているわけですよね」

小出「はい」

近藤「で…ここまで僕あの、逆戻りするとは思ってなかったんだけど。アメリカ側から見てね、日本のこの原発再稼動っていうのは、極めてOKであるっていう説明っていうのはつきますか」

小出「そうだと思います。要するに日本というのは」

近藤「うん」

小出「米国から手取り足取り教えてもらってきたわけですし。米国が日本に原子力を売り込んで利益を吸い上げてきたという、そういう関係ですので。これからも日本が原子力をすすめるということは米国は金儲けができるということですから。やらせたい、のだろうと思います。」

近藤「うん。僕は一番言うことを聞くのは、民主党政権は自民党よりもアメリカだと思ってるんですけどね」

小出「はい」

近藤「う…沖縄の対応見たって皆そうなんだけど」

小出「はい。そうでしたね」

近藤「なるほど。わかりました」

小出「はい」

水野「今のじゃあ、裏返しに言うと、再稼動は極めてOKというアメリカは、再稼働しなければ極めてNGっていうことですかね」

小出「そうですね。日本で原子力が潰れるようなことになれば、日本から吸い上げてきた原子力関連の利益というものが失われるということになります」

近藤「つまりあの…80キロ圏内でバタバタバタバタアメリカもしてたわけですよね」

小出「そうですよね」

近藤「で、しかしそういうことは覚えてるわけだけど。」

小出「はい」

近藤「要するに、すべてアメリカも、なんちゅうか経済の原則っていうか、金儲けの形で動いていると」

小出「はい。まあ私より近藤さんのほうがこういうことはよく、ご覧になってるんだと思いますが。今の世界はどうも、カネが、最高の価値、を決める基準になっているように思い…」

近藤「いやあほんとそう思いますねえ。」

小出「はい」

近藤「僕は政治、よりやっぱ経済が、すべてを動かしてるなってことが、ほんとうになんか最近よく、感じるんです」

小出「はい」

近藤「うーん。」

水野「小出さんは野田総理のあの時の再稼動を説明する会見」

小出「はい(苦笑)」

水野「をお聞きになっていかがでしたか」

小出「え…国民の生活を守るためだというようなことを野田さんが言ったのですけど。余計なお世話だと私は思いました。」

水野「うん」

近藤「あの…先生」

小出「はい」

近藤「あの福島の原発のようなことが起きても、ああ、地震のようなことが起きても津波が起きても」

小出「はい」

近藤「大丈夫だっていう、ことを自信たっぷりに言ったんですよ」

小出「はい」

近藤「で、ぼくはもうその、なんていうんでしょうねえ。その神経がわからないんだけど」

小出「私もです」

近藤「あの…ようするに、その生活を守るっていう以前に、生命を守るっていう観点が必要ですよね」

小出「そうです」

近藤「だから生命を守るっていうことについての言葉が1つもないわけでね。うーん」

水野「生命を守るって、いうたら、小出さんどうなんですか。だって、あの、もう、福島のようなことがあっても大丈夫だと、安全は確認されていますって野田総理はおっしゃいましたよね」

小出「はい」

水野「これは科学的に言うと、なんか意味がある言葉なのでしょうか」

小出「…全く意味のない言葉です」

水野「…あぁ(苦笑)」

小出「彼らは、福島事故が起きるまでも、すべての原子力発電所は、安全で事故は起こさないと言ってきたんですね。」

水野「ああ、そうか」

小出「ところが事実として起きてしまっている、のです」

水野「はい」

小出「どんなに廃炉しようと予想をしてあれこれ手を尽くそうと、やはり事故というものはいつか起きると思っておかなければいけないと。いうことを今度の事故が教えてくれたんです。それから何の教訓も学ばないというのは、ほんとうに困った人たちだと、思います」

近藤「あの…再稼動反対は精神論だというような意味のことも言ったんですよ」

小出「そうみたいですね、はい」

近藤「僕はその精神論っていうのは、それこそ安全神話イコール精神論でね」

小出「そのとおりです」

近藤「うーん…。まあ…ね…。」

小出「(苦笑)」

水野「はい。ため息が思わず」

小出「はい」

水野「小出さんから漏れました」

小出「はい」

水野「どうもありがとうございました」

小出「ありがとうございました」

水野「京都大学原子炉実験所助教、小出裕章さんに伺いました」

(ざまあみやがれい より)

