Joyeux Noël... oh, il est tard? ― 2012/12/26 20:04:09

那須圭子著(写真・文)
みずのわ出版(2012年)
飛びついて買った。
と、言いたいところだが、この本の情報をゲットしたときすでにそこらへんの書店には全然なく、アマゾンでも入荷未定のため取扱不可能の通知。8月発売だったみたいだが、たしか風に秋の香りを感じ始めた頃に新聞の書評欄で見つけた。近所にある最近成長イチジルシイ某大型書店には影も形もない。できるだけ路面に店舗を構えている書店で本を買おうと心がけているのだが、しかたなくアマゾンで注文を試みると先述のような通知が来て「キャンセルする?」と聞いてくる。こういうときは出版元に泣きつくに限る。というわけで書名、出版社名で検索するとあっさり出てきた。お問い合わせは「メエルください」と面白い書きかたがしてあって(笑)、メエルを送ると丁寧な返事が来て「注文を承ります」。わずか一往復半の、短いメエルのやり取りだったが、とても温かく幸せな気持ちになれた時間だった。みずのわ出版の店主は、旧仮名遣いでメエルを書いてきた。文体もどこか昭和初期の匂いがする(っても私は「昭和初期」なんて知らないんだけどさ)。丸谷才一を思わせて、にんまりしながら、その短いメッセージに愛しさを感じながら、何度も読んだ。
彼によると、そもそも本書はほとんど流通に乗っていないのだという。きちんと本の評価をしてくれて、誠実に販売してくれる店舗を探したら、全国で50店ほどしか、本書を置ける店がなかったというのだ。紙でできた本。指でページをめくることのできる本。著者の息づかいや思いにあふれる書物。その真実の価値を知り、真摯に扱ってくれる書店は年々減り続けている。みずのわ出版さんがこだわり強すぎるのかもしれないし、広い広い出版界の中にあってみずのわ出版さんは「偏屈」に分類されるのかもしれない。でも、じゃ、偏屈でない本ってどんな本だろう。時流に乗った、著名な人が書いていて、装幀デザインにも最近のテイストが効いていて、万人がこう評価する。「ちょっといい感じちゃう?」「しゃれおつ!」「表紙かわいい!」
そんなわけで、みずのわ出版さんに直接掛け合って入手した『平さんの天空の棚田』。もちろん、アマゾンの打診には謹んで「キャンセルする」をクリックした。また今度ね。
本書の主人公は、「棚田」である。平さんの祖父が、まだ幼かった平さんを連れて、山腹に築いた石垣の上。その棚田は海に望み、空と海の青を映し、ならぶ早苗が列の隙間に映る白い雲やきらめく星と絵を描き、垂れた稲穂は天空に黄金の穂先を揺らし、干された稲が崖にタピスリーのごとく重厚な模様を織りなす。棚田に立つと、遠い遠い空が少しだけ近く感じられる。棚田に立つと、きっと、棚田だけが天空に浮かんで、これから旅に出るかのような気にさせてくれる。
平さんは、節くれだった掌を著者に見せ、自分が死んだら棚田はもう終わるという。それを聞いた著者は、なんとか後継者を探そう、などと野暮なことは言わない。平さんの魂とともに棚田は山へ還るのだ。
日本には、いや日本だけでなくアジアの山岳部には美しい棚田がたくさんある。田植えの時期、インターネット上には美しい棚田の写真が争うようにアップされる。どれもこれも、失いたくない自然と人智の結晶だ。文化遺産(自然遺産か?)に指定された棚田もあると聞く。そうしたことは、私も否定しない。しないけど、おそらくちっとも絵にならない小さな島の狭い斜面の小さな田圃、著者が記録しなかったらきっと誰も振り向かなかった石垣の上の狭い棚田、それは、ほかのどの土地にあっても絵になるどころか意味をもたなかったかもしれない風景なのだ。
みずのわ出版のサイトはここ。本書の紹介文をコピペする。
http://www.mizunowa.com/
『平さんの天空の棚田―写真絵本・祝島のゆるがぬ暮らし 第1集』
A5判フランス装76頁
定価=本体2000円+税
