「ル・クレジオは外さないで」とあの女(ひと)はいった2008/10/10 17:57:35

ノーベル文学賞を受賞した、フランスの作家ル・クレジオ。彼の作品が好きだといったあの女(ひと)、いまどうしているかしら。


十年くらい前のこと。
仕事で関わったフランス人がある日電話をかけてきて「女優のインタビュー、取れるよ」といった。「誰、その女優?」「○○○○○○○」「え、ほんと? わーお」
私は熱烈に好き、でもないが、長年たいへん好意的に観ていた女優の名が挙がったので小躍りした。ボスに伝えると、速攻でオッケーをくれ、その話に飛びついた。ボスは超有名人しか日本人については知らないが、「共同」なんかじゃなくて個別インタビューであることと、私が「いい女優だよ」といったのを信用したのであった。
かくしてインタビューは実現し、英語でなされたそのやりとりを、例のフランス人が仏語にまとめて送稿してきた。それを和訳していく。若い頃はぞんざいなもの言いがウケていた人だけど、もういい歳だし上品にまとめたほうがいいだろうな……。
「彼女、原稿は一字一句きっちりチェックするから、必ず送ってみてもらってね」
と例のフランス人。ヤツにもらったFAX番号を押す。

丁寧なレターもつけたことだし、確認は明日にしようか、と思っていたら電話が鳴った。
「○○○○○○○です」
ぎょえーーーーー本人! 間違いなく本人の声!
「原稿、ありがとうございます。読ませていただきました。きれいにまとまってて、いい感じですね」
褒められたーー褒められたーーーーわーいわーい♪
「ちょっとだけ、訂正してもらえます?」
ははっ。襟を正して事務椅子に座り直したりなんかして、ペンを持つ。

「この、3行目のところの《……なんて、していませんわ》のところですけど、これって、私の喋り方じゃないんですよねー。テレビか何かで私が喋ってるの、あなたもご覧になったことあるでしょ?」
「は……はい」
「女優らしくって考えてくださったんでしょうけど、いいですよ、まんまで。下品でない程度にお願いします」

というような、言葉遣いがご本人らしくないところをいくつか指摘されたあと、

「それと……愛読書の話をしているところ、ル・クレジオを入れてくださいね。ずいぶん強調して言ったつもりだったんだけど」
「わ、私が翻訳する際に見落としたのかもしれません、すみません」
「あなたはお読みになる?」
「いいえ、なんだか難しそうで」
「難しくはないんだけど、漂泊の人っていうのかな、ル・クレジオの世界って、作家本人に惚れこんだら面白いと思うのよ」

読んだことがないばかりか関心を惹いたことすらなかった。本屋や図書館でル・クレジオの名前を見て、これは苗字だけか? 「ル」がファーストネームか? といぶかしんだ記憶はあったが。

しかし、そのひとは、それ以上ル・クレジオ論を展開するわけでなく、私に読め読めと勧めるでもなく、ただ、好きな作家の項からル・クレジオだけは外さないでと念を押して、その時の電話を終えた。

彼女の話し方は事務的で、丁寧で、相手を尊重する姿勢が窺えた。訂正を施した原稿を再度送ったが、全体を読み直したらまたちょっと気になるところがあって、と追加で訂正を少しだけ求めてきた。しかしそれを直したら、終わりだった。掲載する写真は決まっていたし、レイアウトは口出しする資格はない、記事を確認できればそれでよかった、といって、「丁寧なお仕事をしてくださって、感謝しています。ありがとう」といって、電話は切れた。

もう二度と、あのひとと話をすることはない。好きな女優さんから幸運にももらえた最後のひと言が「ありがとう」だなんて、私はなんて幸せ者か。

ル・クレジオはフランス生まれだが、その祖先はブルターニュからモーリシャスへ渡った移民だという(ウイキより)。モーリシャスは列強の植民地支配に翻弄された歴史をもつ。友人の奥さんがこの国の人で、彼らがウチへ泊まりにきたとき、私は「モーリシャスって独立国?」って失礼な質問をしてしまった。「いいのよ、みんなそういうわ」と笑い飛ばしてくれたこのモーリシャス人の奥さんは、サリーを捲き額にビンディをつけ手の甲をヘナで染めた、とてもインドチックな女性なのだった。

ル・クレジオの小説は、移動し漂流し放浪する人々を題材にしているといわれるが、そのことが、あの女優(ひと)に共感を呼んだのか。彼女もまた、定住とか落ち着くとかいう言葉と縁遠いイメージだ。今回の受賞は、どこで聞いたのだろう。彼女にとって嬉しいニュースだったのだろうか。