Cher Monsieur2012/06/15 13:48:46

福井県知事 西川一誠様

大飯原発3・4号の再稼働を認めないでください。
福井県が、長きにわたって危険な原子力発電所を抱え、関西圏への電力供給を担ってくださいましたことに深く感謝申し上げます。叡智を結集され、弛みない研究・精査・改善を続けてこられた賜物と存じ、敬意を表します。
ありがとうございました。
私たちは過ぎるほどに、その恩恵に与りました。
もう、十分です。
もう、原子力発電所の営業・稼動を止めてください。
長期間、存分に働いてくださいました。このうえはどうか、廃炉への準備を進めてください。
発電所が安全な施設かどうかが問題なのでは、もはやありません。
原子力発電所というものの存在を、もう許してはならないのです。
命の源たる大地と海を、原発事故によって、地球規模で汚染してしまった私たち日本人には、既存の原子力施設を謹んでひとつずつ片づけていく以外に、地球上の生物に許してもらう道はないと考えます。
大飯原子力発電所が、廃炉への第一歩を踏み出してくださることを心から願ってやみません。



美浜の会がメッセージを募集していたので、昨日……おとといだったっけ? とにかく、送った。
知事に目を通してもらえるとは思えないが、何事も、しないよりはマシ。



常連客に支えられて小さなレストランを20年以上経営している小百合が、こないだ電話で「再稼働の必要性」を切々と訴えた。私にゆーてもしゃあないやん、なんだが、たしかに今、再稼働は必要、と口にすることはたいへん勇気がいる。あたりかまわずつぶやこうものなら、客商売の小百合には命取りだろう。もちろん小百合は脱原発派だ。しかし「15%の節電で、ウチの店もそうやけど、職場がたちまち立ちゆかんようになる人、多いねんで。ウチのお客さん、ほとんどウイークデーのランチかアフターファイブやのに、その人らが仕事できんようになって店来てくれんようになったら、店で節電してどうたらこうたら、よりも、もっと大打撃なんや」と至極もっともなことをいう。もちろん、私はその小百合に対して、知事宛のメッセージのような「正論」は吐けない。目先の危機を乗り切ることを最優先させるのは商売人の常識であり、そのようにして生き抜いている自営のあきんどを大勢友達にもつ「甲斐性なし」の私は、彼らに敬意こそ抱くがけっして軽蔑などしないのである。
小百合はいう。「再稼働が必要」などとは口が裂けても「話題に出せへんねんなあ。お客さんの中には余裕で節電ライフ送ったはる人、やはるし、そんな人らに原発動かしてほしいとか、聞こえたらエライことやし」。その一方、「でもな、関電の営業部長さんなんか、めっちゃ余裕やで。再稼動できひんわけないさかい、停電の心配なんかおまへんでって、ヒソヒソ声でゆーてくれはる」そうだ。

脱原発を掲げた元首相も、官僚作文で詭弁を弄する現首相も、「しぶしぶ」容認した関西圏首長群も、きっと数年後には、シナリオどおりに踊らされたピエロたち、とフォトキャプションが付くのだろう。趣味の悪い安物の芝居小屋で配役をあてがわれていたに過ぎなかったと皆が振り返ってため息をつくのだろう。
原発の行く末については、「ムラ」がとうに決めている。


「なんでこの国はさ、この先10年くらいかけて少しずつ原発による発電量を減らしていきます、とかそういう計画的なことができんのやろ?」
「数か月単位でソーリダイジンがチェンジする国やしな」
「福島のときも、今すぐ健康被害はない、ばっかりゆーて、でも十年後はわかりませんからすぐに避難してください、とはとうとう誰もいわへんかった」
「そのときになって十年前の発言の責任とれとか言われんのがイヤなんやろ。十年後、何も起こらへんかもしれんしさ」

そう、何も起こらないかもしれないのだ。
もしかしたらもう二度と、地殻変動なんか起きなくて、気候変動も収まって、天災は来ないかもしれない。東電の原発事故を原因とする癌の発症も、ないかもしれないのだ。今大騒ぎしていることすべては杞憂に過ぎないかもしれないのだ。
でも、やっぱり起こるかもしれないのである。
庶民はそんな二つの「かもしれない」の間で右往左往させられている。
かもしれない。だから安全性を保証して。
かもしれない。だから経済活動を止めないで。
だが「ムラ」は国論を二分している現状などに関心はない。彼らにとって原発の是非など空論の極みだ。

