夜桜2007/01/24 19:03:49

 近くの城址(しろあと)では、毎年三月から四月にかけて桜のライトアップが行われる。年間通じてつねに旅行者でごった返す有名な観光スポットだが、桜のシーズンは地元の住民も押し寄せるのでえらい騒ぎになる。他県や外国の友人たちがこの城址を訪れたいとよくいうのだが、私は閑散としている真夏や真冬をおすすめしている。もし案内して、などといわれたらたまらない。私は人混みにめっぽう弱くて、すぐ疲れて不機嫌になる。すると遠路はるばる訪ねてくれた友人たちに失礼だし。

 亡くなった父は、夜桜見物が大好きであった。しかし件の城址ではなくて、もう少し離れた場所の神社に隣接する、これも桜で有名な公園に必ず出かけた。この公園では、花見客が泥酔して毎年なんだかんだと問題を起こしている。母はそういうことになるのが嫌だから、父には、ほどほどにして帰ってきなさい、といつも言っていた。しかし父は、花に酔いつぶれてしまって、たいてい朝にならないと帰ってこないのであった。つまらない喧嘩沙汰に巻き込まれなかったのが不思議なくらいだ。とはいえ、飲み仲間に迷惑かけてばかりだから、今年も夜桜見に行くんなら私がおともしますからねっ、とある年、母は言い、その年以来、公園の夜桜ライトアップが始まると夫婦で出かけるようになった。必ず私にも一緒に行かないかと声をかけてくれたが、城址と同じ理由で私は一度も行ったことがない。

 父が亡くなってひと月半ほど経った日、娘が「お城の夜桜ライトアップっていうのに行ってみたい」と言い出した。保育園にも小学校にも立派な桜の木があり、家から近い児童公園にも大通りの街路樹にも桜がある。自然と桜が好きになった娘だが、もちろん、夜にライトアップされた桜を鑑賞したことはなかった。だから見たいという気持ちになったのは不思議でもなんでもないが、とはいえ、私は気が進まなかった。人混みが嫌だということもあるのだが、なんだか「それ、親父が言わせてるんじゃないか」と思ったからだ。

 亡くなる前の数年間、今思えば体力的にきつかったのだろう、夜桜見物はもういい、と父はいっていた。公園は遠いし、公園じたいも広大だ。母もしんどいとこぼしていた。しかし、たしか一度だけ、「城址のほうへ行こうか」といったことがあった。その時は母に「お城ではお酒が飲めませんよ」といわれてやめたと記憶している。けっきょく、城址の夜桜は見ずに亡くなったわけだ。

 桜は晴れた日に青空の下で見るのがいちばんきれいだよ。
 だからそういう桜は毎日そこらじゅうで見てるってば。
 あ、そっか、そうだね。
 私はあっさりすごすご引き下がり、仕事を早めに済ませることができたらすぐ行こう、と約束した。平日の夜のほうが、混雑具合もましだろう。おばあちゃんも一緒に行こうね。はいはい。

 ウイークデーのある晩に出かけたが、なかなかどうして、相当混んでいた。娘はするすると人と人のあいだを抜けていちばん前に陣取り、照らされた桜を見上げる。これでもかといわんばかりに、桜たちはその腕から花々をあふれさせていた。きれい、きれいと嬉しそうな叫び声をあげながら、娘は次へ次へと進んでいく。あまり離れないでよ。はーい。少し先にひときわ見物客を集めている枝垂桜の前で、とりあえず娘は止まった。

 枝垂桜はまるで紅色の噴水のようだった。父さんとよく見た公園の枝垂桜のほうが大きくて立派だけど、こっちのほうが上品だねえ。母がつぶやいたとき、人混みの前のほうでざわめきが起こった。「迷子かしら?」などと話す声がする。耳をそばだてるとうちの娘の泣き声がする。すみません、通してください、ごめんなさい、といいながら、私は枝垂桜の正面でふぇんふぇんと泣く娘にたどり着いた。私を確認すると娘は声を出してわーわーと泣き出した。お母さんここにいるよ、どうしたのよ。

 おじいちゃーん。
 えっ。
 父の幽霊でも見たのか。亡くなってまだ日も浅いし、おじいちゃんが大好きだった娘にはありえなくはないと思った。親父め、どこだ、さっさと成仏せんかい、と私は半ば本気でそう念じながら、枝垂桜の周りに視線を泳がせた。
 しかし娘は、ひっくひっくとしゃくりあげながら、私の思いとは違うことを言った。

 おじいちゃんに、おじいちゃんに見せてあげたかったよう、このさくら、きれいすぎる、おじいちゃんも、ぜったい見たかったと思う。

 母が涙声で「お前はほんとに優しい子だねえ」と孫の頭を撫でた。
「おじいちゃんはさ、誰にも邪魔されずにお空の上から日本中の桜見てるよ、きっと。お月様にライトアップされた夜桜をね」
 上空の満月に目をやってから、私の顔を見つめ直した娘の目からまた涙が滝のようにあふれたが、その顔は懸命に笑みをつくっていた。まったく親父め、幽霊になって出てくるほうがましかもしれんぞ、と私は心の中で空に向かって呼びかけてみた。

 枝垂桜の前で、しばし私たちは立ち尽くしていた。その後ろを、石に堰き止められまたゆるく流れる小川のように、見物客が立ち止まっては通り過ぎてゆく。