その女優の名は、ぎんなんさん、アナタならわかるはず。
……と書くと、他にもわかる人、いるかしら?
でも、お願いです。コメント欄に答えを書いたりしないでください(笑)

コメント

_ コマン ― 2008/10/13 21:32:21

その女優は、映画「雪国」で主人公を演じたことがあるのじゃありませんか。
正解は、岸恵子です。
これだけははずさないでほしいという、
こだわりの作家をもてたということは
人生におけるラッキーというてはいいすぎかもしれませんが、
伺う方としては、うらやましいかぎりです。たのしみ。

_ おさか ― 2008/10/14 12:11:21

↑あーあ、書いちゃってるよコマンさん(笑
ぎん姐は忙しいのかしらん

_ ぎんなん ― 2008/10/14 15:53:28

うい。忙しいです。
バカな担当者のおかげで先週は死ぬかと。すみません、よそ様で愚痴。

> ぎんなんさん、アナタならわかるはず。
とかあるものだから、ぎえええええとか叫びつつ考えて、30分くらい考えてやっと思い当たりました。
名前は書きませんが、正解だと思っておくことにします♪
ヒントは私?

コマンさん、
パリのおばさまは英語→仏語翻訳という過程をたどらなくても、仏語でインタビューできるのでは。

_ midi ― 2008/10/15 19:37:34

名探偵コナンさん
あ、ちがったコマンさん
それ、不正解です。

おさかさん
探偵コマンは「うわのそら」だったのかしら(笑)
こういうとき、仏語では「月に居る」と表現するんです。

ぎんなんさん
あたしもいっそがしー。ことごとく休み潰されてます。平日も潰されてます。だから夜しか仕事できん……って、なんだよそれ、どうにかなんねーのかよ、まともな人間の暮らしをくれっ ……すみません、コメレスで愚痴。
ところで、正解です。
コマンさんへのメッセージも、的を射てます。

_ 鹿王院 ― 2008/10/16 18:24:15


この方の小説は読んだことないですが
私にもわかりますか?

さて、女優さんですが
以前ちょうこさんはこのブログの中で彼女のことを言及されていましたでしょ?
私もすごく好きなので印象に残っています
中学生時代、彼女のラジオ番組をめっちゃまじで聞いていました
なのでめっちゃ×10くらい、うらやましーー

ライオンのごほんという歌を(彼女のLPに入っていた)
うたえるのはどこのどいつだーーい?
わたしだよっっ
というくらいファンだったのです

_ midi ― 2008/10/16 18:52:11

鹿王院さん
私もけっきょく読んでいないので、どんなもんやら知らないのです。
ノーベル賞作家で面白いと思ったのはサラマーゴとパルクだけ。あとはぱらぱらとめくって「あ、だめ私にはついていけん」と閉じちゃったクチ。
ガルシア=マルケスが獲った時、ちょうど大学生だったけど、みんな読んでみんな「面白い」って入ってた。ほんとか?おまえにわかるんかい?と疑心暗鬼なままやり過ごしたのでした。

さて女優さんですが。
彼女の話をしましたっけ?(完全忘却)
LPなんて、出してたっけ……
あのー、『鬼畜』の岩下志麻じゃないっすよ。

_ 鹿王院 ― 2008/10/16 21:05:34

だってぎんなんさんがヒントでしょ
私、彼女のマニアなんですよん
今大学院生?
にっこり♪

_ おさか ― 2008/10/16 23:23:20

あ、わかったー♪
あの人だっ
可愛い人ですよね
若い頃は長い髪だったですよねー

_ midi ― 2008/10/17 10:24:04

そーなんだー(かんしん)
妙に向学心のある人なんだよね。

LP2枚も出してるんですね(調べた)
歌ってるのはイメージしにくいなあ(笑)
いわゆるアイドルと一緒にしないでって感じしてたしなあ

_ 鹿王院 ― 2008/10/17 10:49:11

うた、彼女っぽくってあんまり当時にはない分野で
わたし、好きだったなー
今でいえば
ちょっと椎名りんごとか系だったかも

ものすごく好きだったので
ちょっと興奮しました

_ midi ― 2008/10/17 14:05:00

そんなに好きだったんですかー(^^)

インタビューしたフランス人、仮にフィリップとしましょうか、フィリップは彼女のこと英語バリうまって言ってましたが、その彼女がいうには「フィリップの英語って怪しいし、全部ちゃんと伝わるのかなって思ってたんですよ」、それで日本語チェックの時に「よかったわ、きちんと見させてもらえて」って何度もいってくれましたよ。(と、鹿王院さんをさらに興奮させてみる)

ま、いかに、普段からあることないこと書かれてるってのが察せられますが……。

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