「ムラ」=自民党、讀賣、電通、電力業界。私たちは彼らに好き放題させたままあまりに長期間放置しすぎた。このツケは後続数世代にまでまわるだろう。ママゴトやってる場合じゃないが、私たちの目の黒いうちはママゴトしかすることがないのだろうな、と暗澹たる諦念に襲われるのである。

Les papiers du chocolats2012/06/16 05:50:45

母と娘への土産には細かい小物を目につくたびちょこちょこと買った。エコバッグだったり巾着袋だったりストラップだったり……。でもこのチョコレートがいちばん「どこで買ってきたか」が相手に対して判然として、お土産らしかった(笑)。
3人で分けていただきました。ごちそうさま。


『対談 世流に逆らう』
佐伯快勝×アレックス・カー
北星社(2012年6月)


発売されたばかりの本である。
コンパクトなソフトカバーでさほど分厚くなく、読みやすい体裁に仕上がっている。……と、そんなことを言うのも、勤務先の上司が部分的に編集にかかわっていたので、私としてはできあがるのをこっそり楽しみにしていたのだ。上司が取材をしていたのは昨秋のことなので、もっと本当のことをいえば、すっかり忘れてたんだけど。へへへ。

一瞬、なんだこりゃ、みたいな表紙だが、めくって読み進むと、とても穏やかな気分になる。先へ進みたくなる。平易な言葉でかなり深遠なことを語り合っておられるのだが、とにかく飽きずに読み進みたくなる。なかなか構成も工夫されている。

佐伯快勝さんというのは浄瑠璃寺のご住職である。アレックス・カーさんというのは東洋文化研究家という肩書きで紹介されているが、私たちのまちでは「町家再生プロジェクト仕掛け人」という印象が強い。同時に、書家である。わりと普通の(といってはなんだが)、よい書の作品を創っている人だと私は思う。書の作品というのは「何て書いてあるのか」が一見して鑑賞者に伝わらなければ意味がないと思っているのだが、何が書いてあるのかわからない書をしたためる書家というのがちょいニョキニョキとはびこってきているのではなかろうかと憂えたりする私である(そういう売れっ子書家に友人がいるんだが、なんだかなー、なんである。ま、いい子だから許している。笑)。

歳をとったということなんだろうか、最近、坊様の言葉に弱いのである(笑)。我が家の菩提寺の坊さんのいうことなんか全然心に響かないんだけど。
有名無名を問わずよく僧侶が新聞でコラムを担当していたり、何かとコメントしていたり、とにかくその思想が活字になって紹介されることの多い私たちのまちでは、はっきりいって(税金も払わないくせにさ)いささか小うるさく感じるのである。宗教嫌いも手伝って、若いときから坊主の書いたもん・いうたことには近づかないようにしてきたが、ここ数年、ほとけさまに近づいてきたんだろうか(笑)、なんの抵抗もなく、彼らの説法を聞いたり、仏の教えにまつわるさまざまなことに耳を傾けたり、そうした類の本を読んだりしている。仕事で神社仏閣を取材する機会が多いことも一因かもしれないと思ってみたが、30歳前からこういう仕事で大小ピンきりの神社仏閣を見てきたはずだが、40代半ばを過ぎるまで、どんな寺院を見ても「だからなんなのよ」的な気持ちが自分の中では支配的だった。まあね、言い訳だけどさ、掃いて捨てるほど神社もお寺もあるわけよ。いちいち感動してられないのよ。
でも、ほんとに、ここ数年は、訪問した場所の土の匂い、祠や社の褪せた木の色、お話しくださる僧侶の言葉が、身に沁みる。

そんなわけで、これは、たいへん身に沁みる、よい本である。

《犠牲を出すことも致し方なしとする西洋の思想と、犠牲を出さずに誰もが救われないといけないとする日本の思想の違い(中略)助かるなら皆で助かる。犠牲になるなら皆で犠牲になる。今こそ、そういう発想が大切なのではないか(中略)しかし、今の日本には、一部の犠牲は仕方がないという考え方の人のほうが多くなってきているんですね。それこそ、今度の原発の問題で如実に現れたんとちがいますか。仏教では皆が助からないと意味がないんです。》(佐伯快勝さん、67~68ページ)