ISBN978-4-86426-019-0 C0372
著者(写真・本文・解説)=那須圭子
装幀=林哲夫(画家/「sumus」編集人)
プリンティングディレクター=熊倉桂三(山田写真製版所)
編集=柳原一徳(みずのわ出版)
印刷=(株)山田写真製版所
製本=(株)渋谷文泉閣
●…中国電力が山口県上関町長島の田ノ浦に建設を計画する上関原子力発電所に対し、30年にわたって反対運動を続けている祝島(いわいしま)で、祖父から3代にわたる棚田を守り続ける平萬次さん(80歳)とその家族の物語。カラー写真30数点収録の写真絵本。
著者による巻末の解説(「天空に浮かぶ家族の城の物語」)では上関原発問題について簡単にふれているが、本文では原発の「げ」の字も書かれていない。連綿と営まれてきた島の日常の記録を通して「豊かさ」の本質を問い、それをもって反原発の意志を伝える試みでもある。
毎年同じ時期に繰り返される田植にみられるように、一見何ら変化のない、のんべんだらりとした日常。それは、3.11震災に伴う福島原発事故により、連綿と生活を営んできた土地から引き剥がされ、郷里を喪った人々にも、同じようにあった。際限なく膨張する都市のエゴが、田舎のゆるがぬ暮らしを奪い、後からくる子供たちの生存を危うくしている。豊饒の海と大地を、目先のカネのために売ってはいけない。
著者:那須圭子(なす・けいこ)
フォトジャーナリスト。1960年、東京生まれ。早稲田大学卒業後、結婚を機に山口県に移る。上関原発問題に出会い、報道写真家・福島菊次郎氏からバトンタッチされる形で、同原発反対運動の撮影を始める。写真集『中電さん、さようなら―山口県祝島 原発とたたかう島人(しまびと)の記録』(創史社、2007年)で「第12回日本自費出版文化賞・特別賞」を受賞。
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今、ラジオを聴きながら書いてるんだけど、アシスタントパーソナリティの女性(若手の局アナ・24歳らしい)のおしゃべりにちょっと辟易している。メインパーソナリティはベテラン男性アナ・50代、ちょっとええ声のハンサムヴォイス。彼が「レ・ミゼラブルを観たんですよ」と話題の映画に触れたとき。「へえー面白かったですか?」とお嬢さん。メイン氏が「僕はあまりミュージカル映画は好きじゃないんだけどさすがにレ・ミゼラブルだからね……知ってるでしょ、レ・ミゼラブル?」「ええ?有名なんですか?」「知らないの?」「何の名前ですか?」「え、ホントに知らないの? ああ無情って少年少女世界文学全集には絶対入ってたよ、アニメにもなってたよ」「ああ無情? それ、そのレなんとかと関係あるんですか?」「ホントに知らない? ヴィクトル・ユーゴーの」「びくとるゆうご?」「そうですかー知りませんかー……(ここで小説のあらすじを紹介、映画の見どころを解説)ジャンバルジャン役の俳優は歌がうまかったね」「ジャンバルジャンって何ですか?」「何って主人公の名前ですよ、聞いたことない?ジャンバルジャンって」「エクスオーじゃん、なら知ってます」「何それ」「韓国料理の調味料」「……」
漫才とかネタとか冗談ではなく、真面目なやり取りである。この女子アナ嬢、学生時代は海外旅行に行きまくったらしく、フランスもイタリアも「制覇」したそうだが、何を制覇したんだろう?
彼女、発音は明瞭で、声も悪くないんだけど、無知ぶりをこんなふうに披露されても不愉快だ。仏文学を勉強していなければ、知らないのは仕方がない(仏文学勉強しなくったって『ああ無情』は知ってるけどな、おっさんおばはんは)。
レ・ミゼラブルぐらい知っとけよ、とかヴィクトル・ユーゴーを知らないなんてプッ、なんていうつもりはさらさらない。知らなくても、いい。でも、たいへん高名な文学作品についてカケラも知らないことを、こんなに恥ずかしげもなく語られると、こっちが赤面してしまう。もう少し、謙虚になってほしい。