《例えば旅行者が京都市内の大型ホテルに泊まるとして、その中に「京都」が表現されているでしょうか。(中略)京都の観光というのは、京都文化のすばらしさを訴えるというのが本来だと思いますが(中略)海外の客なら、何でわざわざ京都まで来て大理石を敷き詰めたヨーロッパ風のロビーに迎えてもらわないといけないのか、と思うに決まっていますよ。》(アレックス・カーさん、84~85ページ)

《人間の力では及ばんものがあるのやと誰もが改めて気づいたのではないでしょうか。その意味で、人類がちょっと立ち止まる転換期が来たことの知らせかもしれないと思っています。
 これからもっと厳しいことが次々起こる可能性もあります。そのときに、犠牲を前提に救済するのか、全部助からないと意味がないんだという覚悟でやるのか(中略)これだけの災害にあったんですから、みんなが助からなあかんという発想が、もうちょっと幅を利かせるようにならないと大嘘やと(中略)地球上に生命が発生するまでにも何十億年とかかっていますね。(中略)やっと海にも陸にも生命が棲めるようになった。生命が棲める地球の環境というのは、これは言わば、お金の話で言うたら元金なんです。元金という財産は地球がコツコツ創り上げ、貯め込んできたもんなんです。ですから、元金から生まれた生命はその利息で食っていかんならんのです。(中略)人間だけが異常繁殖してくるちゅうのは、元金にまで手を付けた、ちゅうことです。(中略)元金を崩したら、しばらくは大した贅沢ができますわな。(中略)その辺の人間の横着さに目を覚まさせるために、自然界が警告を出したということではないでしょうか。世流には逆らわないといけないが、大自然の仕組みに逆らってはいかんのです。》(佐伯快勝さん、88~89ページ)


化石燃料である石油や石炭を掘り出しそれを燃料に発電するのは環境破壊だが原子力発電はクリーンだ。そんな阿呆な理屈が通らないことは、もう日本人は痛いほど思い知らされたのであるが、原子力発電がクリーンでないのは、「事故が起こったら放射能が漏れるから」ではないのだ、ほんとは。

普通に稼働されるだけで、そこには「核のゴミ」が蓄積される。この先いったいどうすりゃいいのか誰も思いつかないし処理できないゴミをとりあえず「蓋をして見なかったことにしておく」。いったい、いつまでそうやってるつもりなのか。深~く埋めといたら当面は大丈夫っていうその当面はいつまでなのさ。

普通に稼働されるだけで、近海の水温を上昇させる。古来棲んでいた貝や魚は当の昔に姿を消し、いるはずのない外来種がこれはしたりと棲みついて生態系を変えているが、それは長期間の変化であるため、地球温暖化という隠れ蓑がうまく使われて議論にすらならない。
日本の漁師はもっともっと声を挙げないとイカンとつねづね思っている。

声を挙げなきゃいかんのは、もちろん、漁師だけじゃないけどね。

安全だから動かしてもいい、なんつうもんでは、ないねんってゆーてるやんか。ってもっといわなイカンね。


えー、もとい。
引用した部分は若干タイムリーな話題になっていたところなんだけど、もっと、浄土のこと、阿弥陀様のこと、境内の野草のこと、湧き水のこと、瑠璃色のこと、ココロにぐわんぐわん響くお話がたくさんある。浄瑠璃寺はとても不便なところにあり、そのためにこれまでぜんぜん足を向ける機会がなかったのだが、なんとしても行かなくてはならない。

そして、まだ日本のどこかに、このような奇跡の名勝が残っているのかもしれない、それなら何がなんでも保護してほしいし、ぜひ訪ねたい。

そのように思わせてくれる一冊である。
正直言うと、カバーデザインはイマイチ(笑)。
でも、よい本であるぞよ。

Il ne faut pas abandonner...!2012/06/19 20:58:26

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/20068
(URL訂正しました)

猫屋さん(ブログ・ね式 世界の読み方。左サイドにリンクしてます)とこに貼ってあった番組動画。長いですが、わかりやすい内容です。見てください。英語や仏語に訳して世界中に配信してくれないかしら、どなたか。いや、まあ、見なくちゃならないのはまず日本人だけどね。

岩上さんが、河合弁護士から目を逸らさないまま、さささささーっとメモを取るところがかっこいい。私もインタビューするときはそうしようとするんだけど、後で見たら解読不可能なほどぐちゃぐちゃなメモ(笑)になっちゃうので、録音機材に頼るようになってしまった。聞き手が語り手から目を逸らさないのは鉄則。私は速記をマスターしなかったので、録音機材を持っていなかった頃は、ぐちゃぐちゃのメモと記憶だけが頼りだった。
遠方へ出張取材へ行ったとき、相手の話にうなずきながら、自分の手元には一度も目を落とさず、終始微笑み、深々と頭を下げてお礼をいい、その場を辞したとたん、VHSを巻き戻すように頭の中で時間を遡り、新幹線の中でががががーっとノートに書き起こした。もちろん、ビールとおつまみを手元に置いて。
たぶんあの頃のほうが、書くことに対して私は真摯だったのではないかと思う今日この頃。昔の文章はとても稚拙で見ちゃいられんけども、小手先でなく、全身の体力を使って、書いたこともあったと、今は思える。

はあ。

O mes enfants...!!!2012/06/30 10:13:00

2010年の春にアシナガバチがやってきて、我が家の物干しの片隅に営巣したんだが、以来毎年来るようになった。2011年はあまり巣が大きくならないまま、夏が過ぎ秋になって空き家になってしまった。何かがうまくいかなかったのだろう。
それで、次代の継承はもうなかろうと思っていたが、今年、ふと気がつくと巣ができていたのだ。
写真は約ひと月前。

少しずつ、大きくなっている。

ちゃんとウチの物干しを覚えていて、ここへ来たら安全に家づくりができる、という情報が引き継がれているのだな。すごいなあ。
なんか、お母ちゃん誇らしげやね。

家族、増えてます(笑)。これは6月9日の朝。最初の写真から10日後。

我が家は都会のど真ん中、住宅密集地にある。
古い界隈ではあるが、昔ながらの中庭のある京町家はすっかり消失。周囲にあるのは、狭小地いっぱいいっぱいに建てられて味気ない建材で外壁を覆われた、四角い3階や4階建ての住宅ばかりである。物干しから五山の送り火が見えたのは、幼い頃の、もはや幻のような、記憶のなかだけの夏の日々だ。

そんなわけで行き場所のない小動物たちが我が家に来る(笑)。
いつの間にか大所帯となっているアシナガバチ家。

6月17日。

数年前までは、鳩やよくわからない鳥たちがよく来ていたが(ほんで実った苺や枇杷や小梅をよく食べてくれたが)、里山や御苑のカラスがまちなかに餌を求めて降りてくるようになって、ウチの近辺から鳩の姿が消えてしまった。毎朝、雀のチュンチュンと鳩のくっくるぷーというツイートに癒されていたものだが、最近はカアアカアアと、ただうるさいだけである。

6月23日。

ゴミ収集のローテーションとか知ってるんじゃないだろうか奴らは、と思うほど、ゴミの日はカラスの数が多く鳴き声も派手である。呼ぶな仲間を、つーのよもう。
6月27日。 

ま、それはともかく、毎朝、慌ただしく(それはもう慌ただしいんだぞホントに)洗濯物を干すひとときの、かけがえのない楽しみである。
同日。何かくわえている子、いるでしょ?
どこいくの〜。
ケータイを向け続ける私を阿呆と笑わば笑え。

我が子のように慈しんでいるのである。
警戒しまくり〜(笑)

ホントに可愛いのである。

最後の写真は今朝のもの。

右下の子が何かくわえてて、真ん中へんの子が水滴を口元に含んでいる。ずっと眺めて、どうするのかを見ていたかったが、どうもこちらを気にしているようなので、すすすっと退散した。この子らも、働いておるのじゃ。


こうしてブログを書いてると、母が近所の和菓子屋さんから帰ってきた。今日は水無月を食べる日です。あちこちの菓子司で列ができているそうな。妙に律儀に歳時記を守る京都人。というか、ま、そういうことでものづくりも商いも成り立ってまんねん、つーこってす。

マイMacBookが春からずっと、どうもよろしくないので、修理屋さんに預けることにした。そんなに時間はかからないと思うけど、しばらく家ではPCなしライフ。
もっと早くに修理に出したかったが、とにかく5月下旬からずっと休みなし、午前様帰宅でまったく身動きとれなかった。今日ようやく大阪ヘ行く時間を確保できそうなのである。

明日から、祇園さんである。夏じゃ、夏じゃ。